痛みを識るもの   作:デスイーター

200 / 487
第一試験、総評

部隊得点生存点合計
那須隊527
香取隊 5

 

「決着……っ! 七海隊員の一撃により、香取隊長が緊急脱出(ベイルアウト)……っ! 本試験のルールによりこれにて試合終了……っ! 生存点2点の加算により、7:5で那須隊の勝利ですっ!」

 

 桜子の試合終了宣言により、会場が沸き上がる。

 

 此処にいるのはB級以上の隊員に限定される為B級ランク戦の時ほどの過密度はないが、それでも一連の攻防に息を呑んだ者は多かった。

 

 それだけ、彼等の戦いは見応えのあるものだったのだから。

 

「いやあ、どっちも凄かったっすね。那須隊もそうだけど、香取隊の動きも良かった」

「ああ、結果的に負けはしたが、以前の香取隊から考えれば飛躍的に成長したと言えるだろう。それを上回った那須隊の地力の高さは、言わずもがなだがな」

 

 佐鳥と風間は、口々に双方の部隊を称賛する。

 

 彼等の言葉を否定する者は、この会場にはいないだろう。

 

 那須隊も、香取隊も、共に全霊でぶつかり合った。

 

 勝ち負けという結果はあれど、どちらもA級昇格試験の場に相応しい戦いをした事は確かなのだから。

 

「けど、日浦さんにはびっくりしましたね。いつの間にか、東側に渡ってましたし。あれ、どういうカラクリなんですかね?」

「MAPを見ていたなら分かるだろう。日浦はただ、川を渡っただけだ。テレポーターを使ってな」

 

 風間はなんともなしに、茜があの場に移動出来た理由を説明する。

 

「んー、でも、テレポーターで一息に移動出来る広さじゃなかったですよねあの川。かと言って橋の上に転移すれば見つかっちゃうし、無理じゃないですか?」

「可能だ。日浦は橋の上に転移したんじゃなく、橋の下────────川の中に転移したんだからな」

 

 佐鳥が敢えて分かっていない振りをしているのを察しつつ、風間は桜子に指示して壊れる前の鉄橋の映像を画面に映し出させた。

 

「テレポーターは、移動先を目視出来さえすれば転移が可能だ。だから日浦は西側から橋の下まで転移して、川の中に潜ったんだろう。そうすれば、橋が邪魔になって東側からは見えないだろうからな」

「成る程、時刻も夜だったっすから猶更っすね」

 

 佐鳥の言う通り、夜の川や海というのは視界が利き難い。

 

 水は黒く、目立つ色彩でもなければ川の中に何かがあっても中々気付かないだろう。

 

 更に言えば茜は小柄で、目立たない柄のバッグワームを纏っていた。

 

 橋の下に潜ってしまえば、見つかる危険は殆どなかった筈である。

 

「あとは当真が撃つのを待って、位置を特定したら近くまで転移して狙撃で仕留めれば良いだけの話だ。あの場には、七海と熊谷もいた。三人分の観測情報とオペレーターの支援があれば、当真の狙撃位置は即座に特定出来ただろう」

「それまでひたすら川の中で()()ってワケっすね。で、それを隠す為に奈良坂先輩はテレポーターまで用意した、と。いやあ、手が込んでるっすねえ」

 

 そして茜は、然るべき時まで川の中で潜伏していたというワケだ。

 

 トリオン体とはいえずっと水の中に潜る事は不可能だが、幸いこのMAPの川は大人の腰程度の深さだ。

 

 低身長の茜では立てるかどうかギリギリといったところだが、要は視界が確保出来る状態でいればいいのだから何とかなる。

 

 最悪、頭だけ出して浮いていれば良い。

 

 多少の物音は、戦闘音で掻き消えてくれる。

 

 強化聴覚持ち(菊地原)でもいない限り、気付かれる事はない筈だ。

 

 更に、奈良坂はテレポーターを用意して二ヵ所からの狙撃を実行。

 

 あたかも西側に茜がいると思い込ませる事に成功し、当真の意表を突く事に成功したワケである。

 

「つくづく、日浦はテレポーターの扱い方が巧いな。A級にもテレポーターの使い手は何人かいるが、狙撃手でテレポーターを使っている例は他にはない。だというのに、独自の戦術を構築出来ているのだから大したものだ」

「扱いが難しくて使用者があんまいないトリガーっすからね。うちの嵐山さんとかも使ってるっすけど、日浦ちゃんのは完全に別種の使い方だからなあ」

 

 確かに佐鳥の言う通り、嵐山と茜ではテレポーターの扱い方は明確に違う。

 

