痛みを識るもの   作:デスイーター

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彼女たちの意思

 

「奈良坂先輩、今回は一緒に戦えますねっ!」

「ああ、そうだな…………よくやった、よくやった茜。これで堂々と茜と肩を並べて戦えるぞ。こんな機会はもうないかと思っていたが、これは運命というものに感謝しなければならないな。ふふふ…………

「…………先輩、漏れてる。漏れてますって……」

 

 合同戦闘訓練の第一試合、七海達那須隊は三輪隊と共闘する事になり、早速顔合わせを行った。

 

 こちらから行くのが筋だろうと小夜子を除いた那須隊の全員で三輪隊の隊室を訪れたのだが、隊長の三輪は米屋と共に席を外しており、代わりに茜の師匠でもある奈良坂が七海達を出迎えた。

 

 そうなると当然、彼の弟子である茜が真っ先に歩み寄ってはしゃぐのは想定出来た自体である。

 

 奈良坂はいつも通りの爽やかな笑顔で茜を出迎えているように見えるが、何故かその隣にいる古寺は青い顔をしている。

 

 何か、視てはいけないものを見てしまったかのような、そんな表情である。

 

 耳をすませば何か聞こえそうな気がしなくもないが、精神衛生上それはしない方が良さそうだと、七海の直感は訴えている。

 

 七海自身は特に不穏な気配は感じない為、その直感に従う事にしたのであった。

 

 …………まあ、耳を澄ませていた場合、奈良坂に対する印象が180度変わる事になっただろうが、結果的に回避されたので良しとするべきだろう。

 

 尚、奈良坂は茜との共闘が決まった瞬間、狂喜乱舞した事は言うまでもない。

 

 正直、七海達がこの隊室を訪れる直前までは、不気味な笑みと浮かべる奈良坂と二人きりという苦行を古寺は味わっていたのだ。

 

 ぶっちゃけ、怖かった。

 

 奈良坂は顔が整っているだけに、奇行に走ると妖怪じみた雰囲気を醸し出す。

 

 美人が怒ると怖いのと一緒で、顔面偏差値が高い奴が変な真似をすると違和感が物凄いのだ。

 

 尊敬する狙撃の師匠の知らなかった一面を垣間見て、どうしたらいいか分からず右往左往する古寺であった。

 

 言い訳をすると、奈良坂は最初から此処まであからさまな弟子馬鹿だったワケではない。

 

 最初は、常識の範疇で弟子として茜を指導していただけだ。

 

 変わったのは、今期で那須隊が勝ち進んでからである。

 

 前期とは比べ物にならない手腕を見せてチームに貢献する茜を見て、奈良坂は弟子の活躍が嬉しくなり────────そして、弾けた。

 

 それまでは抑え気味だった弟子への可愛がり(うちの子可愛い)が表に出始め、あからさまに茜を贔屓するようになったのである。

 

 最近では茜の行きたがっていたケーキバイキングにも自腹を切って連れて行っており、事あるごとに彼女に好物のソフトクリームをご馳走してもいた。

 

 また、例のチョコ菓子のたけのこの方も、度々茜に渡していたりもする。

 

 きのこ頭なのにたけのこ派である奈良坂としては、ちょっとした布教活動なのかもしれない。

 

 まあ、甘いものは特に区別なく好きな茜なので、師匠から振舞われたお菓子は喜んで食べていたので問題はないのだが。

 

「ふふ…………茜も透も、嬉しそうね」

 

 那須は、その光景を見て意味深な笑みを浮かべる。

 

 奈良坂の従兄弟でありそれなりの交流もある那須にとっては、彼の頭の中などとうにお見通しだ。

 

 以前の余裕がなかった頃ならいざ知らず、今の彼女には周囲に目を配るだけの思慮があるのだから。

 

 奈良坂が弟子が可愛くて仕方なくて暴走気味な事も、しっかり把握済みである。

 

 まあ、彼ならば悪いようにはしないだろうという信頼もあるので口出しはしない。

 

 茜も随分懐いているようだし、特に問題はないと那須は判断した。

 

 弟子のいない那須にとって師匠と弟子の関係性は理解の外だが、影浦と七海の関係性を見る限りまあ悪いものではないのだろうという事は分かる。

 

 害にならない限りは放置で構わない、というのが那須の結論であった。

 

 那須隊の一員(うちの子)を悲しませるなら容赦しないが、そうでなければ干渉する程ではない。

 

 そう考えて、微笑まし気にその様子を見守る那須であった。

 

「お、来てる来てる。悪いねー、ちと用事があってね」

「お前の課題を終わらせる手伝いが用事と言えば、そうなんだろうな。全く、今度からは貯め込んでも手伝わないからな」

 

