痛みを識るもの   作:デスイーター

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第一試験、開始

「遂に、来たか……」

「そうだね。緊張するなあ」

 

 若村と三浦はカレンダーを見て、呟く。

 

 今日は、11月9日。

 

 合同戦闘訓練(A級昇格試験)、その第一試合当日である。

 

 これまで、若村達は冬島の指導の下この日に備えて様々な準備を行って来た。

 

 試験官である冬島隊が受験者の指導を行う事については、そもそもそれ自体が試験の一環である為問題ない。

 

 この試験は、何も本番の成績だけを見て合否を決められる類のものではない。

 

 むしろ、それ以外の内申点────────A級に相応しい精神性があるかどうかという点も、重要視される。

 

 精神性を見るには、鍛錬風景を見るのが手っ取り早い。

 

 訓練に真面目に取り組んでいるのか、はたまた感覚で効率化して要領良くやっているのか。

 

 そして、チームメイトとの関係性に不具合は無いか。

 

 それらを見る為に、試験官としてB級部隊と組んだA級部隊は彼等の訓練の手伝いを請け負っているのだ。

 

 最初に「自分達に頼ればその分減点される可能性が高い」と言ってはいるが、あれは半分ほどハッタリだ。

 

 あれはあくまで試験当日の事を指しているのであり、それまでの期間頼ってならないとは一言も言っていない。

 

 そこを見極めて訓練の手伝いを頼みに来られるかどうかというのも、一つの評価指針となる。

 

 いざという時、きちんと他人の手を借りる事に抵抗があるかどうか。

 

 そういう面もまた、実戦では重要となる。

 

 最初から職務を放棄するならともかく、自分達だけで荷が重いと感じた場合は他者を頼るのも立派な戦術行動だ。

 

 無理をして失敗するくらいなら、誰かを頼って事態を解決した方が良い。

 

 それが、戦場の常識というものだ。

 

 無論、無茶を通さなければならない場面は存在する。

 

 だが、それが全てではない。

 

 兵士の損失は、後々の組織の運用にすら関わって来る。

 

 正隊員には緊急脱出(ベイルアウト)機能が存在する為戦場で死亡する可能性は低いが、万が一という事もある。

 

 更に言えば、一部隊が無茶を通して無駄死にするよりも、きちんと生き残って他部隊と連携した方が全体の利となるという事情もある。

 

 つまり、訓練に付き合って貰う行為は減点どころか加点対象になるのだ。

 

 無論、訓練でだらしない姿を晒せば容赦なく減点されるだろうが、B級上位になってまでそんな無様を晒す輩はいない。

 

 そもそも、自身を鍛える事にストイックでなければ万年C級止まりなのが世の常だ。

 

 正隊員になった時点で、その程度の事は当然出来る。

 

 以前の停滞していた香取隊であれば危なかったかもしれないが、今はきちんと前を向いて真摯に訓練に取り組んでいる。

 

 その様子を見ていた冬島がレポート用のメモに『訓練態度:A』と記した事を、香取達は知らない。

 

 ともあれ、月曜からの5日間、香取隊は冬島隊指導の下試験当日に向けて様々な意味で鍛え直した。

 

 無論、この短期間で実力が劇的に上達するのは香取といえど不可能だ。

 

 彼等がこなしていたのは、冬島隊を組み込んだ連携の練習。

 

 狙撃手という香取隊に足りない要素と、特殊工作兵(トラッパー)という未知の要素を組み入れた香取隊としての動き方の訓練である。

 

 若村と三浦はまず、徹底的に基礎を鍛え上げた。

 

 無論、戦術としての基礎的な部分が甘過ぎたが故である。

 

 香取隊は香取の並外れた才覚に任せて碌な挫折を知らないまま上位まで駆け上がってしまった部隊であり、若村と三浦は本来中位時代に経験すべきであった()()()()()()()()体験を出来ていなかった。

 

 上位にまでなれば、苦境に陥れば香取以外上位レベルとは言い難い香取隊では、押し返す事は非常に難しい。

 

 結果、その場凌ぎの連携しか出来ていなかった香取隊は、香取が得点して勝つか、戦術で押し込まれて負けるか、その二択の部隊となってしまった。

 

 実質、香取一人で戦っているのとなんら変わらない部隊。

 

 それが、これまでの香取隊の評価であった。

 

 ROUND4の大敗以降若村が意識改革出来た為、ある程度マシにはなっているが、所詮は付け焼刃だ。

 

 百戦錬磨のB級上位の面々と比べれば、どうしても戦術面で数段劣る事は否定出来ない。

 

 故に、冬島は戦術の基礎を若村達に徹底的に教え込んだ。

 

 自分の策が失敗に終わった時の次善の策の用意、戦場の動きから相手の狙いを掴む方法論、敵に囲まれた時にやるべき事等々。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()である。

