痛みを識るもの   作:デスイーター

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パーティ⑥

 

「……ふぅ……」

 

 七海はお好み焼き屋の喧騒の中、一人静かに息を吐いた。

 

 先程までひっきりなしに七海の下を訪れて話しかけて来た隊員達もひと段落し、各々仲の良い者達で思い思いに話をしている。

 

 そして、その中には柿崎隊と楽しそうに会話する那須の姿もあった。

 

「私、桃缶が結構好きなの。そのまま食べるのもいいけど、少し手間を加えるとそれだけで結構凝ったものも作れるようになるわ」

「あ、いいですね。よければレシピ、教えて頂けますか?」

「構わないわ」

 

 那須は照屋と年頃の少女らしい会話に興じており、楽し気に笑い合っていた。

 

 あれは、今までの那須では有り得なかった光景だ。

 

 彼女はこれまで、七海に依存し、他に目を向けず、完全に自分の世界に閉じ籠もっていた。

 

 チームメイトはきちんと身内として扱い大切にしているが、他の人間に興味を抱く事に意義を持てなかった。

 

 その那須が、普通の少女のように学友と会話に興じている。

 

 その光景を見る事が出来ただけでも、此処まで頑張ってきた甲斐があったというものだ。

 

 あのROUND3の敗戦後、部屋に引き籠っていた那須がどうやって立ち直ったのか、詳しい話は聞いていない。

 

 ただ、小夜子がどうにかしてくれた、という事だけは知っていた。

 

 その小夜子が、「詮索は無用でお願いします」と言ったのだ。

 

 気にはなるが、敢えて根掘り葉掘り聞く事ではないと七海はそれ以上は何も聞こうとはしなかった。

 

 過程がどうあれ、小夜子が那須の為に尽力してくれたのだ。

 

 結果は出ているのだから、過程にあれこれ言うのは無粋というものだ。

 

 …………まあ、その「説得」の内容が小夜子の恋慕に深く関わっていた為、詮索を避けたという面もあるのだが。

 

 小夜子は今のところ、自分の想いを七海に告げるつもりはない。

 

 場合によっては考えるかもしれないが、那須が盛大に道を間違えでもしない限りは告白(先手)は那須に譲るつもりなのである。

 

 那須公認の愛人になる、という野望は今のところ、小夜子の妄想の域を出ない。

 

 機会があれば狙いはするが、那須と七海の関係性をぶち壊すつもりは彼女にはない。

 

 将来に渡って二人の傍にいれれば、極論その関係性はある程度妥協出来るつもりでいる。

 

 まあ、那須と結ばれた後の七海に想いを告げて困った顔が見たいという欲求も、ないワケではないのだが。

 

 ともあれ、その内実を知らないまでも小夜子が那須の変革に大きく関わった事は事実だ。

 

 七海としては、本当に頭が下がる思いである。

 

(ああやって笑っている玲も、可愛いな)

 

 唐突に、心の中で惚気る七海。

 

 ちなみにとうの那須はその時乙女的直感で「今何か嬉しい事が起きた」と察し、笑顔に知らず艶が出ていた。

 

 会話していた照屋は急に色気を醸し出した彼女を怪訝に思いもしたが、まあ些細な事だろうと気には留めなかった。

 

 同刻、自分の家で羽矢とゲームに興じていた小夜子が「今、悔しい事があった気がする」と唐突に呟き、羽矢に「電波でも受信した?」と突っ込まれている事など、七海には知る由もなかった。

 

 妙な電波の混線が起きたが、閑話休題(それはさておき)

 

 それなりに食べて満足した七海は、小休止を取っていた。

 

 七海の特注の日常用トリオン体は、通常のトリオン体とは幾つか異なる部分がある。

 

 まず、日常生活で不便にならないよう、トリオン体特有の膂力などは廃してある。

 

 戦闘で使うのならばともかく、日常では過剰な膂力など不便なだけだ。

 

 特に七海は無痛症故に加減が苦手な為、通常のトリオン体と同じ力があっては何が起こるか分かったものではない。

 

