痛みを識るもの   作:デスイーター

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Opponent

「それじゃあ、よろしくお願いします。加古さん」

「ええ、任されたわ」

 

 『ボーダー』本部の裏手、人気の少ないその場所で七海は小夜子と共に加古と落ち合っていた。

 

 加古は自分の愛車にもたれ掛かり、一見さんお断りなセレブオーラ満載で佇んでいた。

 

 これだけセレブっぽいオーラを持っているのに一般家庭出身であるとは、とてもではないが信じ難い。

 

 何処かのお金持ちの跡継ぎであるとか、お忍びで来ているお偉いさんの娘だとか、そういった噂には事欠かない。

 

 加古本人は割と面倒見が良く、目をかけた人間には優しい為慣れてしまえば特に壁は感じない。

 

 まあ、本人が割と茶目っ気に満ち溢れており人をからかう事が大好きなので、下手に気を許すと痛い目を見るのが玉に瑕ではあるが。

 

 ちなみに、今は男性恐怖症の小夜子を無事に自宅まで送り届ける為、加古に迎えに来て貰ったのだ。

 

 小夜子はその性質上、一人で帰宅するのはかなり厳しい。

 

 夜とはいえ人通りがないワケではないし、そもそも年頃の娘を一人で帰す等論外だ。

 

 その為、加古や沢村に車で送って貰ったり、七海が送迎を請け負ったりして対応している。

 

 今日は七海は影浦に自分の店に来るよう呼ばれている為に送る事は出来ない為、加古に送迎を頼んだワケである。

 

 加古は嫌な顔一つせずに承諾し、こうして迎えに来てくれたのだ。

 

 本当に、いつも世話になりっぱなしだと七海は加古に感謝した。

 

「それから、ランク戦見たわよ。上手く動けてたじゃない」

「ありがとうございます」

 

 加古の短い激励に、七海は頭を下げて返答する。

 

 その生真面目な様子を見た加古はくすり、と笑った。

 

「まあ、東さんも言ってたように次が本番だろうから、頑張りなさい。応援してるわ」

「はい、ご期待に沿えるよう頑張ります」

「ふふ、そう言って貰えると応援し甲斐があるわね」

 

 加古は七海の返答に満足すると、小夜子に手招きする。

 

「さ、乗りなさい。家に直行でいいのよね?」

「はい、お願いします」

 

 小夜子の返答を聞き、加古は「じゃあね」と七海に告げて運転席に乗り込んだ。

 

 そして小夜子は七海に向き直り、ぺこりと頭を下げる。

 

「では、一足先に帰らせて貰いますね。七海先輩もお気を付けて」

「ああ、悪いな。なんだか仲間外れにしたみたいになっちゃって」

「いえ、これは私の問題ですので。それでは」

 

 そう言って、小夜子は加古の車に乗り込んだ。

 

 加古は七海に一度手を振るとアクセルを踏み、車を発進させる。

 

 廃屋ばかりであった『警戒区域』を抜け、加古の車は光溢れる夜の街へ入っていく。

 

 『ボーダー』本部が『近界民』の出現するエリアである『警戒区域』の中にある以上、区域内を車で走行するのは危険が伴う。

 

 その為、七海は『警戒区域』ギリギリの場所まで小夜子を連れて来て、加古と落ち合ったワケである。

 

 それまでの道に関しては七海が許可を貰った上でトリオン体で小夜子を抱き上げながら駆け抜けており、抱き方はお姫様抱っこであった事を追記しておく。

 

 その途中終始小夜子の顔は赤らんでいたワケだが、それが何故かは言わぬが花だ。

 

「…………ふふ、七海くんに最後まで送って貰えなかったのが残念?」

「え、い、いや……」

「流石に、『警戒区域』の外で屋根の上を跳び回るワケにはいかないものね。あ、でも『カメレオン』使えばいけるかしら? 今度打診してみてもいいかもね」

 

 加古はくすくすと笑いながらそんな冗談を宣い、小夜子は何も言えず沈黙する。

 

 元々コミュ障気味だった小夜子と、曲者が極まったような性格の加古では、話術で勝負になる筈もない。

 

 こんな感じで、いつも加古には翻弄されっぱなしだった。

 

