「当真隊員のスナイプが炸裂……っ! 香取隊長がワイヤー地帯に追い込んだ那須隊長の足を、狙撃で吹き飛ばしたぁ……っ!」
「機動力が死んだな」
風間は状況を見て、淡々とそう口にした。
鋭い視線で、画面に映る片足を失った那須の姿を見据えている。
「那須の持ち味は、その機動力とバイパーのリアルタイム弾道制御の合わせ技による回避・攪乱能力だ。足が死んだ以上、那須の脅威は著しく減衰したと言っても過言じゃない」
「味方が近くにいるならともかく、孤立無援っすからね。正直、此処から立て直すどころか生き延びるのも厳しそうっすよね」
無情だが、事実でもある。
現在、那須は地上では香取に追い込まれ、頭上からは当真に狙われている。
その上、彼女の最大の武器である
加えて、今の彼女は孤立無援。
仲間の援護が期待出来ない以上、香取と当真の二人相手に生き延びる事はほぼ不可能だ。
彼等の見立ては、まず間違っていないだろう。
この配置ばかりは、転送運が悪かった、という他ない。
「しっかし、那須さんも運がないっすね。転送運が悪過ぎたってどこじゃないっすよ」
「いや、それだけとも言い切れない」
だが、風間の意見は違う。
風間は鋭い視線で、画面の中の那須を見据えた。
「確かに、転送運が悪かった事もあるだろう。だが今回、那須は明確なミスを冒している」
「ミス、ですか?」
ああ、と風間は頷く。
「安易に、自分が有利となる地形に向かった事だ」
それが那須の失敗だったと、風間は語る。
「以前までの香取隊ならばともかく、今回の香取隊はきちんと戦術行動が出来ている。ならば、
「…………ま、確かにね」
風間の意見を、佐鳥もそう言って肯定した。
「那須さんは、割と地形によって戦闘力が左右される駒だ。だから、那須さんが有利に戦える複雑な地形で戦おうとするのは当然と言えば当然っすけど、それは
「そうだ。厄介な駒が向かう場所が分かっているなら、そこに罠を張れば良い。そして今回、香取隊は以前同様スパイダーを持ち込んでいる。これも、前回の戦いを思い起こせば容易に分かる筈だ」
そう、前回香取隊が那須隊と戦ったROUND6で、彼らはワイヤートリガー『スパイダー』を既に使用している。
スパイダーは、那須や七海の妨害としてこの上なく有効に働くトリガーだ。
それを今回も使用して来るであろう事は、簡単に予想出来た筈なのだ。
「結果、那須は
「ま、いきなり香取隊長に見つけられて焦ってたのかもしれないっすからあんまし責められないっすけどね」
「イレギュラーは、戦場では日常茶飯事だ。そういった状況に対処する事も、必要な技能である事に違いはない」
風間はそう言って、辛辣な言葉で締め括る。
彼から見ても、今回の那須の対処は転送運が絡んだとはいえお粗末なものに映った。
この程度の酷評は、当然と言える。
(だが、あの二宮まで倒した那須隊が、こんな軽挙を今更するのか? 今俺が言った事程度は、那須とて理解している筈。以前の未熟さも、今は払拭されている筈だ)
けれど同時に、風間はこの展開に違和感をも感じていた。
なんというか、あまりに対処が
以前の、ROUND3の時までの那須なら、充分有り得ただろう。
だが今の彼女は、二宮隊すら上回った那須隊の、立派なエースである。
その彼女が、此処まであからさまな罠に引っかかるだろうか?
(当真の狙撃が来た事自体は、恐らく予想外だった筈だ。だが、ワイヤー地帯に踏み込んだ時の対処に
そして、疑問はまだある。
那須はワイヤー地帯に踏み込んだ時、ほぼノータイムでメテオラを使用している。
結果的にそれが仇となったが、あの迷いのなさはまるで予め決められていた行動を条件反射で行ったように見えた。
それこそ、
(それに、あの時の那須は狙撃に気付いた直後もメテオラの起爆を
まさか、と風間は思案する。
(この展開は、ある程度
「もしも七海先輩以外の人が孤立した状態で相手に捕捉された場合、そのまま罠に敢えて突っ込んで下さい。理想で言えば、那須先輩か熊谷先輩が望ましいですね」
それは、この試合が始まる直前。
小夜子が皆に示した、序盤の行動方針だった。
三輪隊の面々は献策はしないという条件で此処にいる為、頷くのみ。
ちなみに、
小夜子の男性恐怖症は相手の姿を見るか声を聴くと症状が出る為、こうしておけば辛うじて発症はしない。
七海以外の男性と共闘する為の、小夜子なりの苦肉の策であった。
そして名前を挙げられた那須は、動揺するでもなく確認として小夜子に尋ねた。
「…………それは、ワイヤーを張る相手を炙り出す為?」
「そうです。ぶっちゃけ、それが出来れば囮になった人は死んでも構いません。いえ、出来ればその相手を道連れに出来ればベストですね」
何せ、と小夜子は続ける。
