「ふふふ、まさかこんな事になるなんてねえ。ちゃあんと評価下してあげるから、頑張ってね二宮くん」
「ふん、俺はいつも通りやるだけだ」
加古隊、作戦室。
その部屋の中央で楽し気な声をあげる加古と、普段より更に険しい表情をした二宮。
何が起きているかは、言うまでもない。
今回の第一試験で、加古隊と二宮隊が組む事になったのだ。
二宮と加古の仲の悪さは、正隊員の中では周知の事実だ。
彼等は旧東隊時代の同僚であり、旧知の仲でもある。
しかし性格的な相性が最悪なのか、顔を突き合わせれば大抵険悪な空気になる。
だが試験である以上、顔合わせはしなければならない。
二宮はそう割り切り、隊員と共にこの場にやって来たのである。
隊室にいたのは、加古と双葉の二人。
双葉は仲の良い犬飼の姿を見るなり、快く迎え入れて談笑────────否、すぐさま起きるであろう加古と二宮の衝突からさっさと逃げたのである。
同じ隊である双葉は、理由までは知らないまでも加古と二宮の仲が悪い事は理解している。
その二人が揃った時点で、空気が重くなるのは最早どうしようもない。
何せ、加古の方から執拗に二宮にあれこれと絡んでいくのだ。
基本的に必要な事以外は喋ろうとしない二宮だが、降りかかる火の粉を放置する程寛容でもない。
特に、加古相手の場合は二宮の沸点は普段より格段に低くなる。
「あらあら、やっぱり敗北を経験すると殊勝になるのかしらね? 一位の座から陥落した気分って、どんなものなのかしら?」
「下らん。挑発のつもりか」
「ふふ、別にそんなつもりはないわよ? 貴方が狭量なだけじゃないかしらね?」
更に言えば、今は加古の側に二宮を弄るネタがあるのだ。
これで衝突が起きないと思う程、双葉は間抜けではなかった。
(…………普段は頼りになる人なのに、なんで二宮さんと一緒にいる時だけ意地悪になるんだろう? 変なの)
双葉は犬飼と
正直な話、双葉は加古の二宮限定の態度の変化を常々訝しく思っていた。
聞いた話では元チームメイトという事なので仲良くしてもおかしくない関係性の筈だが、実態はその真逆。
顔を合わせれば、罵り合いの応酬ばかり。
チームメイトと良好な関係を築いている双葉には、二人の関係性の理由がちっとも理解出来ないのだ。
彼女はまだ幼く、経験に乏しい。
だから、人間関係の妙に関して熟達しているとはとても言えない。
猪突猛進癖は以前七海に叩きのめされた事である程度矯正されているが、思考が幼い事に変わりはない。
年齢を考えれば致し方ないが、ボーダーには珍しい
ついでに言えば、割と背伸び気味のませた子でもあるのだが。
その彼女に加古達の関係を理解しろというのは、流石に酷というものだろう。
「見てたわよー、最終ROUND。茜ちゃんに見事にスナイプされちゃって、随分驚いてたみたいだけど?」
「言い訳はしない。あれは間違いなく、俺の敗北だった」
「…………へぇ、素直じゃない。どうしたのよ?」
最終ROUNDの敗北を揶揄した加古だが、二宮があっさりそれを受け流した様子を見て、訝し気な顔を────────否、何かを察したような顔をした。
伊達に、長い付き合いではない。
二宮の内心など、とうにお見通しなのだから。
「二度も言わせるな。あれは、俺の負けだ。那須隊の戦略が、俺の予想を上回った。それだけだ」
だから、と二宮は告げる。
「その事実は否定しない。奴らの実力も認めている。俺は、勝者を乏しめる趣味はないからな」
那須隊は自分に、実力で勝った。
二宮はハッキリと、そう宣言した。
確かに二宮はプライドの高い男だが、相手の実力を頑として認めない程狭量ではない。
あの戦いで那須隊は、真っ向から自分を打ち破った。
ならばその事実を認めない事は彼等への侮辱となるし、何より自身の価値を貶める事になる。
最終ROUNDで那須隊は、全霊を以て二宮隊を打倒した。
その事実を否定する気はないし、誰にも否定させはしない。
それが、強者の矜持。
玉座を降りた射手の王の、誇りの証明だった。
「…………本当、変な所で律儀よね。二宮くんは」
その宣言を聞き、加古は思わず苦笑した。
何の事はない。
加古が二宮を執拗に煽っていたのは、この言葉を引き出したいが為だったのだから。
二宮があの敗北を肯定的に受け入れている事など、加古はとうに理解している。
だから、聞きたかったのだ。
他ならぬ二宮の口から、那須隊への労いの言葉を。
なんだかんだ、加古も那須隊には随分入れ込んでいるのだ。
