「いやー、見応えのある良い試合だったな。な? 古寺」
「あ、ああ」
米屋のわざとらしい呼びかけに、古寺はおろおろしながらも答えた。
古寺はあからさまに落ち着かない様子であり、動揺しているのは明らかだ。
「…………よくやった茜。素晴らしいぞ茜。よし、盛大にお祝いしてやらないとな。何がいいだろうか。茜の喜ぶ顔が見たい。前に行きたがっていたケーキバイキングにでも連れて行ってやるか。嗚呼、うちの弟子が今日も可愛い。茜は可愛い。目に入れても痛くないくらい可愛い。悪い虫が付いたら大変だ。そんな奴は俺が排除してやるからな、茜…………」
…………その視線は、椅子に座りながらひたすら小声でぶつぶつと何かを呟いている奈良坂に向けられている。
奈良坂は、この試合が始まってからちょっと様子がおかしかった。
顕著になったのは茜が二宮の狙撃を成功させた所で、ガッツポーズを取りながらにまにまとあからさまに笑みを浮かべ出した事が契機だ。
ユズルと茜の一騎打ちの時などは手に汗握って観戦し、茜がユズルを下した瞬間には「よし、よし、よし」と呟きながら再び盛大なガッツポーズを取っていた。
このあたりで、もう奈良坂の奇行に関しては見て見ぬ振りをしようと決めた米屋であった。
古寺はチームメイトであり尚且つ狙撃の師匠でもある奈良坂の豹変ぶりを気にかけてはいるものの、ぶっちゃけ今の奈良坂には話しかけたくない。
顔立ちが整っている少年が薄笑いを浮かべながら独り言を延々と呟いている光景は、正直言って不気味である。
普段礼儀正しく品行方正な奈良坂だからこそ、そのギャップも大きい。
美形が壊れると、元が元だけに残念感が半端ない。
今の奈良坂は、正しく残念な美形と化していた。
「…………まあ、弟子があれだけ活躍したんだから気持ちは分かるんだけどな。まさか、二宮さん倒しちゃうとはなー」
「米屋くん……」
俺もあれは予想出来なかったぜー、と米屋は軽くぼやくが、その眼は笑っていない。
チームメイトとして付き合って来た古寺だからこそ、分かる。
あれは、獣の眼だ。
戦い甲斐のある相手を見つけた時の、戦闘狂の笑みである。
恐らく、その対象は那須隊そのもの。
米屋は成長した那須隊と戦いたくて、うずうずしているのだろう。
おあつらえ向きの舞台が直近にある事も、それに拍車をかけている。
合同戦闘訓練。
A級とB級の技術交流を謳った代物だが、B級上位陣にとってはA級昇格試験としての側面も持つ。
自分達A級部隊は、いわば試験官。
B級上位に勝ち残ったチームが、A級部隊とチームを組んで戦う実戦形式の昇格試験。
詳細はまだ知らされていないが、昇格試験である以上試験官であるA級部隊には相応の振る舞いが求められる。
米屋は勉強は出来ないが、太刀川と同じく戦闘に関しては非常に頭が回る切れ者だ。
その為実は試験官としての適性自体は悪くないのだが、熱くなって本分を忘れないかという懸念はある。
(…………まあ、うちの隊長がなんとか…………いや、あっちはあっちで色々あるんだった)
隊長の三輪にストッパーになって貰おうと思った古寺だが、冷静に考えると三輪は割と感情のままにアクセルを踏み込むタイプだ。
普段が冷静な分、感情的になった時は制御が効かなくなる。
そして、米屋はそんな三輪を止めるような事はしない。
フォローはするから好きにしな、というのが米屋のスタイルだ。
三輪よりも俯瞰的な物の見方は出来るものの、暴走を止める気は基本的になさそうである。
(…………胃薬、飲もうかなあ…………)
感情任せの復讐者に、戦闘狂、弟子馬鹿。
アクの強い面子が揃う部隊の中での唯一の
「…………やればできるじゃん」
ぼそりと、菊地原は最終順位の一覧を見ながら呟いた。
それは、彼なりの称賛の声。
決して直接伝える事はしないだろうが、後日彼なりの
…………まあ、隣にいた歌川にはばっちり聞こえてはいたのだが。
「かーっ、まさか那須隊が二宮隊を超えてB級一位になるとはなあ。とんだダークホースだぜ、ったく」
やれやれと、菊地原の言葉は幸いにも聞こえていなかった当真は、ぽりぽりと頭をかいた。
彼の予想では、那須隊は健闘するが流石に二宮隊を玉座から引きずり下ろす事までは無理だろう、と考えていた。
だが、結果は見事二宮隊を下し、B級一位の座を獲得してみせた。
当真が弟子と標榜しているユズルも、茜との一騎打ちで敗北した。
ぶっちゃけ、面子丸潰れな当真であった。
「俺は分かってたけどな。あいつなら、やれるだろってな」
