痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊・冬島隊⑤

 

「油断したな」

 

 風間は開口一番、そう呟いた。

 

 鋭い切り口の言及に、桜子達は自然と耳を傾ける。

 

「ワイヤー陣の中に引き籠れば大丈夫、そんな意識が透けて見える。戦術自体は悪くなかったが、地力が戦術レベルに追いついていない。矢張り、付け焼刃は否めないようだな」

「それは単純に、三浦隊員の実力不足という事でしょうか?」

「違う。意識の問題だ」

 

 まず、と風間は前置きして続ける。

 

「さっきも言ったように、弱いからと言って部隊に貢献出来ないワケじゃない。若村も三浦も、この試合ではそのつもりで犠牲覚悟で自分の役割を引き受けていたんだろうからな」

「実際、那須隊長を早期に撃破するっていう快挙をやり遂げてますからねえ」

「ああ、そこは当然、評価すべきだろう」

 

 だが、と風間は告げる。

 

「それで自分達が強くなったと勘違いするのは、断じて違う。自分の実力を現実より高く見積もった者の末路は、決まって悲惨だからな」

「ま、自分の実力をきちんと正確に測る能力も必要って事っすね」

 

 そういう事だ、と風間は佐鳥の言葉を肯定する。

 

 自分の実力は、正確に把握しておくべし。

 

 これは、戦いにおける鉄則だ。

 

 自分に出来る事は何か、そして自分の実力を考慮して退くべきタイミングは何処か。

 

 これを正確に測れるようでなければ、兵士としては欠陥品だ。

 

 自分なんて、と自身を卑下してモチベーションを落とすのは論外だが、自分の実力を見栄や虚勢で高く見積もれば、待っているのは敗北の結末しか有り得ない。

 

 適材適所、という言葉がある。

 

 戦場は、ただ実力者が暴れればそれで良い、というワケではない。

 

 たとえ雑兵であろうと、きちんとした戦術の下運用すれば格上だろうと食い破れる。

 

 生の戦場とは、そういう場所だ。

 

 故に、戦場の趨勢を決めるのは実力者の働きではない。

 

 数の多い、雑兵の質と練度なのだ。

 

 無論、実力者がいればそれだけ目に見える戦果を獲得出来る。

 

 だが、実力者であろうと、サポート体勢が万全でなければ十全の力は発揮出来ない。

 

 そのサポートを行う者こそ、主戦力に成り得ない者────────即ち、雑兵の面々なのだ。

 

 与えられた役割をこなし、決して()()()()()()者。

 

 それが、エースをサポートするサポーターのあるべき姿なのだ。

 

 窮地に死に物狂いで抵抗する、それ自体は良いだろう。

 

 されど、決して目的を履き違えてはならない。

 

 彼等の本分はあくまでサポートであり、正面切っての戦闘でエースに敵わない事は純然たる事実なのだから。

 

 太刀川が、普段から散々言っている通りだ。

 

 想いだけで勝てるほど、勝負は甘くはない。

 

 それが、現実というものだ。

 

 今回は、香取隊の作戦が上手く嵌まっていた。

 

 犠牲は出たものの、概ね予定通りに戦況は推移していると言って良い。

 

 だからこそ、油断した。

 

 七海(エース)の対応力を、軽く見てしまった。

 

 失った右腕は、その正当な代価である。

 

「────────だが、今の一撃でどうやら目が覚めたらしい。此処からは、面白いものが見れそうだ」

 

 

 

 

『雄太、大丈夫かっ!?』

「大丈夫とは言い難いけど、なんとかするよ。そうでなくちゃ、葉子ちゃんにも申し訳が立たないしね」

 

 三浦は片腕を失った状態でワイヤー陣の中を移動しながら、若村にそう答えた。

 

 今のは、明確な己の失態だった。

 

 作戦が上手く嵌まっている事で良い気になり、あんな隙を晒してしまった。

 

 以前の香取隊であれば、香取に罵倒され、若村はパニックになり、染井はそれを傍観していただろう。

 

 だが、今は違う。

 

