「おーっと、此処で影浦隊長と七海隊員、共にダメージ……ッ! 影浦隊長は右手首を、七海隊員は右腕を失ったぁ……っ!」
「これは痛いね」
王子は息もつかせぬ戦いを見て爛々と目を輝かせながらも、努めて冷静な口調でそう告げる。
その言葉に、レイジも同意するように頷いた。
「そうだな。確かにダメージを受けたのはどちらもだが、七海の方が不利だ」
「ふむ、矢張り右手首と右肘では欠損による縛りが違うという事ですか」
「全然違うね」
王子はそうだね、と指を立てて説明する。
「カゲさんもシンドバットも、共にスコーピオンの使い手だ。トミー、スコーピオンの利点はなんだと思う?」
「奇襲性と応用性、でしょうか。身体の何処からでも出せる、というのが一番のの利点では?」
ふむ、と桜子の答えを聞いた王子は顎に手を当てる。
「そうだね。けど、ぼくはスコーピオンの最大の利点は、その汎用性にあると思っている」
「汎用性、ですか」
ああ、と王子は続ける。
「スコーピオンは、弧月に比べて軽い上に
「だが、欠損そのものが不利にならないというワケじゃない。手首が落とされれば当然ブレードの可動範囲に制限が出るし、先ほどのような投擲も出来なくなる。そして七海の場合、肘から先が斬り落とされているのが大きい」
レイジの言葉に、王子も首肯し同意する。
「手首が無いのと、肘から先がないのとでは
「特に、これから起こるであろう戦闘に関してはな」
「ふむ、詳細を伺っても?」
桜子の質問に構わないよ、と王子が答え解説する。
「まず、此処に来て撤退は有り得ない。何せ、シンドバットはようやくカゲさんに接近して射程の不利を消す事が出来たんだ。此処で退けば、またさっきの状況に逆戻りしてしまう」
「流石に、二度も接近を許す程影浦は甘くありませんからね。撤退が千日手に繋がる以上、距離を離す事はしないでしょうね」
そう、今現在、七海と影浦の距離は近い。
七海の誘いに乗り、影浦が自ら近付いて来たからだ。
だが、一度離れてしまえば恐らく次は中距離からマンティスを連打して来るだろう。
影浦の形成する鞭刃の結界を能動的に突破するのが困難である以上、此処で撤退はない。
故に。
此処から起こるであろう展開は、一つ。
「始まるよ。
「うらぁ!」
「……!」
七海と影浦が、同時に腕を振るう。
振るうのは、共に右腕。
それぞれ腕の断面から伸ばしたスコーピオンを、相手に向かって叩き付ける。
ガキン、と鈍い音が鳴った。
スコーピオンの刃同士がぶつかり合い、鍔迫り合いになる。
弧月であればこのまま力比べという選択もあるが、彼らが使用しているのはスコーピオン。
軽く、脆く、そして何処からでも生やせる刃である。
「ハッ!」
影浦の右肘から、新たなスコーピオンが出現。
狙うは、七海の脇腹。
更なるダメージを与えんと、影浦のブレードが迫る。
「……!」
七海はそれを、脇腹から生やした三日月型のスコーピオンで防御。
影浦の追撃を、同じ刃で受け止める。
「────」
「……っ!」
しかし、影浦の攻勢は終わらない。
すぐさま蹴りにより、七海の足払いを狙う。
(いや、違う……っ!)
だが、七海は影浦の狙いをただの足払いではないと直感。
蹴りが直撃する直前、七海は己の予感に従い足から三日月型のブレードを展開。
影浦のつま先から出現したスコーピオンを、その刃で受け止める。
七海のサイドエフェクト、感知痛覚体質はダメージ発生が確定した瞬間にそれを察知する。
逆に言えば、スコーピオンの場合はブレードを展開してからでなければ感知出来ない。
影浦はそれを知った上で、ブレードの展開をギリギリまで遅らせる事で七海の不意を突こうとしたのだ。
「成る程な」
「……!」
この技術は、影浦も恐らく初めて試した代物。
今の一撃は、七海の反応を図る為の試金石。
そして、このやり方が有効であると察した以上、影浦の取る手段は一つ。
「行くぜ」
「……っ!」
即ち、ギリギリまでブレードの展開を遅らせた上での徒手空拳。
影浦はブレードを展開しないまま、右腕を七海に向かって突き出した。
当然、今の攻防を記憶する七海はそれを避けるしかない。
身体を捻り、影浦の掌打を回避する。
「────」
「……!」
されど、それだけでは不足な事は影浦も、そして七海も知っている。
突きだした腕の側面から出現したスコーピオンが、七海の首を狙い撃つ。
回避が間に合わないと察した七海は、肩からスコーピオンを展開。
防御用の三日月形の刃が、影浦のブレードを迎え撃つ。
「甘ぇ」
「……っ!」
だが、刃を受け止める筈だった湾曲刃は、空を切る。
影浦は、ブレードが七海の刃に触れる直前に、腕をしならせた。
同時に、影浦の展開していたスコーピオンはその刀身を拡張。
「けど……っ!」
