『お疲れ様。これで第一試験は終了だ』
通信声に奈良坂の声が響き、それを聞いた茜は「頑張りましたー」と朗らかに笑っている。
その様子を見て、七海達もまた笑みを浮かべる。
実際、今回のMVPは彼女であると言っても差し支えはない。
茜が当真を狙撃で仕留めていなければ、負けていたのは自分達だった。
彼女の力なくして、この勝利は有り得なかった。
それは、この場の全員が実感している事である。
「途中でひやりとした事はあったけど、なんとか勝てて良かったわ。香取さんの力を、甘く見ていた」
『いやあ、面目ない。俺もあそこで当真さんじゃなく香取に落とされるとは思ってなかったからなー。ったく、まんまとしてやられたぜ』
『ああ、あれはどちらかというと陽介の落ち度だ。そこまでの減点対象にはならないだろう』
ひっでぇなー、と米屋は三輪の言葉にぶーたれるが、それでもその声には若干の悔しさと隠し切れない闘争心が滲み出ていた。
彼自身、あの敗北には思うところがあったのだろう。
それで腐るのではなく奮い立つあたり、
『第二試験の内容や詳細については、今日の全試験が終わり次第通達される筈だ。連絡は欠かさずチェックするようにしていてくれ』
「ええ、分かったわ」
『以上だ。健闘を祈る』
三輪はそう言って締め括ると、通信を切った。
ファーストコンタクトの時のような危うさは、今の彼からは感じ取れない。
大人になった、と言うべきだろうか。
初対面の印象と経緯で三輪の事をあまり良くは思っていなかった七海ではあるが、今の彼ならば付き合って行く上で問題はないだろう。
そう思えるほど、三輪の変化は顕著であった。
もっとも、根底にある
近界民への憎悪は、三輪のアイデンティティそのものだ。
七海のように
話によれば東を始めとする旧東隊の面々からは気にかけて貰っているようだが、それでも姉を失った時期に支えとなるものがなかった、というのは大きい。
那須と七海の以前の関係は歪ではあったが、それでも最低限心の安寧を守る役には立っていた。
傷の舐め合いのような関係でも、応急処置としては悪くはない。
問題はそれをずるずると続けていた事だったので、今はもう大丈夫だ。
互いの存在が不可欠である事に変わりはないが、それでも自分の足で立つ事が出来るようになっている。
三輪の場合、憎悪を杖替わりにして無理やり立っていたような状態だったのだ。
それを捨てる事は、身体を支えるものをなくすのと一緒だ。
彼の根底を変える事は、容易ではないだろう。
もっとも、無理に彼を変えようとは思ってはいない。
冷たい言い方にはなるが、そこまでの義理も義務も七海にはない。
迅に頼まれでもすればまた違うが、現時点で彼の問題に無理に介入するつもりはない。
恐らく、その役目は自分ではないのだろうから。
人には、適材適所というものがある。
村上が、自分の変わる切っ掛けとなってくれたように。
きっと三輪にも、変わる切っ掛けとなる人がいる筈だ。
共に近界民の大規模侵攻で肉親を失い、七海は那須の存在で、三輪は憎悪を依り代として、立ち上がる事が出来ていた。
頼りにしたものこそ違えど、喪失の痛みを共に識る者である事は共通だ。
三輪に変革を齎すのならば、きっと彼とは全く違う者の存在が不可欠だろう。
たとえば、非力ながらも自分の意思一つで立ち上がるような、そんな存在が。
そんな常軌を逸した精神の持ち主など早々いる筈もないが、もしかしたら今後現れないとは言い切れない。
願わくば、良い出会いがありますように。
そう想うくらいは、良いかもしれない。
