痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊・冬島隊③

 

「おーっと、これは大きく動いた……っ! 那須隊長が香取隊の連携攻撃により緊急脱出……っ! だが、撃破に貢献した若村隊員は三輪隊長の急襲により落とされた……っ!」

「成る程、これが狙いだったか」

 

 風間は桜子の実況を聞きながら、おもむろに頷いた。

 

「どうやら、那須が罠に飛び込んだのはわざとだったようだな。那須は最初から、()()()()()()()()だけに動いていた」

「ふむ、若村隊員をですか」

 

 そうだ、と風間は桜子の言葉を肯定する。

 

「那須は運悪く、敵に囲まれる状態で転送された。だが、そもそもその事自体を予想していたとしたらどうだ?」

「転送運が悪くなると予想していたって事ですか」

「ああ、予想、というより推測だな。那須とは限らないが、那須隊側は誰かが孤立する展開はある程度予測していた筈だ」

 

 何故なら、と風間は説明する。

 

()()()がある。那須隊の側は8人、香取隊の側は5人。この人数差ならば、ある程度偏った転送結果になる可能性が高い。まだ相手チームに見つかってはいないが、三浦も那須と同じく孤立無援の状態になっているしな」

 

 そう、那須隊・三輪隊と香取隊・冬島隊ではそもそも人数に差がある。

 

 故に、MAPによっては偏った配置────────即ち、敵陣の真っただ中で孤立するなどの可能性が充分考えられる。

 

 そう考えれば、チームメイトの孤立は予測可能な展開だったワケだ。

 

「だから、その前提で策を用意していた。それが、敢えて罠に飛び込む事で落としたい駒を引きずり出す、というものだ」

「落としたい駒、ですか。それは、若村隊員であれば落とし易いから、という意味でしょうか?」

「それもあるが、一番はこの試合で若村が那須隊にとって厄介な存在であったからだ」

 

 え? と疑問符を浮かべる桜子に対し、風間は説明を続ける。

 

「確かに、若村は一個人としての戦闘能力はそう高くない。視野もそこまで広くはなく、援護能力にも粗が目立つ。1対1で戦えば、那須隊にとっては苦も無く倒せる類の相手だろうな」

 

 だが、と風間は続ける。

 

「戦闘能力が低いからといって、部隊に貢献出来ないという事にはならない。今回の試合、若村は重要な役割を担っていた。()()()()()()()()、という役割をな」

「あ……っ!」

 

 そう、この試合に置ける、スパイダーの設置係。

 

 それが、若村だ。

 

 風間の言う通り、若村はB級上位の他の面々と比べれば単体では脅威となる駒ではない。

 

 だが、ワイヤーの設置という役割に徹するならば、無視出来ない相手に変貌するのだ。

 

 ワイヤーを設置するのに、戦闘能力の多可は関係がない。

 

 どれだけ弱かろうと、たとえトリオンが低かろうと、適切な場所にワイヤーを設置する事が出来ればそれで良いのだから。

 

「那須隊にとって、スパイダーはこの上なく厄介なトリガーだ。七海と那須は機動力が制限されるし、ただでさえ攻撃に特化した香取の動きが飛躍的に向上する。ワイヤーの広域な設置は、なんとしてでも避けたかった筈だ」

「だから、エースである那須さんが囮になってでも若村を釣り出した、って事っすね。今の若村には、それだけの価値があったって事です」

 

 故に、今回の試合で若村を落とす事には、重要な意味があった。

 

 曲がりなりにもエースの一人である那須を、使い潰しても構わないと判断する程に。

 

 戦いは、強い方が勝つのではない。

 

 戦略だろうが、戦術だろうが、()()()()()()()()()()()()()()が勝つのだ。

 

 個人の実力程度、戦術で幾らでもひっくり返る。

 

 重要なのは最終的に勝利を掴む事であり、高い実力の者がいるかどうかではない。

 

 無論、強力なエースを擁するチームが強い事に変わりはない。

 

 だが、()()()()()()では戦いは勝てはしない。

 

 それは、以前の香取隊が証明している。

 

 幾ら強いエースがいたとしても、まともな戦術一つ取れないようでは安定した勝利など望める筈もない。

 

 以前の若村であれば、香取のついでとして落とされていただけだろう。

 

 けれど、今は違う。

 

 若村はチームの一員として、しっかりと貢献している。

 

 だからこそ、最優先で狙われたのだ。

 

 結果として落とされはしたが、逆に言えばその存在を以て那須に捨て駒になる事を強いる事が出来たとも言える。

 

 その戦果は、無駄ではない。

 

 少なくとも、以前の彼には出来なかった事なのだから。

 

「だが、那須も流石だな。あそこまで粘った事で、三輪の到着するまでの時間を稼ぐ事が出来た」

 

 それに、と風間は告げる。

 

「最後のバイパーの二段攻撃も、三輪の奇襲を察知させない為の隠れ蓑として機能した。あれがなければ、あそこまでスムーズに若村を落とす事は出来なかっただろう」

「そうっすね。成功すればそれで良し、そうでなくても目晦ましになる。いやあ、考えられてるっすねえ」

 