「どう? 部隊の方は。上手く出来そう?」

「え、ええ。七海先輩のオペレートもちゃんと出来てると思いますし、我ながら上手くやれてるんじゃないかなって」

 

 何処か誇らしげに言う小夜子を見て、加古は満足気に頷いた。

 

「そう。そういう自信は大事よ。まずは自分で自分を認めてあげなくちゃ、何も出来なくなっちゃうからね」

「自分で自分を、認める……」

「そうよ。自分のやる事に自信を持ってないと、いざという時の()()が踏み出せないからね。適度な自信を持つ、ってのは大事な事なの」

 

 まあ、それも程度によりけりだけどね、と加古は話す。

 

「流石に二宮くんみたいになれとは言わないけど、自信を持てずにびくびくするより堂々としていた方がずっといいわ。双葉にも、これは言い聞かせているんだけどね」

 

 ちなみに、そうやって調子に乗せた所で七海をぶつけて盛大に心をへし折らせたのは加古自身の采配である。

 

 お陰で双葉は迂闊さや慢心が消え、以前より格段に強くなったと言って良い。

 

 その切っ掛けとなった七海の事も今では慕っているし、加古としては万々歳だ。

 

「これは何も、戦闘面に限らないわ。プライベートの、それこそ恋愛にだって言える事よ」

「加古さん、それは……」

「別に今すぐどうこうしろって話じゃないわ。私だって、必要以上に干渉するべき事とそうじゃない事は弁えてるつもりよ」

 

 でも、と加古は続けた。

 

「小夜子も、気付いてるんじゃない? 今のあの二人の関係は、歪だって」

「…………はい、薄々は……」

 

 小夜子は、細々とした声でそう答える。

 

 彼女とて、那須と七海の()()()()については薄々気付いていた。

 

 最初は気付いていなかったが、七海に想いを寄せて以来彼の事を見続けて来たからこそ、分かる。

 

 あの二人は、お互いへの負い目で雁字搦めになってしまっている。

 

 七海はその所為で自分の想いに蓋をしてしまっているし、那須は自分の想いを負い目と混同してしまっている。

 

 健全な関係性でない事は、確かだった。

 

「小夜子が二人に遠慮するのは勝手だけれど、何処かでぶつからないとならない時がきっと来るわ。今だって、薄氷の上を渡っているようなものだもの」

 

 一つ聞きたいのだけれど、と加古は前置きして問う。

 

「那須さんって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かしら?」

「…………いえ、私の知る限り一度もありません」

「そう」

 

 やっぱりね、と加古は溜め息を吐いた。

 

「今回は、作戦が上手く行ったから七海くんは一度も被弾せずに済んだけど…………少なくとも、今後一切被弾しない、て事はないと思うわ。B級上位まで上り詰めるつもりなら、猶更ね」

「七海先輩が被弾すると、マズイって事ですか……?」

「正確には、那須さんの眼の前で被弾する事がね」

 

 だって、と加古は説明する。

 

「話を聞く限り、彼女は七海くんの()()()()心的外傷(トラウマ)を持っているわ。幾らトリオン体で血が出ないとはいえ、眼の前で七海くんの腕を吹き飛ばされでもしたら、彼女…………冷静でいられるかしら?」

「それは……」

 

 充分に、有り得る話だった。

 

 那須は、過去の悲劇の記憶を未だに引きずっている。

 

 それが状況的に再現されでもすれば、瞬く間に己の理性を手放すだろう。

 

 そしてそれは、そう遠くない未来に起こり得る。

 

 今の『那須隊』にとって一番強力な戦術は、七海と那須が組む事での機動戦を仕掛ける事だ。

 

 二人が戦いの中で合流を目指して行動する以上、眼の前で被弾する確率は飛躍的に高まる。

 

 そうなった時、那須がどんな反応をするのか。

 

 少なくとも、冷静なままでいられる事は無い筈だ。

 

「厳しい事を言うようだけど、これは多分避けられないわ。だから、その時になったら小夜子ちゃんには那須さんをお願いしたいの」

「那須さんを、ですか……?」

 

 ええ、と加古は肯定する。

 

「七海くんは放って置いても周りの人達が絡んで行くでしょうけど、那須さんの場合そこまでしてくれる人ってそう多くないでしょ? 彼女、交友関係結構狭いし」

 

