『────ってワケだ。やれるか?』
「やります」
『ああ、良い返事だ。頑張れよ』
「はいっ!」
三浦は冬島からの指示を受け、力強くそう答えた。
今三浦はワイヤーを足場にしながら、七海と睨み合っている。
無論、常に位置を移動しながらである。
先程の攻防で、理解した。
一ヵ所に留まれば、七海はマンティスの刃を確実に差し込んで来るであろう事を。
七海は、観察力が高い。
状況を瞬時に把握し、適切な判断を即座に下せる。
そういう素養を、彼は持っている。
影浦や村上といった攻撃手の面々と仲が良い事は、知っている。
個人ランク戦も、それなりに楽しんでいるのだろう。
だが、ことチームでの試合────────しかもこのような試験となれば、七海は基本的に
正々堂々の一騎打ちだとか、以前の雪辱戦だとか、そういった事を一切無視して確実に殺しに来る。
要は、徹底的にクレバーなのだ、七海は。
恐らく、その戦闘方針には(本人は認めないかもしれないが)太刀川の信念が強く影響している。
太刀川は、普段から言っていた。
気迫や根性で勝敗を覆す事が出来るのは、相当実力が近い者同士のみ。
明らかな格上相手では、根性論ではどうにもならない。
格上を倒すのなら、明確な
そういった
そんな太刀川の指導を受けていた七海はまた、別のベクトルでリアリストだった。
勝つ為なら、ルールの中であらゆる手段を模索する。
そうしなければ勝てないと、七海は冷静に判断していた。
故に、彼は手段を択ばない。
否。
選べる選択肢を、無数に用意するのだ。
戦場では、思考停止に陥った者から死んでいく。
どんなに完璧に見える戦術、戦略であろうと必ず
三浦達は、冬島からそう教わった。
──────根性論じゃ実力差は覆らない。これは、俺も太刀川と同意見だ。けど、逆に言えば戦術次第で実力差に関係なく格上を倒す事も出来るって事だ────────
先日、冬島から告げられた言葉が脳裏に蘇る。
個人の実力差は、そう簡単には覆らない。
だが、チームとしての勝敗と個人の実力は、そのままイコールではない。
実力差があったとしても、戦術次第では勝敗は逆転する。
勝ちの芽はちゃんとあると、冬島は断言していた。
────────とはいえ、七海は落とす為に多大な労力と犠牲が必要になる、厄介極まりない駒だ。だから無理には狙わない。狙うのは────────
「なので、狙って来るのは七海先輩以外の人達────────熊谷先輩か、米屋先輩だと思うんですよね」
前日昼、那須隊作戦室。
そこで、小夜子は開口一番そう告げていた。
その場に集った全員が傾聴しているのを確認すると、小夜子は話を続ける。
「正直、私が同じ手駒で指揮をしたなら七海先輩は基本的に無理に狙いはせず、時間稼ぎを徹底させます」
理由としては、と前置きして小夜子は続ける。
「七海先輩は放置すれば戦場をかき回しますし、狙撃も不意打ちも効かないので奇襲が無意味になるっていう、相手からすれば頭を抱えたくなるような駒なんです」
そう、七海は狙撃も不意打ちも効かない上に機動力があり、場合によってはメテオラで混乱を巻き起こす事も出来る。
狙おうとすれば簡単に逃げられ、放置すれば被害が広がる。
対抗できるのは、特級のエースのみ。
そういったタチの悪さを持った、厄介な
狙っても、放置してもかき回される。
ならば、取れる手段は一つ。
即ち、時間稼ぎだ。
「七海先輩相手に、ひたすら時間稼ぎに付き合わせてタイムロスを狙う。間違いなく、相手はこの戦略を取って来る筈です」
落とす事を半ば放棄して、徹底的に遅滞行為に専念する。
それが、
「今回、こちらにはエースが複数人いるというアドバンテージがあります。そして、その全員が香取隊長でもなければまともに相手は出来ません。人数差もあって、向こうは圧倒的に前衛が不足していますからね」
そう、今回那須隊側は射手一人に攻撃手三人、万能手一人に狙撃手が三人。
遠近両方に対応出来る、万全のチームと言える。
一方、香取隊側は万能手一人に攻撃手一人、銃手一人に狙撃手一人。
そして、直接戦闘能力のない特殊工作兵が一人の合計5名。
前衛を務められるのは香取と三浦だけであり、エース級とぶつかり合えるのはその中でも香取だけだ。
那須隊側には、三人のエースがいる。
そのうち一人でも先に落とす事が出来たとしても、香取が相手を出来るのはどちらか一人のみ。
片方のエースをフリーにするか、2対1で圧殺されるか。
その理不尽な二択を香取にさせない為に、時間稼ぎ役────────恐らくは三浦が、出張って来るだろうと小夜子は推測していた。
「三浦さんは、動きも判断力もそう悪くありません。少々思い切りが弱い面があるものの、時間稼ぎに徹すれば厄介な相手になる筈です」
「だから、さっきの話が出て来るワケか。こちらが焦れて仲間を強行突破させようとすれば、そこを狙って来ると」
「そういうワケです」
膠着状態に陥れば、それを打ち破る為の一手を考えるのは当然だ。
そしてこの場合、考えられる手段は二つ。
