「すぐにそっちに行くのは難しい。すまないが、そちらを頼む」
『了解した』
七海は三輪との通信を終え、視界の先に立ち塞がる三浦を見据える。
三浦はワイヤーで雁字搦めにした鉄橋を背にするように立っており、その手に弧月を構えて七海と対峙している。
睨み合ったのは、一瞬。
七海は即座に、三浦に向かって駆け出した。
「旋空弧月ッ!」
その凄まじい速度に辟易しながらも、三浦は回避ではなく迎撃を選択。
旋空を起動し、弧月を振りかぶった。
拡張斬撃、旋空弧月。
長大化したブレードが、七海に向かって横薙ぎに振り抜かれる。
「────」
旋空は、防御不能の切断力を持つ、ノーマルトリガーの中でも威力という点では他の追随を許さないトリガーである。
シールドはおろか頑強なエスクードでさえ、旋空弧月の前には紙切れのように斬り裂かれる。
故に、対処は回避一択。
七海はその場で跳躍し、横薙ぎの旋空を回避した。
連撃であればともかく、単発の旋空程度に当たるほど、七海は鈍くはない。
そも、七海には
通常の速度の旋空であれば、感知して避ける事は造作もない。
彼に旋空を当てるのならば、極論生駒旋空並みの凄まじい剣速か、太刀川クラスの連撃が必要となる。
「……!」
だが、それは三浦とて承知の上。
彼もまた、この旋空が当たるとは思っていなかった。
三浦の目的は、一瞬の
横薙ぎに振るった旋空に対処するには、跳ぶしかない。
つまり、
その隙に、三浦は跳び上がる。
上空へ。
否。
己が張った、
即座に追撃をかけようとしていた七海の動きが、止まる。
機動力が命である七海にとって、ワイヤー地帯は明確な死地だ。
ワイヤーは見え難く、一度でも足を取られればそれが明確な隙になる。
しかも、今回の時刻設定は『夜』。
当然ワイヤーは黒塗りにされており、闇夜でそれを見分けるのは困難だ。
グラスホッパーも、踏み込んだ先にワイヤーがあれば目も当てられない。
以前の試合でも、香取と若村相手にワイヤー地帯で長時間の拘束を強いられたのだ。
三浦がその中に入った以上、迂闊に飛び込むワケにはいかないのだ。
なにより、どのワイヤーがメテオラの
雁字搦めにワイヤーを張られた鉄橋の中央に並ぶ、4つのトリオンキューブ。
そのキューブには、ワイヤーの先端が突き刺さっていた。
これは、スパイダーのもう一つの使い方────────ワイヤーを利用した、
置きメテオラは、メテオラをトリオンキューブの状態で設置し、外部刺激によって起爆して使う特殊な置き弾の一種だ。
一定の範囲外になれば置き弾は遠隔制御する事は出来なくなるが、メテオラにはそもそも
より正確に言うならば、弾丸を覆うカバーが外れ大気と接触する事でメテオラは起爆する。
言うなれば、今メテオラのキューブに突き刺さっているワイヤーは、
蓋が外れる事で弾丸が大気と反応し、爆破条件が整う。
つまりこのワイヤーが引き抜かれた瞬間、並べられた置きメテオラは起爆する。
無論、等間隔に並べられた他のメテオラと
置きメテオラは、複数個所に別れて設置されている。
ご丁寧に、離れた場所の置きメテオラ同士はワイヤーに繋がっている。
一つでも起爆すれば、確実に全ての
どれか一つ。
あのワイヤーのうちメテオラに繋がっているワイヤーに衝撃を与えてしまえば、橋が落ちる。
東側へ渡る事が、出来なくなる。
香取隊の、思惑通りに。
「これは厄介だな……」
七海は、思わず顔を顰めた。
完全に、先手を打たれた。
今の香取隊は、以前とは違う。
その事を、七海は改めて思い知った。
「七海隊員、橋を渡ろうとするもそこには三浦隊員がワイヤーを仕掛けて待ち構えていた……っ! このままでは、橋を渡れないぞ……っ!?」
「良い手だな」
風間は素直に香取隊の戦術に感心し、笑みを漏らす。
「那須隊の戦力の半分ほどが西側に偏っている現状、あの橋を抑える事は大いに意味がある。三浦が橋の近くに転送された事も幸いしたが、チャンスをしっかり活かした形だな」
そう、三浦は試合開始時の転送の際、橋のすぐ傍に転送されていた。
その有利を活かし、三浦は鉄橋にワイヤーを張る事を即断したのだ。
よほど、練習を積み重ねたのだろう。
三浦が鉄橋にワイヤーとメテオラを設置し終えるまで、さほど時間はかかっていなかった。
そして三浦は、七海が到着するまでにワイヤー陣を完成させる事に成功したワケである。