 反省は、後でも出来る。

 

 試合中に自己嫌悪に浸るのは、()()だ。

 

 何が悪かった、を考えるのではない。

 

 此処からどうすべきか、を常に考え続ける事が必要なのだ。

 

 それに気付いたのは、若村という反面教師がいたからでもある。

 

 若村は、香取と同じく直情傾向で、本人は認めないだろうが香取(天才)に対する劣等感がある。

 

 あれだけ香取に突っかかってばかりいたのは、自分の行けない高みにいる彼女への嫉妬心があった事は否定出来ないだろう。

 

 結果として試合中すら「誰が悪かったのか」という反省会をしてしまい、改善策の提案や現状の把握すらしないまま、ただ苛立ちを重ねて試合に臨んでしまっていた。

 

 何が悪かったのか、という気付きは重要だ。

 

 だがそれを元に改善策を提示出来ないようでは、何の意味もない。

 

 悪いところが分かっても、()()()()()()()()()()()()()()を考えなければただの罵り合いで終わってしまうのだから。

 

 これでは、幾ら香取が孤軍奮闘したところで勝てるワケがない。

 

 チームの足を引っ張っていたのは、自分達の方だった。

 

 その事を、あのROUND4の大敗で彼等は痛感したのだ。

 

 だから、努力した。

 

 もう手遅れと言う程に停滞していた自分達ではあるけれど、それでも出来る事はあると信じて。

 

 そうして迎えたROUND6の再戦では、以前よりはマシな戦いにはなった。

 

 けれど、勝てなかった。

 

 自分達には、何が足りないのか。

 

 足りないものだらけだけれど、その中でも最も足りないものは何か。

 

 その答えを真っ先に出したのは、当然のように香取だった。

 

 自分達には指揮が、戦術の練度が足りない。

 

 逆境に陥っても、それを立て直す対応力。

 

 それが、自分達には全く足りていなかった。

 

 そう結論付けた香取は、減点を覚悟で冬島に頭を下げた。

 

 自分達を指揮して欲しい、戦術を教えて欲しいと。

 

 あの事を香取から提案された時、目が覚める思いだった。

 

 悩んでいるのは、決して自分達だけではない。

 

 香取もまた、自分なりに葛藤し、我武者羅に上を目指し続けている。

 

 足掻いているのは、自分達だけではない。

 

 香取隊は、香取がいてこそのチームではあるが、決して彼女一人だけのチームでもない。

 

 香取がいて、染井がいて、三浦がいて、若村がいる。

 

 それが、香取隊。

 

 香取を中心に構築された、B級上位に在籍するチーム。

 

 果てのない上を目指し続けると誓った、掛け替えのない仲間達である。

 

 仲間の力になる為の努力は、惜しむつもりはない。

 

 失態は把握した。

 

 気を付けるべき事も理解した。

 

 後は、挑むのみ。

 

 あの七海(エース)に。

 

 自分一人では決して届かないであろう、高みに。

 

 弱者は弱者なりの勝ち方があるのだと、強者に示す。

 

 故に。

 

(全力で、足止めさせて貰うよ……っ!)

 

 目的は、変わらない。

 

 ただ全力で、此処で七海を足止めする。

 

 出来るだけ長く、こちらの仕込みが終わるまで。

 

 何が何でも、此処で凌ぐ。

 

 三浦はそう意気込んで、残った左腕で弧月を構える。

 

 弧月は基本的に、両手で構えて使った方が安定する。

 

 片腕しかないという状況は、重心が大きくズレる。

 

 故に、これまでのような機敏な動作は望めないだろう。

 

 だが、ないよりはマシだ。

 

 使えるものは、なんだって使う。

 

 そのくらいでなければ、七海には食らいつく事すら出来はしない。

 

「行くぞっ!」

 

 意気込み、跳躍する。

 

 三浦は弧月片手に、七海相手の時間稼ぎを再開した。

 

 

 

 

「ハッ!」

 

 三輪は拳銃から弾丸を放つと同時に、疾駆。

 

 弾丸を追いかけるようにして、香取に肉薄する。

 