 その為、肉体の性能(スペック)としては可能な限り一般人の肉体に近付けてはある。

 

 トリオン体である為転倒や衝突などで怪我をしたりはしないが、あくまでその程度。

 

 少なくとも、そのまま戦闘転用出来るほどのものではない。

 

 第二に、トリオン体のエネルギー吸収効率も調整がかけられている。

 

 七海はこの日常用トリオン体があって初めて、濃い味付けの食べ物をごく薄くではあるがなんとか味を感知出来るようになる。

 

 生身の肉体では、何を食べても一切味は感じない。

 

 トリオン体でもその程度までしか味覚が回復しなかった事に開発部の鬼怒田は「本当にそれはただの無痛症なのか?」と首を傾げてはいたが、未だ根本的解決には至っていない。

 

 そこで問題になるのが、トリオン体のエネルギー吸収効率だ。

 

 トリオン体は普通の肉体と同じく飲食も可能だが、その場合エネルギーは100%身体に還元される。

 

 つまり、トリオン体のまま食べ続ければあっという間に体脂肪率が上昇し下手をすれば肥満になる。

 

 開発部の寺島も、トリオン体で飲食を続けた結果太ってしまったらしい。

 

 一度だけ戦闘用トリオン体のスマートな寺島を見た時は、あまりの変わりように言葉を失ったものだ。

 

 そういった弊害がある為、七海の使用するトリオン体にはエネルギーの吸収効率を可能な限り抑える仕掛けが施されている。

 

 それでも生身の肉体よりは吸収効率は上ではあるが、暴飲暴食を日常的にしていなければ問題のないレベルに調整されている。

 

 しかし通常のトリオン体同様満腹感を感じ難いのは事実である為、七海は意識して食べ物の摂取量を抑えるようにしていた。

 

 だが、食事を楽しんでいないかと問われればそんな事はない。

 

 影浦の用意してくれる七海専用のお好み焼きは彼が味を感じる事の出来る数少ない食べ物であり、カロリーの関係上頻繁に食べるワケにはいかないが、七海の密かな楽しみの一つである事は事実なのだ。

 

 無痛症を患って以降、七海は食事を楽しむ事に関しては半ば諦めていたのだ。

 

 けれど話を聞いた影浦は諦めず、七海の為に試行錯誤を繰り返し、七海が味を感じる事が出来るお好み焼きを作り上げてくれた。

 

 彼の心遣いには、感謝の言葉しかない。

 

「おう七海、疲れたか?」

「カゲさん。いえ、大丈夫です。カゲさんは……?」

 

 そんな時、タイミングを見計らっていたのかエプロンを外した影浦がそこに立っていた。

 

 影浦はああ、と答えニヤリと笑った。

 

「こっちの注文も、ひと段落したからよ。ここ、座らせて貰うぜ」

「どうぞ」

 

 七海の返答を聞いた影浦は七海の向かいに座り、ふぅ、と溜め息を吐いた。

 

 なんだかんだ、この打ち上げが始まってから注文を取ったり料理を運んだりなど、働き詰めだったのだ。

 

 流石の影浦にも、疲労の色が見える。

 

 ぼそりと聞こえた「風間さんがいなくて良かったぜ」という言葉は、恐らく聞き間違いではない。

 

 風間は身体は小さいが、健啖家として有名だ。

 

 山盛りのカツカレーを、次から次へと平らげていく光景は初めて見た時は目を疑ったものである。

 

 今回は何やら用事があるとの事で風間隊は不参加だったが、風間は表情は変えずとも若干不機嫌になっており、菊地原はあからさまに舌打ちを繰り返していたという。

 

 風間も菊地原も、言葉は厳しいが七海の事をかなり気にかけていた面々だ。

 

 菊地原も「この用事さえなければ……っ!」と地団太を踏むほど、悔しがっていたらしい。

 

 後日、その埋め合わせに駆り出された事は言うまでもない。

 