 そんな時、不意に隊室に米屋と三輪が帰ってきた。

 

 どうやら米屋の課題に付き合った帰りのようである三輪はあからさまに疲れた顔をしており、米屋は反省の気配もなく「なはは」と笑っている。

 

 三輪はそんな米屋をジト目で睨みつけながら、七海達に向き直った。

 

「すぐに対応出来なくてすまなかった。話は聞いている。次の試合の打ち合わせの為に来たんだろう? こちらからも説明があるから、少し時間をくれないか」

「分かったわ」

 

 極めて礼儀正しく、公人としての態度で那須達に応対した三輪を見て、那須は以前の邂逅との差異に首を傾げたものの、一先ず拒否する理由もない為そう言って頷いた。

 

 それを確認した三輪は那須達の対面に腰かけ、七海に視線を移した。

 

「…………その前に、以前は失礼な態度を取ってしまってすまなかった。お前の意見を全面的に肯定する事は出来ないが、そういう人間もいるのだろうという事で納得する事にした。理解までは出来ないがな」

 

 以前の感情を剥きだしにした様相とは打って変わった態度に七海は面食らうが、今の三輪からは真摯な謝罪の姿勢を感じる。

 

 何があったのかは不明だが、心底反省しているのは間違いないらしい。

 

 ならばこちらも、相応の誠意で返さねば失礼というものだろう。

 

「構いません。俺も、貴方の全てを否定したいワケじゃありませんから」

「そうか」

 

 それに、と七海は続ける。

 

「あの時は憎んでいない、と言いましたが、近界民(ネイバー)に関して何も思っていないワケじゃありませんからね。貴方の気持ちが分かる、とまでは言いませんが、ある程度理解は出来るつもりです」

「…………そうか」

 

 三輪は、七海の返答を噛み締めるように聞き届け、頷く。

 

 確かにあの時、七海は三輪に対し「近界民は憎んでいない」と話したが、一から十までそれが本心というワケではない。

 

 七海が一番憎んだのは無力な自分自身ではあるが、「近界民さえいなければ」という想いが湧かなかったのかと問われれば、否定は出来ない。

 

 三輪のように激情を露わにしなかっただけで、暗い感情は確かにそこにあったのだ。

 

 恐らく、無痛症となり感情が鈍化した影響もあったのだろう。

 

 それがなければ、三輪のように復讐をアイデンティティにしていた可能性も0ではない。

 

 まあ、所詮はもしも(if)の話だ。

 

 今更言っても意味はないだろうが、それでもその言葉は、三輪に何かを考えさせるには充分な代物であったのだろう。

 

 七海を見る彼の視線の温度が、少しだけ上がった。

 

 そんな、気配がしたのだから。

 

「ですから、あの時の事は水に流す。余計な干渉はしない、という事で手打ちにしたいと思いますが、どうですか?」

「…………そうだな。俺も、それで構わない」

 

 三輪は深く、そう言って頷いた。

 

 その意思を確認し、七海は首肯する。

 

「なら、この話は終わりです。試験の話に移りましょう」

「ああ、そうだな。その方が、どちらにとっても良いだろう」

 

 話に区切りが付いたと判断し、三輪と七海は一度会話を打ち切った。

 

 全てとは行かないが、互いの間にあった蟠りは解消された。

 

 内実はともかく、そういう形にしたのだからこれ以上の言及はなし。

 

 そういう協定が、今交わされたのだった。

 

「試験の基本概要については、既に忍田本部長から聞いていると思う。俺から説明するのは、まず第一に俺達A級隊員の立場だ」

 

 前提として、と前置きして三輪は続ける。

 

「これから始まる『合同戦闘訓練』はA級とB級の技術交流の場であると同時に、お前達B級上位チームのA級昇格試験の場でもある。そして、俺達A級部隊はお前達と共闘もしくは対戦する相手であり、昇格試験の試験官でもある」

 

 つまりだな、と三輪は続ける。

 

「試験の時には、俺達はお前達の指示で動く。そして、基本的に()()()()()()A級部隊(おれたち)という戦力を、お前達がどう扱うか。そういう側面を見る試験でもあるからな」

「成る程な」

 

 三輪の説明に、もっともだ、と七海は納得する。

 

 A級への昇格試験である以上、部隊の総合力そのものを問われるのは通りだ。

 

 個々人の力量だけではなく、臨機応変な判断力や、引き際を見極める洞察力。

 

 更に戦力を的確に運用する指揮能力などが、その評価基準となる。

 