「スパイダーは、私達にとって明確な特攻トリガーに成り得ます。七海先輩や那須先輩は機動力が制限されますし、茜も転移先でワイヤーに引っかかった、なんて事になったら目も当てられません」
ですので、と小夜子は続ける。
「多分、相手は那須先輩が向かいそうな所にワイヤーを張って待ち構えている筈です。そして序盤であれば、その場所以外にワイヤーを仕掛けている可能性はかなり低い」
そして、と小夜子は顔を上げた。
「
(…………なんて、小夜ちゃんは言ってくれたけど、これはキツいわね)
那須は路地の入口に立つ香取と、ビルの上に陣取る当真を見据えながら、思わず顔を顰めた。
罠に自ら飛び込むのは、当初の予定通り。
だが、足を失うのは少々予定外ではあった。
まさか、既に狙撃手まで配置が完了しているというのは、予想していた中ではかなり悪い展開に当たる。
メテオラの起爆を強硬する為に
那須はあの瞬間、直感したのだ。
此処で起爆しなければ、もうメテオラを爆破する余裕はないと。
後の事を考えれば、この場でのメテオラ起爆は必須事項。
何が何でも起爆させなければならない、そういう展開だった。
だからこそ、足を捨ててでもあの場での起爆を強硬した。
そうしなければ、
数瞬の膠着状態の後、那須は立ち上がる。
「行って」
立ち上がった彼女の周囲に、キューブサークルが展開。
そして、即座にそれが分割され、香取と当真に向けて一斉に射出された。
「……っ!」
「うお……っ!」
その数は、どう見ても片手分で足りるものではない。
防御すら捨てた、全力攻撃。
それを、二方向に向けて撃ち放った。
今の那須は、回避も防御も碌に出来ない。
故に、守勢に回った瞬間押し込まれて負ける。
ならば、取れる手段は一つ。
徹底的な、波状攻撃。
それしか、今の那須が延命する手段はなかった。
香取は、シールドを張って路地から撤退。
そして当真は、シールドを張りながらその場から後退した。
無論、これで終わりはしない。
那須は即座に次のキューブサークルを展開し、再び二方向に向けて射出。
香取と当真に、追撃をかけた。
これが、最適解。
少なくとも、当真からの狙撃はこれで防げる。
牽制まで入れて来ればまだ分からないが、「それはない」と奈良坂から断言されていた。
────────当真さんは、
奈良坂にしては珍しく、感情的に断言していた。
当真は、牽制の弾は絶対に撃たないと。
────────あの人は、当たる弾────────いや、弾が当たる状況じゃなければ、絶対に引き金を引かない。言うなれば、そういう状況が来るまで待つのがあの人のスタイルなんだ────────
当たる弾しか撃たないという事は、弾が当たる状況までは幾らでも待つ、という事を意味している。
奈良坂の話では、当真は自分の狙撃で相手を仕留める事に、強い執着を持っているらしい。
故に、牽制の弾というものを軽視────────というか、蔑視しているらしい。
そのあたりがチームワーク重視の奈良坂とは噛み合わないらしいが、そこはそれ。
ともあれ、牽制の弾を撃って来ないというのならば、それを利用するだけだ。
既に、当真の居場所は捕捉している。
位置の知れた狙撃手は、さほど恐くはない。
弾が飛んでくる方向が分かり、尚且つ牽制の弾を撃って来ないというのならば。
対処は、容易だ。
攻撃を続けて、狙撃体勢に入らせなければ良い。
既に、小夜子によってこの場の地形解析は終わっている。
当真が屋上にいる限り、波状攻撃を止める手段はない。
もしも屋上から飛び降りて来るようなら、狙い撃ちにするだけだ。
「────」
「く……っ!」
そして、香取に対しての対処も単純だ。
幸い、この路地は狭い。
故に、路地に入れば、容易に集中砲火が可能となる。
適時バイパーとアステロイドを撃ち分けていけば、香取は容易には接近出来ない。
香取も拳銃型のトリガーを持っているが、射程はこちらが上だ。
ならば、香取が拳銃を撃つ暇がないように、攻撃を続ければ良い。
那須はじりじりと路地の奥へ後退しながら、
今のところ、当真からの狙撃も、香取からの銃撃もない。
延命は、現状上手くいっていると言えた。
(まあ、あくまで
そう、これはあくまで
今の那須には、逃げる為の
そして、この東側には相手チームの戦力が集中している。
今は膠着状態を作る事に成功しているが、増援の一人でも来ればあっという間に崩れ去る脆い均衡でもある。
誰か一人でも、追加の戦力を投入すれば那須は落ちる。
そう思わせる為に、この状況を作り上げたのだ。
香取隊の、増援。
それこそを、那須は狙っていた。
この場合、増援として来るのであれば誰か。
間違いなく、この場にワイヤーを張った若村か三浦である。
香取はトリガーをフルセットしている為、それを崩してまでスパイダーをセットするとは思えない。
スパイダーは、サポーターの二人がセットしていると考えた方が自然だろう。
