痛みを識るもの   作:デスイーター

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「決着ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~……っ!! 『メテオラ』の起爆により、村上隊員、来馬隊長の両名が緊急脱出……っ! 最終結果は8:0:0……っ! 『那須隊』の完全勝利です……っ!」

 

 桜子の盛大な宣言と共に、会場で一気に歓声が沸き上がった。

 

 最後まで試合展開をコントロールし尽くした『那須隊』の手管は、それだけ鮮やかなものであった。

 

 この盛り上がりも、当然のものと言えるだろう。

 

「最初から最後まで、『那須隊』の独壇場でしたね……っ! 試合展開を振り返ってみてどうでしょう? 東隊長」

「そうですね。終始、『那須隊』の作戦が十全に機能していたと言えるでしょう。地形と戦術、そして()()()()の有利を最大限に活かしてこの結果に繋げたと言えます」

 

 まず、と前置きして東は話し始める。

 

「『那須隊』は()()()()()()()()()()事によって、相手チームの思考から余裕を奪っていました。いえ、それどころか相手チームの思考誘導すら仕掛けていた」

「思考誘導、ですか……?」

 

 はい、と東は桜子の言葉を肯定する。

 

「たとえば、先程の熊谷による笹森の迎撃ですね」

「ええ、七海隊員を初めとする他の隊員の大暴れによって熊谷隊員の存在を忘れさせた、という事でしたが……」

「いえ、厳密にはそれは違いますね」

 

 東の予想外の言葉に、桜子はキョトンとした顔をする。

 

 その顔を見て苦笑しつつ、東は話を続けた。

 

()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()()()()()()んですよ。それまでの経緯と、試合のセオリーを上手く使ったんです」

 

 一つ聞きますが、と東は前置きして告げる。

 

()()()()()()は、一体なんだと思いますか?」

「狙撃手の利点、ですか…………ふむ、相手の隙を突ける事、でしょうか……?」

「それも間違いではありませんが────最も大きな利点は、()()()()()()()()()()()()です」

 

 そこで一拍置き、東は続けた。

 

「狙撃手は攻撃手は言わずもがな、射手や銃手の射程の()からの攻撃が可能です。つまり、主戦場の外側にいながら的確な戦闘支援が行えるんですよ」

 

 そして、と東は告げる。

 

「今言った通り、狙撃手の利点は戦場に外側から介入出来る事です。つまり、()()()()()()()となる。その為に狙撃手は『バッグワーム』を最初から使い、然るべき時まで隠密に徹します」

 

 つまり、と東は親指を立てた。

 

「戦場の外側からの干渉が主な狙撃手に攻撃手の護衛を付けるという事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事になるんです。戦闘支援が本分である狙撃手を守る為に貴重な攻撃手を戦線から外れさせるのは、()()()()()()下策です」

「た、確かに……っ! 今まで狙撃手に護衛を配置しているチームは、見た事がありませんね……っ!」

 

 桜子の言う通り、狙撃手を守る為に攻撃手を護衛に割いたチームは、これまで存在しなかった。

 

 狙撃手は単独行動が基本であり、逆に攻撃手は主戦場で斬り結ぶ事が本分だ。

 

 主戦場の戦力を減らしてまで狙撃手に護衛を割くのは、効率という観点から見ればまず有り得ないのである。

 

「狙撃手を守るなら、主戦場から狙撃手を狩る為に飛び出した敵をその場で追えばいいだけですからね。その方が攻撃手を腐らせずに済みますし、主戦場から離脱した人数が自チームと相手チームで同じであれば、戦力の均衡もそう簡単には崩れません」

「言われてみれば、狙撃手を狩ろうと主戦場を飛び出した隊員を別の隊員が追う光景はそう珍しいものではありませんね。確かに、そっちの方が戦力をより有効活用出来ます」

 

 よっぽど機動力に差がない限りは、狙撃手を狩ろうと主戦場を離脱した相手から狙撃手を守るには、その場で自分の隊の攻撃手を一人追っ手に差し向ければなんとかなる。

 

 最初から狙撃手に護衛を配置するという采配は、矢張り普通は有り得ないのだ。

 

「…………ですが、『那須隊』はそのセオリーを逆手に取った。『諏訪隊』に()()()()()()()()()()()()()()()と思い込ませ、熊谷が日浦の護衛に配置されている可能性から目を逸らさせたのです」

「成る程、しかしそうなると『諏訪隊』は何処に熊谷隊員がいると考えていたのでしょうか?」

「恐らく、主戦場の傍でしょうね」

 