可愛い後輩達の頑張りを認める発言を、この気難しい男から引き出したかった。
ただ、それだけだったのである。
(二宮くんの事だから、「俺からの労いなど余分だろう」なんて思って何も言ってないんだろうけど、そうじゃないのよねぇ。二宮くんがあの子達を認めた、ってのはそれだけで意味があるのに。本当、昔から気が利かないにも程があるわ)
加古は誰知らず、溜め息を吐いた。
今の発言は、一字一句記憶している。
実を言うと、ポケットに隠し持ったボイスレコーダーにも録音している。
無論、後で七海達に聞かせる為だ。
どうせ二宮は何の労いも口にしていないだろうと考えた加古の、迂遠な応援のようなものだ。
あの調子なら自分の後押しなど不要かもしれないが、何の切っ掛けで調子を崩すかはその時になってみないと分からないものだ。
那須と七海の関係性は正しく修正されたようだが、綻びがないワケではないのだから。
元気づける材料は、一つでもあった方が良い。
そう考えた結果の、加古の手回しであった。
(七海くん達は、三輪くんの所とだったわね。ちゃんと、仲良くやれてると良いんだけど)
「行くぞ」
「……!」
MAP、市街地B。
その路地裏に当たる箇所で、二人の少年が戦っていた。
三輪はその手に拳銃を携え、七海に向かって引き金を引く。
放たれる弾丸は、
無数に放たれた弾丸が、七海に向かって追い縋る。
七海はそれに対し、グラスホッパーを展開。
ジャンプ台トリガーを踏み込み、右へ大きく跳躍した。
「まだだ」
「……っ!」
だが、三輪の攻撃は終わらない。
三輪は、足元に四角形のフィールド────────
それを踏み込み、一気に七海へ肉薄する。
その手に持つのは弧月────────ではなく、
長刀型に形成した刃を、七海に向かって叩き付ける。
「……!」
七海はその攻撃を受けるのではなく、回避にて対応。
サイドステップで斬撃を回避し、更に三輪と距離を取る。
「────!」
そこに、飛来する一発の弾丸。
遠方より飛来した弾丸が、七海の胸を狙い撃つ。
完全な、不意打ち。
だが。
それは、七海以外が相手であった場合の話である。
サイドエフェクト、感知痛覚体質。
この能力により、七海は突然の狙撃だろうといつ何処から撃って来るのか感知出来る。
つまり、不意の狙撃だろうとそれは七海にとって
故に。
七海は、最小限の動きで狙撃を回避。
ただ一歩、右へ傾く。
それだけで、飛来した銃弾は空を切る。
「隙だぞ」
「……っ!」
だが、そんな事は狙撃手とて承知の上。
今の一撃は、七海を仕留める為の狙撃ではない。
七海の動きを、誘導する為の攻撃である。
つまり。
これは、三輪がグラスホッパーを用いて、七海に再び肉薄するまでの時間稼ぎ。
すぐさま後退しようとする七海だが、気付く。
七海のサイドエフェクトが、背後からの攻撃を感知している事に。
下がれば、やられる。
そう理解した七海は、即座に次の手を選択。
即ち。
「────メテオラ」
「「!」」
至近距離での、
シールドを張りながらメテオラを生成した七海は、それを地面に当てて起爆。
周囲を、爆発が呑み込んだ。
「────」
その隙を突いて、七海はその場から離脱。
体勢を立て直し、距離を取る為動き出す。
「逃がすか」
「……っ!」
だが、それを見逃す程三輪は愚鈍ではない。
いつの間にか背後までやって来た三輪は、右手に携えたスコーピオンを七海目掛けて振り下ろす。
それを回避し撤退する為、七海はグラスホッパーを展開。
それを踏み込み、離脱を図る。
「な……っ!?」
否、図ろうとした。
七海の踏み込もうとしたグラスホッパーは、狙撃によって霧散。
当然、ジャンプ台トリガーを踏み込む筈だった七海の足は空を切り、体勢が崩れる。
無論、三輪の攻撃は止まらない。
振り下ろされたスコーピオンを、七海のスコーピオンが受け止める。
響く、鈍い剣打音。
三輪の斬撃は、辛くも七海に防御された。
「────」
「……!」
攻撃はまだ、終わっていない。
七海の背後。
そこから、駆け寄る影がある。
迫って来たのは、弧月を携えた米屋。
三輪と鍔迫り合い、動きの止まった七海に向けて彼は背後から弧月を振り下ろす。
「く……っ!」
七海はそれを、紙一重の動きで回避。
サイドエフェクトが察知した攻撃範囲から、強引に身体をズラす。
「────幻踊弧月」
「……っ!」
瞬間、弧月の刀身が