 A級部隊の指揮能力は、基本的にB級のそれよりも上だ。

 

 だが、その指揮能力に安易に頼るようでは、A級の資格なしと見做されてもなんら不思議ではない。

 

 そういう意味で、三輪の説明は理にかなっていた。

 

「お前達からの要請があれば献策や直接指揮する事も可能ではあるが、基本的にそういった行為はマイナス評価の対象になる。本気でA級を狙うのであれば、避けた方が良いだろうな」

「分かった。肝に銘じておく」

 

 ちなみに、と七海は少々気になった事を問いかけた。

 

「一応聞いてみるが、説明のあったポイントだけで合否が決まる、というワケじゃないんだな?」

「ああ、あのポイントはあくまで基礎的な項目だ。基本的に最終試験終了時に最もポイントが高かったチームが合格対象となるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこで響いて来るのが、試験官(おれたち)の付ける内申点だ」

 

 つまり、ポイントでトップを取るだけでは合格は出来ない。

 

 場合によっては「合格者なし」も充分有り得るのだと、三輪は説明した。

 

「お前達と組んだA級部隊は試験終了後、毎回その試験における評価項目を纏めてレポートとして提出する事になっている。これが、試験の合否に大きく関わって来るんだ」

 

 第一に、と三輪は続けた。

 

「このレポートは、試験官となるA級部隊長全員が目を通す。そして、最終試験終了時にそれらの情報を元に部隊長全員が合否の判断を下し、過半数────────つまり、本部所属じゃない玉狛を除いたA級部隊長8人中、6人が合格の判定を下す事で、そのチームの合格が決まるんだ」

「8人中、6人か……」

 

 順当な数だ、と七海は感じていた。

 

 今回のA級昇格試験は、通常のそれよりも受験資格が()()

 

 本来であればB級二位以上が受験資格となるA級昇格試験であるが、今回はB級上位────────即ちB級七位以上のチーム全員に、受験資格が与えられている。

 

 故に、合格基準が厳しくなるのは、むしろ当たり前だ。

 

 例の初期ポイントも、本来であれば受験資格を有しない筈のチームのふるい落としを狙っている面もあるのだろう。

 

 A級の名と地位は、決して甘いものではない。

 

 生半可な実力では、A級としてはやっていけない。

 

 だからこそ、三輪達は手を抜かないだろう。

 

 共闘相手としても、そして試験官としても。

 

「以上が簡単な説明だ。質問は受け付けるが、内容によっては評価点に関わる可能性もあるから注意してくれ。こうして俺達と顔を合わせた時点で、ある意味試験は始まっているからな」

 

 

 

 

「────────だから今回、アタシ達はアンタの指示に従うわ。これは、アタシ達の総意と思って貰って結構よ」

「……へぇ……」

 

 冬島隊、作戦室。

 

 そこで言い放たれた香取の発言に、冬島は目を見開き当真は面白そうに口元を歪めていた。

 

 発言を咀嚼した冬島は、コホン、と咳ばらいをして香取に問いかける。

 

「…………今の説明を聞いた上でそう言うって事は、減点は覚悟の上って取っても構わないって事か? 香取隊員」

「ええ、そうよ。流石に、聞いたばかりの事を忘れる程鳥頭じゃないわ」

 

 香取は、迷いなくそう断言した。

 

 冬島がこの場で説明した内容は、同時刻三輪が七海達に説明した内容とほぼ同じだ。

 

 それを踏まえた上で、香取は()()()()()()()と言った。

 

 つまりそれは、()()()()()()()()()()()()()()()と告げているに等しい。

 

 香取隊の初期ポイントは、2点。

 

 王子隊と同じくより多くのポイントが必要であるにも関わらず、減点を甘受する。

 

 香取は、そう言っているのだ。

 

「理由を聞こう、香取隊員。君は、この試験に合格したくないのか?」

「したくないワケじゃないじゃない。A級になるのは、アタシの目標よ」

 

 でもね、と香取は続ける。

 

「今のままじゃ、到底A級にはなれないって事は、アタシが一番分かってんのよ」

「ふむ」

 

 香取の真剣な声色に、冬島は傾聴の姿勢を取る。

 

 A級部隊(試験官)と顔を合わせた時点で、既に試験は始まっている。

 

 いわば、これは面接。

 

 実技試験の前の、思考調査。

 

 此処での発言が、ある意味今後を左右する。

 

 その大事な場での発言である事を理解しつつも、香取は躊躇いなく口を開く。

 

「悔しいけど、アタシ達はまだ弱い。これまでチームとしての連携訓練を碌に詰んでなかったから何もかも付け焼刃だし、格上を食う為の手札も足りない。ないない尽くしで、嫌になるくらいよ」