「ぐ……っ!」
されど、ただダメージを貰って終わる七海ではない。
それを身体を捻って回避した影浦の左腕を、右手から生やしたスコーピオンで斬り裂いた。
「ハ……ッ!」
「……!」
左腕の肘から先を落とされた影浦は、笑っていた。
獰猛な笑みを浮かべ、そんな事は関係ないとばかりに斬り落とされた肘から生やしたスコーピオンで七海を狙う。
「ハハ……ッ!」
「っ!」
七海は身体を捻ってそれを回避し、すぐさま反撃。
左腕でスコーピオンを振るい、影浦に刃を突き出した。
「ハハハハハハハハハハ……ッ!!」
「────!!」
哄笑。
それと共に、影浦は遠慮のない殺気と共に次々と両腕を振り下ろす。
一度。二度。三度。
七海と影浦。
二人の刃の交錯する鈍い音が、戦場に鳴り響く。
最早、多少のダメージなどお互いに全く気にしていない。
ただ、斬り合う。
それだけの為に、二人は刃を振るっていた。
交わし合うのは、殺意の刃。
されど、その想いは一つ。
刃に殺意と親愛を込め、ただひたすらに斬り合い削り合う。
それは、刃踊る
何に憂う事もなく、ただお互いの全霊を尽くしてぶつかり合う友誼の舞踏。
師匠と弟子。
その垣根を超えた交錯を、今二人は実現していた。
心臓が高鳴る。
此処に来て、二人は既にお互い以外見えてはいない。
最終ROUNDの、大舞台。
そこで実現した、師弟対決。
その瞬間を。
その一時を。
ただ噛み締め、味遭い尽くす。
難しい理屈は、何もない。
影浦に聞けば、「楽しいから」と。
七海に聞けば、「嬉しいから」と。
そう答えて、二人は
最早、邪魔は入らない。
余計な言葉も、必要ない。
お互いの想いは、刃に込めて。
ただ、ぶつけ合う。
一合。二合。三合。
否、何度でも。
その想いを、交わし合う。
嗚呼、叶うなら。
いつまでも、この
そんな事さえ、思っていた。
仮に、これまでで一番楽しい時間は何時かと聞かれれば、二人は揃って「今この瞬間」と答えるだろう。
戦いを、楽しむ。
その考えは影浦や村上が七海に教えたものだが、此処に来て七海は本当の意味で戦いそのものを楽しんでいた。
これまでの七海は、自分が得点する事よりもチームの勝ちを優先し、己を歯車と成す事で勝利に貢献して来た。
だが、今この時だけは、彼はその
既に、彼等の他に生き残りはいない。
得点も、既に充分なものを獲得している。
仮にこの戦いに負けても、大きな不利とはならないだろう。
だからこそ、この戦いを全力で楽しむ事が出来ている。
だが。
当然、七海も影浦も、負けるつもりは一切ない。
この戦いの勝敗次第では、これまでの順位がひっくり返る。
故に、楽しんではいるが、手は抜かない。
全力で、勝ちに行く。
それでこそ、この戦いに漕ぎ着けた甲斐があるというもの。
これまでの全てを、この一戦に。
それこそが、何よりの恩返しだと信じて。
「玲一……」
「七海先輩……」
その光景を、那須達は作戦室で固唾を飲んで見守っていた。
既に、オペレートでどうこうなる次元ではない。
正真正銘、二人の一騎打ち。
故に彼女達はただ、見守っていた。
チームメイトの。
好いた少年の、戦いの行く末を。
言葉が、出て来ない。
初めて見たのだ。
あんな、心の底から楽しそうに戦う七海の姿は。
言いたい事は、色々ある。
けれど、余計な言葉でこの戦いに水を差したくはない。
だから、ただ一言。
那須は、告げた。
「勝って、玲一」
それは確かに、
「────」
「────」
戦いは、佳境。
既に、お互いが満身創痍。
幾度もの斬り合いの果てに、七海は左足首を失い切り傷だらけ。
影浦も左足を大きく斬り裂かれ、機動力を損なっている。
二人のトリオンは、最早残り僅か。
お互いに、既に当初のような機敏な動きは望めない。
故に、次で決まる。
この戦いの。
そして、この最終ROUNDの、勝敗が。
七海と影浦は、不敵な笑みと共に腕を構えた。
身体が、沈む。
足に、力が籠もる。
それが、合図だった。
「……!」
「……ッ!」
七海が、左腕でスコーピオンを投擲する。
同時に、グラスホッパーを展開。
それを踏み込み、投擲した刃に追い縋る形で七海の身体が射出された。
投擲された刃は、影浦の首を狙い。
七海自身は、影浦の足を狙う。
上下同時の、波状攻撃。
それが、七海の選んだ
足を裂かれ、機動力を失った影浦には受けて立つ以外の選択肢はない。
故に。
「────!」
彼が選んだのは、マンティスによる迎撃。
右腕から伸びたマンティスが投擲されたスコーピオンを叩き落とし、そのまま突貫する七海へと振り下ろされる。
空中では、回避は不可能。
グラスホッパーで逃げれば、その分だけ影浦との距離が遠ざかる。
中距離になった時点で、今の七海に勝ち目はない。