 『那須隊』の身内か、小南ちゃんくらいじゃない?と加古は続けた。

 

 それについては、小夜子もその通りだと思った。

 

 那須は、同姓異性問わずそこまで交友関係を広げるタイプの人間ではない。

 

 コミュ障というワケではなく、狭く深くの人間関係を重視するタイプであるというだけだ。

 

 彼女は割と、自分の身内認定した人や特に親しい人と交流を深めていけば満足するタイプの人間である。

 

 その為、有事の時に頼れる相手はどうしても限定されてしまう。

 

 熊谷と茜では遠慮が入って那須に鋭く切り込んで話す事は出来ないだろうし、小南もそういった相談は不得手だ。

 

 必然的に、そういう時に那須に物申す事が出来るのは、小夜子が一番適任ではある。

 

「多分、貴方にしか出来ないと思うわ。同じ人を好きになった、貴方にしかね」

「私、しか……」

「勿論、那須さんが不甲斐ないようならそのまま彼を奪ってもいいと思うわ。そのくらいの荒療治は必要だろうし、チャンスは逃すものじゃないわよ」

 

 何処かからかうような口調だったが、小夜子はその言葉に彼女の本気の色を見て取った。

 

 何も彼女は、小夜子に那須の当て馬になれと言っているのではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()と、発破をかけているだけだ。

 

 その事には気付いていたが、小夜子としてはどう答えたものか分からない。

 

 何が一番の正解なのか、判断がつかずにいたのだ。

 

「…………まあ、覚悟だけはして置いて頂戴。何を言うべきかは、多分その時になればきっと分かるわ」

「…………はい…………」

 

 小夜子はか細い声で返事をして、加古はそれを聞いてこくりと頷いた。

 

 そこからは小夜子の気を紛らわせようと話題を切り替え、小夜子もそれに乗せられて笑顔を浮かべる。

 

 二人を乗せた車は、夜の街を駆けて行った。

 

 

 

 

「お邪魔します」

「カゲさん、来ました」

「おーおー、こっちだ」

 

 七海はお好み焼き屋『かげうら』の暖簾を潜り、店内に足を踏み入れる。

 

 するとすぐさま七海に気付いた影浦が声をかけ、席へと案内した。

 

 七海と、その後ろについて来た熊谷と茜、そして那須を。

 

 以前この店に訪れて大騒ぎを引き起こした那須だが、今の彼女は普段とは一風変わっていた。

 

 髪色は黒一色となり、髪型も多少変えている。

 

 目元にはアンダーリムの眼鏡までかけており、印象がかなり変わっていた。

 

 那須は七海同様、トリオン体での治療の為に『ボーダー』に入隊した経緯がある。

 

 その際その研究内容について一般向けに報道もされている為、那須は三門市ではその美貌も相俟って結構な知名度を誇っている。

 

 前回彼女が訪れた時の大騒ぎはその事も起因しており、彼女がこういった店に来店し難い理由でもある。

 

 この那須の姿は、有り体に言って変装である。

 

 今の那須は、生身の姿ではない。

 

 那須の体調の問題をどうにかする為の、日常用のトリオン体を使用している。

 

 髪色なんかはトリオン体の機能で変えているし、髪型も設定変更でどうにかしている。

 

 那須が出かける時に重宝している、開発室特性のボディである。

 

 ちなみに余計な機能まで付けようとしたメンバーがいたものの、鬼怒田の拳骨を落とされて事なきを得たそうな。

 

 ともあれ、今の那須は一見すれば彼女と分からないよう変装していた。

 

 それも全ては、今回の打ち上げに参加する為である。

 

 影浦はランク戦が終わったばかりの七海に声をかけ、自分の店に来るよう誘った。

 

 それを見ていた那須が羨まし気な感情を向けていた事をサイドエフェクトで察知した影浦は、騒ぎを起こさないようにするという条件付きで那須達の同行を認めたのだ。

 

 那須もこれには喜び、熊谷と茜共々打ち上げへの参加を決め込んだのだった。

 

「影浦先輩、今日はありがとうございました。以前あのような真似をした、私も誘って下さって」

「あー、別にどってことねぇよ。騒ぎを起こさねぇなら客を拒む理由もねえしな」

 

 ぽりぽりと頭をかきながら、影浦は答えた。

 