そして試合開始からの経過時間から考えて、そのワイヤーをセットした隊員は必ずこの近くに潜んでいる。
那須という、厄介極まりない駒を速攻で排除できる可能性があるこの局面。
そこに戦力を集中させない理由は、皆無だ。
十中八九、その相手はこの近くにいる。
ここぞという時に、那須を追い込み仕留める為に。
那須は、それが出て来るのを待っている。
たとえ此処で落ちたとしても、
「うざったい……っ!」
そんな折、業を煮やした香取が、シールドを張りながら路地に踏み込んだ。
当然、那須は香取へ攻撃を集中。
屋上へ向ける
「無駄だってのっ!」
「……っ!?」
その射撃に対し、香取は近くの壁を蹴り跳躍。
更にグラスホッパーを展開し、踏み込み屋上近くまで跳び上がる。
そして、中空を蹴り────────否、残っていたワイヤーを足場に、ジグザグな軌道で那須に対し肉薄。
スコーピオンを手に、那須に斬りかかる。
「く……っ!」
香取の急襲に対し、那須はその場でグラスホッパーを展開。
残っていた左足で踏み込み、大きく後ろに跳んだ。
「しゃらくさいっ!」
「……!」
だが、香取の追撃は止まらない。
那須と同じようにグラスホッパーを起動した香取は、ジャンプ台トリガーの加速を用いて追撃。
一瞬で距離を詰め、空中で身動きの取れない那須に向かってスコーピオンを振り下ろした。
「────!」
「ちっ……!」
那須は咄嗟に身体を捻り、回避を試みた。
結果、香取のスコーピオンは那須の左腕を斬り落とす。
だがそれは、致命傷ではない。
致命傷ではないなら、反撃は可能。
那須は即座にキューブを展開し、狙いを定める。
香取は空中で腕を振り切った体勢であり、ほぼ密着状態である為シールドを張るには近過ぎる。
返しの一撃で那須は落とされるだろうが、香取も痛打は避けきれない。
必中。
それが、確約された状況だった。
「ふん」
「え……っ!?」
だが、香取のセンスはその状況すら覆す。
香取は自分の腕の先にグラスホッパーを展開し、それを殴りつけた。
結果、その反動によって香取の身体は吹き飛ばされ、那須のバイパーは一瞬遅れて香取のいた場所に着弾。
弾丸は空を切り、地面を荒らすだけに留まった。
「ぐ……っ!」
そして、路地に銃声が響き渡った。
香取ではない。
彼女は無理なグラスホッパーの移動の影響により、即座に攻撃に移る事は出来なかった。
ならば、誰か。
無論、路地の奥に潜んでいた
待ち望んでいたチャンスに、飛び出した若村。
成る程、確かに那須は致命傷を負った。
だが────。
「────やっと、出て来たわね」
────────この瞬間を、那須は待っていた。
那須は若村を視認すると、身体の影に隠していた数発の弾丸を射出。
若村に、那須の捨て身の弾丸が迫る。
「麓郎……っ!」
「うお……っ!」
されど、それすら香取は対応する。
いつの間にか接近していた香取が、グラスホッパーを遠隔設置。
若村の足元に設置されたジャンプ台トリガーが、彼を強制的に頭上に向かって弾き飛ばした。
結果、那須の最期の一撃は空を切る。
間一髪、若村は那須の魔弾から逃れられた。
「馬鹿野郎っ、上だ……っ!」
「え……?」
屋上から響く、当真の声。
それにつられて頭上を見て、若村は顔を青冷めさせた。
上空に、こちらに迫る無数の弾丸が見える。
その弾丸の名は、
那須が当真を狙うと見せかけて撃った、本命の弾。
その弾丸は当真を狙わず、時間差で路地に落ちて来るように弾道を計算されていた。
降り注ぐ、最後の魔弾。
それが、若村を蜂の巣にせんと牙を剥く。
「「シールド!!」」
されど、それを黙って見ている程、香取も当真も鈍くはない。
二人がかりで遠隔シールドを展開し、若村へ降り注ぐ弾丸を防ぎ切った。
「…………仕留め切れなかったか」
『戦闘体活動限界。
機械音声と共に、那須のトリオン体が崩壊し、光の柱となって消え失せる。
それを確認した若村は安堵の息を吐き、自由落下に身を任せ────────。
「────────いいや、充分だ。よくやった、那須」
「え……っ!?」
────────その胴に弾丸を撃ち込まれ、黒い鉛のようなものを埋め込まれてその重みで地面に落下した。
「が……っ!」
地面に落下した若村の首を、その銃撃の主が斬り落とす。
『戦闘体活動限界。
機械音声と共に、若村の身体が吹き飛び光の柱となって消えた。
そして、その光が晴れる。
そこには、右手に弧月、左手に拳銃を構えた少年────────三輪が、鋭い視線で香取達を見据え佇んでいた。
頑張ったなあ、工夫したなあ、いっぱい練習したんだろうなあ。
だが残念、現実は無情。
それだけで勝てるほど、ワートリは甘くないのです。
特に今回、那須隊&三輪隊という分かり易いクソゲーだからね。
それはそれとして、冬島隊も充分クソゲーの類だという事を忘れてはならない。