 東は一呼吸置き、続ける。

 

「『那須隊』はこの試合で、自分の隊の隊員を順次主戦場に介入させる事で試合を有利に進めて来ました。七海が派手に暴れる事で日浦が狙撃する隙を作り出し、その後も七海の動きをベースに戦場をコントロールしていた」

 

 東の言う通り、『那須隊』は七海が主戦場で暴れ回り、そこに日浦の狙撃、那須の奇襲を加える事で相手の裏をかき続けて来た。

 

 戦力の順次投入という戦略が、『那須隊』の方針であると思い込ませた。

 

「決定的だったのは、那須隊長の奇襲ですね。恐らくあれで『諏訪隊』は、残る熊谷も主戦場に介入する隙を狙っているものと()()()()()。諏訪はその奇襲で落とされた当人なので、より強くそう考えてしまった事でしょう」

 

 それに、と東は付け加えた。

 

「熊谷は前期のランク戦まで、那須隊長の護衛として立ち回っていました。『諏訪隊』は前期でも何度も『那須隊』と戦っていますから、()()()()()()()()()()という先入観があったのかもしれません」

「成る程、それが『那須隊』が仕掛けた思考誘導であると」

 

 その通り、と東はにこやかに答えた。

 

「『諏訪隊』は一点も取れないまま二人が落とされた事で、こう思った筈です。()()()()()()()()()()()()()と。何も出来ずに落とされた分、口惜しさも相当なものでしょうからね」

 

 確かに、『諏訪隊』の二人は『那須隊』に思うが侭に翻弄され、一点も取れずに落とされてしまった。

 

 その悔しさは、思考から余裕を奪うには充分過ぎた。

 

「だからこそ、熊谷が日浦の護衛として配置されている可能性を見抜けなかった────いえ、見抜くだけの()()がなかった。先に落ちた堤と諏訪も、最後に残された笹森も、焦りで柔軟な思考が抜け落ちてしまったワケですね」

 

 

 

 

「ったく、耳が痛ぇぜ。悪ぃな、日佐人。俺のミスで、お前を無駄に落とさせちまった」

 

 東の解説を聞いていた諏訪は、作戦室でばつの悪そうな顔でそう告げた。

 

 それを聞いた笹森はいえ、と俯きながら答える。

 

「熊谷先輩が日浦さんを護衛している可能性を見抜けなかったのは、俺も同じです。諏訪さんの所為じゃありませんよ」

「まあまあ、見抜けなかったのは全員同じだし。誰の責任かで考えるべきじゃないよ」

 

 落ち込む二人を見兼ねたのか、堤が即座にフォローに入る。

 

 粗雑に見えて割と面倒見が良く隊長としての自覚もある諏訪と、まだ精神的に未熟な所がある笹森相手では、こうして堤がフォローに入る事が多い。

 

 堤は年齢こそ諏訪と同じだが隊長の責務に縛られてはいないし、何より性格的にも仲裁には向いていた。

 

 この隊の仲を取り持つ、精神的なバランサーと言えるだろう。

 

「全員仲良く0点だかんね~。誰が悪いって言うなら、全員悪いよ~」

「まあ、全員が反省点があったという事で、次に繋げましょう。今期のランク戦は、まだ始まったばかりなんですし」

 

 小佐野と堤のフォローを聞き、諏訪は苦笑し笹森の肩をがしっと掴んだ。

 

「わっ、諏訪さん……っ!?」

「ってぇ事だ。良い様にやられちまったのは悔しいけどよ、挽回が効かねえワケでもねえ。堤の言う通り、ランク戦はまだ1ROUND目なんだしよ」

「……はい……っ! 俺も次は、もっと活躍できるように頑張ります……っ!」

 

 諏訪の発破を受け、落ち込んでいた笹森の表情に笑顔が戻る。

 

 なんだかんだで、悪くない隊の雰囲気であった。

 

 

 

 

「それにしても、ホントに今回の『那須隊』は戦術がえぐいというか、初見殺し満載って感じだったよね。東さんの言う通りさ」

 

 解説席で緑川は東の解説を反復しながら、そう呟いた。

 

 何処か楽し気な様子さえ滲ませて、緑川は口を開く。

 

「『諏訪隊』を精神的に追い込んだのはその通りだと思うし、『鈴鳴第一』に対してもそうだよね」

「ええ、その通りですね。『那須隊』は、『鈴鳴第一』の中でも来馬を集中的にターゲッティングしていました」

 