 振るうは、右手の弧月。

 

 下段から振り上げるような形で、香取に刃を叩き込む。

 

「く……っ!」

 

 香取はその場でバックステップを行い、三輪の斬撃を回避。

 

 すぐさま右手のスコーピオンで、反撃を目論む。

 

「遅い」

「……っ!」

 

 だが、三輪は振り抜いた弧月を瞬時に逆手に持ち直し、逆向きに薙いだ。

 

 結果、刀身を横から斬り付けられたスコーピオンは破損。

 

 香取の攻撃は、失敗に終わった。

 

「……!」

 

 しかし、三輪の攻撃はまだ終わってはいない。

 

 いつの間にか向けられていた、左手の拳銃。

 

 そこから、香取の身体目掛けて至近距離で弾丸が放たれる。

 

 香取はそれを見て、グラスホッパーでの回避を選択。

 

 ジャンプ台トリガーを踏み込み、後方へと退避する。

 

「逃がすか」

 

 三輪はすぐさま、その場から疾駆。

 

 瞬く間に、香取へと接近する。

 

「しゃらくさい……っ!」

 

 香取は接近する三輪に向け、右手のスコーピオンを投擲した。

 

 されど、この程度で三輪の防御は崩れない。

 

 不意打ちのつもりで放ったそれは、三輪がほんの僅かに身体を捻るだけで回避された。

 

「今……っ!」

 

 だが充分。

 

 今の刹那ならば、三輪の動きは止まっている。

 

 後は、この弾丸(アステロイド)を叩き込むだけ。

 

 そう考え、香取は引き金に指をかける。

 

「甘い」

「……っ!?」

 

 ────────だがその引き金が引かれる前に、三輪の膝蹴りが香取の左手首を強打。

 

 握っていた拳銃は跳ね飛ばされ、銃撃は失敗に終わった。

 

「ち……っ!」

 

 悪寒を感じた香取は、すぐさまグラスホッパーを連続起動。

 

 三輪から距離を取って、路地の入口に着地する。

 

 見れば、香取が一瞬前までいた場所には鉄の塊のような重石────────鉛弾が、撃ち込まれていた。

 

 もしも距離を取るのが遅れていれば、あの重石を付けられてそのまま落とされていただろう。

 

 香取の天性の直感(戦闘センス)が、窮地を救ったと言える。

 

(ったく、ホント強いんだから。まだまだ、アタシが()か)

 

 油断なくこちらを見据える三輪を睨みながら、香取は心の中で愚痴る。

 

 弱気を口に出すような無駄は、今更しない。

 

 その程度の常識は、既に学んでいる。

 

 今対峙している相手は、そんな甘えが許されるような相手ではない。

 

 三輪秀次。

 

 彼は、香取にとって()()()()()を感じたうちの一人である。

 

 香取がB級に上がってからそのセンスに任せてポイントを荒稼ぎしていた頃、偶然ブースにやって来ていた三輪相手に挑んだ事がある。

 

 とうの香取は知る由もないが、その時の三輪は迅と出会った直後で気分がささくれ立っていた。

 

 故に、香取の幼稚な誘いに敢えて乗り、結果として香取を容赦なくボコボコにした。

 

 三輪は、特に派手な戦術を使ったワケではない。

 

 鉛弾もその時は使わなかったし、生駒旋空のような固有の技があるワケでもない。

 

 ただ、立ち回りがとにかく巧いのだ。

 

 戦闘が、洗練されている。

 

 ただ、そう感じた。

 

 相手の動きを視る力と、行動を予測する洞察力。

 

 不意打ちへの対応力と、正確な迎撃能力。

 

 安定した機動力と、優れた体幹バランス。

 

 そして、必要な一歩を踏み込む度胸。

 

 それら全てが、高いバランスで維持されていた。

 

 お手本のような上級者。

 

 それが、香取から見た三輪のイメージだった。

 

 ────────この程度か。無駄な時間だった────────

 

 対戦が終わった時、香取は確かにその呟きを聞いた。

 

