「随分気にかけてるのね」
「ま、うちの隊長ですし。それに、愛しい恋敵でもありますからね」
スレンダーな長髪の美女、と呼ぶべき容姿の少女、橘高羽矢。
ゲーム仲間である彼女の言葉に、小夜子は苦笑ながら答えた。
現在、小夜子と羽矢は小夜子の自室でゲームに興じていた。
小夜子は男性恐怖症を患っている為、迂闊な外出は出来ない。
故に、大勢が集まる飲食店に行くなど以ての外である。
ボーダー隊員を信用していないワケではないが、彼女のそれは最早生理的な反射行動に近い。
那須達の信頼を集め、尚且つ自分に対して真摯に向き合ってくれた七海だからこそ例外になっているのであり、他の男性に関しては変わらず拒否反応が出てしまう。
心の病は、気の持ちようでどうこう出来る類のものでは断じてない。
本人が無意識に設定したボーダーラインを踏み越えた瞬間、反射的に拒否反応が出てしまうのだ。
故に、精神的な疾患を抱える者に「度胸が足りない」だの「努力が足りない」だのといった偏見は的外れにも程がある。
だからこそ、そういった疾患を抱える者達に対して重要なのは見守り、向き合う事だ。
相手の主張を否定せず、受け入れ、決して意見の押し付けはしない。
七海は、それが出来たからこそ小夜子に受け入れられたのだ。
そして、恋されたのだ。
誰が相手でも同じ対応をされれば惚れるかと言われれば、否である。
小夜子は、七海だからこそ恋したのだ。
慕っている那須のパートナーであり、熊谷と茜も全幅の信頼を置いている存在。
また、これもまた重要な事だが七海は飛び抜けた美形ではないが顔立ちは整っている。
そして、話し上手ではないが話を聞くのは上手い部類に入る。
決して意見を押し付けず、相手の話を聞き、自分の意思は明示する。
何より、その誠実さは那須隊の皆が知るところだ。
そんな七海だからこそ、小夜子は受け入れる事が出来た。
しかしそれは、男性恐怖症が治った事を意味しない。
相変わらず、七海以外の男性と同じ空間にいると日常生活が困難なレベルの状態に陥ってしまう事は変わらない。
ただ、七海と言う例外が出来ただけなのだから。
そのような状態であった為、彼女の交友関係はかなり狭い。
しかし、那須と違ってチームメイト以外との交流が皆無というワケではないのだ。
同じオペレーター仲間とはそれなりに話はするし、中でもゲーム仲間である羽矢と国近の二人とは特に仲が良い。
今日もまた、一人だけパーティーに行けない小夜子を気遣ってこうして羽矢がやって来たワケである。
国近は太刀川達に付いて行ったが、羽矢がオペレーターを務める王子隊はあの場に招待されてはいない為、彼女は特に憂いなくこの場に来れたという理由もある。
あの場に招待された部隊はいずれも那須隊のメンバーと個人的な繋がりがある者達ばかりだが、残念ながら王子隊の場合は小夜子と羽矢が友人関係なだけで、王子隊の戦闘員の面々とは顔合わせすらしていない。
というか、羽矢と小夜子がゲーム仲間である事自体、王子達は知らないのだ。
察しているかどうかまでは分からないが、少なくとも羽矢からそれを暴露した事はない。
故に、王子隊は那須隊とのコネクションを得るには至らず、誘われなかったというワケである。
ともあれ、羽矢がこの場にいるのはそういった経緯だ。
羽矢は小夜子の返答を聞き、ふぅん、と呟き目を細めた。
「恋敵かぁ。割と根暗だと思ってたのに、そういうのはハッキリ言っちゃうのね」
「根暗なのは言い訳しませんが、それはそれとして恋してるのは事実ですから。あ、言っちゃ駄目ですよ? この事は那須先輩しか知らないんですから」
「言わないわ。友達の秘密を晒すほど、落ちぶれちゃいないつもりだもの」
分かり切った返答を聞き、小夜子は苦笑した。
羽矢は、見た目は垢抜けた美人である。
那須のような浮世離れした美貌ではないが、それでも美人、と断言して良いレベルの容姿を持っていた。
まあ、その中身は隠れオタクであり、二次元にしか興味がなく三次元の男に欠片も興味を持てなかったという、喪女属性全開の少女なのであるが。
七海しか目に入っていない那須と同じで、モテはするが、本人は別にモテなくても良いと割り切っているタイプである。
那須は七海以外の男が眼中にないからこそモテなくても良いと思っているタイプだが、羽矢の場合はそもそも自分自身の恋愛にリソースを割くという思考そのものがないのだ。
仕事をこなし、お金を稼ぎ、趣味の時間を作りながら安定した生活を送る。
それが、羽矢の持つ将来設計である。
正直、結婚したら趣味の時間がなくなるからいいやと考えているタイプに近い。