 嵐山の場合は乱戦で不意を突いたりする時に使う事が多いが、茜の場合は不意を突く事以上に()()()()としての使用目的が強い。

 

 自身に足りない機動力を、工夫と機転でカバーする為のトリガー。

 

 それが、茜にとってのテレポーターなのである。

 

 その戦い方は、当真のそれに似通っている。

 

 当真の場合は準備こそ必要だが時間遅延(タイム・ラグ)なしで移動を繰り返せるのに対し、茜は準備は不要だが連続での転移は不可能であり移動距離の制限もある。

 

 だが、彼女はそれを創意工夫で見事に補っている。

 

 テレポーター(切り札)の切り時を間違えず、最適に用いて戦果を獲得する。

 

 それが、茜という狙撃手の戦闘技法(スタイル)

 

 他に例を見ない、独自の強みを構築した狙撃手と言える。

 

「しかし、日浦ちゃんのお陰でなんとかなりましたけど、今回は那須隊も危なかったんじゃないすか? あのまま香取ちゃんに逃げ切られてたら、生存点入っても負けだったんだし」

「いや、一概にそうとも言い切れない。恐らく那須隊は、最初から当真を釣り出して仕留めるつもりで戦っていただろうからな」

 

 まず、と風間は順序立てて説明を始めた。

 

「言うまでもないが、冬島隊と戦うにあたって真っ先にやる事はなんだ?」

「そりゃ、冬島さんがスイッチボックスを設置し終えて雲隠れする前に見つける事ですね。一度仕事を終えたら、冬島さんはまず見つからないですし」

「そうだ。スイッチボックスを仕掛ける時しか、冬島さんを落とせる機会(チャンス)はない。だから、冬島隊と戦う時は序盤が勝負の分かれ目になる」

 

 風間の言う通り、冬島は基本的に前線に出る必要がない。

 

 準備さえ終えてしまえば、後は適当な場所に引き籠ってスイッチボックスの操作に終始する。

 

 そんな彼が唯一身を晒して動き回らなければいけないのが、スイッチボックスの設置段階である。

 

 スイッチボックスを仕掛けるには、実際にその場に赴いてセットする必要がある。

 

 その為、冬島がランク戦が始まってまずやる事は隠れながらスイッチボックスを設置して回る作業になる。

 

 この時ばかりは様々な場所を巡らなければならない為、当然途中で相手チームと遭遇(エンカウント)する可能性が存在する。

 

 故に、冬島隊との戦いは時間と運の勝負になる。

 

 スイッチボックスの設置完了の前に冬島を捕捉出来るか否かが、文字通り勝負の分かれ目となるからだ。

 

「だが、那須隊は積極的に冬島さんを探そうとはしなかった。今までの傾向から考えてあの隊がそういった下調べを怠るとは思えない以上、そこには明確な理由がある」

「それが、当真さんの釣り出しって事ですか」

 

 そうだ、と風間は佐鳥の言葉を肯定する。

 

「言うまでもないが、狙撃手は基本的に位置がバレれば脅威度が著しく下がる。加えて、今回は狙撃手殺しとも言える特性を持つ七海がいた。この状況下では、スイッチボックスの下準備が完了するまで決して当真は姿を見せないだろう」

「ま、当然といえば当然っすね。狙撃手は最初の一発を当てる事が仕事ですから、普通はそうなります」

「ああ、だが逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事でもある。実際、今までのA級ランク戦でも基本的にあいつはそういう行動を取っていた」

 

 風間の言う通り、狙撃手は最初の一発を当てる事こそが仕事と言えるが、反面一度位置がバレれば一気にその脅威度は下がる。

 

 当真がそれを理解していない筈もなく、ランク戦では基本的にスイッチボックスの準備が終わるまではひたすらに潜伏を続けていた。

 

 狙撃を実行するのは、スイッチボックスの設置終了後。

 

 それが、冬島隊の行動パターンの鉄板であった。

 

「だからこそ、敢えて那須隊は冬島さんの行動を放置した。スイッチボックスを設置させ、当真に表に出て来させる為にな」

 

 故にこそ、それを利用した。

 

 相手に有利な条件を整えさせる事で、当真に()()()()()()()()()()()()()()ように仕向けた。

 

 最後のカウンタースナイプに、繋げる為に。

 

「有利な条件を整えさせる事で、引き金が軽くなるよう誘導したって事っすか。でもそれ、冬島さんを探して落とすんじゃ駄目だったんですかね?」

「単純に、成功率が低い。冬島さんの隠密能力は相当なものである上に、派手に捜索すればその隙に当真に撃たれる危険もある。完全に設置が終わる前でも、逃げ道となるスイッチボックス(移動手段)くらいは確保しているだろうからな」