「太刀川さん、試合前はそんな事言ってなかったじゃないすか」
「言わないだけで思ってはいたんだよ。俺は強いから、まだらに口に出したりしないんだよ」
それまだらじゃなくみだりにじゃ、とは突っ込まず、出水は溜め息をー吐いた。
「まあ、俺としちゃあちょい複雑っすけどね。七海も二宮さんも俺の弟子なのは変わらねーし。ぶっちゃけどっちも応援してたんすけど。いざこうなると、色々となー」
「気にする事ないだろ。俺らがやったのはただ戦いを教えただけなんだし、本番になりゃあいつらの自己責任だろ。そこまで気を回す必要はないと思うがな」
「それは分かってますけどね。ま、そこらへんは性分なんで」
色々おちゃらけた雰囲気を出してはいるが根は世話焼きな出水としては、二人にどう声をかければ良いか悩んでいるところもあるのだろう。
共に自分が技術を伝えた相手で、彼らはその技術を用いて戦い、七海が勝利した。
となると、声をかけるべきは二宮ではなく、七海の方だろう。
二宮なら、既にチームメイトと共にこの試合の反省を行っている事だろう。
今更、自分の言葉など不要な筈だ。
「後でお祝いに行くかー。多分この後カゲさんのトコ行くだろうし、そこに混ざってみっか」
けど、と出水は思案する。
「二宮さん、あれで結構ナイーブだからなー。やっぱあっちもフォローしに行った方がいいか……?」
「大丈夫だ。問題ない」
「なんでですか?」
不意の太刀川の発言に、出水は嫌な予感を覚える。
太刀川は不敵な笑みを浮かべているが、間違いない。
これは絶対に、碌でもない事を考えている時の目だ……!
「これから二宮を煽って来る。うまくやりゃそのままランク戦に持ち込────────ま、戦えばスッキリするだろ」
「それ駄目なやつですからー……っ!!」
案の定碌でもない事を考えていた太刀川を、出水は慌てて止めに入る。
当然、それを見ていた風間は菊地原と歌川を動員してチャンスとばかりに太刀川を制圧し、包巻きにして連行した。
道中「見逃してくれー」「課題はいやだー」「戦わせろー」なんて悲鳴が聞こえてきたが、出水は無視した。
少しくらい、お灸を据えて貰った方が良いだろう。
そう考えて、出水はあっさりと隊長のドナドナを見送ったのであった。
「あちゃー、二位陥落かー。まあ、取られたのが那須隊だったのが救いかな」
二宮隊、作戦室。
そこで試合結果を見ていた犬飼が、軽い調子でそう呟いた。
表情こそいつもの薄笑いだが、その顔は何処か晴れやかだ。
負けて、一位の座から陥落したのは事実である。
だが、この試合で那須隊は目覚ましい成長を見せてくれた。
その事を思えば、むしろ一位の座を奪われた事など必要経費である。
犬飼は、そう割り切っていた。
「…………すみません。俺がもう少し上手くやれていれば……」
「まーまー、辻ちゃんに女の子斬れって言うのも酷な話だしねー。むしろ、あの状況から良くやったよホント。あの時出来る中じゃ、あれが最善だったんじゃないかなー」
反対に、割り切れなかったのは辻である。
辻には、負い目がある。
女性を斬れない、という負い目が。
もし、あの時。
辻が那須を斬る事が出来ていたならば、無理に自分を囮にして影浦に那須を獲らせる必要もなかった。
自分の未熟さ故に、あんな選択しか出来なかった。
辻は、それを悔いているのである。
目論見通り影浦が七海を落としてくれていればまた違ったのだろうが、結果は二位への陥落。
責任感が強過ぎる辻に、負い目を感じるな、と言う方が無理があるだろう。
「何を言っている。犬飼も言っているだろう。お前は出来る事をやっただけだ、と」
「二宮さん……」
そんな辻に声をかけたのは、二宮だった。
二宮は下手な慰めは言わず、直球で辻に告げる。
「大体、お前が女を斬れたところで那須を倒せた保証はないだろう。有り得ない可能性を論じる事に意味はない。今ある手札で最善の結果を出す事こそが、戦いにおいては重要になる」
ないものねだりをしても仕方がないからな、と二宮は告げる。
「そもそも、お前が女を苦手なのはとうの昔に承知している。その上でお前を部隊に入れたんだ。お前は役に立つからな」
それとも、と二宮は続ける。
「お前は、お前を評価した俺の目が節穴だとでも言うつもりか? 謙遜も、過ぎれば侮辱になる事を覚えておけ」
「…………分かりました。すみません」
「謝る必要はない。犬飼も言ったが、お前は良くやったからな」
二宮はそう言ってソファーに座り直し、ちらりと犬飼に視線を向けた。
その意味は、「あとはお前がなんとかしろ」という命令。
