弾丸は、放たれた。
狙いは────────米屋。
三浦のメテオラ起爆を阻止する為、上空へと跳び上がった彼目掛けてイーグレットの弾丸が飛来する。
現在、米屋は自由落下中。
周囲にワイヤーはあるものの腕や足はギリギリ届かず、ワイヤーを用いた機動は出来ない。
ワイヤーに触れる事が出来る場所まで落ちた時には、既に弾丸は着弾している。
これは、そういう一撃だ。
「当たらない弾は撃たない」と豪語する当真が三浦の作り出した機会に放った、渾身の一射。
今のままでは、米屋がそれを回避する事は不可能。
「────────と、思うじゃん?」
否。
米屋は、この程度の状況で諦めはしない。
その手に持つ、槍型の弧月。
米屋は、それをワイヤーに向かって叩き付けた。
普通であれば、意味はない。
この状況でワイヤー1本切断しても、何の効果もない。
だが。
米屋の槍型の弧月は、
彼の弧月は、A級のトリガー改造特権を用いて作成された特注品。
普通であれば大部分が刀身である通常の弧月に対して、この槍型弧月の刀身部分は先端のみ。
他の部分は、全て柄である。
弧月は、刀身部分が長ければ長い程作成時にトリオンを消費する。
旋空は、トリオンを消費して刀身を長くするトリガー。
この槍弧月は逆に、トリオン消費を抑えながらリーチを確保する為に刀身部分を可能な限り短縮している。
故に。
米屋が振るった弧月は、ワイヤーを切断せずに
つまり。
その反動を利用して、体勢を立て直す事が可能。
結果。
米屋の身体は僅かに逸れ、弾丸は空を切る。
渾身の一射は、米屋の機転により躱された。
三浦の奮闘は、無為に帰する。
「甘ぇな」
その光景を見ていた当真は、呟く。
己の技巧を用いて回避を実行した米屋を、嘲笑うように。
彼は、己の自負を堂々と口にする。
「俺は、
着弾した。
無論、米屋にではない。
彼は、己の技巧により弾丸を回避した。
されど。
回避された弾丸は、そのまま直進する。
一見、その弾の進行方向には何もない。
このまま進めば、ただ橋に弾痕を穿ち終わる。
そういう軌道である。
流石に、イーグレットの火力では橋は壊せない。
シールド貫通力はあるものの、アイビスのような分かり易い破壊を齎す事は出来ない。
そのアイビスとて、常識外のトリオンの持ち主でもなければ狙撃一発で橋を崩壊させる事は不可能だ。
だが。
だが。
その破壊の
当真の弾丸の先には、何もない。
果たして、本当にそうか?
「……っ! まさか……っ!」
その事に気付いたのは、七海だ。
米屋の後方に位置する場所にいたからこそ、気付けた。
当真の弾丸。
その向かう先に、眼を凝らす。
有った。
夜闇の中、弾丸の光に照らされたそれは、一本のワイヤー。
米屋が利用したものと変わらない、スパイダーの一つ。
だが。
だが。
その糸の先には、
「起爆するぞ……っ!」
「……っ!」
もう遅い。
当真の弾丸は、狙い
それが、契機。
カバーが外され、外気に触れたメテオラが、起爆。
その爆破は、メテオラ同士を繋ぐワイヤーを伝って全てのメテオラに連鎖。
都合15箇所。
橋を破壊する為に仕掛けられた全ての
「く……!」
「ちぃ……っ!」
鳴り響く轟音。
それと共に、崩れ落ちる鉄橋。
爆煙と共に、鉄橋全体が崩落し、瓦礫と化して行く。
鉄橋の上にいた米屋は、その崩落と共に落下する。
爆破は全て鉄橋の上で起こった為、直接爆発に巻き込まれてはいない。
だが、爆風の煽りは受けている。
米屋が、空中に放り出される。
七海は、助けに向かうには少し遠い。
故に。
そんな状況を、
「────」
「来やがったか……!」
崩落する鉄橋の上。
その上を、落ちる瓦礫を伝って接近して来る影がある。
しなやかな動きで米屋に近付くのは、香取葉子。
橋の手前までスイッチボックスのワープで移動して来た彼女は、宙に放り出され身動きの取れない米屋を狩る為襲来した。
三浦と当真の作り出した、千載一遇の
それを逃さずモノにする為、香取はやって来た。
「けど、素直にやられちゃやらねーよ……っ!」
無論、それを黙って見ている米屋ではない。
米屋はすぐさま弧月を構え、振るう。
放たれる、旋空弧月。
最早周囲に何の気兼ねもなくなったその場所で、拡張斬撃が襲い掛かる。
