「よしよし、これでこっち側の狙撃手は仕留めたな。多分、残る狙撃手はどっちも西側だろ」
とある薄暗い部屋の中、冬島は手元のノートパソコンのような機器を操作していた。
機器の画面では目まぐるしく様々な数値が動いており、キーボードを叩く彼の手は止まる様子がない。
視界に投射されたMAPを見据えながら、冬島は不敵な笑みを浮かべる。
「時間を稼いでくれたお陰で、スイッチボックスは充分な数を仕掛け終えた。あとは、西側の連中が合流しないうちに三輪を仕留められればベストだな。場合によっちゃ、速攻で鉄橋を爆破しても良いが……」
そこまで呟くと、冬島はふぅ、と溜め息を吐いた。
「ま、堅実に行こうや。無茶して失点するより、確実に点取る方がお得だろ」
『古寺がやられた。今、当真さんはフリーだ』
三輪からの報告で、七海の顔が曇る。
彼の報告通りなら、東側には此処にいる三浦以外の相手チーム全員が集結しており、三輪はその中で孤立無援の状態にある。
無論、簡単にやられるとは思っていない。
彼の、A級隊員の練度の高さは、この一週間身を以て知ったのだから。
だが、それはそれとしてマズイ状況なのは確かである。
スイッチボックス。
その展開が完了した以上、東側は既に香取隊側の有利陣地と言っても差し支えない。
三輪に聞いたスイッチボックスの情報は、以下の通りだ。
スイッチボックスは設置者の操作により設置場所からブレードを突き出して罠として機能するタイプと、設置場所同士でワープを行う転移型のものがある。
起動自体は設置者────────即ち冬島の方が行う為、設置場所が分かっても冬島の許可がない限り起動する事は出来ない。
また、罠なのか転移なのかは傍目からは分からない為、迂闊に近付く事も危険である。
このスイッチボックスへの明確な対処方法は、一つ。
即ち、
スイッチボックスは
故に米屋が冬島の捜索を行っていたのだが、今回のMAPは河川敷A。
正直、ランダム選択のMAPは完全に香取隊側に味方したと言って良い。
鉄橋を渡らなければ向こう岸に行く事は出来ないのだから、橋を抑えれば厄介な相手を分断する事が出来る。
丁度、今七海を西側に押し留めているように。
「なら、さっき言ったプランで行く。暫くそちらは任せる」
『了解した』
このままでは、負ける。
そう判断した七海は、三輪に方針を伝え対峙する三浦を見据える。
大分時間は稼がれてしまったが、それはこちらとて同じである。
そもそも、今回の相手はこちらと比べ人数が明確に少ない。
こちらが合計8人の2チームにおける最大数なのに対し、相手は5人。
転送された時、ある程度偏りが出るのは当然の事だ。
普通であれば人数が少ない側が不利になりがちなケースであるが、今回は場合は完全にMAPが香取隊側に味方した。
香取隊は川を挟んで二つに分かれているという河川敷の構造を巧く利用し、こちらの主力を西側と東側に分断して見せた。
今、香取隊側の主力二名は東側にいる。
しかも、冬島のスイッチボックスの援護付きでだ。
普通であれば、この時点で三輪に生き残る芽はない。
紛うことなきエースの香取とやり合いながら、何処から飛んでくるかも分からない当真の狙撃を防ぐ。
そんな真似は、常人では不可能だ。
「フン」
「……!」
────────だが三輪が常人であるかと問われれば、否だ。
三輪は物陰から飛び出した香取の銃撃を、シールドで危なげなく防御する。
即座に反撃の鉛弾を放ち、香取は仕方なく障害物を盾にしながら撤退する。
三輪の鉛弾は、通常のそれとは違い片手で撃つ事が出来る。
そして、発射された時点では通常弾と鉛弾は見分けがつかない。
鉛弾は、シールドでは防御出来ないという特異な性質を持つ。
エネルギーを透過してしまう鉛弾は、物理的な障害物で防ぐか、避けるかしか対処の方法はない。
一瞬の隙が生死を分ける高速戦闘では、鉛弾を一度でも喰らって動きが鈍ればそれで終わりだ。
まして、目の前にいるのは
ポジションは、香取と同じ
練度では、当然三輪の方が上だ。
つまり、このまま正面から戦っても負けるのは香取の方だ。
故に。
「────!」
正面から、戦わなければ良い。
香取はスイッチボックスを起動し、三輪の上方の壁に転移する。
そして、上空から無造作にスコーピオンを投擲した。
「……!」
だが、当然の如く三輪はそれを最小限の動きで回避。
流れるような動作で、香取に銃口を向ける。
「ち……っ!」
それを見て、香取は即座にグラスホッパーを起動。
ジャンプ台トリガーを踏み込み、即座に反転。
スイッチボックスの転移を使い、再び姿を消し去った。
『ちょっとっ、少しは援護しなさいよっ!』
「いや駄目だろ。ありゃあ撃ったところで、避けられて終わりだ」