千日手に突入すれば、先にトリオンが尽きるのはダメージ量の関係で七海になる。
脇腹の傷がなければ違ったかもしれないが、そんな
だからこそ、七海もこれは避けられない。
避ければ、負けだ。
「……!」
故に、七海は受けた。
マンティスを。
極限まで圧縮した、集中シールドによって。
スコーピオンは、弧月と比べればシールドの突破力は低い。
重さがあり、強度も高い弧月と違って、スコーピオンはよほど勢いが付いていない限り集中シールドまでは突破出来ない。
今回影浦の刃を受け止めたのは、トリオン強者である七海のシールドだ。
シールドは、使用者のトリオンが高ければ高い程強度を増す。
無論、七海のシールドの硬度も相応のものであり、当然の帰結として影浦のマンティスは彼のシールドに弾かれた。
七海の勢いは、止まらない。
邪魔なブレードを弾いた七海は、一度オフにしていたスコーピオンを再び展開し、そのまま影浦に肉薄する。
更なる加速を得る為、七海は地面を蹴り飛ばす。
既に、距離は至近。
あと一歩。
あと一歩で、影浦へと刃が届く。
その、刹那。
「…………っ!?」
────────地面から伸びた刃が、七海の背に突き立っていた。
背後から伸びた刃に縫い留められるように、七海の動きが停止する。
全ては、影浦の思惑通りだった。
七海がマンティスを弾き、接近して来るまで。
影浦は、七海ならば辿り着くだろうと、そう考えていた。
だからこそ、罠を張った。
影浦は、サイドエフェクトにより相手の意思が、攻撃の軌跡が感知出来る。
故に、影浦は七海が来るであろう場所目掛けて、もぐら爪を放ったのだ。
サイドエフェクトの感知を利用した、罠を。
そして刃は、七海の胸へと穿たれた。
これで、終わり。
影浦は、そう思った。
否。
そう思って、いた。
(……っ!? 違う……っ! こいつは、まだ死んでねえ……っ!)
影浦は、気付いた。
七海の背を刺し貫いた、もぐら爪の刃。
その傷口は、左胸から僅かにズレていた。
そして七海の側面には、小さなグラスホッパーの残滓があった。
七海は、影浦の罠を見越していた。
だからこそ、わざと刃を受ける事で影浦の油断を誘った。
極小のグラスホッパーで、数センチだけ急所を外すように動いた上で。
既に影浦は、もぐら爪を使ってしまっている。
つまり、この場から一切身動きが取れない。
回避は、出来ない。
七海の右腕が、スコーピオンの生えた腕が、動く。
影浦のサイドエフェクトが、彼の攻撃を感知した。
(来る……っ!)
スコーピオンで受け止めようとすれば、先ほど影浦がやったようにマンティスで不意を突かれる可能性がある。
故に、影浦は集中シールドを展開。
攻撃の軌道に置く形で、中空に盾を出現させた。
今度こそ、終わる。
この一撃さえ受け止めれば、迎撃で確実に殺せる。
そう考えて、影浦は七海を迎え撃った。
攻撃を、受け止めたのだ。
「が……っ!?」
────────そして、その一撃はその壁を、シールドを、ぶち破った。
ただの刺突であれば、集中シールドで防がれていただろう。
投擲したとしても、結果は同じだ。
ならば、どうするか。
答えは一つ。
攻撃に、
その手段として選んだのが、グラスホッパー。
七海は、グラスホッパーを用いて右腕を
結果、グラスホッパーの加速を得たスコーピオンはシールドを貫き、狙い過たず影浦の胸を貫いた。
その一発こそ、七海の本当の
勝負を決める、最後の一手であった。
…………攻撃の軌道自体は、感知していた。
その一撃こそ渾身のそれであると、理解していた。
だが、その
それが、敗因。
『警告。トリオン供給機関破損』
「ったく、負けちまったか。まだまだ、負けてやるつもりはなかったんだがな」
「カゲさん……」
機械音声で敗北を告げられながら、影浦は愚痴るようにそう呟いた。
けれど、その顔は何処か晴れやかで。
七海を見据える目は、温かみに満ちていた。
「お前の勝ちだ、七海。楽しかったぜ」
「ええ、俺も。楽しかったですよ、カゲさん」
七海の返答に、影浦はもう一度、笑みを浮かべた。
その笑みはこれまでの中でも一番の、親愛と、称賛が込められていたように思えた。
『戦闘体活動限界。
そして、終わりを告げる
影浦のトリオン体が崩壊し、光の柱となって消える。
B級ランク戦、最終ROUND。
その最後の戦いが、遂に幕を閉じた。
その、瞬間だった。
最後の一撃はブーストアッパーの要領ですね。グラホをブースター代わりに使った感じ。
スコピは原作でも度々集中シールドに止められてるのでこの解釈に。相当勢いがつかないと突破は厳しいみたいですからね。
さて、長かった最終ROUNDもこれで終わりとなります。あとは総評だけ。最後までお付き合い願います。