彼女からしてみれば、同じ趣味を持ちながら恋愛に全力を注ぐ小夜子のスタンスは少々理解し難い。
けれど、否定はしない。
小夜子が本気なのは見れば分かるし、友達の真剣な想いを無碍にするほど屑ではないつもりである。
正直、失恋が決まっているにも関わらず想いを捨てないのはどうなのかとも思うが、こればかりは友人の羽矢にも口出しする権利はない。
恋は、不用意に他人が関わって良いものではないのだから。
「でも、よく分からないわね。恋敵なんて邪魔なだけだと思うのに、そんなに楽しそうに話すなんて」
しかし、分からない事はある。
小夜子は那須の事を「恋敵」とハッキリ言っているが、それにしては嫉妬などの負の感情が殆ど見受けられない。
むしろ楽し気にその事を語っているのが、羽矢には不思議だった。
ゲームや漫画では媒体にもよるが、大抵恋敵同士というものは険悪になるものである。
それは、現実でも同じ。
自分と同じ相手を好きになった相手など、恋する乙女にとっては敵でしかない。
なのに小夜子は、その
それは少々、羽矢には理解が及ばない感性であった。
「単純な話ですよ。私は七海先輩に恋してますけど、那須先輩の事も大好きですから。あ、別に百合的な意味ではなく」
「それは分かってるわ」
「ならいいです」
私、ノーマルですから、と小夜子は捕捉する。
そんな事は、羽矢とて言われるまでもなく分かっている。
小夜子は確かに男性恐怖症だが、別に女性を恋愛対象として見ているワケではない。
良く男性嫌いのキャラは百合性癖があったりするが、男性嫌いだからと言って安易に同性愛に走るような人物はむしろ稀だ。
小夜子も羽矢もオタク趣味にどっぷり浸かっているが、そのあたりの分別は出来ている。
別段同性愛を差別するワケではないが、少なくとも彼女達にはそんな趣味はないのである。
「でも、友情よりも愛情を取るのが恋する乙女ってやつじゃないの?」
「考え方の違いですね。私は、友愛も恋愛も、どっちも捨てる気がないだけです。七海先輩は好きですし隙あらば掻っ攫う事も吝かではありませんが、それはそれとして那須先輩にも嫌われたくないんです」
だったら、と小夜子は続ける。
「正妻を諦めて、那須先輩公認の愛人にでもなった方が色々お得なんですよ。正直、那須先輩は七海先輩以外の人とくっつくのは有り得ませんからね」
「まあそうよね。けど、愛人とは中々えぐい事考えるわね」
「道は険しいですけどね。ですが、険しいからと言って登らない理由にはなりませんからね」
ハッピーエンドの為に頑張りますよ、と小夜子は奮起する。
小夜子が恋を諦めるのが一番角が立たないのではないか、と思わなくもなかったが、口には出さない。
何よりも、彼女自身が今の状態に納得しているのだ。
ならば、安易な口出しはするべきではない。
こういう気遣いが出来るからこそ、羽矢は小夜子のゲーム仲間になれたのだから。
今更、友情が壊れかねない口出しをして彼女に嫌われたくはない。
「ま、頑張って。骨は拾ってあげるから」
「大丈夫ですよ。私、愛は重いタイプですから」
「それは知ってる」
既に一生ものの恋愛だと腹を括っている以上、小夜子の愛の重さは嫌でも分かる。
一歩間違えればメンヘラになりかねないレベルだが、どちらにせよ今後一切七海以外に恋する気がないのは変わらない。
新しい幸せを見つけた方が良い、なんて言葉は戯言だ。
それは、恋の重さを知らないからこそ吐ける言葉である。
恋は、愛とは違う。
愛は理性と打算で動くが、恋は徹頭徹尾感情なのだ。
燃え上がった恋心は、そう簡単に鎮火しない。
特に、心の壁が分厚い小夜子のような少女ならば猶更だ。
恋は尊ぶべきもの、愛は妥協するもの。
愛を知るのは、大人になってからで良い。
少女のうちは、見つけた恋に全力であれ。
それが、若者の特権、というものなのだから。
「でも、アドバイスはあれで良かったの? 聞く限り、那須さんって自発的なコミュニケーション苦手でしょ?」
「だからこそですよ。柿崎隊は、ぶっちゃけ善人の集まりです。ランク戦ではそこが付け入る隙になったんですが、日常生活においてあれくらい盤石な部隊は中々ないです」
ですので、と小夜子は続ける。
「那須先輩がおっかなびっくり話しかけにいけば、十中八九世話を焼いてくれます。熊谷先輩から聞いた柿崎隊の人となりなら、まず間違いなくそうなるでしょう」
「まあ、確かにあそこはお人よしの集まりだしねえ」
二人の言う通り、柿崎隊はその全員が人が良い。
柿崎は善性が凝り固まったような性格をしているし、虎太郎も困った人は放っておけないタイプだ。
照屋も二人と比べれば現実主義だが面倒見は良く、フォローも上手い。