その数は、二つ。
旋空弧月の二連撃が、香取に向かって振るわれる。
防御不能の、拡張斬撃。
それが、旋空弧月の特性だ。
加えて、米屋は香取の跳躍中の隙を狙った。
香取はグラスホッパーを持っているが、周囲には瓦礫が舞っている。
下手にグラスホッパーを踏めば、瓦礫に激突しかねない。
無論、香取ならば瓦礫を避ける軌道で跳躍する事も可能だろう。
だがそれは、米屋から遠ざかる事を意味している。
米屋は今、自分の狭い範囲を二つの軌道で両断する形で旋空弧月を振るった。
グラスホッパーを用いてこれを回避するならば、ある程度米屋への進行ルートを迂回せざるを得ない。
それだけの時間があれば、充分。
七海の救援が、間に合う計算だ。
ただ相手を仕留めるだけが、旋空の使い方ではない。
こういった心理戦こそ、米屋の得意とするところである。
「舐めるな」
「……っ!?」
恐らく、以前の香取であれば通用していただろう。
舌打ちをしながら、迂回を選んでいた筈だ。
だが。
だが。
今の香取は、以前の彼女ではない。
心構えだけの話ではない。
香取は、この一戦の為に準備を怠らなかった。
それは、
香取は一点、この試合に臨むに至り変更したトリガーがある。
外したのは、
そして、新たに装備したトリガーの名は────────。
「スパイダー、だと……っ!?」
────────ワイヤートリガー、スパイダー。
若村と三浦だけが持っていたと考えられていたそれを、香取もまた所持していた。
香取の手から、放り投げられる無数のキューブ。
そこから展開されたワイヤーが、降り注ぐ瓦礫同士を繋ぐ。
そして香取は、たった今繋いだばかりのワイヤーを足場に、跳躍。
最小限の動きで旋空弧月を回避し、米屋へ向かって肉薄する。
「ハウンド……ッ!」
その光景に唖然となりながらも、米屋と共に橋を渡ろうとしていた熊谷はバッグワームを解除し、香取の気を引く為敢えて音声認証でハウンドを撃ち放つ。
リアルタイムでワイヤーを張り、それを足場にするという香取の離れ業には言葉を失ったが、此処で米屋を獲られるワケにはいかない。
B級隊員の香取がA級隊員の米屋を落とせば、香取隊に更に二点が加算される。
そうなれば、これまでの得点と合わせて合計5Pt。
三浦を倒した分を合わせても2Ptしか獲得していない那須隊は、大きく差を空けられる事になる。
現在の香取隊側の残り人数は、三人。
七海・熊谷・茜の何れかがA級隊員である当真・冬島を落とせば四点が入るものの、彼等はその性質上落とす事が非常に難しい。
特に直接戦闘をする必要のない冬島は、最後まで生き残る可能性が高いのだ。
この試験のルール上、最後のB級隊員である香取を倒せば残るA級隊員は全員
だがそれは自発的な緊急脱出として扱われる為、チームに得点は入らない。
故に、此処で米屋を獲られてしまえば、挽回はかなり難しくなる。
人数で勝っている事は、何もメリットだけとは限らない。
相手の人数が少ないという事は、即ちそれだけ得られる得点も少ないという事を意味している。
だからこそ、此処での失点は致命的になる。
防がなければならない。
その一心で放った、ハウンド。
「邪魔」
「……っ!?」
だがそれは、香取の技巧により覆される。
香取は無造作にスパイダーを放り投げ、崩落する無数の瓦礫同士を繋ぐ。
そして、近くにあったその瓦礫を、思い切り殴り飛ばした。
結果、殴り飛ばされた瓦礫に引き寄せられ無数の瓦礫が集中。
咄嗟の事で誘導設定をやや強めにしていた熊谷のハウンドは、ワイヤーによって引き寄せられた瓦礫に着弾。
香取には届く事なく、瓦礫を打ち砕くだけの結果に終わった。
最早、香取を遮るものは何もない。
狙い通り、
あと一歩。
それだけで米屋に到達する。
「────メテオラ」
だが、終わらない。
七海もまた、敢えて音声認証でメテオラを生成。
それを、米屋を巻き込む事を承知の上で射出した。
香取だけを狙うには、彼女と米屋の位置が近過ぎる。
必然、メテオラの効果範囲に米屋を巻き込んでしまうだろう。
だが、メテオラはシールドを広げれば防ぐ事が出来る。
事前の打ち合わせなど何もないが、米屋であれば対応出来る。
そう信じて、七海は躊躇なくメテオラを撃ち放った。