当真は香取からの罵声を受けながらも、飄々とした調子でそう返す。
奈良坂を始めとした狙撃手の面々の中にはそんな当真の独自のスタイルを快く思わない者もいるが、彼にとってそんなものはただの雑音だ。
彼には、プライドがある。
一位の頂に上り詰めた、狙撃手としての
故に、不真面目と言われようが、独り善がりと言われようが、自分のやり方を曲げるつもりはなかった。
単純に、それが最も効果的に相手を仕留められるが故に。
奈良坂は味方を援護する為に牽制するのも狙撃手の仕事だと言うが、当真に言わせれば見当違いにも程がある。
狙撃手の仕事は、文字通り敵を仕留める事だ。
その為には、無駄弾を撃つ為などに姿を晒しては意味がない。
位置のバレた狙撃手の脅威は、著しく減衰する。
狙撃手の強みは何処から飛んでくるか分からない高威力の弾丸で不意打ち出来る事であり、位置がバレた瞬間狙撃はただの
故に、確実に敵を仕留める為には、その瞬間まで身を潜めている必要がある。
確実に勝利に繋がる一手を差し込む隙が出来るまで、どれだけかかろうと待ち続ける。
それが狙撃手のあるべき姿だと、当真は考えている。
牽制など、射手や銃手がやれば良い。
狙撃手の仕事は、別にある。
それが、当真の価値観。
些か突き抜けてはいるものの、決して間違っているとも言い難い戦闘論理である。
まあ、傍から見ると不真面目な態度そのものに見える為、香取のような沸点の低い相手にとっては気に障る男である事に違いはないのだが。
(さぁて、この分だと
当真はそんな香取の態度をさらりと聞き流し、思案する。
バッグワームで隠れている相手がどちらにいるかまでは分からない為、彼からは本当に三輪が東側で孤立したかは分からない。
だが、十中八九そうだろうとも考えていた。
もしも他に東側に那須隊の戦力がいたなら、香取と三輪が戦っていた時に介入していた筈だからである。
それがなかった以上、東側には既に三輪以外の那須隊側の戦力はいない可能性が高い。
そう判断して構わないだろうというのが、当真の見解だった。
(理想は香取が三輪を倒して二点、これまでの得点と合わせて五点を獲得する事だ。そのまま香取達が緊急脱出すりゃあ、那須隊の得点を一点に抑えたまま勝ち逃げする事が出来る)
まあ、と当真は苦笑する。
(流石に、そこらの判断は香取達に決めて貰うけどな。指揮を引き受けたとはいえ、これはあくまで、あいつ等の試験なんだからよ)
これは、冬島と当真の共通見解だ。
確かに減点と引き換えに香取隊の指揮を引き受けたのは事実だが、それはそれとして撤退などの重要な判断は香取達が行う。
試験官が、不正もなく制限時間にも達していないのに、自分の判断で試験を終了させるワケにはいかないのだから。
『というワケだ。三輪を仕留めて撤退するか、他の連中も狙うか。決めてくれるか?』
冬島からそう問われ、香取は思案する。
三浦は七海の相手で手一杯で応答する余裕はない為、香取が代表して話を聞いていた。
無論緊急脱出済の若村も聞いているが、今回の試験に関する判断は香取に一任する、というのが隊の総意であった。
「獲れる点取って逃げるか、それともリスク承知で続けるか、ね」
『そういう事だ。こればかりはお前さんが判断しなきゃならん。その答え次第で、こちらも指揮を変える。出来ればすぐに判断してくれ』
出来れば、と言いつつも此処で判断に迷うようなら減点対象になる、という事は香取にもすぐ理解出来た。
こういった判断は、一分一秒の遅れが致命的となる。
戦場での判断は、即決が基本。
それが出来ない指揮官は、無能の誹りを避けられない。
これは、考えなしが良いという話では断じてない。
状況を瞬時に把握し、その場その場で即座に適切な判断を下す。
これが、優秀な指揮官に必要な性質だ。
そういった者は大抵、戦場に赴く前に幾通りもの戦術を考えておくものだ。
生駒隊のように隊員全員の練度が高ければ割と即興の判断でもどうにかなるが、隊員の練度にバラつきがある場合、相応に指揮官に求められるレベルも上がって来る。
そういう場合、何の策も考えずに戦場に来た時点で負け同然である。
戦場にイレギュラーは付き物だが、だからと言って何も策を用意せずに挑むのは愚策としか言いようがない。
要は、
これが、指揮官の即断即決に必要なプロセスである。
無論、全くの未知の要素────────たとえば近界の黒トリガー等が絡んだ場合などは、その場で集められる情報で対策を組み立てる必要がある。
だが、既知の要素だけで組まれた状況でそれをやっていては、幾らなんでも時間が足りなくなる。
普段からの入念な準備が、本番の機転を左右する。
戦場とは、戦いとは、そういうものだ。
ぶっつけ本番で出来る事は、そう多くはない。
実力が伯仲しているなら、準備をしっかりした者が勝つ。
