痛みを識るもの   作:デスイーター

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パーティ③

 

「……ふぅ……」

 

 那須は一人、溜め息を吐いた。

 

 店内は賑やかで喧騒に包まれており、何処もかしこも楽しそうに笑い合っている。

 

 ふと、目を向ける。

 

 その先には、柿崎隊の面々と楽しそうに話している熊谷の姿があった。

 

 

 

 

「熊谷先輩、あの時の話をもっと聞かせて貰えますか? 犬飼先輩相手の立ち回りでどう考えて動いたのか、聞いてみたいです」

 

 照屋はそう言って、熊谷に対して話を求めた。

 

 これまでは普段のスポーツについて雑談していた彼女だったが、どうせだから、と聞きたかった事を聞きに行ったらしい。

 

 熊谷は照屋に請われ、困ったような顔をする。

 

「あー、いや、参ったわね。あの時は無我夢中だったから……」

「けど、考えなしでやったワケじゃないだろ? どういう考えで戦ったのかっていう方針とか、そのあたりを聞かせてやってくれないか?」

「…………そっか、そこまで言うならなら話すけど。あの時はね……」

 

 柿崎のフォローを聞き、それならばと最終ROUNDの犬飼戦について熊谷は言葉を選びながら話していく。

 

 それを熱心に聞いているのは、照屋だ。

 

 恐らく、今後の立ち回りの参考にしたいと考え、熊谷に話を聞きに来たのだろう。

 

 犬飼を倒した時の熊谷の動きは、彼女本人がどう思っているにしろ、あの時出来る最善だったと言って良い。

 

 自身の持つ手札を適切に使い、犬飼の思考を推察し、出来る最善をやり尽くした。

 

 だからこそ、犬飼にその牙が届いたのだ。

 

 犬飼は、付け焼刃で倒せるような甘い相手ではない。

 

 それまでに培った剣術と立ち回り。

 

 出水から習い直した射撃トリガーと、その扱い。

 

 そして、それらを上手く組み合わせる戦術眼と相手の動きを読む洞察力。

 

 そのいずれかが欠けていれば、あの勝利はなかっただろう。

 

 故に、照屋は教えを乞うたのだ。

 

 柿崎隊は、今まで一度もB級上位に上がれてはいない。

 

 それは即ち、明確な格上とチームとして戦った経験がない事を意味している。

 

 格上との戦いは、格下や同格相手のそれよりも上質な経験値と成り得る。

 

 ましてや、その相手に勝った経験であれば猶更だ。

 

 照屋は、それが知りたい。

 

 彼女だけではない。

 

 柿崎も、虎太郎もまた、それを聞いて上へ登る足掛かりにしたいのだ。

 

 お世辞にも、前期の熊谷はそこまで突出した実力者とは言えなかった。

 

 その彼女が、B級一位に上り詰めるチームの一員としての成長を見せたのだ。

 

 そんな彼女から少しでも何かを学び取りたいと考えるのは、自然な事だ。

 

 ボーダーの正隊員に、向上心のない者などいない。

 

 少なくともB級中位以上のメンバーは、誰も彼も上を目指して日々己を磨き続け、試行錯誤を繰り返している。

 

 そんな姿勢は、熊谷からしても好ましいものだ。

 

 此処まで頼って来られて、悪い気などする筈もない。

 

 そんなこんなで、自身の体験を伝えていく熊谷であった。

 

 

 

 

「むぅ……」

 

 柿崎達と話している熊谷を見て、那須は何処か呆けた声をあげた。

 

 那須は、独占欲の強い人間である。

 

 異性として好意を抱く七海は言わずもがな、特に仲の良い────────否、唯一の身内であるチームメイトに関しても、自分以外の人とあまり仲良くして欲しくないという想いが少なからずある。

 

 あのROUND3の時の一件を経て多少は自制出来るようにはなっているが、それでも現在進行形で熊谷が自分よりも他の人を優先しているように見える光景は正直面白くない。

 

 同時に、そんな自分に対する自己嫌悪も沸いていた。

 

 人は、他者と繋がるものだ。

 

 一人きりで出来る事など、たかが知れている。

 

 けれどこれまでの那須は、七海とチームメイトさえいればそれでいいと、半ば本気で考えていた。

 