 二人の言う通り、あの上空からのバイパーの攻撃は、三輪が攻め込む為の攪乱として機能した。

 

 捨て身の弾丸を囮にした上での、本命の一撃。

 

 そう思わせる事が出来たからこそ、その次にやって来る本当の真打ち────────三輪による奇襲を、隠し通す事が出来た。

 

 那須は、三輪が近くまで来ていた事に気付いていた。

 

 だからこそ、上空からの射撃という目立つ方法を取ったのだ。

 

 三輪と、攻撃のタイミングを合わせる為に。

 

 人は、危機を脱したと思った瞬間こそ最も油断する。

 

 その隙を突く形で、三輪は若村を仕留めたのだ。

 

 三輪の扱う鉛弾(レッドバレット)は、シールドをすり抜ける。

 

 幾らシールドを広げようが、逆に集中しようが、鉛弾は防げない。

 

 更に、三輪の鉛弾はA級特権で改造した特注品だ。

 

 通常の鉛弾と違い、()()()()()事が出来る。

 

 つまり、バッグワームを着たまま撃ち込む事も可能なのだ。

 

 自分の手札を有効活用した、鮮やかな奇襲と言えるだろう。

 

「これで、香取隊側の主戦力が集った東側からスパイダーを設置する者がいなくなった。那須隊側は、格段に動き易くなったと言えるだろう」

 

 それに、と風間は告げる。

 

「東側のもう一人も、配置に付いたようだ。あの二人を相手にするのは、骨だぞ」

 

 

 

 

「おっと」

 

 当真は軽く顔を逸らし、飛来した弾丸を回避する。

 

 スコープ越しにその方角を見れば、離れたビルの屋上でこちらを狙う古寺の姿がある。

 

 どうやら、今の一発は牽制。

 

 三輪と香取の戦いに介入させない為の、脅しのつもりだろう。

 

「やれやれ、当たらない弾を撃つとか理解出来んが、このままじゃ撃てねぇのも確かだな」

 

 当真は軽くおどけると姿勢を低くさせ、スコープ越しに古寺と睨み合う。

 

 この場を離れたいところだが、残念ながら当真はさほど運動センスが良いとは言えない。

 

 トリオン体なので膂力は上がっているが、生来の運動センスはトリオン体の動きにも影響を及ぼす。

 

 ぶっちゃけると、弾丸を回避しながら自在に移動するような曲芸は、当真には出来ない。

 

 それに、此処で当真が逃げ出せば、古寺に狙撃場所を変える時間を与える事になる。

 

 折角見つけた狙撃手の居場所を見失う事態は、出来れば避けたいところだ。

 

 故に、当真と古寺はスコープ越しに睨み合う。

 

 「そこから動くな」と、言外のメッセージを伝え合ったが故に。

 

 狙撃手同士が、睨み合う。

 

 古寺は、冷や汗をかきながら。

 

 当真は、不敵な笑みを浮かべながら。

 

 無言の冷戦が、屋上では始まっていた。

 

 

 

 

「ちっ」

 

 香取は、対峙する三輪を見て思わず舌打ちする。

 

 難敵の出現に、香取は警戒を高めた。

 

 三輪とは、個人戦で一度だけやり合った事がある。

 

 その時は、あろう事か接近戦で手も足も出ずに負けた事を覚えている。

 

 三輪は、弧月(カタナ)と銃の二刀流だ。

 

 そして、その拳銃からは片手撃ち可能な鉛弾が発射される。

 

 鉛弾はシールドでの防御が不可能であり、一つでも撃ち込まれればその重石で碌に身動きが取れなくなる。

 

 とりわけ、スピードアタッカーに属する機動力重視の香取にとっては致命的だ。

 

 もしも先程の若村のように胴に撃ち込まれれば、その時点で香取は戦闘不能になる。

 

 機動力を失ったスピードアタッカーなど、ただの的でしかないからだ。

 

「けど、やるしかないか。()()、此処から逃げるワケにはいかないし」

 

 香取は左手に拳銃を構え、右手にスコーピオンを携えた。

 

 三輪も同様に左手に拳銃、右手に弧月を握った。

 

 香取の拳銃から、誘導弾(ハウンド)が射出される。

 

 それが、合図。

 

 近接万能手。

 

 ボーダーでも随一の格闘能力を持つ二人の戦いが、始まった。

 

 

 

 

「お、香取と三輪がぶつかったか。こりゃ見ものだな」

 

 観戦席に座る太刀川が、試合映像を見て面白気に笑みを浮かべる。

 

 最初から彼の好む熱い戦いを垣間見て、既にテンションが上がっているようだ。

 

 常々「想いの強さは関係ない」と言いながら、「熱い勝負は大好物」と嬉々として言う太刀川だ。

 

 那須の必死の粘りも、三輪の鮮やかな手並みも、香取と三輪のぶつかり合いも、彼にとっては楽しみの一つ。

 

 一進一退の攻防を行っている二人の戦いに、思わず上機嫌になっても不思議ではない。

 

「そっすね。でもぶっちゃけ、太刀川さんはあの二人のタイマンならどっちが勝つと思います?」

「順当に考えれば、三輪だな」

 