当然の事であり、真理でもある。
そしてこの事は、今の香取は理解出来ている。
今回の試合、香取が最も戦いたい相手が誰かと問われれば────────当然、七海である。
香取は前回、七海と正面からぶつかり敗北している。
完膚なきまでの、敗北。
ROUND4の敗戦で学び、強くなった。
そう思っていたのに、負けた。
彼に勝つ事が作戦目標ではなかったとはいえ、軽々と上を行かれた。
少なくとも、香取にはそう見えた。
だから欲を言うのであれば、七海をこの手で倒したい。
それが、香取の願いであった。
…………だが、七海をまともに相手にするのは厳しいという事は、香取は分かっていた。
七海には、狙撃も不意打ちも通用しない。
故に、当真の狙撃も、スイッチボックスを用いた香取の奇襲も、七海にだけは通用しない。
如何なる奇襲であっても、自身に対する攻撃をサイドエフェクトで感知出来る七海にとっては、全て視えている攻撃でしかないからだ。
スイッチボックスを活用しようが、それは同じ。
攻撃行動に移った瞬間、七海はそれを感知する。
しかも、今回は前回と違い生駒旋空を警戒する必要はなく、七海が建物の破壊を躊躇う理由はない。
つまり、七海が東側に踏み込んだ瞬間、メテオラによる爆撃で仕掛けを吹き飛ばされていく可能性があるのだ。
一番マズイのは、七海が三輪と合流する事だ。
三輪の地力に、七海の感知能力が加わる。
有り体に言えば、そうなった時点で敗色濃厚である事は否定出来ない。
だから、七海が来る前に自発的に緊急脱出で逃げる、という手は充分検討に値するのだ。
七海と戦り合っている三浦は、最初から捨て駒になるつもりで動いている。
若村と三浦を捨て駒にしてでも、香取と当真が十全に動ける戦場を構築する。
それが、今回の策の骨子となる。
というより、そうでもしないと勝ちの芽がないのだ。
今回の試合は、B級部隊が全滅した時点でゲームセットとなる。
つまり、当真だけが生き残っても香取隊が全滅すればそれで終わりなのだ。
言うなれば、今回A級隊員はB級隊員という足枷を付けられている状態にある。
普段は当真の生存能力と得点力、冬島のトリッキーな戦術との合わせ技でA級二位という地位まで上り詰めている冬島隊も、香取隊との共闘という要素は無視出来ない。
当真がゲリラ戦に徹しても、香取達が倒されればそれで終わりなのだから。
故に、戦術的に考えれば七海が来る前に点の取り逃げをした方が良いという話も一理ある。
現在の得点は、那須隊が若村を落とした事で1Pt、香取隊が那須とA級隊員である古寺を落とした事で合計3Pt。
これに加え香取がA級隊員である三輪を落とせば、5Ptが獲得出来る。
その時点で撤退すれば、生存点が入ったとしても3:5で香取隊の勝利。
完全勝利とは言い難いが、それでも勝ちは勝ちだ。
だが────────。
「いいえ、続けるわ。だって、それだけじゃポイントが足りないもの」
『ほう』
────────現在の香取隊の置かれた状況を鑑みれば、それでは不足なのは事実なのだ。
香取隊の初期のポイントは、僅か2Pt。
初期に7Ptを得ている那須隊とは、大きな点差がある。
此処で5Ptを獲得しても、合計7Pt。
那須隊の、初期Ptに届くのが精々だ。
そも、今の香取隊は指揮を移譲した事で内申点の減点を喰らっている。
ならば、少しでも点を取っておきたい、と思うのが当然の思考である。
「それに、今回指揮を預けた目的は巧い指揮で動く経験を積む事。なら、強敵との戦いを避けて通る道はない。多少の失点を覚悟しても、この機会を逃す手はないわ」
そして、今回の目的は高レベルの指揮官の下で経験を積む事。
その為に、ペナルティ覚悟で指揮を移譲したのだ。
ならば、
むしろ、それこそが本命。
どうやって、格上を殺すのか。
それを学ぶ為にこそ、彼女達はこうしているのだから。
『そうか。一応聞くが、お前さん達もそれでいいか?』
『ああ』
『僕も、そのつもり、だよっ!』
冬島の確認に、若村は静かに、三浦は必死に動きながらもそう返答する。
それを聞いて、香取の顔に笑みが浮かぶ。
チームが、一丸になっている。
昔の彼女達であれば、有り得ない光景。
それが出来ている事が、妙に嬉しかった。
二度の敗北は、無駄ではない。
その事を、今香取は実感する事が出来たのだから。
『よし、ならその方針で行くぞ。全員、指示に従え。今期のダークホースに、目にものを見せてやろうじゃないか』
冬島の声に、全員が頷く。
狩人の、眼が輝く。
これ以上ない覇気を以て、香取隊が動き出した。
ワートリ最新話、最高でしたね。
あのトリガーの新しい使い方が見えた感じです。
それはそうと、香取ちゃんの美人度が半端なかったなあ。
茜ちゃんもマジ美少女。