 彼女の世界は、今まで閉じてしまっていた。

 

 那須の世界で色彩を持っているのは、七海と那須隊のチームメイトだけ。

 

 他の人間は、正直有象無象にしか見えていない。

 

 学友の小南でさえ、七海達と比べれば那須の世界の中での色は薄い。

 

 彼女は、チームメイト以外の人間を本当の意味では一切視界に入れていなかった。

 

 しかし、それはあくまでこれまでの話。

 

 今の那須の世界は、チームメイト以外の人間にもしっかり()が付いている。

 

 チームメイトと比べれば薄いけれど、確かに浮き上がる色がある。

 

 それは、彼女が閉じた世界を脱した証拠でもあった。

 

 だが、それはそれとして今更どう他人と関わって良いのか判断が出来ない。

 

 なにせ、これまで彼女が興味を持って接していたのは七海を含むチームメイトのみ。

 

 他の人間に関しては戦力的な意味ではともかく性質的な意味では碌に情報を集めようとしていなかった為、殆ど顔は知っているがどんな人かは知らない、という状態に近い。

 

 極端な表現かもしれないが、那須の認識としてはそのようなものであった。

 

 誰と、どんな事を話せばいいのか、分からない。

 

 事務的な会話や社交辞令なら、どうとでもなる。

 

 けれど、いざ雑談に興じようと思っても、どう話しかければ良いかが分からない。

 

 それに、話しかけたところで受け入れられるのか、という想いもある。

 

 那須は、ROUND3の失態で盛大にその内に秘めたものを晒してしまった。

 

 あれを見ていた者は、一様に察しただろう。

 

 那須は、自分は、少々、普通ではないのだと。

 

 一度だけ例の試合のログを見た事があるが、正直自分でももう二度と見たくないと思う程度にはあの時の自分は酷い有り様だった。

 

 あれを見た者達がどういった感想を抱いたのかは、想像に難くない。

 

 あまり近付きたくない人物、という評価をされていてもなんらおかしくないのだ。

 

 一つの事実として、このお好み焼き屋に来てからチームメイト以外では社交辞令以外で那須に声をかけた者は一人もいない。

 

 その経緯が、那須に自分から声をかける切っ掛けを失わせていた。

 

 全て那須の妄想である、と切って捨てるには状況証拠が揃い過ぎている。

 

 あれから変わったとある程度の自負はあるが、他の者がどう考えているかは不明なのだ。

 

 全くの的外れな推察、とは確かに言えないだろう。

 

 だからこそ、那須は声をかける勇気が持てないでいた。

 

 戦闘では華麗な活躍を見せる那須だが、プライベートとなると自発的なコミュニケーションが苦手な内向的な少女としての面が強く出る。

 

 基本的に、那須の対人関係は受け身なのだ。

 

 自分から人間関係を広げよう、という視点をそもそも彼女は持っていなかった。

 

 今のチームメイトと知り合ったのも、熊谷が彼女に話しかけたのが切っ掛けだ。

 

 那須はその美貌と病弱な少女という特性もあり、一般人が話しかけるのは少々ハードルが高い。

 

 以前の那須は他人への興味がほぼ皆無に近かった為、彼女自身も関わりを作る事を避けていたのも孤立に拍車をかけていた。

 

 一つの契機となったのは、ボーダーへの入隊である。

 

 七海と共に身体的なハンディキャップを補う可能性を求めてボーダーへ入隊した那須は、そこで自分でも普通に動く事が出来るトリオン体という新たな身体を手に入れた。

 

 文字通り羽根が生えたかのような軽い身体を手にした彼女は、それを使う事に夢中になった。

 

 建物の間を跳び回り、相手を翻弄して蜂の巣にする爽快感。

 

 それは、それまで味わった事のない快感であった。

 

 B級に上がったばかりの頃は、その感覚を味わいたくて一時期個人ランク戦にのめり込んでいた。

 

 熊谷と出会ったのは、そんな時だった。

 

 適当に選んだ、個人戦の相手。

 

 最初は、その程度の認識だった。

 

 けれど、試合が終わった後、負けたにも関わらず「凄いね」と笑顔で言って来た熊谷に、興味を惹かれた。

 

 熊谷は負けた事を愚痴るのではなく、那須の美貌についても言及する事なく、ただその実力を評価してくれた。

 