弧月の刀身を変形させ、変化した形状で不意を打つ為のオプショントリガー。
その名は、『幻踊』。
変幻の刃の一撃が、七海の右足を斬り裂いた。
「ぐ……っ!」
片足を失い、バランスを失う七海。
それは、今この場では致命的な隙だった。
「終わりだ」
一閃。
三輪のスコーピオンが、七海の胸を貫いた。
回避は、出来なかった。
咄嗟の回避の為に展開したグラスホッパーは、即座に狙撃によって撃ち抜かれていたが故に。
これで、致命。
『戦闘体活動限界』
機械音声が、七海の敗北を告げる。
その宣言を以て、この
「確かにお前のサイドエフェクトは有用だが、弱点が無いワケじゃない。さっきのような閉所での多対一になれば、隙を作る方法など幾らでもある。特に、相手はあの冬島隊だしな」
模擬戦終了後、三輪は隊室でそう切り出した。
先程の模擬戦は、第一試験の訓練として三輪が提案したものである。
わざわざ三輪自身のトリガーセットを香取のそれに変更した上で、七海相手に三輪・米屋・奈良坂の三人がかりで戦ったのだ。
古寺まで動員しなかったのは、本番で戦う
奈良坂は「不本意ですが二人がかりでやった方がレベルとしては妥当かと」と提言したが、それは後でも出来ると言って三輪はまず3対1の訓練を開始した。
結果は、七海の敗北。
流石にA級三人がかりで味方のカバーもなしでは、七海とて厳しかったようだ。
「香取隊は、前回の試合でスパイダーを使っている。あれは、明確にお前を対策したものだろう。今回も十中八九、ワイヤー陣を用いて来る筈だ」
なにせ、と三輪は続ける。
「あのトリガーは俺の鉛弾と同じで、ダメージが発生しない。お前のサイドエフェクトの、穴を突けるというワケだ。ある一点からあの試合では十全に活かし切れたとは言い難いが、それでも無視できない要素である事は確かだ」
「ある一点?」
そうだ、と三輪は頷く。
「香取隊には、狙撃手がいなかった。あの戦術は、狙撃手がいて初めて完成に至るものだからな」
香取隊のメンバー構成は、万能手・銃手・攻撃手の三人体勢。
チームの中に、狙撃手は含まれていない。
そこがあの戦術の欠陥だったと、三輪は指摘する。
「ただワイヤー陣を張っただけなら、そこを避けて戦えばそれで済む。だが、狙撃手がいるなら話は別だ。ワイヤー陣を攻略しなければ狙撃手が倒せない、という状況を作る事が出来れば、圧倒的に優位な陣形として機能するからな」
そう、ワイヤー陣はあくまで罠、
狭いMAPであればある程度効果的に使えるものの、広いMAPならば罠を仕掛けた場所を避けて戦えばどうとでもなるのだ。
あの時は初見だったからこそ罠にかかってしまったが、既に七海はスパイダーを香取隊が使う事を知っている。
前と同じ方法では、通用しないだろう。
だが、今回は決定的な違いとして相手に
遠距離攻撃手段のなかった香取隊に、狙撃手という新たな
この事実は、決して無視出来るものではない。
「そして、今回戦うのはNO1狙撃手の当真さんだ。あの人は、一筋縄じゃいかないぞ」
「なーんて、今頃俺の事でも話してるのかねえ」
当真は一人、ビルの上に座りながら笑みを浮かべていた。
眼下では、冬島が香取隊相手に自分のトリガーについて実践と共に説明を行っていた。
冬島のポジションは、
ボーダー内でも一握りしか存在しない、特殊な役職である。
彼の戦い方に慣れるには、実際に体感してみるのが手っ取り早い。
香取達は初めて見るトラッパー用トリガーの効果を確かめて、一喜一憂している最中であった。
その様子がふと気になって、当真は香取に通信を繋ぐ。
「どーだ? 大体理解出来たか?」
『当然じゃない。それと、アンタも口だけじゃないってトコ見せなさいよね。足引っ張ったら承知しないんだから』
「おいおい、ちょっと丸くなったって聞いてたけど、全然そんなことねーじゃねーの。ま、その調子で敵にも噛みついてくれよ」
ふぅ、と当真は溜め息と共に苦笑した。
まだ粗削りな所はあるが、空回りはしていない。
これなら、期待出来そうだ。
そう思い、当真はニヤリと口元を歪めた。
(ユズルをやられた借りもあるし、いっちょ派手にやりますかね。
『合同戦闘訓練』、第一試合。
波乱尽くしの戦いの時が、間近に迫っていた。
久々に二日続けて投稿出来た。
そろそろ始まります、合同戦闘訓練。
トラッパーに関しては色々初の試みですがやっていきます。
ランク戦での冬島隊の動きは想像するしかないんで、現状分かる情報から推測した動きでやっていく予定です。