痛みを識るもの   作:デスイーター

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Monologue

「お疲れ様、皆」

 

 東による総評が終わり、ランク戦ROUND1が正式に終わった直後。

 

 『那須隊』の作戦室で、トリオン体から通常の肉体に戻った那須が七海達に労いの声をかける。

 

 その顔には相応の疲労の色が見え、そんな彼女を気遣った七海が無言で彼女専用のゆったりとしたソファに座らせた。

 

「一番疲れているのは玲だろう? 無理はしちゃ駄目だ」

「ごめんなさい。でも、此処までの快勝は初めてで…………多分、浮かれているんだと思うわ」

 

 そう告げる那須の顔には、確かな喜びの色が浮かんでいるように見える。

 

 前期までは七海が共に戦えないもやもやや隊長と唯一のエース兼任で精神的な負担が大きく、那須は全力を出せていたとは言えなかった。

 

 だが、今回からは七海が加入した事で隊長としての精神的負担は軽くなり、何より七海と肩を並べて戦える事で那須の精神面のコンディションはそう悪くないものになっている。

 

 気兼ねなく自分が好むトリオン体での運動に興じられた上に、今まで戦績が思わしくなかった『鈴鳴第一』相手に完封勝ち。

 

 那須が珍しくはしゃいでいるように見えるのは、気の所為ではないだろう。

 

「隊としての動きに、問題はなかったように思う。今後もこの調子で行こう」

「はいっ、私も上手く出来てたと思いますっ!」

「そうだね。初めて玲と離れて戦ったけど、これはこれで悪くないよ。これからは防御だけでなく、攻撃も学んでった方がいいかな」

 

 七海の言葉に茜と熊谷も同調し、熊谷は今回の動きを鑑みてそんな事を口にした。

 

「必要なら太刀川さんか鋼さんを紹介するけど、どうする?」

「太刀川さんはともかく、鋼さんは今回嵌め殺したばっかりでしょ? 気まずくない?」

「大丈夫。試合の事をプライベートに持ち込むような人じゃないよ。熊谷がそういうのを気にするなら、小南に頼んでもいいけど」

 

 七海の言葉に、熊谷は疑問符を浮かべる。

 

「小南……? あの子、専用のトリガーを使ってるんじゃなかったっけ……?」

「小南は『双月』を手にするまでは、『弧月』の二刀流を使ってたよ。そもそも、小南が個人ランク戦一位になったのは『弧月』を使ってた時期だしね」

「あ、そっか。玉狛のトリガーは、ランク戦じゃ使えないから……」

 

 熊谷の言う通り、小南達『玉狛支部』の面々が使用する支部専用のワンオフトリガーは、規格(レギュレーション)が違う為ランク戦では使用出来ない。

 

 故に彼女達は自分達専用のトリガーを手にしてからは一切ランク戦を行っていないが、そうなる前に小南は『ボーダー』の規格品のトリガーを使って個人ランク一位にまで上り詰めている。

 

 つまりその時代に使っていたブレードトリガーがあるという事であり、それが小南の場合は『弧月』であったというだけの話だ。

 

「小南は口で説明するのは苦手な方だし、攻撃重視の立ち回りだから熊谷の基本スタイルとは合わないかもしれないけど、それでも戦闘経験豊富なベテランなのは間違いない。彼女と戦うだけでも、良い経験になる筈だよ」

「そっか。それなら、お願いしようかな。小南ちゃんとは戦った事なかったしね」

「了解。後で話を通しておくよ」

 

 そこまで話すと、七海は不意に視線を感じて振り向いた。

 

 目を向ければ那須がにこにこを笑いながらこちらを見ており、付き合いの長い七海にはその視線が()()()()()()()()()()という無言のアピールである事に気が付いた。

 

 七海はしばし逡巡した後、那須に近付いて頭をくしゃっと撫でた。

 

 那須は気持ち良さそうな顔で七海に身体を預け、喜色があからさまに溢れ出ている。

 

 さらさらした那須の髪の感触に少々熱中していると、こほん、という咳払いの音が聴こえて我に返る。

 

 咳払いがした方を見ると小夜子が呆れた表情で立っており、熊谷や茜も何処か居心地悪そうにしていた。

 

「二人の世界を作るのはいいんですけど、此処には私達もいるのでそういうのは夜の自宅でやって頂けると助かります」

「夜……? それならいつも────」

「待て玲、それは言ったらマズイ気がする」

 