 風間は大人なのでそこらへんの分別は付くが、菊地原は一度拗ねるとかなり根に持つタイプだ。

 

 早めに対処しておかないと、加速度的に拗ね具合が増していくので注意が必要なのである。

 

 現在進行形でそんな状態の二人を宥める役割を担っている歌川は、ご愁傷様と言う他ない。

 

 後日彼曰く、「三上さんがいなかったら保ちませんでしたね」とのこと。

 

 尚、次の日には太刀川が課題をやり終えないうちに個人ランク戦に向かおうとした為、いつもより大きめの風間の雷が落ちた事は言うまでもない。

 

 戦闘馬鹿(太刀川)は遠慮をしなくても構わないカテゴリーの人間である為、彼に関しては自業自得ではある。

 

 機嫌が悪い時は、堪忍袋の緒は切れ易いものなのだから。

 

「けど、してやられちまったな。ったく、負けるつもりなんざなかったっつうのによ」

 

 影浦はポリポリと頭をかきながら、苦笑する。

 

 何処まで本気かは分からないが、あの戦いで手など抜いていなかった事は相対した七海が一番良く理解している。

 

 七海は影浦にとっては大切な弟子であるし、彼の成長は我が事のように嬉しい。

 

 だが同時に、戦闘者としての矜持も影浦は捨ててはいない。

 

 相手が誰であろうが、戦り合うのならば全力で。

 

 そうでなければ、相手にも、そして自分自身にも失礼である。

 

 故に、手加減など有り得ない。

 

 あの戦いは、単純に七海が影浦を上回った。

 

 ただ、それだけの話なのだから。

 

「流石に、あれだけ背中を押されて立ち止まるワケにはいきませんでしたからね」

「ハッ、言うようになったじゃねぇか。ま、きちっと勝ったんだからその通りなんだろうがな」

 

 影浦は笑いながら、くしゃりと七海の頭を撫でた。

 

 わしゃわしゃと力任せに頭を撫でる影浦に、七海はされるがままになっていた。

 

 七海にとって、影浦は師であると同時に、良い兄貴分であった。

 

 自分に兄がいたらこんな感じなのだろうか、と夢想した事もある。

 

 歳は一つしか違わないが、それでも七海にとって影浦は、敬愛に値する大切な人だった。

 

 あまり声を大にしては言えないが、影浦がもし他に弟子を取ったりしたら嫉妬してしまう自信がある。

 

 それくらい、七海にとって影浦の存在は大きなものだった。

 

 ────────七海の時間は、四年前のあの時から止まっていた。

 

 凍り付いた七海の心の時計は、下手をすれば那須と同じように自分の世界を狭めたまま外へ目を向ける事すらさせなかっただろう。

 

 けれど、凍り付いた時計の針の氷を少しずつ溶かした者達がいるのだ。

 

 それが荒船であり、村上であり、影浦だ。

 

 荒船からは、ボーダー隊員として生き抜く為の基礎を叩き込まれ、人を交わる楽しさを教え込まれた。

 

 村上からは、共に切磋琢磨し愚直に上を目指す遣り甲斐を伝えられた。

 

 そして影浦からは、自分は一人ではないと、こんな自分に心を砕いてくれる者がいるのだと、本当の意味で教えて貰えた。

 

 彼が、彼等がいなければ、今の自分は此処にはいない。

 

 本当に、自分には勿体ない、恩師()である。

 

 七海は心からそう思い、感謝した。

 

 言葉は少ないけれど、影浦からは自分を慮る意思が感じ取れる。

 

 思えば、此処まで心配をかけてばかりだった。

 

 影浦は、無痛症故に他の人と感覚が違う自分が皆に溶け込めるよう、いつも気を遣ってくれていた。

 

 積極的に個人ランク戦に誘うのも、戦いの楽しさを通じて交流を深めさせる為のものだろう。

 

 勿論、影浦自身が戦い好きであるのは確かだ。

 

 だが、粗雑に見えて実は面倒見の良い影浦は、それを口実にして七海の動向に常に気を配っていたのである。

 