 そして、チームを組もうと、誘ってくれたのだ。

 

 熊谷には、感謝しかない。

 

 チームを組んで、戦う。

 

 その時の那須にとって、それは単に熊谷や七海とボーダーで一緒にいる為の口実に過ぎなかったかもしれない。

 

 だが、今は違う。

 

 チームメイトは掛け替えのない仲間であり、戦友だ。

 

 那須は、共に戦い、高め合う楽しさを知った。

 

 かつてのような、一方的な蹂躙を楽しむ為だけの戦いではない。

 

 戦略を考え、チームを的確に運用し、勝利に繋げていく。

 

 その詰将棋のような感覚を、那須は好ましく思っていた。

 

 戦略は未だに小夜子や七海を頼る事が多いが、以前の独りよがりな戦いよりも充実した戦闘が行えた事は事実である。

 

 その果てに、B級二位(影浦隊)B級一位(二宮隊)にすら勝利出来た。

 

 この集まりも、それを祝っての事である。

 

 けれど、那須は何処か自分が場違いではないか、という想いを払拭出来ずにいた。

 

 熊谷は柿崎隊と。

 

 茜はユズルを始めとした狙撃手の面々と。

 

 そして七海は村上や荒船を始めとしたたくさんの人々と。

 

 楽しそうに、笑顔で会話を交わしていた。

 

 それが少しだけ妬ましく、ちょっとだけ羨ましい。

 

 自分は、あの輪の中には入れない。

 

 そう、考えていた。

 

「あれ? 電話……?」

 

 不意に電話が鳴ったのは、そんな時だった。

 

 周囲に一言断り、席を離れて携帯を見る。

 

 そこには、小夜子からの着信が表示されていた。

 

 男性恐怖症で迂闊な外出が出来ない小夜子は、当然この集まりには不参加だ。

 

 今はその埋め合わせにと那須達が置いて行った菓子折りを手に、ゲーム仲間の羽矢と趣味に興じている筈である。

 

 そんな小夜子が何故、と思ったが、何か緊急の用事かもしれない、と考えた那須は電話を取った。

 

『あ、通じました。那須先輩、今一人ですか?』

「え、ええ、席を離れているけれど」

 

 それがどうかしたの? と問う那須に、小夜子は電話の向こうではぁ、と溜め息を吐いた。

 

『そういう意味じゃないです。那須先輩、一人だけチームメイト以外に話す相手がいなくて困ってたんじゃないですか?』

「……!」

 

 図星を突かれ、那須は絶句する。

 

 なんで、どうして、という疑問を口にする前に、小夜子が言葉を続けた。

 

『なんで分かったのか、なんて言うまでもないじゃないですか。那須先輩、友達いませんもんね。コミュ力も低いし』

「あぅ……」

 

 事実なので言い返す事も出来ず、那須は可愛い悲鳴をあげた。

 

 予想通りの那須の有り様に、小夜子は再び溜め息を吐いた。

 

『那須先輩、今まで意識的に友達を作ろう、とか全くして来なかったですものね。私と同じで、仲が良い数人さえいればそれで良いや、ってタイプですもん。プライベートで話す相手、チームメイト(わたしたち)だけですもんね』

「……うぅ……」

 

 これまた事実なので、返す言葉もない。

 

 那須が言葉に詰まっていると、小夜子がようやく本題に入った。

 

『予想通りの反応、ありがとうございます。ですので、朗報です。今回はそんな情けない那須先輩に、アドバイスを送る為に連絡した次第です』

「え……?」

 

 予想していなかった話題の転換に、那須は目を白黒させる。

 

 無論、小夜子は気にせず続きを口にした。

 

『取り合えず、周りからどう見られてるかどうかってのは一旦横に置いて下さい。手遅れなところを気にしたってどうしようもありませんから。それより、重要なのは自分からコミュニケーションを取る意思を示す事です』

「コミュニケーションの、意思……?」

 

 そうです、と小夜子は肯定する。

 

『多分無意識でやってるんでしょうけど、那須先輩って他人に対して壁がありますよね? 他の人と取っておきたい距離(パーソナルスペース)がやけに広いというか、話しかけないで、ってオーラが出てるんですよ』

 

 そりゃあ他の人も気後れしますよね、とずばずば言ってのける小夜子に那須はストレートに沈む。

 