二人がかりで突破するか、一人を囮に他を進ませるかである。
七海には、高い機動力がある。
たとえ分断を強要するような地形でも、グラスホッパーを駆使すれば移動自体は可能だ。
故に、七海を囮にして他の仲間を先へと進ませる。
これが、常道ではある。
だが、それこそが相手の狙い。
無理に移動させようとした駒を、相手は狙って来ると小夜子は告げた。
「先日お聞きしたスイッチボックスの性質を鑑みれば、この試合で向こうの狙撃手は極論
「一発撃っても、すぐに雲隠れする狙撃手か。有り体に言って、悪夢ね」
狙撃手の最大の脅威は、初撃の回避・防御の難しさにある。
狙撃銃は、ライトニングを除いて威力が高い。
アイビスは言うに及ばず、イーグレットも集中シールドでもなければ容易く貫通する。
そんな攻撃が、突然何処からともなく襲って来るのだ。
相当集中していなければ、あっさりとやられてしまいかねない。
されど、狙撃手にも弱点がある。
それは、位置がバレた後の脅威度の低下だ。
狙撃は、
何処から撃って来るかさえ分かれば、回避も防御もそこまで難しくはないからだ。
敢えて位置を晒して牽制し、仲間の援護をするという戦略もあるが、狙撃自体の脅威は下がる戦略である事は否定出来ない。
位置が割れた狙撃手は、
だが、当真はそれをスイッチボックスのワープを用いる事によって補っている。
当真に限れば、狙撃を行って位置が割れても即座にスイッチボックスで転移出来る。
故に、撃った後でも、位置を変えて
「ならどうする? 俺が護衛した上で強行突破するか?」
「いえ、そんな真似をすれば今度は七海先輩の手足を狙いかねません。機動力が死んだらマズイんですから、それはなしです」
ですので、と小夜子は笑みを浮かべた。
「此処は、少々奇策を使いましょう。多分、これは効く筈ですよ」
三浦は、ワイヤーの上を動き出した。
止まっている暇は、無い。
動く。
動く。動く。動く。
ワイヤーの上を、縦横無尽に。
されど、警戒は怠らず。七海の姿を見据え、奇襲に警戒しながら空の糸を駆け抜ける。
現在、三浦が立つ場所はそれなりの高度にある。
故に、七海はグラスホッパーを足場とする事で、それに追い縋っていた。
七海は付かず離れず、こちらとの距離を見定めている。
隙あらば、再びマンティスを叩き込む。
そんな言外の脅しが、七海の殺気には込められていた。
(多分、時間をかければこっちのワイヤーの場所は全て見抜かれる。余裕を与えちゃ駄目だ。少しでも、七海くんの処理能力を削らないと……っ!)
三浦は注意深く七海を観察しつつ、その手に両面に鏃のようなものが付いた小さなキューブを展開した。
キューブの名は、スパイダー。
このワイヤー地帯を形成する、設置型のトリガーである。
「……!」
三浦はそれを、七海のいる方へ向かって放り投げた。
瞬間、キューブの両面の鏃が射出され、その場にワイヤーが展開される。
そのワイヤーに巻き込まれる事態を間一髪避けた七海を見据えながら、三浦は次なるスパイダーを投擲。
徐々に、ワイヤー地帯を広げていく。
七海は、このワイヤー地帯では行動を制限される。
下手に吹き飛ばせば橋に設置したメテオラが起爆してしまいかねず、強硬手段に出る事は出来ない。
だが、放置すれば放置しただけワイヤー地帯は広がっていく。
そうなれば、七海は一気に追い込まれてしまう事になる。
「……っ!」
故に、七海はそれを妨害するしかない。
片っ端からワイヤーを切断する作業に入ってしまえば、最早こちらのワイヤーの位置を探るどころではない。
延々とワイヤーを追加し続ければ、それの対処をするしかなくなる。
痺れを切らして他の仲間を突貫させるのであれば、むしろ好都合。
すぐさまスイッチボックスで狙撃位置に付いた当真が、それを仕留めるだけだ。
どちらにせよ、こちらの有利。
どう転んでも損はない、堅実な戦略。
「────メテオラ」
────────故に、その常道は奇策によって破られる。
七海が起爆したトリガーの名は、メテオラ。
至近距離で起爆させた
「な……っ!? これまで張ったワイヤーを破壊せず、正確に追加されたワイヤーだけを吹き飛ばした……っ!?」
三浦が驚愕するが、無理もない。
七海は、最初から張られていたワイヤーは一本たりとも切断せず、新たに追加されたワイヤーのみを爆風で吹き飛ばす、という離れ業を披露したのだ。
無論、これにはタネがある。
七海のサイドエフェクト、感知痛覚体質だ。
この力により、七海は
今回はそれを利用して、新しく追加されたワイヤーだけを爆破出来る範囲を感知し、既存のワイヤーを切断しないよう調整した上で爆破に踏み切ったのだ。
いわば、メテオラ殺法の応用技術。
ダメージの発生範囲を知覚できるという体質を利用した、埒外の一手。
曲芸じみた一手。
けれど、七海にとっては自分の能力をフルに活用しただけの結果。
地力の差。
それが、浮き彫りになった結果とも言える。
(くっ、爆風で七海くんの姿が見えない……っ!? 何処に……っ!?)