那須が突貫してしどろもどろになったとしても、上手に捌いてくれるだろう。
まあ、二、三、小言が付くかもしれないが、それは必要経費だと思って貰うしかないだろう。
「那須先輩はですね、もっと交友関係を広めるべきです。私と違って日常用のトリオン体さえ使えば出歩けはするんですから、隊の外の人とも関わっていかなきゃいざという時頼れる人がいなくなりますからね」
その典型例が、ROUND3の時の惨状である。
那須は隊の外に交友関係が一切なく、負い目から隊の者を避けて引き籠もった。
恐らく、あそこで加古に発破をかけられた小夜子が殴り込みに行かなければ、ずっと一人でうじうじしていただろう。
だからこそ、那須には自分の世界を広げて欲しい。
これまで隊のメンバーだけで完結していた那須の世界を、もっと広いものにして欲しい。
そうでもしなければ、いざという時頼れる人が限られ過ぎる。
万が一那須の一大事に隊の全員が手を離せなかった場合、そこをフォローする人間は必要である。
そうした打算が含まれてはいるが、そもそも人間関係は大抵打算から始まるものだ。
とにかく切っ掛けがなければ人の輪は広がらないのだから、最初の理由は別に打算でも構わない。
信頼関係は、知り合ってから深めるものだ。
気心知れた同僚とて、最初は同じ苦楽を共にする打算から関係が始まるものなのだから。
今の那須には、その最初の一歩が足りていない。
だからああして、多少の失敗はフォローしてくれるであろう柿崎隊に突貫するよう仕向けたのだ。
那須は
後になって行動を振り返れば、何が必要で何が大事な事なのかは理解出来る筈だ。
(…………まあ、私の事は完全に棚にあげてますけどねえ)
小夜子は密かに、心の中でそう愚痴る。
偉そうな事を言っているが、結局のところ自分の出来ない事を那須にやれと言っているのだから、あまり胸を張れる立場ではない。
仕方のない事、と割り切るには彼女はまだ若かった。
ある種の達観を得ているとはいえ、小夜子もまた16歳の少女に過ぎない。
割り切り、受け入れきれないものはどうしてもある。
それでも、小夜子は那須にもっと外に目を向けて欲しかった。
チームメイトとして、友人として。
そして、恋敵として。
以前は照れ隠しで那須の事はどうでも良い、なんて言ってはいるが、なんだかんだで小夜子は七海と那須、その両者に幸せになって欲しいと願っている。
そうでなければ、わざわざ身を退く選択などしないだろう。
本当であれば、那須がボタンをかけ違え覚悟を決め切れていなかった時に七海を掻っ攫う事も小夜子には出来た。
七海が応じるかどうかはともかくとして、そういう選択肢自体は提示されていた。
けれど、小夜子はやらなかった。
七海が幸せになるには、那須と結ばれるしかないと理解していたが故に。
だからこそ、あの時は捨て身の覚悟で那須にぶつかったのだ。
あの
那須は頭の回転が速い分、余計な事を考え過ぎてしまう傾向がある。
故に、小夜子は女のエゴを全開にして那須にぶつかったのだ。
それが、那須の本音を引き出す最適解であると信じて。
結果としては上々で、那須は掛け違えたボタンをかけ直す事が出来た。
だが、ボタンを掛け違え続けていた事実が消えるワケでもない。
その
彼女と向き合い、性根を叩き直した張本人として、小夜子には那須の負債の清算に付き合う義務と権利がある。
だからこそ、こうして那須にアドバイスを送ったのだ。
那須があのような場に行けば自然と孤立するだろう事は、嫌でも理解出来た。
腐っても恋敵。
相手の考えくらい、手に取るように分かる。
後は適当なタイミングで連絡を入れ、那須に知恵を吹き込むだけだ。
こうして小夜子の目論見は成功し、那須に適切な助言を送る事が出来た。
流石に、彼女に出来る事は此処までである。
現場にいない以上フォローは出来ず、そもそも対人関係は小夜子自身も素人同然である為、事前に加古や国近の知恵を借りたのは間違いないが。
「まあ、私はどうでも良いけどね。ぶっちゃけると、趣味持ってるなら彼氏とか友達とか面倒じゃない?」
「あながち間違いではないでしょうが、ノーコメントとさせて頂きます」
「ノリ悪いなあ」
くすくすと、少女達は笑い合う。
狭い部屋で共にゲームに興じながらも、その意識はこの場にいない面々へと向けられている。
賽は投げた。
天命を尽くした。
後は、野となれ山となれ。
そんな話をしながら、小夜子は青い服を着た牧師のキャラで羽矢が操る隻眼の軍人キャラを蹂躙していたのだった。
少しだけ書くつもりが一話まるごと小夜子と羽矢さんのお話に。
勢いって怖いね。