痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊・冬島隊①

 

『全部隊、転送完了』

 

 アナウンスが響き、四つのチームが戦場となる仮想空間へ転送される。

 

『MAP、『河川敷A』。時刻、『夜』』

 

 広がるのは、夜闇に包まれた河原。

 

 中央に大きな川を挟んだ、広い市街地。

 

 それが、今回の舞台であった。

 

 香取は目の前に広がる光景を見て、無言で拳を握り締める。

 

「行くわよ」

『ああ』

『うん、手筈通りにね』

 

 チームメイトの返答を聞き、香取はバッグワームを纏い走り出す。

 

 A級昇格試験、その第一試合。

 

 それが、遂に始まったのだ。

 

 

 

 

「さあ始まりました合同戦闘訓練STAGE1……ッ! MAPは河川敷A、天候は夜となりましたがこの状況はどう見ますか?」

「河川敷Aは、前期のランク戦で那須隊が好んで使用していたMAPだな。川を挟んで二つに分かれた地形は、唯一の橋さえ落としてしまえば相手を分断出来る。射撃メインの部隊にとっては、有利な場所と言える」

 

 だが、と風間は続ける。

 

「それは、あくまで()()の那須隊の話だ。今期からの那須隊は以前とは別物だし、戦術の方向性も若干異なる。那須隊の側が有利、とは言い切れないだろう」

「そうっすね。しかも今回の場合は、別の意味で那須隊側が割を食ったMAPかもしれないですね」

 

 佐鳥はそう言うと、一つの画面に視線を向ける。

 

 そこには、MAPの各隊員の配置図が示されていた。

 

西側東側
七海、米屋、熊谷、三浦、茜、奈良坂那須、香取、冬島、当真、若村、三輪、古寺

 

「西側に那須隊の、東側に香取隊の戦力が集中してるな。まあ、元々の人数差を考えれば妥当といったところだが」

 

 風間の言う通り、今回の試合はそもそも互いの人数差が大きい。

 

 那須隊と三輪隊は、共に四人チーム。

 

 合計すれば、8名。

 

 この形式の試合では、最大の人数となる。

 

 対して、香取隊は三人、冬島隊に至っては二人チームだ。

 

 合計しても、5名。

 

 更に戦闘員はそのうちの四名だけであり、冬島は直接戦闘は行えない。

 

 このような配置の偏りが生まれるのは、むしろ必然と言えた。

 

「那須隊側は、狙撃手が三人いる。その利を活かす形で荒船隊のような包囲射撃を展開すれば高い制圧力を持つが、狙撃手が一人対岸にいる現状ではそれは望めない」

「まあ、それも考え方次第ではありますけどね。両方の土手を狙撃で狙える、って事を考えれば案外悪くない配置かもです」

「だが、このMAPでは狙撃手は橋を渡り難い。これは後々響いて来るかもしれないぞ」

 

 風間の言う通り、このMAPは川で二つに分かたれた地形である為、対岸に渡る為には一つしかない橋を通るしかない。

 

 川の深さは腰程度である為強引に渡れなくはないが、何の準備もなく川に入れば動きの鈍った所を狙われて終わりだ。

 

 そして橋を渡るにしても、橋の状況は両方の土手から丸見えだ。

 

 身を隠すような場所もない以上、狙撃手が橋を渡る、という行動自体が自殺行為だ。

 

 しかも今回は、両方のチームにグラスホッパーを持った高い動能力を備えたエースが在籍している。

 

 つまり狙撃手は、場所が割れ次第速攻で落とされる危険があるという事だ。

 

 基本的にこの試合、狙撃手は対岸には渡れない、と考えた方が良いだろう。

 

 そうなると、当初想定されていた狙撃手三人がかりの包囲狙撃、といった手は使えなくなる。

 

 そういう意味では、那須隊に不利なMAPと言えなくもない。

 

「だが、那須隊には複数の射程持ちがいるしいざとなればグラスホッパーで川を渡る事も出来る。一概に、不利と決めつける事は出来ないだろう」

「そうっすね。有利不利なんてのは戦術次第で幾らでもひっくり返りますし」

 

 けど、と佐鳥は画面を見て目を細めた。

 

