痛みを識るもの   作:デスイーター

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合同戦闘訓練/STAGE1
合同戦闘訓練開催


「皆、揃っているようだな。ではこれより、『合同戦闘訓練』────────即ち、今期のA級昇格試験についての説明を行う」

 

 会議室に響くのは、忍田本部長の声。

 

 最終ROUNDが終わった後の、月曜の昼。

 

 今この場には、今期のランク戦でB級上位に残留した七チームの面々が顔を揃えていた。

 

「…………さて、一先ずこの舞台には立てたか」

「ああ、そうだな」

「はい、頑張りましょう」

 

 一番奥の椅子に座るのは、B級七位、『王子隊』。

 

 王子一彰、蔵内和樹、樫尾由多嘉の三人が席に座り、事の成り行きを見守っていた。

 

 幾度か中位落ちを経験しながらも、手練手管を駆使して上位に舞い戻った彼等は、侮れない相手として今後もその手腕を発揮するであろう。

 

「…………」

「き、緊張するね」

「ば、馬鹿、言うなっての」

 

 その右隣に座るのは、B級六位、『香取隊』。

 

 王子隊と同じく中位落ちを繰り返しながらも、ようやく部隊としての形を整え上位に復帰した。

 

 未だ手が届かないと思っていたA級への昇格チャンスの思いも依らぬ到来に、三浦と若村は委縮してしまっている。

 

 ただ一人、香取だけは鋭い視線で周囲を見回し、毅然とした態度でその場に佇んでいた。

 

「静かに聞いてろよ、おめェら」

「は、はいっ!」

「うす」

「ああ、勿論だ」

 

 そして、王子隊の左隣に座るのはB級5位、『弓場隊』。

 

 隊長の弓場拓磨によって統率された四人は、姿勢を正して椅子に座っている。

 

 弓場本人はどうやら立っていたいらしいが、流石にこの場で立つのは自粛したらしい。

 

 彼は、TPOは弁える漢なのだから。

 

「楽しみやなー。そう思うやろ?」

「ま、俺らは俺らなりにやるだけやな」

「そうっすね」

「俺、頑張りますっ!」

 

 香取隊の手前に座る、B級四位『生駒隊』。

 

 安定した地力の部隊であり、今回もまたその力を存分に振るって来る事だろう。

 

「ったく、どうせ俺らはペナルティで上がれねえだろうがよ」

「まあまあ、取り合えず呼ばれたんだしちゃんと来ないとね」

「そうだよ。それに、何かの間違いで上がるチャンスがあるかもしれないじゃない?」

 

 弓場隊の手前に座るのは、B級三位『影浦隊』。

 

 これまでの経緯を考えればペナルティの所為でA級には上がれない筈の部隊だが、彼等もこの場に呼ばれていた。

 

 その真意は、未だ告げられていない。

 

「フン……」

「さてさて、どうなりますかね」

「どんな形式だろうと、全力を尽くすだけです」

 

 B級二位、『二宮隊』。

 

 王座を奪われたばかりの彼等も、この場に集っていた。

 

 相変わらず仏頂面で座る二宮に、飄々とした様子で腰かける犬飼。

 

 辻はそんな二人に挟まれながら、淡々とした態度を貫いていた。

 

 尚、辻が真ん中なのは他の部隊の女子と迂闊に接触させない為の二人の気遣いである事は言うまでもない。

 

「遂に来たわね」

「ああ、そうだな」

「どうなる事やら」

「ちょっとだけ、ワクワクしますね」

 

 そしてB級一位、『那須隊』。

 

 今期のダークホースであり、二宮隊から王座を掻っ攫った張本人である彼女達は、二宮隊と向かい合う形で席に付いていた。

 

 誰も彼も、下を向いている者はいない。

 

 正しく王者の貫禄で、彼女たちは己の勝ち取った席に座っていた。

 

 忍田は、集まった者達を一瞥する。

 

 その胸に去来する感情は、如何ほどのものか。

 

 その想いを押し殺し、忍田は口を開いた。

 