 妙な事を口走ろうとした那須を、七海は慌てて制止する。

 

 無痛症になって以来情緒が鈍くなった彼ではあるが、此処で那須との普段の()()()の事を暴露するのは止めて置いた方が良いと本能が警告して来たのでそれに従ったまでだ。

 

 しかし時既に遅く、茜は目をキラキラさせて、熊谷は微妙な表情で、小夜子は何処か口惜しそうな表情で自分達に好奇の視線を向けていた。

 

「せ、先輩……っ! えっと、それって……」

「…………茜、多分アンタが想像してるのは違うだろうとだけ言っておくよ。まあ、誤解されるには充分な絵面だろうけどね」

「…………いいなあ…………」

 

 ある程度事の察しがついた熊谷は茜の誤解を溜め息交じりに解こうとしており、小夜子の羨ましそうな声色の呟きには気付いていない。

 

 小夜子もどうやら実情はなんとなく察していたようだが、それでも思う所はあるらしかった。

 

 実態は那須が頻繁に七海の部屋を夜に訪れて話をしていくだけなのだが、年頃の男女が夜中に部屋の中で二人きり、という時点で誤解される材料としては充分過ぎる。

 

 収集がつかなくなりつつある事を察し、熊谷は強引に話題の切り替えを図った。

 

「それより、東さんの言う通り次は此処まで好条件では行けないと思うよ。夜の部の結果次第ではあるけど今ので完全にマークされただろうし、MAP選択権も多分ない。結構厳しくなるんじゃないかい?」

 

 熊谷の言う通り、今回完勝出来たのは()()()()を徹底出来た事が大きな要因となっている。

 

 集団戦での七海を初めて目にする者達はその厄介極まりない挙動を見切る事が出来ず、試合を完全に『那須隊』の制御下に置かれてしまった。

 

 だが、次からは有利な地形を選ぶどころか、他の隊が選んだ優位地形で戦わされる事になる。

 

 更に、七海の基本戦法も今回でバレており、マークのされ方も全く違って来る。

 

 間違いなく、楽観出来る状況ではない筈だ。

 

「そうだな。確かに、最初から最後まで作戦通りだった今回と比べるとやり難くはなると思う。けど、その為のシミュレーションや思考実験はたくさん重ねて来た」

 

 ランク戦の映像には全部目を通しているしな、と七海は付け加える。

 

 七海は小夜子関連の問題で隊に参加出来なかった以前から、ランク戦の映像には全て目を通して来た。

 

 現在『那須隊』がいるB級中位だけではなく、B級上位チームの戦法の研究も欠かさず行って来た。

 

 隊の一員として動けなかった期間も、彼は決して腐っていたワケではない。

 

 自己鍛錬を繰り返しながらも、自分が参加出来るようになった後で役に立つよう、知識の研鑽を怠らなかった。

 

 このあたりの勤勉さが、七海の強みとも言える。

 

「けど、油断出来ない事は事実だ。他の隊も、今回の試合で俺達をマークして来ただろうからな」

 

 

 

 

「うーん、これは完全なジョーカーだね。シンドバットは、思っていた以上に厄介な駒みたいだ」

 

 所変わって、B級上位『王子隊』の作戦室。

 

 その隊の隊長、王子一彰(おうじかずあき)はROUND1の映像を見ながらそう告げた。

 

「その『シンドバット』というのは、もしかして七海の事か?」

 

 そんな王子にそう尋ねたのは、同じ隊の射手、蔵内和紀(くらうちかずき)

 

 七三分けの髪をした、落ち着いた雰囲気の少年である。

 

「うん。変かな?」

「……いいんじゃないか?」

 

 適当にも思える返事をした蔵内だが、これには理由がある。

 

 この隊の隊長である王子は、他人に珍妙な仇名を付けるという一風変わった趣味を持つ事で知られている。

 

 そのネーミングセンスというのが中々ぶっ飛んでおり、『生駒隊』の隠岐を『オッキー』と呼ぶのはまだ良い方で、『生駒隊』の水上は『ミズカミング』、『香取隊』の若村は『ジャクソン』と呼んでいる。

 

 今回の『シンドバット』も七海→七つの海→七つの海を股にかける→シンドバットと来たのだろうが、王子語読解力に優れた────というよりその斜め上のネーミングセンスに慣れた『王子隊』の面々でなければ、何を言っているか分からなくなる事請け合いだろう。

