「やったー……っ!! 見た見たっ!? 七海達、勝ったわよっ!?」
「見てましたよ、ちゃんと」
「ああ、やりとげたんだな。ななみは」
ぴょんぴょん跳ねながら盛大に喜ぶ小南に対し、烏丸と陽太郎は努めて冷静に彼女の言葉を肯定する。
喜んでいないワケではない。
ただ、目の前でこうもあからさまに歓喜を露わにしている相手がいるので、反面教師的な意味で声が小さくなっているだけだ。
ふと、烏丸は思った。
もし、小南がこの最終ROUNDで解説にでも呼ばれていた場合。
どうなっていたか。
まず、間違いなく公平な解説では終わらない。
思いっきり身内贔屓をして、ただの応援になる結末が目に見えている。
小南は裏表のない少女ではあるが、身内とそれ以外をハッキリ区別する傾向がある。
社交性のある明るい性格に見えるが、彼女は幼少期から戦場に身を置いていた。
まだ小学校に通うような年齢から旧ボーダーの一員として戦争に参加し、多くの仲間を失った。
仲間を失う辛さを、身を以て知っているのだ。
だからこそと言うべきか。
小南は、身内、仲間を非常に大切にする。
特別重要視する、と言っても過言ではない。
口では厳しい事を言う反面、一度身内認定した相手にはあからさまに入れ込む。
ピンチになれば慌てるし、今回のように活躍したのならば我が事のように歓喜する。
請われれば助力は惜しまないし、矢面に立つ事も吝かではない。
そういう、仲間を本気で気遣える少女なのだ。
口に出すと調子に乗るので言わないが、そこがまたこの少女の美点だと、烏丸は感じていた。
絶対に、口には出さないが。
からかって遊んだ方が、面白いのだから。
「こりゃあお祝いしないとね……っ! じゃあ、早速七海達を呼んで────」
「いえ、今日は止めといた方がいいでしょうね」
「なんでよ?」
七海達を呼んで派手に騒ごうと考えていた小南は烏丸に水を差され、胡乱な目を向ける。
そんな小南の態度に内心苦笑しつつ、烏丸はその答えを告げた。
「今日は、流石に
「食え。奢りだ。遠慮しねーでいいから食ってけ」
「ご馳走になります」
お好み焼き家、『かげうら』。
その名の通り影浦の実家であるこの店に、七海達那須隊を中心とした隊員達が集まっていた。
最終ROUNDが終了した直後、影浦が七海の下を訪れてこう告げたのだ。
「自分の家で打ち上げをやるぞ」、と。
特に断る理由のなかった七海は快く承諾し、那須達もそこに付いて行く事になった。
そして、那須隊メンバーは全部自分の奢りだという通達があり、七海は遠慮しようとしたが、影浦は一位になった勝者の特権という事でそのまま押し通した。
周囲からも特に不満の声はなく、あの二宮隊を超えた部隊には当然の報酬だ、という声もあり七海達は素直に影浦の厚意を受け入れる事にしたのだった。
「ありがとうございます。私達まで」
「気にすんな。七海もその方が嬉しいだろーしな」
例を言って頭を下げる那須を、影浦はなんでもないかのように受け入れる。
今夜は影浦が押し切って店をボーダー隊員貸し切りにしており、その為那須は日常用のトリオン体こそ使用しているが、変装機能までは使っていない。
故に儚げな見た目の美少女がお好み焼き家に降臨する事態となっており、絵面の違和感は結構凄い。
まあ、那須本人は気にしていないし、影浦も特にあーだこーだ言うつもりもないので、スルーされているのだが。
「そーだぞー。折角来たんだから、ゆっくりしてけよなっ!」
「なんでお前がそんな偉そうなんだよ」
むすー、と頬を膨らませる光に、影浦は溜め息と共にそう愚痴る。
無駄な事は分かっているが、それでも放っておくのもそれはそれで癇に障る。
なので思わず返したのだが、光は更に頬を膨らませて矢継ぎ早に言い出した。
「あたしもオペレート、結構頑張っただろー? 堅い事言うなってカゲー」
「うざってぇ。纏わりつくんじゃねぇよ」
あたしももっと褒めろー、と後ろから押しかかる光を、影浦は面倒臭そうに払いのける。
そして光をそのまま椅子に放り込み、「さっさと注文しろ」とメモ帳を取り出した。
完全に店員モードになった影浦に、光はぶーたれながらも「豚玉とイカ玉なー」と注文を告げる。
それを契機に次々に注文が飛び交い、影浦はさらさらとその注文をメモ帳に纏めていく。
一通り注文を書き留め終わると、「待ってろ、すぐ持ってくる」と告げて影浦は厨房に消えた。
曲がりなりにも客商売である為普段は店員としての口調で応対する影浦だが、今この場にいるのはボーダー隊員のみ。
一般客の目もない事から、影浦も口調で気を遣うのは止めている。
これは偏に、七海達に遠慮をして欲しくない為だ。
影浦は店員として此処にいるが、一番に七海を祝福したいのは彼なのだ。
一通り注文が落ち着いたら一緒に楽しんでも良いと、両親から許可はもぎ取ってある。