メテオラの爆発により、三浦の視界は塞がれている。
レーダーを頼りに探そうとするが、近辺には何の反応もない。
恐らく、バッグワームを付けている。
この隙に、橋を突破するつもりか。
そう考え周囲を見回し──────────眼下で動く影を
(この隙に、橋を突破するつもりか……っ!)
人影は、二つ。
双方共にバッグワームを目深に被っており、顔は伺えない。
どちらかが七海である事は分かるが、もう一方は誰なのか。
候補は二人。
熊谷か、米屋である。
狙撃手ならば、あんな風に姿を晒す筈もない。
加えて言えば、これまでの相手の動きから、熊谷と米屋は
橋を突破しようとするなら、この二人のいずれかだ。
(どっちだ……っ!? どっちが七海くんなんだ……っ!?)
三浦は、相手の狙いに気付き唇を噛んだ。
どちらが七海なのかが分かれば、話は簡単だ。
七海ではない方を、当真に狙って貰えば良い。
今の当真は、スイッチボックスの援護により瞬時に狙撃位置に付く事が出来る。
狙撃を感知出来る七海はともかく、彼以外の相手ならば当真が仕留めてくれるだろう。
だが、今は眼下の二人のどちらが七海なのかが分からない。
七海の方を撃ってしまえば、無駄弾になるどころかその隙にもう一人が橋を突破してしまいかねない。
(もう、橋を爆破するしか……っ!)
判断は、出来ない。
ならばと、三浦は
橋さえ落としてしまえば、向こう岸に渡る事は難しくなる。
安易にやれば開き直られてしまう可能性がある為手を出していなかったものの、此処で橋を突破されてしまえばこれまでの苦労が水の泡だ。
背に腹は代えられない。
そう考え、三浦は
『馬鹿、上だ……っ!』
「……っ!?」
────────通信越しの当真の叫びで、気付く。
自分の真上。
そこに、刃を振り下ろす死神の姿がある事に。
夜闇の中、空を滑るスコーピオン。
「────」
使い手の名は、七海玲一。
爆発と、
その刃が、三浦に向かって振り下ろされた。
「ぐ……っ!」
「……!」
弧月での迎撃は間に合わないと判断した三浦は、ワイヤーを手繰り強引に身体を捻って回避する。
結果、七海の一撃は三浦の右足を斬り落とすだけで終わる。
間一髪。
痛手には違いないが、まだ自分は戦える。
「残念だが」
そんな勘違いを、正す者がいた。
スコープ越しにワイヤー地帯のただ中にいる三浦を視認した奈良坂は、淡々とその事実を告げる。
「その程度では、防御の内には入らない」
そして、イーグレットの引き金が、引かれた。
「が……っ!?」
致命の一撃が、着弾した。
無数に張り巡らされたワイヤーには一本たりとも掠る事なく、正確に三浦の胸部を狙った一撃。
それが、彼の身体に風穴を空けていた。
それは、どれ程の絶技か。
この暗闇の中、一つでも掠ればメテオラの起爆に繋がりかねない筈だというのに、それを恐れる事なく引き金を引く胆力と、自身の実力への自負。
これが、A級隊員。
頂点に限りなく近い狙撃手の、絶死の一撃。
駄目なのか。
これだけ努力しても、上に這い上がる事は出来ないのか。
「けど……っ!」
否。
自分の脱落は、確定した。
けれど、出来る事はある。
最後の力。
それを振り絞り、弧月を後ろに向かって投擲した。
狙うは、メテオラのトリオンキューブ。
投擲した弧月を正確にワイヤーに当てる技術は、三浦にはない。
故に、確実性を取る。
無数のワイヤーを巻き込む軌道でキューブを狙えば、ワイヤーを当てられずとも確実に起爆出来る。
「────────と、思うじゃん?」
次の瞬間。
ワイヤーを足場に跳び上がり、フードが露わになった米屋が、三浦の弧月を叩き落としていなければ。
米屋は、見ていた。
三浦が動き、
最後の足掻きで起爆を実行しようとする三浦の思考を読み、その思惑を潰す為に。
「く……」
『トリオン供給機関破損。
最期の足掻きすら防がれてしまった三浦は、失意の内に脱落する。
光の柱となり、三浦の姿が戦場から焼失する。
「いーや、良くやった」
それを、見届けた者がいる。
橋が見下ろせる建物の屋上。
そこに、姿勢を低くして狙撃銃を構えた男の姿がある。
彼は、スコープ越しに三浦の勇姿を見届けていた当真は、標的に向けて引き金を引いた。
ワートリ最新話ショック色々。
1:香取ちゃん可愛い。
2:小夜子ちゃん私服センス良い。
3:神田のポジション
完全に銃手として描いちゃったんだよなあ。予想外。