 

「お前は、七海が上位まで上がって来ると思うか」

「当然だね。彼は、チームでの自分の役割をしっかりと理解して立ち回っている。その証拠に、彼は今回の試合ではチームのサポートに徹して自分では一点も取っていない」

 

 そして、と王子は続ける。

 

「最後の『メテオラ』地雷は彼が仕掛けたものだから彼の得点としてカウントされてるけれど、あれだって起爆はナースに任せているしね」

 

 確かに、王子の言う通り七海は派手に暴れていた割には、点を取る役割は他の面々に任せていた。

 

 得点への功績が最も高かったのは事実だが、彼は自分でトドメを刺す事には一切頓着していない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()という考えが分かる、堅実な立ち回りだ。

 

 ちなみにナースとは、言うまでもなく王子が那須に付けた仇名である。

 

「隊長! 何故七海先輩は自分で得点しようとしなかったんでしょうか!?」

 

 それを聞いて王子に質問したのは、隊の最年少である黒髪ショートの少年、樫尾由多嘉(かしおゆたか)である。

 

 真面目を形にしたようなその少年の真摯な問いに、王子は丁寧に答える。

 

「単純に、その方が得点し易いからだよ。カシオ、シンドバットの一番の強みはなんだと思う?」

「はいっ! 優れた機動力による攪乱能力ですっ!」

「正解。じゃあ、彼は今回の試合でその強みをどういう風に活かしていた?」

 

 王子の問いに、樫尾は一瞬悩む素振りを見せたが、すぐにハキハキと答えを告げた。

 

「常に動き回って相手の隙を作り、その隙を仲間に突かせていましたっ!」

「その通り。詰まる所、シンドバットの役割はいわば超攻撃的な()────つまり、()()なんだ。試合の中で魅せた『乱反射』も、回避よりも目立つ事に重点を置いて仕掛けていた節がある。自分が積極的に前に出る事で、相手の眼を眩ませたワケだね」

「成る程、勉強になりますっ!」

 

 素直に教えを吸収していく樫尾を微笑ましい目で見ながら、王子は続けた。

 

「窮極的にその役割が陽動である以上、無理をして自分で得点を取りに行く必要はない。相手を崩す事が出来れば、その穴を仲間が広げて決壊させてくれるからね。だからシンドバットは、点を取るのを仲間に任せていたのさ。陽動に徹した彼の厄介さは、今日見て貰った通りだ」

 

 でも、と王子は告げる。

 

「逆に言えば、彼は乱戦にさえならなければその真価を発揮出来ない。1対1での戦績は鋼くんやイコさんには及ばないようだし、付け入る隙は必ずあるよ」

 

 

 

 

「『那須隊』、ヤバイな」

 

 ゴーグルを額にかけた濃い顔立ちの少年────生駒達人(いこまたつひと)は開口一番にそう言った。

 

 彼等はROUND1の試合映像を見たばかりであり、自然と話題の切り口は今回の試合で大活躍した『那須隊』の事になる。

 

「ヤバイっすね」

「マジヤバっすね」

 

 そんな生駒に同調したのは、顔立ちの整った『生駒隊』狙撃手隠岐孝二 (おきこうじ)と小柄な金髪ショートヘアの少年、南沢海(みなみさわかい)

 

 生駒の独特のノリに乗っかり、軽い調子で言葉を重ねる。

 

「ログ見たけど、今の『那須隊』前期とは別物やな。七海の加入でホンマ化けおったわ」

 

 冷静に自分の見解を口にするのは、射手の水上敏志(みずかみさとし)

 

 ノリの軽い隊員が集まったこの『生駒隊』の中では、突っ込みと参謀を兼ねる知性派である。

 

「俺、七海と個人戦やった事あるんやけどな。あいつ、避けるのがごっつ上手いねん。家越し『旋空』も避けられてもうたし、話聞く限り狙撃も効かないらしいわ」

「うわ、それじゃあ俺出番ないじゃないっすか」

「阿呆。そんなら他の奴狙えばいいだけやんか」

 

 ()()()()()()()という七海の性質を聞いた狙撃手の隠岐がぼやいた言葉に対し、呆れた様子でツッコミを入れるのは『生駒隊』オペレーターの細井真織(ほそいまおり)

 