今回は事情を知るボーダー隊員しかいないが為の、特別対応である。
まあ、普段からちょくちょく似たような事はやっているのだが、ボーダー入隊前は碌に友達が出来なかった影浦に出来た繋がりを大事にしたい、という両親の意向もあるので度が過ぎなければ文句を言われる事はない。
ともあれ、影浦が厨房に消えると、七海の両隣を陣取った荒船と村上がぐい、と顔を突き出して来た。
「ったく、遂にB級一位か。中位の下の方から、よくワンシーズンで此処まで来れたもんだ。大したモンだぜ」
「ああ、おめでとう。本当に、七海は強くなった。俺も、うかうかしていられないな」
「ありがとうございます。俺が此処まで来れたのも、二人のお陰です。本当に、お世話になりました」
二人の激励に、七海はぺこりと頭を下げる。
そんな七海に、荒船はったくよぉ、と溜め息を吐いた。
「一丁前になりやがって、この野郎。ROUND3の時はどうなる事かと思ったが、結局雨降って地固まって何よりだぜ」
「…………その節は、ご心配をおかけしました」
ROUND3での醜態の事を言及され、七海は真摯に謝罪する。
あの後一度荒船には「もう大丈夫です」と報告はしたが、多大な心配をかけた事は事実なのだ。
そんな風にしゅんとなった七海の姿に苦笑しながら、荒船はがしがしと彼の頭を撫でた。
「わっ、とっ……!」
「ったく、その事はもういいっての。言ったろ? 雨降って地固まって何よりだって。今も引きずってるならともかく、なんとかなったならそれでいいじゃねぇか」
「荒船さん……」
顔を上げた七海の肩を、荒船はポン、と叩いた。
未だ煩悶する七海に、荒船は告げる。
「後ろを振り返るのも大事だけどよ、自分の荷物をあんまし重荷にし過ぎちまうと、潰れるぜ? お前はもうちょい、肩の力を抜いても良いだろ」
「ああ、責任感が強いのは七海の美点だが、少し度が過ぎるところがあるからな」
それに、と村上は続けた。
「前にも言ったが、頼れる時はどんどん頼ってくれていいんだ。俺も荒船も、カゲだってそれを重荷には思わないし、お前に頼られるのは嬉しいんだ。お前は一人じゃない。それは覚えておいてくれ」
「そうだな。お前の荷物くらい、いつでも背負ってやるよ。少しくらい荷が増えたところで、潰れる程ヤワじゃねぇつもりだからな」
「鋼さん、荒船さん…………ありがとう、ございます」
二人の気遣いに、七海は改めて頭を下げた。
前に、言われた通りだ。
他人をあてにする事と、他人に全く頼らず自分だけで全てをやろうとするのは、全く違う。
責任を放棄するのは論外だが、自分一人でやろうとして荷物の重荷で潰れてしまえば本末転倒だ。
七海には、頼もしい仲間がいる。
チームメイトは勿論のこと、目の前の村上と荒船もそうだし、影浦だって口には出さないが内心頼りにして欲しいのだろう。
いざという時に、どれだけ助けに駆け付けてくれるか。
七海の場合、その助けに来てくれる人数は、かなりのものになる筈だ。
影浦達攻撃手メンバーは当然として、出水や太刀川もなんだかんだ言いながらも付き合ってくれる筈だ。
弓場隊の面々ともROUND7の時の交流を契機に仲良くなれたし、生駒とも強い繋がりを持つ事が出来た。
そして旧知の玉狛の面々も、必ず力になってくれる事だろう。
自分は、一人ではない。
その事を、改めて噛み締めた七海であった。
「豚玉イカ玉、チーズに餅玉、一丁お待ちィ! おら、焼け焼け! んでもって食え!」
そんなしんみりした空気の中、影浦が陽気な掛け声と共に容器にお好み焼きのたねの入ったボールを次々にテーブルに置いた。
呆気に取られる七海達を見て、ったく、と影浦は舌打ちする。
「祝いの席でしみったれてんじゃねぇよ。いいから黙って食え、上手いモン食って騒げ。ここはそういう場所だからな」
「…………はい、ご馳走になります」
「おしおし。いつも通りお前のは俺が焼いてやる。待ってろ」
七海が素直に頷いたのを確認すると、影浦は後ろのカートに乗っていたボールを取り出し、鉄板にたねを敷いた。
ジュゥ、と生地が焼ける香ばしい匂いが漂い、熱せられた鉄板の上でたねが焼き上がっていく。
影浦が後から取り出した七海用のそれは、他のお好み焼きよりも少々色が濃いように思える。
これは七海の為に影浦が用意した彼専用のたねであり、色んな意味で血反吐を吐きながら完成させた一品である。
その事を良く知っている七海は、影浦の心遣いに感謝しながら焼き上がるのを待っていた。
「おし、出来たぜ」
「ありがとうございます」
影浦は焼き上がったお好み焼きをへらで用いて、七海の皿へ移した。
それにさっとかつおぶしとソース、マヨネーズをかけ、お好み焼きの熱でその風味が巻き上がる。
かつおとソースの良い香りが鼻を擽り、食欲をそそる。