「────ちょいと、()が悪いかもっすね。もう、見つかっちゃったみたいだし」

 

 

 

 

「────見つけた」

「……っ!」

 

 東側、河原からやや離れた住宅地。

 

 そこで、那須は香取に捕捉されていた。

 

 何が悪いかと言えば、転送位置が悪かった、としか言えない。

 

 那須は香取と試合開始時に近い場所に転送されており、尚且つ彼女の周囲は身を隠す場所が少なかった。

 

 結果、転送場所の感覚から相手チームの居場所を探り当てたオペレーターの援護により、香取は那須を発見する事に成功したのだ。

 

 初期のランダム転送は、一定の間隔を空けて敵味方問わずに転送される。

 

 つまり、逆に言えば()()()()()()()()()()()を計測し、転送された誰かがいて然るべき場所に反応がなければ、そこにはバッグワームを使った敵チームの誰かがいる、という事になる。

 

 これはこの試合までに叩き込まれた戦術理論の一つであり、座学は昔から得意としていた染井が会得した技術でもある。

 

 指揮の負担から解放された染井はその能力をフルに用いて相手チームの人員がいるであろう場所を計測、割り出した場所を香取に伝え突貫。

 

 見事、那須を捕捉したワケである。

 

 ────────そこにいたのが七海以外の相手だったら、速攻で突っかかれ。仕留めるつもりでやっていい。ただし、場所を間違えるなよ────────

 

 無論、これは香取の独断専行というワケではない。

 

 冬島の指示を受け、双方共に納得づくで行われた作戦行動だ。

 

 香取はもう、以前の彼女ではない。

 

 この経験を己の血肉とする為。

 

 そして、何よりも因縁の(勝ちたい)相手に勝つ為に、全力でその刃を研ぎ澄ましている。

 

 香取(天才)の刃が、煌めく。

 

 その輝きは洗練され、より鋭いものへと昇華していた。

 

 

 

 

「ここで香取隊長、那須隊長に仕掛けた……っ! 転送位置が悪かったか、早くも隊長同士のガチンコだぁ……っ!」

「こりゃ、マズイかもっすね」

 

 桜子の実況を横で聞いていた佐鳥は、そう言って目を細めた。

 

 隣に座る風間も、そうだな、と佐鳥の意見を肯定した。

 

「那須は、確かに厄介な駒だ。あの機動力と自由自在に軌道を作れる変化弾(バイパー)は、集団戦ではこの上ない脅威だ」

 

 だが、と風間は続ける。

 

「那須本人は、決して1対1(タイマン)向けの駒じゃない。あいつの真価は、仲間との連携でこそ発揮されるものだ。1対1に特化した性能を持つ香取相手で仲間の援護なしの状況だと、正直キツいだろう」

 

 そう、確かに那須はランク戦に置いて厄介極まりない駒である事は言うまでもない。

 

 その機動力は他の追随を許さず、変幻自在のバイパーの脅威は言うまでもない。

 

 だが決して、1対1での戦いに適した駒とは言えない。

 

 那須の真骨頂は、その攪乱能力を活かした仲間との連携にある。

 

 縦横無尽に戦場を駆ける機動力と、あらゆる場所で活用できるバイパーは、仲間の援護にはこの上なく最適だ。

 

 されど、香取のようなエース級を相手に1対1で確実に勝てるかと言われれば、それは違う。

 

 B級中位までは村上という例外を除けばなんとかなったかもしれないが、生憎B級上位チームのエースはそこまで甘くはない。

 

 そして香取は、そのセンスと実力だけで香取隊を上位まで引っ張り上げてしまった傑物だ。

 

 戦術面はともかく、戦闘面での才能について香取は群を抜いている。

 

 これまではその才覚を燻ぶらせ続けていたが、その停滞は最早過去の事。

 

 今の香取は、単騎での戦力だけで言えば充分にA級へと上がる資格を持っている。

 

 決して、侮れる相手ではないのだから。

 

「同じく東側にいる三輪と古寺も、少し位置が遠い。このままだと、落ちるぞ」

 

 

 

 

「────」

「……っ!」

 

 香取が、スコーピオンを手に斬りかかる。

 

 狙うは、那須の首。

 

 短刀型に形成した刃を手に、住宅地を駆ける那須を追跡する。

 