 見ての通り突っ込みオンリーの苦労人で、自由奔放な隊員達にいつも振り回されていた。

 

「東さんの解説聞いてたやろ? 七海が狙えないなら、ぴょんぴょん跳び回る那須さんや狙撃で援護して来る茜ちゃん狙えばええねん」

「分かりました。そんなら、心をオニにして撃ちますわ」

 

 隠岐の返答に真織は溜め息を吐きつつ、生駒に目を向けた。

 

「なんやマリオちゃん。こっち見て」

「アンタ、ヤバイヤバイ言うけど対策はあるんかいな?」

 

 ジト目で見る真織に対し、生駒は変わらぬ表情で答える。

 

「そこはホラ、可愛い可愛いマリオちゃんが考えてくれるやろ」

「何が可愛いマリオちゃんやっ! きっもっ! しかも人任せやん……っ!」

「まあまあ、それだけ頼りにしてるって事ですよ」

 

 顔を真っ赤にする真織を、隠岐が横からなだめている。

 

「それよか、やっぱ『那須隊』可愛い子多いわ。七海の奴が羨ましいわ」

「イコさんイコさん、マリオが他の子ばっか可愛い言うから拗ねてますで」

「何言うてんねん。マリオちゃんも充分可愛いで」

「うわきっもっ! きっもっ! 何言うてんねんっ!」

 

 一度脱線した以上、『生駒隊』の会話が元の路線に戻る事はない。

 

 各々が好き勝手に喋り出し、真織はツッコミが追い付かずに慌てふためく。

 

 最早飽きる程繰り返された、『生駒隊』の日常であった。

 

 

 

 

「…………そうか」

 

 三門市、『警戒区域』。

 

 その一角で、破壊した『バムスター』の群れの上に腰掛け、少年────迅悠一(じんゆういち)は手元の機器の画面を見ていた。

 

 そこには今日あったランク戦の結果が表示されており、『那須隊』の8得点という大戦果が記されていた。

 

「やっと、未来の歯車が回り始めた。まだ、()()()()に繋がるレールには乗り切れたとは言えないけど────準備段階だと思えば、悪くない回り方だ」

 

 迅は誰に言い聞かせるでもなく、呟きを漏らす。

 

 その声は何処か哀し気で、何かを堪えているようにも聞こえた。

 

「君から玲奈を奪ってしまった俺に出来る償いは、可能な限りして来たつもりだ。それでも、あの日の真実を知った時に君が俺を許せないと言うのなら、俺は大人しく罰を受けるよ」

 

 君はそんな事望まないのかもしれないけど、と迅は呟く。

 

 それは許しを請う罪人の懇願と言うよりも、罪を裁いて欲しい咎人の悔恨に思えた。

 

「────でも、俺には未来を繋げる責任がある。最上さんも、玲奈も、こんな俺に────未来を、託してくれた。だから、俺は立ち止まるワケにはいかないんだ」

 

 迅は三門の街を見回し、軽く頬を緩ませた。

 

「頑張れ、七海。今はただ、強くなってくれ。後々辛い時も来るかもしれないけれど、それでも俺はお前の笑顔を確かに()()んだ」

 

 そして迅は己の手にする黒いトリガーを────『(ブラック)トリガー』を、見詰めた。

 

「だから俺は、あの未来を実現させたい。夢物語に近いとは分かっているけれど、可能性が限りなく低い未来だと識ってもいるけれど────」

 

 でも、と迅は告げる。

 

「俺は、その未来に懸けたいんだ。どんなに可能性が低くても、どんなに厳しい道のりであっても────」

 

 そして迅は『黒トリガー』を握り締め、空を見上げた。

 

「────それでも俺は、幸福な未来(ハッピーエンド)に繋げたいんだ。その為だったら、なんだってやってやる。それが、俺の果たすべき義務だから。俺に残された、願いだから」

 

 だから、と迅は告げる。

 

「玲奈の分まで、幸せに生きて欲しい。勝手な願いだと、分かってはいるけれど。それでも────」

 

 迅は空を、三日月を見上げ、呟く。

 

「────願う事くらいは、許して欲しい」

 

 物憂げな、迅の声が漏れる。

 

 その声はとても哀しい、罅割れたような声色で。

 

 迅の顔もまた、深い悲しみと後悔を湛えていた。




 シンドバットはカンさん、ナースはティガーズさんから案を頂きました。

 中々良いセンスをしていらっしゃる。
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