 緑川の言葉を、東はそう言って肯定する。

 

「『鈴鳴第一』の村上と太一は、来馬が危険に晒されれば必ずそれを庇います。『那須隊』は今回、それを利用して徹底的に来馬を狙って二人の動きを封じ込めました」

「太一先輩も、来馬さんを狙われて炙り出されちゃったからね~」

 

 二人の言う通り、七海達はこの試合で執拗な程狙いを来馬に集中させた。

 

 来馬が狙われれば必ず二人がカバーに入るという事を知っていた七海は、来馬を狙い続ける事で村上の動きを制限し太一を上手く釣り出した。

 

 親しい相手でも試合では微塵も容赦しない、七海らしいえぐい作戦と言える。

 

「では、来馬隊長の守りに意識を傾け過ぎた事が『鈴鳴第一』の敗因になった、という事でしょうか」

「かと言って来馬なしでは()()()()がいなくなるので、どちらにせよ厳しい展開になったと思いますよ。必ずしも、村上と太一の行動が悪手であったとは言い切れません」

 

 東の言う通り、『鈴鳴第一』で中距離の()()()()が出来るのは来馬だけだ。

 

 七海のサイドエフェクトの関係上狙撃では有効打が狙い難い為、中距離の銃撃が行える来馬の役割は地味に重要なのだ。

 

 銃で()()()()事が出来る来馬がいたからこそ、あの二人の攻撃が()()()()で済んだのだ。

 

 もしも銃で撃ち返せる来馬がいなければ、二人の攻撃は更に苛烈さを増したに違いない。

 

 来馬なしであれば、村上は七海と那須の飽和攻撃に成す術もなかったであろう。

 

「勝敗の分かれ目は、矢張り七海と那須を合流させてしまった事でしょうね。あの二人の合流は、なんとしてでも阻止するべきでした」

「合流してからの二人は、物凄かったですからね。まるで、戦闘機の爆撃を見ているようでした」

「実際、戦った事のある身からすればそんな感じだよ。こっちの攻撃は全然当たらないのにあっちの攻撃は雨あられと降り注ぐんだから、射程持ちがいないとそもそも戦いにならないしね」

 

 東の言葉に、桜子と緑川も同意する。

 

 実際にあの二人のタッグと戦った事のある緑川にしてみれば、その実感もひとしおだ。

 

 双葉共々、あの時の模擬戦はちょっとしたトラウマになっていたりする。

 

「七海隊員は1対1での戦いであれば、村上には劣ります。実際、村上との個人戦の戦績も村上が勝ち越していますしね。ですが、乱戦というフィールドと入り組んだ地形、そして仲間の援護を受けた七海の動きは個人戦のそれとは別物でした」

「村上先輩も、()()()()()()()()()()と戦ったのは初めてだろうからね。一度戦った相手には確実に有利になるのが村上先輩の強みだけど、だからこそ意表を突かれた感じなのかも」

「恐らく、それも計算の内だったのでしょうね」

 

 東はそこまで言うと、説明を続けた。

 

「最後、二人が落ちた原因である()()()()()()の罠も七海は今回初めて使ったものと思われます」

「でもあれ、いつの間に仕掛けてたんですか? しかも七つも」

「七海が『メテオラ』で爆撃を仕掛けて、二人の視界を塞いでいる間ですね」

 

 つまり、と東は説明する。

 

「あの時、七海の『メテオラ』と那須の『バイパー』の飽和攻撃によって村上と来馬は防戦一方でした。更には七海の『メテオラ』は爆発の範囲が広い為、周囲の視界は殆ど塞がっていた状態に近かった」

 

 東は桜子に頼み、七海と那須の猛攻の映像を映し出す。

 

「七海が『メテオラ』をあれだけの回数使い続けたのは、地面にクレーターを空けてその中に『置きメテオラ』という()()を仕掛ける為だったんです」

 

 そして、と東は続ける。

 

()からの攻撃の対処で手一杯だった二人は、七海が仕掛けた『地雷』に気付けなかった。二人の傍に丁度彼等が入り込める大きさの穴が空いていたのも、地雷原に二人を誘い込む為の罠だったワケです。まあ、七海の恵まれたトリオン能力だからこそ出来る荒業ではありますが」

「七海先輩のトリオン能力って、攻撃手の中じゃずば抜けて高いからね。確か、レイジさんより少し下くらいじゃなかったっけか」

 

 七海のトリオン能力は、『10』。

 