 

 戦場では、最初に立てた作戦が全て上手く行く事はむしろ稀だ。

 

 故に、作戦を立てる時はその策を破られた場合にどう対応するか、まで考えなければ意味がない。

 

 作戦が失敗してそのまま負ける、ではお話にならないからだ。

 

 若村には、これまでそれが全く足りていなかった。

 

 作戦を立てる事は出来る。

 

 だが、失敗した時の対処がお粗末に過ぎた。

 

 イレギュラー(予想外)が起こる事が当然である戦場では、それは明確な命取りだ。

 

 ROUND6では一人だけ生き残った時、捨て身の銃撃で1点稼ぐ事に成功しているが、それもその場で出来る事をなんとかこなしたに過ぎない。

 

 以前の「香取が落ちればそれで終わり」な状態よりは遥かにマシであるが、まだなんとか及第点、といったレベルだ。

 

 そういう詰めの甘さを、冬島は徹底的に矯正した。

 

 香取隊は、この一戦で戦術のノウハウを自分達から学ぶつもりであるという。

 

 ならば、自分達の指揮がない状態でも部隊を十全に動かせるようにならなければお話にならない。

 

 意気込みは買うが、それだけでは意味がない。

 

 想いだけでは、勝敗がひっくり返ったりはしないのだから。

 

「香取隊員、()()()を使った動きについては問題ないか」

「ええ、()()()わ」

 

 香取は冬島からの確認に、不敵な笑みで応える。

 

 それを見て、冬島は軽い笑みを浮かべた。

 

「ならいい。お前さんのセンスなら問題ないと思うが、本番で失敗しないようにしろよ」

「誰に言ってるのよ。これだけ練習して、失敗するワケがないでしょう」

「その意気だ。楽しみにしてるぞ」

 

 冬島は苦笑しながらそう告げ、仮想空間から離脱した。

 

 若村と三浦は一人になった香取に近付き、声をかける。

 

「葉子」

「葉子ちゃん……」

 

 不安を押し殺すような表情をしている若村と三浦を見て、香取は舌打ちしながらパンッ、と二人の肩を叩いた。

 

「痛っ!」

「わっ!」

「何情けない顔してんのよ。やる事はやったんだから、もっと堂々としなさいよ。そんな顔で、那須隊(あいつら)の前に立つつもり?」

 

 ジロリと若村達を睨みつけた香取は、不敵な笑みを浮かべる。

 

「勝つわよ、今度こそ。あいつらに、吠え面かかせてやろうじゃないの」

「……! ああ……っ!」

「うん。頑張ろうね」

 

 香取の発破に、二人は顔を上げる。

 

 そしてこつん、と三人は拳を合わせ、共に笑みを浮かべる。

 

 隊としての体裁すら成していなかった香取隊(かれら)は、もういない。

 

 此処にいるのは、真実チームメイトとなったB級上位部隊、『香取隊』の面々だ。

 

 これまでとは、違う。

 

 そんな空気が、彼等からは醸し出されていた。

 

『時間よ。三人とも』

「はい」

「うん」

「ええ」

 

 オペレーターの染井からの通信で、三人は試合に向かう為仮想空間を後にする。

 

 その流れは、以前と同じ。

 

 けれど、顔つきは違う。

 

 本当の意味でチームになった三人は、晴れやかな顔で試合会場へと向かっていった。

 

 

 

 

「さあ、前代未聞! B級とA級がタッグを組んでの特殊な形式のランク戦、A級昇格試験を兼ねた『合同戦闘訓練』の時間がやって参りました……っ!」

 

 ランク戦のブースで、普段通りの実況席に座るのは実況席の主、武富桜子。

 

 上層部との粘り強い交渉の結果、この合同戦闘訓練の解説を行う権利を勝ち取った女傑である。

 

 無論、最大の注目株である那須隊の初試合の実況は何が何でもやってやる、と意気込んでスケジュールを調整したのは言うまでもない。

 

 普段のランク戦と違い、C級隊員の姿はない。

 

 代わりに、観戦席には正隊員の面々がそこかしこに座っていた。

 

 協議の結果、解説と実況は許可するが、C級隊員の観戦は認めない、という結論に達した。

 

 というのも、この時期C級隊員は大規模侵攻に向けた研修を行う予定があり、そちらを優先したという事情もある。

 

 今のC級隊員は、B級に上がる芽すらなく燻ぶっている者が大半だ。

 

 つまり、大規模侵攻当日、正隊員の権利である緊急脱出機能の恩恵を、彼らは享受する事が出来ない。

 

 緊急脱出機能は画期的な機能ではあるが、作成コストがやや高い。

 

 際限なく提供できる資源、というワケでは決してないのだ。

 

 その為、緊急脱出機能は戦力として運用出来る者────────即ち正隊員に限定して実装している、というのが現状である。

 