「まず、今期のランク戦を勝ち抜いた君たちに敬意を表したい。過程は様々ではあったが、君たちが勝ち取ったその席は、紛れもなく君達の努力の成果に他ならない。よく、研鑽を怠らず此処まで戦い抜いてくれた。私は、君達の奮闘を誇りに思う」

 

 だが、と忍田は続ける。

 

「以前も説明したが、これから行われる『合同戦闘訓練』は即ち、A級昇格試験と同義である。そして試験である以上、当然合否は別れる。つまり、君達にはもう一度A級の資格を懸けて戦って貰う事になる」

「…………1つ、いいすか?」

「構わない。質問はいつでも受け付ける」

 

 忍田は突然の影浦の問いにも動じず、即座にそう答えた。

 

 それを受け、影浦はその疑問を口にした。

 

「これがA級昇格試験の説明ってやつなら、俺らはどうなる? 前に受けた説明だと、俺らはペナルティで暫くA級には戻れないって話だったが?」

「…………そうだな。確かに、以前君にはそう説明した。如何なる理由があっても、君のやった事を看過する事は出来ない。だが、私としては未来ある若者のチャンスを奪い続けるのは決して本意ではないのだ」

 

 だから、と忍田は続ける。

 

「幸いと言うべきか、あれ以来君は目立った問題行動は起こしていない。更に後進の育成にも熱心に取り組んでいる、という話も聞いている。以上の状況を鑑みて、君達は条件付きでA級に上がる資格を与えても良いと考えている」

「条件……?」

 

 そうだ、と忍田は影浦の言葉を肯定する。

 

「今後、以前と同じような問題行動を起こさないと誓う事。そして、困った時は実力行使ではなく私に話を通す事。これが条件だ」

「……は……? それだけ、か……?」

 

 ああ、と忍田は頷く。

 

「…………君が例の件に至った理由は、私も聞き及んでいる。確かに君のした行為は許される事ではないが、根付さんの対応にも多少の問題があった事は事実だ。君が知りたかった事に関して教える事は出来ないが、この恩赦を以てどうか目を瞑って欲しい」

「…………成る程、本当の条件はそっちかよ」

 

 此処に来て、ようやく影浦は得心した。

 

 影浦隊がA級に上がる為の、本当の条件。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 鳩原の件は、上層部としても非常にデリケートな問題だ。

 

 例の根付アッパー事件は、影浦がユズルの意を汲んで根付に鳩原の件を問い質し、根付がその要請をにべもなく拒否した上に鳩原を侮辱するような発言をした事が原因だ。

 

 根付の発言で完全に頭に血が上ったユズルは、下手をすればそのまま根付に殴りかかっていただろう。

 

 だから、影浦が代わりに殴ったのだ。

 

 ユズルの評判を落とすくらいなら、自分が泥を被った方がずっとマシだと考えて。

 

 忍田は、その経緯を聞いていた。

 

 影浦を一方的に悪者にするには少々気の毒な案件だが、それはそれとして根付が殴られて何もなしでは彼の面目が立たない。

 

 彼の担当するメディア対策室がなければ、ボーダーアンチが蔓延り自分達はもっと苦しい立場に置かれていても不思議ではないのだ。

 

 だから、その顔役の彼の存在を蔑ろにするワケにはいかない。

 

 汚れ役は、いつだって必要なのだから。

 

 だが、それはそれとして鳩原の件をもう一度追求されても困る。

 

 もし、あの時の真実がユズルの耳に入ってしまえば、彼が鳩原と同じ()()をしないとは言い切れない。

 

 鳩原もまた、連れ去られた弟を助ける為に、密航などという違法行為に手を染めたのだから。

 

 だからこその、妥協点。

 

 今後鳩原の件について詮索しないのなら、ペナルティを解除しA級へ戻る道を開く。

 

 これは、そういう取引だ。

 

 全てを理解した影浦は、じろりと忍田を睨みつけた。

 

「…………そういう事なら、答えは決まってる。俺は────」

「────待って、カゲさん」

「ユズル……?」

 

 断る、と言いかけた影浦に、ユズルが待ったをかけた。

 

 影浦は訝し気にユズルを見据え、その視線を受けたユズルはゆっくりと口を開いた。

 