 ある程度自覚はあったものの、こうして言葉にされるとそれはそれでクルものがある。

 

 しかし小夜子は、構わず話を続けた。

 

『ですので、自分から話しかける事でそのパーソナルスペースをある程度取っ払いちゃいましょう。意思表示、ってのは大事ですからね。ゲームでも選択肢を選ぶ事で先に進みますし、似たようなものですよ』

 

 でも、と小夜子は続けた。

 

『いきなり色んな人に話しかけてみましょう、ってのもぼっちの那須先輩には難易度高いでしょうから、手始めに照屋さんなんかどうですか? 一応同じ学校って聞いてますし、女性同士だからまだ話し易いと思いますけど』

「照屋さんか……」

 

 確かに、照屋は那須と同じ星輪女学院の生徒である。

 

 当然学内で顔を合わせた事もあるし、学年こそ違うが他の学校の面々よりは関わる機会は多い。

 

 だが、コミュニケーションに不自由していないリア充集団のただ中にいる照屋と、対人関係がそもそも苦手な那須とでは水と油も良いところだ。

 

 正直に言って、上手く話せる気がしない。

 

 自信ないな、と那須の口から弱音が零れる。

 

 当然、それを無視する小夜子ではない。

 

『何言ってるんですか。それでも、同じ学校────────それも星輪なんてお嬢様学校の所属なんですから、他の人に声かけるよりはマシでしょう? 丁度、熊谷先輩っていう共通の友人もいるんですしね』

「あ、そっか。くまちゃんがお世話になってるから……」

『ええ、会話の取っ掛かりは掴めると思います』

 

 出汁にする事を既に前提とされている熊谷には悪いが、確かに小夜子の言う通りである。

 

 最初は熊谷がお世話になっているから、という体で話し始めれば、あちらとしても無碍にはしないだろう。

 

 柿崎隊は善人揃いなので、拒否される可能性もまずない。

 

 加えて、柿崎が傍にいる為出来る限りのフォローはしてくれるだろう。

 

 小夜子なりに色々考えた末の人選である事は、間違いなかった。

 

『ともかく、あーだこーだ言うより行動あるのみです。ここらで根暗で陰キャなヤバイ女のイメージは払拭して、少しでも陽キャに近付いてみましょう。私と違って外を出歩けるんですから、やっておいて損はない筈ですよ』

「…………ありがとう、小夜ちゃん」

 

 ヤバイ女、という発言は取り合えずスルーして、那須は小夜子に礼を言った。

 

 そんな小夜子は「あれ? 突っ込まないんだ」と小さく呟きながら、電話口の向こうで苦笑した。

 

『いえいえ、単に七海先輩の好感度を稼ぎたいだけですからお礼には及びませんよ。それでもくれるって言うなら七海先輩貸して下さい』

「それは駄目」

『そこは、良いわ、って言いましょうよぉ。私なりに受け売────────知恵を絞ったんですからぁ』

「………………………………………………………………………………………………………………………………考えては、みる」

 

 長い長い逡巡の後、那須は絞り出すようにそう口にした。

 

 色々思うところはあるが、助かったのは事実なのだ。

 

 条件によっては妥協しても良いかもしれない、と思うくらいには那須は小夜子を信頼してもいた。

 

 これが他の女性だった場合、ノータイムで粛清決定(ギルティ)であるが。

 

『言質取りましたからね? ともあれ、騙されたと思ってやってみて下さい。まずは動かないと、何も始まりませんからね』

「うん。やってみる────────ありがと、小夜ちゃん」

『どういたしまして』

 

 そうして二人の会話は終わり、電話は切れた。

 

 那須はぱしん、と自分の頬を叩いて踵を返す。

 

 向かう先は、熊谷が座っている────────照屋達のいる、テーブル。

 

 コミュ障が忌避するリア充オーラ(高い壁)が見えるが、既に後退の意思はない。

 

 いざ、戦場へ。

 

 そんな意気込みで友達になりに(決戦に)向かう、那須の姿がそこにはあったのだった。





 うちの那須さんは基本、チキンなので後押しがないと何も出来ません。

 ROUND3で色々改善はしたんですが、それでも性根までは変わってません。

 ぼっちだからね。仕方ないね。
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