 故に、C級隊員には自分で自分の身を護る為の最低限の心構えを身に着けて貰わなければならない。

 

 トリガーを一つしか持っていないC級隊員は戦力としてはカウント出来ない為、基本的に必要な知識を叩き込む形になる。

 

 緊急時の対応と必要な施設の使い方、状況に応じた動き方。

 

 それらを仮想空間でのシミュレーションを交えて教えるのが、今回の研修の目的である。

 

 尚、1月の新規入隊者にもまた同様の研修を実施する予定である。

 

 こういった理由で、C級隊員は今この場にはいない。

 

 故に、会場を包む空気は普段の熱気とは性質が異なる。

 

 観覧席に座る正隊員達は皆、一様に鋭い視線で試合が始まるのを今か今かと待ち望んでいる。

 

 心地良い緊張感が、会場を満たしていた。

 

「今回の解説には、風間隊の風間隊長と、嵐山隊の佐鳥隊員にお越し頂きましたっ!」

「「どうぞよろしく」」

 

 解説席に座るのは、風間と佐鳥。

 

 どちらも、A級として相応しい実力と知見を持つ熟練者である。

 

 佐鳥は広報部隊の嵐山隊出身である為多忙だが、この試合の為に何とかスケジュールを調整してやって来たのだ。

 

 何せ、この試合にはNO1狙撃手である当真やそれに次ぐ存在である奈良坂。

 

 更には、今期で目覚ましい活躍をした茜までいるのだ。

 

 狙撃手の初期組の一人としては、見逃す手はない。

 

 そう考えて、やって来た佐鳥であった。

 

「さて、今回の試合、お二人はどう見ますか?」

「そうだな。もしも那須隊と香取隊の一騎打ちであれば基本的に那須隊が勝つが、今回はA級部隊とのタッグ戦だ。お互い、組んだチームを上手く運用出来るかが鍵となるだろう」

「そうっすね。どっちも、厄介な部隊と組んでるしなー」

 

 佐鳥はそう言うと、まず、と話し始めた。

 

「那須隊が組んだ三輪隊は、狙撃手が二人いるからねえ。茜ちゃんと合わせれば、狙撃手が三人。丁度、荒船隊をそっくりそのままチーム内で抱えてるようなモンだからな。こりゃ相手にとってはキツイでしょう」

「そうだな。狙撃手三人の圧は、決して無視は出来ないだろう」

 

 そう、佐鳥の言う通り、今回那須隊の側には狙撃手が三人存在する。

 

 狙撃手複数人が狙撃位置に付いた場合の圧力の大きさは、荒船隊と戦った者であれば誰もが知るところだ。

 

 しかも、今回はそれに近接戦闘が可能な駒が複数追加されるのだ。

 

 更に、その駒の性質も厄介極まりない。

 

 単騎で戦場を攪乱出来る七海と那須、類稀なる連携能力で近接戦闘を制する三輪と米屋。

 

 この四人のエースに加え、要所要所で脇を固める射程持ちの熊谷もいる。

 

 有り体に言って、相手にとっては悪夢のような布陣と呼んでも差し支えないだろう。

 

「だが、香取隊と組んだ冬島隊も曲者だ。冬島隊は元々、狙撃手と特殊工作兵の二人チームでA級二位という地位を維持している異色のチームだ。当然、その脅威度は人数が少ないからと言って侮れるものではない」

「冬島隊長のスイッチボックスは、厄介っすからねー。まあ、試合が始まればその内分かると思いますけど」

 

 だが、冬島隊も厄介さでは負けてはいない。

 

 ボーダーでも数少ない特殊工作兵、冬島慎次。

 

 彼がいるという事は、戦場の前提そのものが異なるという事でもある。

 

 戦場そのものに、罠が仕掛けられる。

 

 その脅威は、実際に体感してみなければ実感は出来ない。

 

 そういう意味で、この上なく厄介なチームなのだ。

 

 そして、香取もまた爆発力という点では他の追随を許さない。

 

 粗削りな部分はあるが、その戦闘センスと得点能力は本物だ。

 

 彼女を十全に活かし切る事が出来れば、この上ない脅威となるだろう。

 

 確かに、狙撃手三人体勢の那須隊・三輪隊のチームは強力だ。

 

 されど、香取隊・冬島隊もまた、それに抗するに充分なものを持っている。

 

 この試合、一筋縄ではいかない。

 

 誰もが、そう予感していた。

 

「さあ、そろそろ時間ですっ! 全部隊、転送開始っ!」

 

 桜子の宣言で、二組二チームの部隊の転送が開始される。

 

 A級昇格試験、第一試合。

 

 その火蓋が、切られようとしていた。




 というワケで第一試験、開幕です。

 最近は連日更新出来て調子が出て来た。

 可能な範囲で更新速度は維持していきますね。
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