 以前それを北添が指摘したところ、照れ隠しなのか訓練室まで追い立てられトリオン体で殴り合う事になったという経緯もある。

 

 あの時は、笑いながら殴り合う北添と影浦の姿が印象的だったと、一部始終を見ていたユズルは語っていた。

 

 まあ、北添と影浦は馴れ初めが殴り合い(ケンカ)だったらしいので、ある意味平常運転なのかもしれない。

 

 ぶっちゃけると、夕暮れの河原で喧嘩して仲良くなるタイプの面々なのだ。

 

 影浦は言わずもがな手が早いし、北添も穏やかな風貌に反してなんだかんだ腕力があって喧嘩慣れしている。

 

 共に肉体言語で語り合う方が手っ取り早いと思っているタイプであり、ある意味似た者同士なのだ。

 

 そして七海も、若干ながらその影響を受けている。

 

 七海は聞き上手ではあるが、話はあまり得意な方ではない。

 

 だが、自分の全霊を込めて相手と交錯する戦いは、千の言葉よりも実直に互いの想いをぶつけ合える。

 

 だからこそ、七海は戦いにおいて余計な言葉は発しない。

 

 戦闘中に喋っている暇があったらさっさと斬れというごく当たり前の事実もあるが、そもそも言葉で語れる程度の事は刃を交わせばそれで済む。

 

 戦いの中で交わし合う刃は、何よりも雄弁に互いの想いを伝え合えるのだから。

 

「カゲさん」

「なんだ?」

 

 故に、今さら言うべき言葉はない。

 

 伝えるべき言葉は、あの時に全て刃に乗せて告げたのだから。

 

「今まで、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」

 

 だから、これは宣誓。

 

 これまでは、手を引っ張って貰ってばかりだったけれど。

 

 これからは、隣に立って歩み続ける。

 

 上を、果てしない上を目指して。

 

 師と弟子というだけではなく、共に戦う、戦友として。

 

 七海は改めて、それを影浦に伝えたのだ。

 

「おう、よろしくな」

 

 それを、影浦は十全に理解する。

 

 この時ばかりは、彼は己の副作用(サイドエフェクト)に感謝した。

 

 己を慕う七海の意思を、これ以上なく正確に、自分に届けてくれたのだから。

 

 この副作用(ちから)を厭う気持ちは消えないけれど。

 

 それでも、こんな役得があるのならば悪くはないと。

 

 そう、思えたのだから。

 

「なんだなんだ、何の話だ?」

「俺も仲間に入れてくれよ、カゲ」

 

 そんな二人の下へ、笑いながら荒船と村上がやって来る。

 

「おっ、なんやなんや? おもろそうな事なら混ぜてーな」

「空気読んでたってのに、余計な事すんな生駒ァ。まあ、話に決着(ケリ)はついたみてぇだからいいけどよォ」

 

 その動きを察知した生駒がスタコラやって来て、友人の付き添い(保護者)として弓場も付いて来た。

 

「なんだ? ランク戦の話か? なら混ぜろ」

「そっちばっかりずりーぞ。俺も七海の師匠なんだから、混ぜてくれよー」

 

 そして、太刀川隊の師二人もその輪に入る。

 

 それを契機に続々と隊員達が集まりだし、いつの間にか多くの人々が七海の周りに集まっていた。

 

 各人が思い思いに騒ぎ出し、瞬く間に喧騒が満ちる。

 

 その有り様に苛立ちながら声を張り上げる影浦と、それを苦笑しながら眺める七海。

 

 那須隊の面々もその様子を見て笑い、店内には軽やかな笑い声が響く。

 

 人の輪が、繋がる。

 

 (パーティ)で深まる、仲間(パーティー)の絆。

 

 その光景こそが、七海達が歩んで来た道の。

 

 何よりの、報酬と言えた。





 今日は茜ちゃんの誕生日らしいで。

 ツイッターやってるとキャラの誕生日報告が流れて来るのが楽しいのう。
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