 その時の、三輪の言葉を香取は忘れていない。

 

 三輪は恐らく、本当にただの独り言としてそれを言ったのだろう。

 

 相手を侮辱する意図はなく、ただ自分の思考を形にしただけ。

 

 本心が零れ落ちた、そんな呟きであった。

 

 当然、香取のプライドは大きく傷付けられた。

 

 隊に戻った香取は見るからに不機嫌で、いつもであれば香取に食って掛かる若村も、その時ばかりは沈黙を選んでいた。

 

 三輪とこうしてまともに顔を会わせるのは、その時以来になる。

 

 恐らく、三輪の側は香取の事など碌に覚えていないだろう。

 

 それが、香取は悔しかった。

 

 だから、対戦相手が那須隊と三輪隊のタッグだと聞いた時、香取はチャンスだと思った。

 

 以前の雪辱。

 

 それを果たす為の、絶好の機会であると。

 

 香取が減点覚悟の指揮権移譲に踏み切った理由の幾分かは、そういった事情もある。

 

 無論隊の事を考えた提案なのは確かだが、それはそれとして香取自身の私情も含まれていた。

 

 だから、こうして三輪と戦う事自体は香取の目論見通りではある。

 

(参ったわね。このままじゃ勝てないわ)

 

 けれど、改めて知る。

 

 三輪の実力を。

 

 A級の、高みを。

 

 正直、此処までとは思わなかった。

 

 香取は、今の自分ならそれなりに三輪に拮抗出来るのではないか、という期待があった。

 

 期待というより、願望と言っても良いのかもしれない。

 

 ともあれ、条件さえ整えばなんとかなると思っていた。

 

 だが、その期待は粉微塵に砕け散る。

 

 ハッキリ言おう。

 

 このままこの場で戦い続ければ、負けるのは香取の方であると。

 

 戦闘センス自体は、香取はボーダーでも随一のものを持っている。

 

 潜在能力(ポテンシャル)自体は、充分にA級クラスのそれを持っていると言っても過言ではないだろう。

 

 だが、その身に宿した経験の密度が違い過ぎる。

 

 努力を知らず、停滞から抜け出したばかりの香取。

 

 狂気すら感じるひたむきさで、片時も努力を怠らなかった三輪。

 

 同じ条件で二人が戦えば、()()()()の差で三輪が勝つ。

 

 それは、純然たる事実であった。

 

 停滞から脱した香取の力は、凄まじいスピードで向上している。

 

 実力だけを言えば、充分三輪に食いつく事が可能だろう。

 

 されど、経験の差までは覆せない。

 

 あと一歩の距離(しょうり)に踏み込む力。

 

 香取には、それが足りない。

 

 たかが一歩。

 

 だが、その一歩はあまりにも遠い。

 

 少なくとも、真っ当な手段で埋める事は不可能だ。

 

『────────香取隊員、準備は終わった。()()

「……! 了解……っ!」

 

 ────────ならば、真っ当ではない手段を取るだけの話。

 

 香取隊側の全員に届いた通信を聞き届け、香取はその場から跳躍する。

 

「……!」

 

 上から攻め込むつもりだと考えた三輪は身構えるが、香取は近くの室外機の上に着地し、その手を壁面に叩き付けた。

 

「ち……っ!」

 

 ()()()()()()()を見た三輪は即座に拳銃から弾丸を放つが、一歩遅い。

 

 壁面から光が溢れ、香取の姿はその場から消え去った。

 

「時間をかけ過ぎたか……」

 

 香取を逃がし、舌打ちする三輪。

 

 今の光景は、知っている。

 

 A級ランク戦では、幾度も苦渋を飲まされた冬島隊の真骨頂。

 

 特定の場所に設置し、()()()の起動を可能とする特殊工作兵(トラッパー)の専用トリガー。

 

 『スイッチボックス』。

 

 それが、今目の前から香取が消えたカラクリだった。





 さて、これで準備期間は終わりました。

 次回から本格的に、トラッパーの戦いを描写したいと思います。

 色々想像で補ってますが、頑張ります。
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