 どうやら真っ直ぐな感謝の気持ちがこそばゆかったようで、どう反応していいか分からない様子だった。

 

「素直じゃないな、カゲも」

「ケッ、余計なお世話だっての」

「あ、鋼さん」

「よう七海。今日はやってくれたな」

 

 そんな時、声をかけて来たのは今日の試合で対戦したばかりの村上鋼だった。

 

 村上は何処か楽し気な笑みを浮かべ、七海の肩を軽く叩いた。

 

「ああでもしないと、鋼さんは攻略出来ないと思いましたので」

「それを実際に徹底出来るんだから大したものだよ。ま、でも次はこうはいかないからな。覚悟しとけ」

「はい、望む所です」

 

 二人はそう言って、がしり、と握手を交わした。

 

 今回、七海は相当にえげつない戦法で村上達を追い詰めていたものの、村上にそれを引きずる様子は見られない。

 

 試合の借りは試合で返すと言わんばかりの、爽やかなやり取りだった。

 

「おーおー、七海の奴にコテンパンにされた奴が言うじゃねえか」

「でも、鋼さんにはサイドエフェクトがあるからね。ある意味、次が本番なのかも」

 

 村上をからかった影浦の言葉に反応したのは、恰幅の良い優し気な少年。

 

 『影浦隊』の銃手、北添尋(きたぞえひろ)である。

 

「あ、ゾエさんこんばんは」

「うん、こんばんは。試合見てたよ、お疲れ様」

「ありがとうございます。あ、ユズル君もこんばんは」

「…………どうも」

 

 更にその北添の傍にいたのは、『影浦隊』狙撃手絵馬(えま)ユズル。

 

 ユズルは言葉少なに挨拶するが、彼は割といつもこんな感じのテンションなので七海を嫌っているとかそういうワケではない。

 

「おうおう、来てやったぞ男共ー。ユズル、隣座らせろ」

「はいはい」

 

 そして最後にやって来たのは、『影浦隊』オペレーター仁礼光(にれひかり)

 

 明るく元気、というよりざっくばらんで遠慮がない性格の、『影浦隊』影の支配者である。

 

「おう七海~、大暴れだったなー。皆で見てたぞー。な、ユズル」

「そこでどうして俺に振るのさ」

「お前が全然喋んないからだろ~?」

 

 光は持ち前の明るさで隣に座った絵馬の背中を叩き、肩に手を回してうりうり、とユズルに迫っている。

 

 ユズルは若干煩わしそうにしているが、無理やり解く様子もない為そこまで嫌がっているワケではないらしい。

 

「仲が良いんですね」

「そうだろそうだろー? こいつ等、アタシがいないとホント駄目でなー」

「ケッ、言ってろ」

「まあまあ」

 

 割と口では遠慮なくズバズバ言っているが、『影浦隊』の雰囲気は極めてアットホームで、何処か楽し気ですらある。

 

 隊員同士の仲は、見ての通り良好らしかった。

 

「お、お前等来てたのか」

「あ、荒船さん。こんばんは」

 

 そんな中、店の入口から現れたのは『荒船隊』の隊長荒船哲次。

 

 彼は隊員の穂刈と半崎を連れて、近くの席に座った。

 

「よう、大活躍だったな。当たった時は容赦しないから楽しみにしてろよ」

「…………どうやらそんなに待つ必要はなさそうだぞ。荒船」

「あん?」

 

 穂刈の言葉に、荒船は手元の機器を見る。

 

 それに釣られて、七海達もその機器を覗き込んだ。

 

 ────B級ランク戦ROUND2、夜の部────

 

 ────参加チーム:『那須隊』『荒船隊』『柿崎隊』────

 

「…………へえ、望む所じゃねえか」

 

 対戦相手の告知を見た荒船は、獰猛に笑う。

 

 そしてその視線は七海に────己の対戦相手に向けられた。

 

「全力で潰してやるぜ、七海」

「こちらこそ、です」

 

 二人は、闘志を確かめる。

 

 次の戦いに、その意地を通す為に。

 

「人の店で睨み合ってじゃねぇよ、タコ」

「あっ」

「いでっ」

 

 …………まあ、お好み焼き屋の店内である事も忘れて睨み合った結果、影浦にどつかれる羽目となったのであるが。


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