「く……っ!」

 

 那須は、咄嗟に変化弾(バイパー)を射出。

 

 四方に分かたれた弾丸が、一斉に香取に襲い掛かる。

 

「うざい」

「……!」

 

 だが、香取はその包囲が完成する直前、グラスホッパーを展開。

 

 それを踏み込み、曲芸のような身のこなしで那須の弾幕の檻を抜ける。

 

 抜け出る時、香取の頬を弾丸が掠るが、有効打は一つもない。

 

 弾丸の檻を抜けた香取は、更にグラスホッパーを踏み込み那須に追い縋る。

 

「────!」

「ち……っ!」

 

 それを見た那須は、その場でメテオラを地面に叩き付け起爆。

 

 爆風で、香取の視界を塞ぐ。

 

「逃がすか……っ!」

 

 その隙に逃走を図った那須を、香取は迷わず追撃する。

 

 以前の、ROUND4の時とは違う。

 

 あの時は、那須に近付けもせず翻弄されるだけだった。

 

 けれど、今は那須は一人。

 

 援護する味方はなく、あの時のように豊富な足場があるワケでもない。

 

 何より、今の那須は迂闊には跳べない。

 

 あの時と違い、今は香取隊の側に狙撃手がいる。

 

 その狙撃手の位置が分からないまま迂闊に跳躍すれば、格好の的に成り下がる。

 

 幾ら機動力に長けた那須とはいえ、跳躍中の隙を消し切る事は出来ない。

 

 特にこの住宅街は、()()()()()()()()いる。

 

 結果、那須はあれだけの機動力を十全に活かし切る事が出来ず、香取を振り切れずにいる。

 

 このチャンスを置いて、那須を仕留める機会はない。

 

 香取は、そう結論付けた。

 

 故に、追う。

 

 但し。

 

 冬島の、()()()()にである。

 

「麓郎、準備は?」

『大丈夫だ。ある程度は()()()

「そう。じゃあ、手筈通りにね」

『了解だ』

 

 香取は若村の返答を聞き、那須に追い立てる為グラスホッパーを踏み込んだ。

 

 勿論、片手は空けた上でだ。

 

 まだ、どちらの土手にどのくらい那須隊側の狙撃手がいるか分からない。

 

 警戒するのは、当然の事だ。

 

 必要な警戒は怠らず、堅実に相手を追い詰める。

 

 今の香取は、一人の狩人。

 

 己の役割を理解した、天性の狩猟者。

 

 その刃が、全霊で那須を仕留めようと動いていた。

 

 

 

 

(マズイわね。このままだと、落とされるわ)

 

 那須は牽制のバイパーを撃ちながら、必死に逃走を図っていた。

 

 彼女は、誰よりも自分の弱みを理解している。

 

 即ち、彼女は攻撃手に寄られれば脆い、という事を。

 

 香取は万能手だが、その立ち回りは近接特化。

 

 懐に入られれば、那須に抵抗の術はない。

 

 那須の真骨頂は、中距離での射撃戦。

 

 それも、仲間との連携が前提となる。

 

 1対1で、しかもこの背の低い建物ばかりの地形では、真価を発揮出来ない。

 

 那須は攪乱を得意としているが、反面火力はそこまで高くはない。

 

 変化弾(バイパー)は、その応用力こそが武器。

 

 火力が乏しい以上、初見殺し以外の決定打に欠けるという弱点がある。

 

 もう少し複雑な地形なら幾らでもやりようがあるのだが、この隠れる場所の少ない住宅街ではやれる事にも限度がある。

 

 狙撃手さえいなければ空中機動でどうとでも出来たのだが、こればかりは仕方ない。

 

 狙撃手は、チームに存在するだけで相手の動きを縛る効果が期待出来る。

 

 七海のような狙撃が効かない特例はともかく、狙撃の圧がある以上迂闊に上に出れば狙い撃ちにされるだけなのだから。

 

 ちらりと、香取の姿を見据える。

 

 一度爆発で撒いたにも関わらず、彼女は那須に負けない速度で追って来ている。

 

 牽制の弾幕も、徐々に対処に慣れ始めていた。

 

 このままでは、香取に落とされるのも時間の問題だろう。

 