 出水の問いに、太刀川は平然とそう答えた。

 

「当真の援護があるなら話は別だが、今当真は古寺と睨み合いの真っ最中だ。そうなりゃ当然、三輪と香取の単純な地力勝負になる。香取も随分成長したが、三輪とは積み重ねた経験の()が違い過ぎるからな」

 

 三輪と香取は同じ近接万能手であり、潜在能力でいえば香取は充分A級クラスの素質を持っている。

 

 だが、その素質が磨かれ始めたのはつい最近だ。

 

 香取は、燻ぶっている期間が長過ぎた。

 

 確かに、ここぞという時の爆発力は驚異的だ。

 

 されどそれは逆に言えば、ここぞという時()()そのポテンシャルを発揮出来ない。

 

 安定して高い実力を発揮する三輪と比べると、どうしても分が悪い事は否めない。

 

 自身の実力を、必要な時に自分の意思で引き出せるか。

 

 これが、高位の実力者とそうでない者を隔てる壁でもある。

 

 香取が言う「上級者の壁」というものがあるとしたら、まさにこれだ。

 

 彼女は未だ、自在に自分のポテンシャルを発揮出来る領域にまでは至っていない。

 

 数多くの戦いを経験し、自分自身に最適な戦闘方法を磨き抜いた三輪相手には、その差は致命的となる。

 

 特に、仲間の援護が望めない場合に置いては。

 

「此処に来て、那須がメテオラの起爆を強硬したのが響いて来る。ワイヤーを吹き飛ばされた以上、香取に地形的な有利はない。若村が落とされて三浦が西側にいる以上、ワイヤーの即時の追加も出来ないしな」

 

 そして、那須がメテオラの爆破を強硬した意味が此処で出て来る。

 

 那須が自分の身を省みず起爆を強硬した結果、あの場のワイヤーはほぼ吹き飛ばされた。

 

 つまり、三輪の移動を遮るものはなく、香取もまた三次元機動に使える足場はない。

 

 地形的な有利が、一つもなくなってしまったのだ。

 

 若村が生きていれば話は変わってたが、彼は三輪によって落とされた。

 

 狙撃手の当真も古寺によって抑えられている以上、香取は仲間が近くにいながら孤立無援の状態。

 

 那須は自らの犠牲を以て、逆に香取を追い込んで見せたワケだ。

 

「それに、そろそろ七海が橋に到着する。西端に転送されたから大分時間がかかったが、橋さえ渡れば七海が三輪に合流する。そうなりゃ、詰みだろうな」

 

 けど、と太刀川はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「果たしてあいつ等が、そこまで大人しくやられるタマかは疑問だがな」

 

 何せ、と太刀川は告げる。

 

「────────今の香取隊は、強くなった。ありゃあ以前までとは、別物だぞ」

 

 

 

 

「これは……」

 

 七海は、目の前に広がる光景に言葉を失った。

 

 彼の前には、このMAPを東西に隔てる川にかかった鉄橋がある。

 

 この橋さえ渡れば、東側へと合流出来る。

 

 そうなれば、三輪と二人がかりで香取を追い詰める事が可能となる。

 

 香取隊側の戦力は、若村が落ちた現在香取・三浦・当真・冬島の四人。

 

 その中でポイントゲッターになれるのは、当真と香取だけだ。

 

 つまり、当真と香取の二人が落とせれば、香取隊側は得点能力を失う。

 

 それで、詰みだ。

 

 当真を落とせるかどうかは分からないが、最低限香取隊を全滅させればそれで勝負はつく。

 

 B級隊員(じぶんたち)がA級隊員を落とした時のボーナスポイントは惜しいが、場合によってはそういう手も有りだろう。

 

 もっとも。

 

 それは全て、東側に()()()()の話だが。

 

「ワイヤー、という事は、三浦か」

 

 ────────鉄橋には、無数のワイヤーが絡まっていた。

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 その網が、鉄橋を塞ぐように所狭しと雁字搦めに張り巡らされている。

 

 しかも、それだけではない。

 

 そのワイヤーの先、橋の上にはこれみよがしに無数のトリオンキューブ────────十中八九メテオラが、等間隔で置かれていた。

 

 スパイダーは、置きメテオラと組み合わせる事で地雷としても機能する。

 

 恐らく、このワイヤーを考えなしに切断すれば、その瞬間メテオラの起爆により橋は落ちるだろう。

 

 橋を落とされたくなければ、此処を通るな。

 

 これは、そういう類の敢えて露わにしている罠だ。

 

 何が何でも、此処は通さない。

 

 そういう硬い意思が、この光景からは伝わってきた。

 

「やってくれるな、三浦────────いや、香取隊」

「────」

 

 七海は、視線を橋に向ける。

 

 そこには、橋を背にして弧月を構えた三浦が、冷や汗を流しながらも毅然とその場に立ち塞がっていた。





 てなワケで香取隊もやられてばかりじゃないのです、という事だね。

 二回折れた分、強度はそれなりに上がっている。

 成長したのは、香取だけではないのです。
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