「でも、何故三浦隊員はすぐに橋を破壊しなかったんでしょう? 那須隊側を西側に閉じ込めるついもりなら、すぐに破壊しても良かった筈では?」
「ところがそうでもない。確かに傍目から見ればそうかもしれないが、下手にもやりようがあるんだ」
何故なら、と風間は続ける。
「七海には、グラスホッパーがある上にサイドエフェクトで狙撃も感知出来る。だから、七海に限定して言うなら橋の有無はあまり関係がないんだ」
「橋が落ちても、七海先輩なら渡れちゃいますからねえ。橋の瓦礫の位置によっては、グラスホッパーなしで移動出来ても不思議じゃありませんし、七海先輩に限って言うなら橋の破壊はあまり意味がないんです」
でも、と佐鳥は続ける。
「七海先輩
「橋が落ちれば那須隊側が困るのは、事実というワケだ」
「それなら、やっぱり橋を落とした方が良かったんじゃ……」
違うな、と風間は桜子の言葉を否定する。
「そうなったらなったで、
「あ……」
そこで、桜子は気付く。
確かに、動きが鈍る川を渡るのは難しい。
だがそれは難しいだけであって、
「狙撃手の当真がいるのは、東側だ。そちらからの狙撃を感知出来るよう、七海を先頭にしてほぼ密着状態にでもなれば狙撃は七海が対処出来る。多少時間はかかるだろうが、川を渡る事は可能だろう」
その難易度を大幅に下げるのが、七海の存在だ。
七海はサイドエフェクトにより、狙撃を察知出来る。
性質上味方への狙撃を直接感知出来るワケではないが、それならば味方への射線の間に七海を割り込ませれば良いだけの話だ。
自分に当たる射線であれば、七海は感知する事が出来る。
七海の背中にぴたりとくっつくように密着すれば、強行軍で川を渡る事が出来るだろう。
「やり方を変えれば、川を渡る事は出来る。それしかないとなれば、あいつ等は躊躇しないだろう」
だが、と風間は続ける。
「橋が壊されていないなら、そちらを渡った方が良いのは当たり前だ。川を渡るよりデメリットは少なくなるし、何より機動力の高い七海を自由に動かせる────────だから、
「橋を渡れるなら、渡った方が手っ取り早いのは事実ですからね」
それが、三浦の────────香取隊の、目的。
確かに、橋がなければないでやりようはある。
けれど、まだ橋が無事であるなら、出来る限り壊したくはないと考えるのが普通だ。
彼等は、その心理を逆手に取った。
ワイヤーと置きメテオラを設置し、まだ壊れていない橋を見せる事で、見事に橋を盾にする事に成功したのだ。
三浦は若村同様、単体ではそこまで脅威となる駒ではない。
若村よりも機転は利くし咄嗟の判断力も悪くはないが、エース級を相手にどうこう出来る実力を持っているかと問われれば否だ。
彼の本分はサポートであり、正面切っての一騎打ちではない。
七海とまともにぶつかれば、多少の時間稼ぎが出来るかどうかだろう。
故に、まともではない状況を作り上げた。
スパイダーを活かし、新たに加えた武器であるメテオラを持ち込む事によって。
結果として、三浦は七海相手に時間稼ぎを行う事に成功している。
画面の中では、ワイヤーの上から旋空を繰り出す三浦の姿と、回避に専念する七海の姿がある。
流石の七海も、橋を盾にされた事で動きが鈍っているようだ。
香取隊の作戦勝ち、と言っても過言ではないだろう。
「だが、埒が明かないようであれば七海が腹を決めて突っ込む可能性もある。此処でどれだけ時間を稼げるかが、今後の分水嶺になりそうだな」
「旋空弧月ッ!」
三浦は中空に張ったワイヤーを足場としながら、旋空を放つ。
狙いは、地上にいる七海の胴体。
拡張されたブレードが、七海に向かって振り下ろされる。
七海は、それを横に跳んで回避。
その足に、力が込められる。
次の瞬間、七海の身体は地を蹴り跳躍。
三浦の下へ、一直線に跳び上がる。
「……っ!」
三浦はすかさずワイヤーを蹴り、背後へと退避。
ワイヤー陣の奥へと、その身体を飛び込ませた。
このワイヤー陣の中にさえ入ってしまえば、七海は迂闊な攻撃は行えなくなる。
どのワイヤーがメテオラに繋がっているか分からない以上、闇雲にワイヤーを切断するワケにはいかない。
スパイダー単体ならば、幾らでも対処法がある。
那須のようにメテオラで吹き飛ばすなり、弧月等のブレードで切断すれば良い。
ワイヤーは攻撃に対しては脆弱であり、攻撃用のトリガーに触れるだけで簡単に千切る事が出来る。
だから、ワイヤー地帯を作ったところで、メテオラで吹き飛ばせば何の意味もないのだ。