 

 まず、と香取は続ける。

 

「アタシ達には、()()()()()()()()()。今までそういうのは華に頼ってたけど、オペレーターの華にばっか負担かけちゃ勝てる試合も勝てなくなる」

 

 だから、と香取は真剣な声色で口にする。

 

「────────1回、体験したいの。巧い指揮で動く、っていう()()をね。どういう状況でどう動けばいいか、予想外の状況にどう対処すればいいか。そういう経験が、何が何でも欲しいワケ」

「だから、俺達に指揮を委ねると? 減点を覚悟してまで」

「そうよ。そう言ったわ」

 

 けど、と香取は告げる。

 

「アタシは別に、試験に合格するのを諦めたワケじゃない。この一戦の経験を糧にして、絶対に得点を稼いで合格してやるつもり。自慢するけど、アタシ割と要領は良い方なの。感覚さえ掴めれば、後はなんとかしてやるわ」

「だが、それはあくまでお前の場合だろう? チームメイトはどう考えているんだ? 一回きりの経験で、果たしてそう巧く成長出来るのか?」

 

 これは、冬島なりの分水嶺のつもりだった。

 

 もし、香取が「自分さえよければそれで良い」と考えているようなら、一顧だにも値しない。

 

 チームを大切にしない者に、A級たる資格はないからだ。

 

 指揮を引き受けるかどうかはともかく、レポートには「不合格」の印を押すだけだ。

 

 香取はその問いを受け、迷いなく答えを口にした。

 

「大丈夫よ。だって、この件に関しちゃ此処に来る前に相談したもの」

「ほう」

「言った筈よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。あれは、そういう意味なの」

 

 そうでしょ、と香取は若村達に話を振った。

 

 話を振られた若村は、顔を上げて重い口を開いた。

 

「…………はい、そうです。オレ達は最初から、貴方達に指揮権を委ねるつもりで来ました。理由は、葉子が言った内容が全てです」

「そうしなきゃ、どうしようもないって思ったもんね」

 

 ああ、と若村は三浦の言葉に同意する。

 

「葉子が言った通り、今のままじゃオレ達は弱過ぎる。特にオレは、チームの動かし方を何一つ分かっちゃいなかった。今まで文句ばかり垂れて何もしなかったツケが、このザマです」

 

 だけど、と若村は顔を上げる。

 

「ROUND4での大敗から、試行錯誤しながら何とかやって来ました。けど、独力じゃもう限界なんです。此処から上に上がるには、レベルの高い指揮を直に体験するくらいしかもう手がない」

「だから、決めたんです。たとえペナルティがあっても、今回は指揮権を委ねる、って。葉子ちゃんも、賛成してくれました」

「ええ、アタシもそれっきゃないと思ったしね。それで、どうなの? 指揮は、引き受けてくれるの?」

 

 三者三葉、自分の意思を口にする。

 

 言葉は違えど、その根本の意思は統一されている。

 

 以前の香取隊にはなかった、意思の一致。

 

 それが、今の彼女達には見えていた。

 

 その全てを聞き、冬島はその回答を告げる。

 

「────────ああ、構わない。そういう事であれば、喜んで引き受けるさ。指揮のなんたるかを、実践を通して叩き込んでやるよ」

 

 合格だ、と内心で笑みを浮かべながら。

 

 香取達の答えは、冬島としても満足の行くものだった。

 

 決して香取の独り善がりではなく、隊全員が意思を同じくして真剣に試験に向き合っている。

 

 これならば、結果次第ではA級としての資格ありと判断しても構わない。

 

 厳しい道のりではあるが、チャンスは0ではない。

 

 先が楽しみだな、と冬島は不敵な笑みを浮かべる香取達を見ながら口元を歪めた。

 

 当真もまた、その光景を見て喜色を露わにする。

 

「こりゃ、面白い事になりそうだな」

 

 香取隊は過去に二度、那須隊に敗北している。

 

 だが、この試験。

 

 一筋縄では、行かないだろう。

 

(さあて、油断してると足元掬われっぞ。こいつ等、一皮剥けたよーだしな)

 

 トップ狙撃手は、笑う。

 

 この先の、戦い。

 

 そこで起こるであろう、波乱を予感して。

 

 二度の敗北を経て、尚も前を剥き続けた香取隊。

 

 その蕾が、花開こうとしていた。





 二回叩き折ってようやく覚醒みたいな感じ。

 香取隊は徹底的に叩き折らないと成長は難しいからね。

 まあその分、爆発力は凄いワケですが。
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