(この先の地形なら、何とか撒く事が出来るか)

 

 故に、有利な地形で戦う。

 

 それしか、この状況を脱する手段はない。

 

 幸い、この先には背の高い建物が立ち並んでいる。

 

 そこで射線を切り、一気に香取を引き離す。

 

 それが、この状況での最善手。

 

『那須先輩、もうすぐ例のエリアに入ります』

「分かった。ナビゲートお願い」

『了解しました』

 

 那須は小夜子の情報支援を受け、目的の場所に足を踏み入れる。

 

 此処なら、建物で射線を切る事が出来る。

 

 待ち望んでいた、有利地形。

 

「……っ! これは……っ!」

 

 だがそれは、相手にとっても容易に予測出来る事でもあった。

 

 那須が従えるキューブサークルの光に一瞬照らされた、建物の間に張り巡らされた()()()

 

 ワイヤートリガー、『スパイダー』。

 

 それが、那須の飛び込んだ路地に展開されていた。

 

(誘い込まれたのね……っ!)

 

 そう、香取は最初から、この場所に那須を追い込む気でいたのだ。

 

 チームメイトが張った、罠の巣に放り込む為に。

 

 これでは、空中機動どころではない。

 

 夜の闇の中、真っ黒に塗装されたワイヤーを見分けるのは難しい。

 

 この状態での機動戦など、以ての外だ。

 

 故に。

 

「────メテオラ」

 

 判断は、一瞬。

 

 那須は、即座にその場でメテオラを展開。

 

 ワイヤーを、建物ごと吹き飛ばしにかかった。

 

 確かに、スパイダーは厄介なトリガーだ。

 

 見え難いワイヤーを閉所に張り巡らせれば、それだけでこちらの動きが大部分封じられる。

 

 そして、味方にだけ見え易く出来るというスパイダーの性質上、敵にとっては妨害となり、逆に味方にとっては空中機動の為の()()として活用する事が可能だ。

 

 十中八九、香取はその為の訓練を行っている。

 

 身動きが碌に取れない中、ワイヤー機動を行う香取を相手にするなど御免被る。

 

 だからこそ、那須はワイヤーを吹き飛ばしにかかったのだ。

 

 迂闊に射出すれば、思いも依らぬ場所でワイヤーに当たり起爆する恐れがある。

 

 故に。

 

 那須はシールドを張り、その場でメテオラを起爆した。

 

 まずは周囲のワイヤーを吹き飛ばし、再度メテオラを撃ち込んで纏めてワイヤーを排除する。

 

 既に、香取は目の鼻の先まで迫っている。

 

 迷っている時間はない。

 

 即断即決。

 

 ノータイムで、起爆を実行した。

 

 

 

 

「よしよし、上出来だ」

 

 それを、待っていた者がいた。

 

 当たる弾しか、撃たない。

 

 そのポリシーは、逆に言えばその状況に至るまで幾らでも潜み待ち続ける事が出来る事を意味している。

 

 彼は、当真は、ビルの屋上から下に向かってイーグレットを構え、その引き金を引いた。

 

 

 

 

『……っ! 那須先輩、上です……っ!』

「……っ!?」

 

 それに気付いたのは、小夜子。

 

 この場で、シールドを張りその場に留まった状態で両手を塞ぐ危険性。

 

 それに気付いた小夜子の声により、那須は咄嗟に身を捻った。

 

 結果、頭上から彼女の頭を狙った弾丸は狙いが僅かに逸れ、彼女の右足を貫いた。

 

 吹き飛ばされる、那須の右足。

 

 致命は、防いだ。

 

 だが、彼女の最大の武器である機動力は、この一撃で失われた。

 

「…………失敗したわね」

 

 路地の入口に、香取の姿が見える。

 

 そして、ビルの屋上には未だ当真がイーグレットを構えてこちらに狙いを定めている。

 

 メテオラの起爆で近くのワイヤーこそ吹き飛んだが、機動力が失われた以上最早那須には逃げる足がない。

 

 万事休す。

 

 試合の序盤で、早くも那須は追い詰められていた。





 戦術行動が出来る香取はヤバイ。

 この試合は、それを実感して貰おうと思います。

 二回叩き折られてようやく本番、という所ですね。
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