 

 冬島を直接狙わなかったのは、単純に成功率が低かったから。

 

 序盤に狙われるのは冬島にとっては慣れた事であり、当然対策も用意している。

 

 追い詰めたと思った相手の前からスイッチボックスを用いて逃走し、その隙に当真に撃たせる、なんて戦法も過去のランク戦では行っていた。

 

 だからこそ、那須隊は冬島を放置する事を決断した。

 

 冬島を落とすという選択肢を捨て、表に出て来るであろう当真を狙い撃ちにする為に。

 

「無論、スイッチボックスの設置を見過ごす事で相応の被害が出るのも予想の範疇ではあっただろう。ただでさえ得点力の高い香取に、狙撃とワープの援護が加わるんだ。無傷で済むと思うほど、楽観的ではないだろう」

「香取ちゃん、今回キレッキレでしたからねー。十全なサポートを得た上で動くと、あそこまでおっかないとは」

「実際、被害の規模は那須隊の想定以上だったろうからな」

 

 恐らく、と風間は前置きして告げる。

 

「那須隊が想定していた被害は、那須と古寺の二人だった筈だ。米屋は落とされるとしても、当真が相手だと考えていただろうな」

「実際は、当真さんがサポートして香取ちゃんが獲っちゃいましたからねー。あの二点は大きかった」

「転送運も絡んでいただろうがな」

 

 風間はそう話すと、桜子に指示して各隊員の初期転送位置を画面に表示させた。

 

「最初の転送で古寺が香取と当真のいる東側に転送された時点で、古寺の生存は半ば切っていた筈だ。冬島さんが逆側にいれば可能性はあったかもしれないが、結果的に東側に香取隊側の戦力の過半数が集中する結果となっていた。あの状況で孤立した狙撃手が生存する芽は、ほぼなかっただろうからな」

 

 そう、スイッチボックスという逃走手段のある当真と違い、古寺には位置がバレれば逃げる術はない。

 

 何せ、相手はワープを用いて瞬時に移動出来るのだ。

 

 位置が割れれば、その時点で命運は尽きる。

 

 かと言って、那須は香取と戦闘中。

 

 三輪も、戦闘の場へ向かう事が急務だった以上、古寺のフォローは出来ない。

 

 高確率で古寺は落ちると、那須隊側は予想していた筈である。

 

「だが、古寺が当真を抑えていなければ那須はもっと早くに落とされていただろう。そういう意味で、あれは必要な犠牲だったと言える」

「そういうケースって結構ありますもんね。リスク管理って重要ですし」

「ああ、仲間を助けるだけがチームワークじゃない。時には仲間を切る判断も、戦場では重要になる。那須隊は、それを良く分かっているな」

 

 ROUND3の失態は無駄ではなかったようだ、と風間は内心で呟いた。

 

 あの敗戦を経て成長していなければ、那須隊は仲間を捨て駒にする戦略を取る事は今でも出来なかっただろう。

 

 戦場では、仲間を見捨てなければ勝利出来ない場面は往々にして出て来る。

 

 そしてトリオン体ならば死んでも緊急脱出出来る以上、必要以上に仲間の生存に拘るべきではない。

 

 それを学べた事こそ、あの敗戦の意義であったとも言える。

 

「米屋の場合は、香取の成長と当真に対する読みを見誤った結果と言える。香取が送り込まれる事は予想していただろうが、点を取るのはあくまで当真、という思い込みに引きずられたな」

「実際、あれは俺も驚きましたからねー。当真さんがサポートに回るってのは、完全に予想外でした」

 

 香取隊が那須隊の思惑を上回ったと言えるのが、米屋を落とした戦闘だろう。

 

 もしも米屋を落とすとすれば、当真の狙撃だろうと那須隊は予想していた。

 

 香取は確かに爆発力がある点取り屋だが、単純な技量では米屋に分がある。

 

 少なくとも、1対1の状況であれば負けはない。

 

 そう考えていたからこそ、当真がサポートに回るという意表を突かれ、落とされた。

 

 あの失点は、那須隊にとっても予想の外だった筈だ。

 

「それも含めて、香取隊は大いに健闘したと言えるだろう。結果的に負けはしたが、この不利な状況下で5点も取れれば大したものだ。充分、今後に期待出来る部隊と言えるな」

 

 

 

 

『俺も同感だな。お前達はよくやったと思うぞ』

 

 冬島は、通信越しに香取隊に向けてそう告げた。

 

 その称賛の言葉に三浦は安堵の息を吐き、若村は顔をほころばせる。

 

 そして香取は、盛大に溜め息を吐いた。

 