「大丈夫だから。オレ、その条件で良いよ」

「……! けど、おめぇは……っ!」

「いいんだ。これ以上、カゲさんに迷惑かけるワケにはいかないからね」

 

 そう言うと、ユズルはその場で立ち上がり、忍田と向かい合った。

 

「忍田本部長。その件に関して、情報を開示して貰う為の条件はありませんか?」

「…………そうだな。もし、君達が遠征部隊に選ばれたのならば、考慮しても良い。城戸司令からは、そう言質を取っている」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 ユズルはそう言って一礼し、席に着くと影浦に笑いかけた。

 

「だってさ。遠征部隊に選ばれれば、師匠の事は分かるんだ。だったら、やるしかないよね?」

「…………ったく、参ったな。そこまで言われちゃ、やるしかねーだろーが」

 

 ユズルに言い包められた影浦は頭をぽりぽりとかきながら、再び忍田に向き直った。

 

「忍田さん、その条件で良いぜ。誓ってやる。こいつ等が害されたりしねぇ限りは、ああいう真似は控える。これでいいか?」

「ああ、充分だ。私も目を光らせておくから、安心すると良い」

「ならいい。言質は取ったしな」

 

 影浦はそう告げると話を切り上げ、椅子に腰かけた。

 

 そしてちらりと、隣に座る二宮隊の面々を見据える。

 

(こいつ等がこうして此処にいるってこたぁ、似たような()()でも飲まされたか? ってぇと、二宮も鳩原の件に関しちゃ思う所があるよーだな)

 

 利用出来るか? と一瞬頭に過った考えを、影浦は即座に棄却した。

 

(止めだ止め。そういうのは俺のガラじゃねぇ。陰謀やら策謀やらは真っ平だ。やりてぇ奴が勝手にやってろ)

 

 影浦は鳩原の除隊に関して、きな臭いものを感じていた。

 

 根付は確かに鳩原の事を悪し様に言い過ぎではあったが、上層部としても鳩原の件は持て余しているように見えた。

 

 それだけの厄ネタなのだから、下手に頭を働かせて探ろうとするのは藪蛇だろう。

 

 折角、遠征に選ばれれば情報を開示する、という言質を取ったのだ。

 

 今は、それで満足しておく方が得策だろう。

 

「他に質問がなければ、説明に移らせて貰う。まず、試験の形式について説明しよう」

 

 話が終わったと判断した忍田は、早速試験内容について説明を開始した。

 

 忍田の指示で沢村が機器を操作すると、画面に『A』と印字されたアイコンと『B』と印字されたアイコンが三つずつ並んだ。

 

「以前の説明にあった通り、この合同戦闘訓練はB級部隊とA級部隊での技術交流、連携の練習が主目的だ。よって、このように君達B級部隊は試験の際はランダムなA級部隊とタッグを組んで挑んで貰う事になる」

 

 その説明と共に、画面の中の『A』のアイコン三つと『B』のアイコン三つが一つの輪の中に入り、チームの体裁を取った。

 

 文字通り、B級とA級の混合部隊による試合。

 

 そういう形式だという、説明だろう。

 

「試験は、一週間に一度のペースで合計四度行われる。最初の試験は、今週の土曜日────────つまり、11月9日に実施される。試験は毎週土曜日に行い、11月30日が最終試験日となる」

 

 即ち試験日は、11/9、11/16、11/23、11/30の計四回。

 

 それぞれの試験までには、一週間の猶予がある事になる。

 

「その週の試験の形式と、どのA級部隊と組むかの発表は、毎週月曜日に発表される。11月9日の試験については、今この場で発表を行う予定だ」

 

 その前に、と忍田は続ける。

 

「試験の、基本的なルールを説明しよう。まず、これを見てくれ」

 

 忍田がそう言うと、画面に一つの表が表示される。

 

 

部隊順位得点
那須隊 1位7Pt 
二宮隊 2位6Pt 
影浦隊 3位5Pt 
生駒隊 4位4Pt 
弓場隊 5位3Pt 
香取隊 6位2Pt 
王子隊 7位1Pt 

 