そういう意味で、前回の試合────────B級ランク戦のROUND6のワイヤー戦術は、不完全だった。
初見殺しの形でワイヤー地帯に誘い込めた事と、生駒旋空という超射程の技を持つ生駒が同じ戦場にいた事で、不用意なメテオラの使用を抑える事が出来た。
そうでもしなければ、七海は躊躇なく周囲をメテオラで吹き飛ばしワイヤーを排除していただろう。
メテオラの起爆範囲を完全に把握出来る七海にとって、至近距離でのメテオラの爆破を躊躇う理由はないのだから。
だが、味方に狙撃手がいるこの試合では話が変わる。
スパイダーの天敵は、メテオラだ。
ワイヤー地帯を爆破されれば、折角張ったワイヤーは無為に終わる。
されど、
建物を破壊すれば、それだけ狙撃を通す為の道────────射線が、広がってしまうのだ。
ワイヤー陣という不利な地形で戦うか、射線を広げて狙撃手の脅威と戦うか。
その理不尽な二択を迫る事が出来る事こそ、ワイヤー陣の真骨頂と言える。
ただし、この戦術は唯一七海にだけは通用しない。
この試合に出ていない者も含まれば、影浦もであるが。
七海と影浦のサイドエフェクトは、かなり似通っている。
それらを感知出来る彼等には、狙撃も不意打ちも通用しない。
故に、彼等は狙撃を恐れる必要がない。
射線が広がる事すら、彼等にとっては意味がない。
その上、七海は基本のトリガーセットにメテオラを装備している。
ワイヤーを張ったところで、躊躇なく吹き飛ばされて終わりだろう。
だがそれは、あくまで
この鉄橋に構築したワイヤー地雷陣は、人質の傍に爆弾を置く戦術に近い。
此処を爆破されたくなければ、手を出すな。
これは、そういう脅しを組み込んだ陣形である。
爆破を防ぐのではなく、爆破を躊躇させる。
発想の転換により、相手チームである意味最も厄介な駒である七海の足止めを可能にする。
それが、この陣形のコンセプト。
冬島から授けられた、渾身の戦術である。
三浦は周囲のワイヤーの中から
失敗出来ない。
そんな不安から来る、一瞬の確認。
されどそれは。
至近に迫った
「────」
「……っ!?」
────────悪寒を感じて咄嗟に身体を捻った三浦の右腕を、伸びたブレードが貫き裂いた。
七海の姿は、未だワイヤー陣の外。
だが、その腕から鞭のように伸びる刃が、ワイヤーを避けるように曲線を描きながら三浦の右腕に突き立っていた。
その名は、マンティス。
七海の師である影浦が得意とする、スコーピオンの発展形である。
身体を捻るのが一瞬でも遅れていれば、間違いなく首を斬り落とされていただろう。
そんな思い込みを、
(そうか、僕が通った場所にはワイヤーがないから……っ!)
三浦は、すぐにそのカラクリを理解した。
七海は、三浦が通った場所を通して彼にブレードを突き立てたのだ。
ワイヤーは黒塗りして夜闇に紛れ、そう簡単には位置を見抜かれはしない。
だが、確実にワイヤーがない場所はある。
他ならぬ、三浦の
スパイダーは、味方にだけ見え易くする事が出来る。
故に七海にとっては見え難い黒塗りのワイヤーだろうと、三浦にとっては可視のワイヤーでしかない。
そして、自分の網に引っかかる間抜けはいない。
故に三浦の身体が通った場所は、当然ワイヤーは存在しない。
当然真っすぐ逃げるような愚は冒さなかった三浦だが、七海はその動きを観察し、移動経路を見抜いていた。
だからこそ、七海はワイヤーに触れる事なく三浦にマンティスを叩き込む事が出来たのだ。
これが、純粋なセンスと練度の差。
凡人とエースとを分ける、境界線である。
確かに、香取隊は強くなっただろう。
以前と比べれば、別物と言って良い。
されど、彼等が停滞している間にも、戦友達は己を磨く事を忘れなかった。
その
積み重ねは、日々の鍛錬は、平等に嘘をつかないのだから。
「でも……っ!」
失った右腕を庇うように、三浦はワイヤー陣の奥へと退避する。
その眼は、諦観には塗れていない。
(諦める事は、もう止めたんだ。何が何でも、勝ってやる)
三浦は、顔を上げる。
そして、
力が足りない事は、承知の上。
されど、諦めはしない。
弱者が強者に勝てない通りなど、何処にもないのだから。
三浦くん頑張るの回。
スパイダーにメテオラを組み合わせた地雷は、原作ではレイジさんが使ってます。
ランク戦でも相当有用なんで、使ってみました。
メテオラは色々と悪用出来て楽しい。