無論、キューブは可能な限り分割してある。
そうでなければ、当真に撃ち落とされる恐れがあるからだ。
以前、ROUND7で弓場にメテオラを撃ち落とされた事を七海は忘れてはいない。
大きい
その事を、七海は身を以て理解していた。
分割前のキューブを狙われてはどうしようもないが、そこは自分の背後にキューブを展開する事で対応した。
これで向こう側を撃てば、七海の身体が射線に入る。
つまり、キューブを狙えば七海の
以前のような失敗は、しない。
数々の激戦は、確実に七海を強くしていた。
「へへ……っ!」
「ち……っ!」
その射撃に、米屋は笑みで、香取は舌打ちで応じた。
そして当然、双方共に攻撃を中断しシールドを展開。
降り注ぐ
着弾する、無数のメテオラ。
その爆破は連鎖し、爆発が二人を呑み込んでいく。
視界が、爆煙で塞がれる。
シールドにより爆破自体は防ぎ切ったが、既にシールドはボロボロだ。
高いトリオンを持つ七海の爆撃の爪痕は、大きい。
「────」
そして無論、これで終わるとは思っていない。
爆破を凌ぎ切った香取が、スコーピオンを手に米屋へと斬り込んで来る。
向こうも見えてはいない筈だが、米屋は空中に放り出された状態だ。
故に、姿が見えずとも大まかな位置は予想出来る。
香取はそれを天性のセンスで感じ取り、迷いなく攻め込んだ。
既に、香取の位置は米屋の目と鼻の先。
柄が長い槍弧月は、懐に入られれば脆い。
長いリーチが、仇となった。
「そうでもないんだよな、これが」
そんな目論見は、米屋とて重々承知である。
槍は、そのリーチの分懐に入られれば成す術がないという弱点がある。
刃を交わす距離ならばともかく、至近距離での鍔迫り合いには不向き。
槍の本領は、そのリーチを生かした中距離戦にある。
故に、この至近距離では槍は不利。
だからこそ、その弱点の対策を怠る筈もない。
米屋の弧月の柄が、縮む。
これもまた、彼がA級特権のトリガーカスタムで加えた機能。
柄の、伸縮機能である。
リーチを縮め、至近距離での戦闘に対応した米屋の弧月が、香取のスコーピオンを受け止める。
渾身の一撃を、防いだ。
そう、確信した。
「そこだな」
だが、それを視ていた者がいた。
男の名は、当真勇。
彼は、香取の視界を通じた米屋の正確な位置情報を取得した当真は、迷う事なく引き金を引いた。
放たれる、二度目の弾丸。
先程より違う場所より飛来した、第二の狙撃。
スイッチボックスのワープを用いて、既に居場所を移動していた当真による必殺の一射。
「へっ、やっぱ来たな……っ!」
だが、それすら米屋は予測していた。
米屋は、顔を覆う形で集中シールドを展開する。
トリオン体の急所は、胸部のトリオン供給機関と、頭部のトリオン供給脳。
そのうち胸部のトリオン供給機関は、至近距離にいる香取の身体が邪魔となって狙えない。
来るのであれば、頭部。
米屋はそう予測し、頭部を守るべく集中シールドを展開した。
「だろうな。お前なら対応する」
けどな、と当真はスコープの先の米屋を見据えて溜め息を吐く。
「その程度、分からねぇワケねーだろ。だから、こう言ってやる」
当真はニヤリと笑い、告げる。
「────────と、思うじゃん? ってな」
「な……?」
米屋は、眼を見開いた。
頭部を狙ったと思われた、当真の弾丸。
それは、米屋の
急所狙いだと思われた弾丸の、本当の目的。
それは、米屋から反撃の手段を奪う事。
鍔迫り合いを支えていた右腕が死に、香取のスコーピオンを受け止めていた弧月が弾き飛ばされる。
そしてそのまま、スコーピオンが降り抜かれる。
咄嗟に弧月を破棄し、米屋は集中シールドでスコーピオンを受け止める。
「が……っ!?」
だが、そこまでだ。
香取の振り上げた右膝から突き出したスコーピオンが、米屋の胸部を正確に貫いた。
それが、致命。
「ちっ、やられたな」
『トリオン供給機関破損。
機械音声が、米屋の脱落を告げる。
米屋の身体は罅割れ、光の柱となって消え去った。
香取ちゃんスパイダー殺法解禁。
あそこまで綺麗なものを見せられちゃ、やんない筈がないという。
崩れ落ちる鉄橋のイメージからこの回は思いつきました。
崩壊する建築物の中での戦闘は映える。