要は、これ以上の言葉が出て来なかった為に犬飼に丸投げしただけである。
「そうそう、辻ちゃんは確かに一人も落としてないけど、仕事はきっちりやったんだから謝る必要ないって。それでも納得出来ないなら、次頑張ればいいじゃん。何も、ランク戦はこれが最後ってワケじゃないんだしね」
「…………そう、ですね。分かりました。次はもっと精進し、必ず隊に貢献すると誓いましょう」
「重いなー。けどまあ、それでこそ辻ちゃんだよね」
よしよし、と犬飼が辻の頭を撫で、なにするんですか、と辻がむくれる。
そんな光景を見ながら、二宮はふぅ、と溜め息を吐いた。
────次戦う事があれば、負けません。前回は無様な姿を見せましたが、今度は仕留めてみせます────
二宮の脳裏に、いつぞや七海に告げられた言葉が蘇る。
良い啖呵だと思った。
だが、実現させる気はないと、そう考えていた。
けれど、七海は実際に成し遂げた。
自分を、下してみせた。
完全に、してやられた。
茜が援護に来る事までは、想定していた。
だが、茜はライトニングしか使えないという前提条件に、拘り過ぎた。
結果、茜があの時まで隠し持っていたイーグレットにより、二宮は撃ち抜かれた。
大した隠密能力と、作戦の綿密さである。
そして、評価すべきは茜だけではない。
七海もまた、二宮を1対1で抑えるという大役を見事こなしてみせた。
周囲をメテオラで破壊しながらグラスホッパーで飛び回る七海を、二宮は仕留め切れなかった。
あの時の七海は、攻撃を完全に捨てて回避と攪乱に専念していた。
当然相応のトリオンは消費した筈だが、あの七海の粘りがなければ自分が落とされる事はなかった筈だ。
那須の
七海の
生駒隊の旋空弧月。
ユズルの狙撃。
そして、茜のイーグレットによる狙撃。
そのいずれかが欠けても、あの結果には繋がらなかった。
対戦相手さえ思うが儘に動かし、流れを掴み取った。
その手腕は、二宮としても認めざるを得ないものであった。
「フン……」
二宮は、何も言わない。
自分は七海の友人でも、師匠でもない。
ならば、自分からの言葉など不要な筈だ。
否、言葉など必要あるまい。
必要な言葉をかける相手なら、七海には山ほど要る。
自分がでしゃばらずとも、問題は無い。
そう考えて、二宮は溜め息を吐いた。
今頃隊室で沸き立っているであろう、七海の姿を脳裏に浮かべながら。
「玲一……っ! 勝った、勝ったね……っ!」
「ええ、大勝利ですっ! やりましたね、七海先輩……っ!」
「ああ、勝ったぞ」
七海が隊室に戻るなり、那須と小夜子が左右から感極まった様子で抱き着いて来た。
やれやれと苦笑しながら二人を受け止める七海と、それを甘受する二人。
その光景を見て目を輝かせる茜と、対照的に青褪める熊谷。
「…………え、待って。もしかして小夜子って。え、ちょっと待って。そういう事? 嘘でしょ? ねえ、嘘だと言ってよ誰か。いや、でも、そういえば前から兆候はあったような…………」
思いも依らぬ不発弾を発見し、熊谷は遠い目でぶつくさと独り言をつぶやいている。
事態を全く理解してない茜だけが、暢気に笑みを浮かべていた。
「ねえ、玲一」
「なんだ、玲」
不意に、腕の中の那須が声をかける。
そして真っすぐに七海を見上げ、笑みを浮かべた。
「────────やったね。やり遂げたんだね。私達」
「ああ、そうだ。やった、やり遂げたんだ。これも皆のお陰だ、ありがとう」
七海がそう言ってほほ笑むと、那須隊の面々は全員が顔を上げた。
そして、口々に告げる。
「はいっ! これからも頑張りますねっ!」
「…………ま、悪くない気分ね。でも、これで終わりじゃないからね」
「そうです。どうせなら、このままA級に駆け上がっちゃいましょう……っ! まだまだ、全速前進です……っ!」
喜びと決意を。
歓喜と現状把握を。
決断と、歓声を。
パァン、とハイタッチが交わされる。
茜が。
熊谷が。
小夜子が。
那須が。
そして、玲一が。
勝利を祝い、笑みを交わす。
此処まで辿り着いたのだと、その喜びを甘受した。
まだ、終わりではない。
けれど、一つの区切りではある。
此処までの軌跡は、決しては無駄ではなかったと。
それを、証明出来たのだから。
試合後の諸々の回でした。
一斉更新の甲斐もあってか、日刊ランキングにこの作品が載ってましたね。
これからもペースを落とさず更新していきますので、どうぞご贔屓に。
ツイッターでポイント一覧表やオリジナルMAPなんかを公開する予定なので、お楽しみに。