 これは、トリオン能力が低めな者が多い攻撃手の中では飛び抜けて高い数値だ。

 

 通常、トリオン能力が高い者はそのアドバンテージを最大限に活かす為に射手や銃手になる場合が多い。

 

 二宮や出水のように、トリオン能力に優れた者は射手というポジションがその強みを生かし易いからである。

 

 一方、精々ブレードやシールドの形成くらいしかトリオンを使わない攻撃手は、比較的トリオン能力の上下に影響され難いポジションだ。

 

 代わりに近接戦闘のセンスが必要となるが、生まれつきの才能であるトリオン能力よりは努力や鍛錬でどうにかなる域ではある。

 

 翻って、七海は近接戦闘のセンスにも溢れ、トリオン能力も高い。

 

 やろうと思えば、どのポジションでも問題なくこなせるポテンシャルはある。

 

 だが、その中でも七海は敢えて攻撃手という立ち位置を選んだ。

 

 自分の能力を『那須隊』で最も活かせるのは、そのポジションであると理解したが故に。

 

 結果的に、それは正解だったと言えるだろう。

 

「この試合では完全に戦術で封殺された形になりましたが、村上もこれで七海の乱戦の動きは()()()筈です。次は、こう簡単にはいかないでしょう」

 

 

 

 

「鋼……」

 

 『鈴鳴第一』の作戦室で、来馬は黙って東の解説を聞いていた村上を見詰めていた。

 

 その視線に気付いた村上が車の方を振り向き、その口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「来馬先輩、東さんの言う通りです。俺は、来馬隊長を守った事を後悔なんてしていません。今回は単に、七海の奴にしてやられただけです」

「そうっすよ……っ! 間違っても、来馬先輩の所為で負けたとかじゃないっすから……っ!」

「太一、一言余計」

 

 ジト目で太一を睨みつける今に対し、来馬はまあまあ、と苦笑しながら仲裁に入る。

 

 自分よりも、常に仲間を優先する。

 

 それが、この『鈴鳴第一』の持っている暖かな()なのかもしれなかった。

 

 村上はその様子を微笑まし気に見ながら、改まって来馬に向き直る。

 

「とにかく、これで七海のチーム戦での動きは()()出来ました。次は、やらせません」

「うん、頼りにしてるよ。僕もなんとか出来るように頑張るから、あまり気負い過ぎないようにね」

「「はい……っ!」」

 

 来馬の激励に、村上達は笑顔で応える。

 

 『鈴鳴第一』は、決意を新たに再戦の誓いを立てた。

 

 

 

 

「最初に言った通り、今回の『那須隊』の勝ちはMAP選択による地形の有利と七海隊員が加わった事によって得られた新戦術をぶつける事で勝利を得ました。しかし逆に言えば、同じ手は二度は通用しないという事です」

 

 東はそう告げると、試合の得点が表示された画面を見る。

 

「今回、『那須隊』は一挙に8得点を獲得しました。夜の部の結果が出なければ明確な順位はまだ分かりませんが、次の戦いでは恐らくMAP選択権が得られる事はないでしょう」

「初期ポイントは2点だったけど、これで一気に10点まで増えたからね。B級中位じゃ中々無い得点率だし、少なくとも次当たる相手の誰よりも下のポイントにはならないでしょ」

「MAP選択権があるのは、対戦するチームの中で最もポイントが低いチームですからね。お二人の言う通り、彼等にMAP選択権が回って来る可能性は低いでしょう」

 

 東の言葉に、緑川と桜子も同意する。

 

 MAP選択権は、ポイントが低いチームに対する()()()のようなものだ。

 

 今回8ポイントという大量得点を獲得した『那須隊』は、少なくとも次の試合でMAP選択権を得られる事はない筈だ。

 

「つまり、今回の最大の勝因だった地形での有利と初見殺しという要素を次回は使えないという事です。次の試合で、七海を加えた新たな『那須隊』の真価が問われる事でしょう」

 

 東はそう言って、今回の試合の総評を締め括った。

 

 緑川も楽し気な表情を浮かべ、桜子も笑顔で頷いた。

 

「ありがとうございました。これにてB級ランク戦ROUND1、昼の部を終了致します。皆さん、お疲れ様でしたっ!」

 

 そして、七海の初陣であったROUND1の正式な終了が告げられる。

 

 会場は、大歓声を以てその宣告を受け入れた。




 これにてB級ランク戦ROUND1終了です。

 あとは試合の後の後日談みたいな感じですね。

 ROUND2までの間の日常回です。

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