「まだまだだわ。今回は、指揮を全面的に任せたから此処までやれた。その減点分を考えると、この程度で満足しちゃいられないわ」

『貪欲だねー。でも、そういうの好きだぜ。向上心があるうちは、幾らでも上達はするだろーからな』

「余計なお世話よ。あと、上から目線がムカつく」

 

 俺はA級だからなー、と当真は事もなげに呟く。

 

 それを聞いて香取は一瞬苛ついたようだが、なんとか抑えたようだ。

 

 当真の実力は、この試合で嫌というほど思い知った。

 

 人間的には好きになれそうもない相手だが、その強さは本物だ。

 

 ならば此処で喚いても格好悪いだけだと、香取のプライドは判断した。

 

 そんな香取の内なる想いを間近で察していた三浦にとっては、大変心臓に悪い一幕であった。

 

『ともあれ、前にも言ったが得点だけが全てじゃない。今回の試合は充分、高評価に繋がる出来だった。俺だけじゃなく、他の隊長達もそう判断するだろう』

『ああ、自信を持っていーだろーぜ。この調子でやってけば、合格も夢じゃないかもな』

「ええ、言うまでもないわ。最初から、諦めるつもりはないもの。今回は負けたけど、まだ試験は三回ある。絶対に、挽回してみせるんだから」

 

 香取は強い意思を込めてそう宣言し、三浦達も頷いた。

 

「…………」

 

 その光景を、染井は何処か眩しそうに見詰めていた。

 

 今の香取隊は、以前とは違う。

 

 その事に対し複雑な想いを抱えながらも、嬉しいと感じる自分がいる事を、改めて自覚した染井であった。

 

 香取隊は、まだ強くなれる。

 

 それだけは、彼女達全員が感じていた総意であった。

 

 

 

 

「那須隊に関しては、流石と言う他ないな。細かい指摘は幾つか出来るが、B級一位になっただけはある」

「そっすね。失点も那須隊のミスって言うより、香取隊が巧くやった、って印象の方が強いですし」

 

 流石、二宮さんを落としただけはあるなー、と佐鳥は呟く。

 

 今回、那須隊は転送運という逆風がありながら可能な限り最善の選択が出来ていたと言える。

 

 被害が予想より大きくなったものの、明確な失態は演じていない。

 

 徹底した試合運びは、攪乱と大胆な不意打ちに特化した那須隊の面目躍如と言える。

 

「一方で、危ない面があった事もまた事実だ。香取隊の経験不足という要素がなければ、場面場面でどう転がってもおかしくない試合ではあった。結果的に上手く行ったが、これからは少しの油断が命取りになるだろう。そういう意味で、課題がないワケじゃない」

 

 だが、と風間は笑みを浮かべる。

 

「それを踏まえても、良い試合だった。これからも慢心する事なく、常に上を目指して貰いたいものだな」

 

 その言葉に、隣に座る佐鳥はくすりと笑みを漏らした。

 

 厳しい言葉を言いがちな風間ではあるが、見込んだ人間に対してなんだかんだ面倒見が良い。

 

 試験官の一人である以上公平さを心掛けているようではあるが、根底にある面倒見の良さは隠せていない。

 

 もっとも、それで判断を鈍らせるほど甘い男ではない事も充分に承知している。

 

 身内かどうかは関係なく、これからも公平な視点で判断を下していく事だろう。

 

 それが多くのボーダー隊員から人望を集める、風間蒼也という少年の在り方なのだから。

 

「総評はこれで終わりだ。第二試験の詳細については、後程通達がある筈だ。今日行われる全ての試験が終わり次第、連絡が入る。チェックを欠かさないようにしてくれ」

 

 風間はそう告げると発言を終え、桜子に視線を向けた。

 

 その視線の意味を汲んだ桜子は、すぅ、と息を吸い込んでマイクを握る。

 

「ありがとうございましたっ! ではこれにて、合同戦闘訓練第一試験を終了致しますっ! 皆さん、お疲れ様でしたっ!」

 

 風間の総評が終わり、桜子が試験の終了を告げる。

 

 A級昇格試験、その第一試験はこうして幕を閉じた。

 




 数日更新が滞ってしまいました。疲れとか色々ありましたので。

 てなワケで第一試験終了です。

 トラッパーという未知の部分が多い要素を孕んだ戦闘だったので難産でしたが、自分なりの解釈でやり遂げたつもりです。

 A級ランク戦が原作で描写される事はもうないでしょうし、多分ランク戦で冬島さんが戦う事はないんだろうという楽観の下で組み立てた試合でありました。

 まあこれはこれで楽しかったですけどね。特殊ギミックとか割と好き。
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