「君達には、今期のランク戦の最終結果に応じて上記の『初期ポイント』が与えられる。これは通常のランク戦の初期ポイントと同じようなものと考えて差し支えない。君たちの頑張りが、そのまま内申点になったようなものと思えば良い」

「…………成る程ね。流石にこの程度のハンデは付くか」

 

 王子は一人、小さな声でぼやいた。

 

 一位の那須隊と、七位の王子隊とでは6ポイントもの開きがある。

 

 王子隊が一位を目指すのならば、このポイント差を覆さなければならない。

 

 一筋縄で行かない事は、目に見えていた。

 

「試験でも、得点方式は通常のランク戦と同じだ。相手チームを一人緊急脱出させれば一点が加算され、最後まで生き残れば生存点が加算される」

 

 ただし、と忍田は付け加えた。

 

「試合中に一方のB級部隊が全員脱落した場合、その部隊と組んでいたA級隊員は全員が強制的に緊急脱出(ベイルアウト)となる。つまり、B級部隊(君達)が全滅した時点で、試験は終了という事だ」

「ま、そうなるわな」

 

 忍田の説明に、水上は得心して頷く。

 

 試験の形式を取っている以上、B級部隊が全員脱落した時点で試験が終了するのは当然だ。

 

 A級だけが残って戦って勝ったとしても、B級部隊の評価基準には成り得ないのだから。

 

「この緊急脱出は自発的な緊急脱出と同じように扱われる為、相手チームに得点が入る事はない。あくまで試験の終了処置である為、相手チームとの距離に関係なくこの緊急脱出は実行される事も付け加えておく」

 

 此処までは良いな、と確認し、忍田は説明を続ける。

 

「また、最終試験終了までに得点が15ポイントに満たなかった場合は、自動的に失格扱いになる。注意してくれ」

「最低、15点取らなきゃいけないワケか……」

 

 厳しいな、と三浦は呟く。

 

 香取隊の初期得点は、2ポイント。

 

 四試合で、合計13点を最低稼がなければならない。

 

 この面子相手にそれだけの得点を得られるのか、正直言って自信はない三浦であった。

 

「…………」

 

 その説明を聞いていた香取は、黙って何かしらを考え込んでいた。

 

 彼女の目に、諦観はない。

 

 何か、目的を見つけた。

 

 そんな、鋭い目つきであった。

 

「そして、特別ルールとしてB級隊員がA級隊員を落とした場合、一点ではなく二点がチームに加算される。これも踏まえて、作戦を立ててみてくれ」

 

 格上を倒したボーナスポイントだ、と忍田は言うが、これはそんな甘いものではない。

 

 このボーナスポイントの()()に気付いた隊員は、揃って険しい表情を浮かべていた。

 

「また、通常のランク戦では最もポイントの低いチームがMAPの選択権を持っていたが、今回の試験では全ての試合でMAPと天候はランダムに決定される。また、試合形式も一試合ごとに多少違って来るから説明を聞き逃さないようにして欲しい」

 

 地形と天候の、ランダム決定。

 

 つまり、予め準備した上で地形戦を仕掛ける事は不可能という事だ。

 

 下手をすれば相性の悪いMAPで戦う事態も有り得る為、運次第では厳しい戦いを強いられる事になるだろう。

 

「では、一試合目の組み合わせを発表する。9日の第一試験、昼の部は────」

 

 忍田の宣言と共に、画面にチーム名が表示される。

 

「────────B級一位『那須隊』・A級7位『三輪隊』VS B級六位『香取隊』・A級二位『冬島隊』だ」

「「……!」」

 

 香取と那須が、思わず互いを凝視する。

 

 三浦と若村はあからさまに顔を顰め、七海は静かに頷き、熊谷は那須に寄り添い────────茜は、何故か喜色を浮かべていた。

 

 彼女の視線は、自分達と組むチーム名に────────即ち、自分の師匠がいる三輪隊へと向けられていた。

 

 次なる相手は、香取隊。

 

 早くも波乱の予感渦巻く、マッチングとなった。




 合同戦闘訓練編スタートです。説明したように計四試合なのでランク戦編ほどには長くならない筈。

 腹痛で苦しんでいましたが、なんとか回復傾向にあります。食べ物には気を付けようね。

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