日常用のトリオン体を使用しているとはいえ嗅覚も薄い七海ではあるが、その風味はしっかりと彼に届いていた。
よく見れば、七海のお好み焼きに使用したマヨネーズやソース、かつおぶしに至るまでどうやら専用のものを用いているらしい。
当然、用意したのは影浦だ。
七海でも味が分かる料理を提供する為、自分自身が実験台となって影浦は七海専用のレシピを作り上げたのだ。
通常はまずやらない分量で味付けを行い、思いっきり味を濃くする事で七海の舌でも味が分かるように調整したのである。
無論、普通の人にはまず食べられない味である事は言うまでもない。
影浦はそれを自ら味見するという苦行を行いながら、なんとか完成に漕ぎ着けたのだ。
興味本位でそれを食した堤は、「まさかあの炒飯に匹敵するものを口にする事になるとは」と涙ながらに感想を残している。
思いっきり味を濃くしなければそもそも味覚を感じ取れない七海用に調整されたレシピなのだから、当然の話なのだが。
勿論、影浦とて飲食店の息子としては自分が食えない料理を出すのは不本意である。
だが、それ以上に七海が味を感じられずに食事を楽しめないのは我慢ならない。
故に、影浦はこのレシピを作り上げた。
流石にレイジレベルの料理スキルは持ち合わせていない為力技にはなったものの、なんとか七海に味を感じさせる事が出来る料理を出せるようになったのだ。
初めて七海の「味が、味が分かりますっ! カゲさんっ!」と喜んだ声を耳にした夜には、一人男泣きしたものである。
なんだかんだ、影浦は
七海の為なら、あらゆる労力を惜しまない。
それが、影浦という男なのである。
「美味しい」
一口、お好み焼きを口に運ぶ。
口の中で生地がとろける感触が伝わり、その柔らかさに快の感情が溢れ出す。
普段感じる事のない『辛味』が、口の中に広がっていく。
七海にとって、普段の食事は目で楽しむ栄養補給の意味合いが強い。
那須はなんとか見た目だけでも楽しめるように色々と食事を工夫してくれているが、日常用とはいえ流石に常時トリオン体でいるワケにはいかない以上、影浦の作るお好み焼きのような真似は出来ない。
トリオン体の食物の吸収効率は、100%。
七海の扱う日常用トリオン体はその比率を極度に抑えてはいるが、それでも生身の身体よりは吸収効率は上なのだ。
更に言えば、影浦の作ったこの七海専用お好み焼きは栄養バランスを半ば度外視して作った代物だ。
流石に、これを毎日食べるというワケにはいかない。
だが、七海にとってこのお好み焼きは、数少ない
その意味は、大きい。
七海はこの影浦のお好み焼きを食べる事が、密かな楽しみになっていた。
それを以前影浦に直接告げたところ、「そうか」とだけ言ってその場を去り、その夜に目一杯のお好み焼きを奢ってくれた。
どうやら、七海に直接礼を言われた事が相当嬉しかったらしい。
それ以来、七海が此処に来る時は大抵影浦の奢りである。
流石に遠慮しようとしたのだが、「こんなもん出しといて金なんか取れるかよ」と押し切られ、今に至る。
影浦としては、あくまでこれは自分が勝手に作ったものであり、残飯処理のついでに七海にくれてやっている、という建前を押し通すつもりのようだった。
その事を言及したユズルはヘッドロックの刑に処されていたが、それはさておき。
段々と、店に来る人数が増えつつあった。
最初は那須隊や影浦隊の面々や村上達くらいしかいなかったのが、徐々にテーブルが埋まりつつある。
「ゴチになりに来たでー」
「お、うまそな匂いやな」
生駒が連れて来た、陽気な生駒隊の面々。
「おゥ、邪魔するぜ」
「お、お邪魔しますっ!」
弓場を先頭に入って来た、放課後の部員感満載の弓場隊の5人。
「おう、やってんな」
「美味しそうな匂いですね」
「はい、楽しみです」
遊びに来た感たっぷりの、諏訪率いる諏訪隊のメンバー。
「邪魔するぜ」
「お邪魔します」
「失礼します」
リア充オーラ満載の、柿崎隊の面々。
様々な部隊の隊員達が、この店に集まっていた。
「おっじゃましまーすっ!」
「おっ、もう始めてるじゃねーか。ちと出遅れたか?」
「みたいだな。ま、今からでも食いまくればいいじゃないか」
その最後に、入って来たのは。
七海の師匠の一人である出水に、オペレーターの国近。
そして、太刀川慶。
A級一位部隊、太刀川隊の隊長にして、七海の師匠。
「あん? 太刀川じゃねーか」
「よう影浦、食いに来たぜ」
かつて影浦隊がA級にいた時、散々やり合ったであろう、好敵手。
ぶっちゃけ、七海の事とかどうでもいいからとにかくお好み焼き食いたさに出水に付いて来た、
寝落ちが続いて更新空けてしまった。不覚。
主人公が味覚死んでるから色々食事描写カットしてきたツケかこれが。
まだお好み焼き家回は続くのです。