「よくやった茜。素晴らしかったぞ茜。初の共同作業だな茜。あの当真さんを仕留めるなんて、流石だぞ茜。最高だな茜。あの時の茜の映像は、永久保存してやるからな。ああそうだ、技術部に依頼すれば茜のフィギュアなんかも作ってくれるんじゃないか? いや、それよりもそういうのが得意な隊員に頼んでみるのもいいかもな。いやしかし、茜の似姿を他人にあれこれされるのは…………」
一方、通信を切った三輪隊の隊室では奈良坂が盛大に壊れていた。
故障したスピーカーのように弟子への愛を垂れ流している奈良坂は、部屋の中で盛大に浮いていた。
「…………なあ、うちのイケメンが怖いんだが」
「知るか。放っておけ」
米屋の訴えを、三輪はにべもなくそう切り捨てる。
弟子を持たない三輪には奈良坂の気持ちなど理解出来ないし、ぶっちゃけしたくない。
弟子を大事にするのは結構だが、それはそうとして今の奈良坂の姿は彼の隠れファンにでも見られればどう思われるか想像もしたくない。
奈良坂は那須の従兄弟だけあって、稀にすら見ないレベルの美形だ。
当然、学校にも彼のファンは多い。
物腰柔らかな普段の態度と相俟って、相当数の女性ファンがいる事を米屋は知っている。
幾度となく告白されてもそれらを次々と断ってきたという武勇伝も知っている為、一時期は女性に興味がないのではないかと疑った事もある。
奈良坂曰く、「そんな事はないさ。でも、今は恋愛をしている暇はないだろう?」との事だったのでその時は納得したものだが、今の奈良坂を見ると少し怪しくなって来る。
(まさか、ロリコンだったから同級生に興味なかった、とか……? いやいや、ちょいと小さいだけで日浦さんは中3だしロリってワケじゃ…………駄目だな、絵面が悪過ぎる)
茜は中学三年、奈良坂は高校二年で二歳しか違わないが、茜は同年代と比べても割と小柄で童顔だ。
普段であれば奈良坂を慕う茜の姿は年上の少年に憧れる少女という風で微笑ましいものだったが、今の彼からは邪念のようなものが溢れ出ている。
容姿が整い過ぎている事も相俟って、胡散臭い不審者にしか見えない。
(ま、いいや。奈良坂の性癖がどうであろうと実害はねぇし、案外相思相愛かもしれねぇからな。余計な事を言うのは野暮か)
色々考えたが、これ以上藪を突いて蛇を出したくない米屋はあっさり思考を打ち切った。
弟子可愛さで不審な行動を繰り返す奈良坂だが、今のところ実害があるワケでもない。
精々、師匠の豹変に古寺があたふたする程度だ。
三輪は特に干渉するつもりはないようだし、米屋も積極的に他人の事情にちょっかいを出す気はない。
三輪隊の狙撃手としての仕事を全うしてくれるのなら、プライベートまであれこれ口を出す野暮はしないつもりである。
(しっかし、香取も七海も、随分育ってるじゃねぇか。また今度、戦ってみてぇモンだな。今度は七海の相手側のチームと組むのも面白そうだが、こればっかりは俺が決められる事じゃねぇしなー)
はぁ、と米屋は溜め息を吐く。
今回の試合もそれなりに楽しめたが、それ故に戦意を燻ぶらせる結果ともなっていた。
香取との戦いも負けはしたが良い戦いであったし、負けた事は悔しいが割り切る事は出来ている。
だがそれはそれとして、ああも良い戦いを間近で見せつけられては闘志が疼くのも至極当然。
戦闘狂としての
されど、今は大事なA級昇格試験の期間中。
試験官の一人である米屋は、また次のチームとの打ち合わせをしなくてはならない。
最終的な判断を下すのは隊長である三輪だが、米屋達の意見もまた無意味ではない。
隊長の三輪は己だけの判断ではなく、隊員全員の意見を吸収してそれを纏めた結果として最終評価を決めるのだ。
三輪のように細かくレポートを提出する必要こそないものの、必要に応じて自分の所感を話さなければならない。
どうやら三輪はこの後それをやるつもりでいるようで、その作業が終わっても次の試験の準備がある。
残念ながら、七海との戦いは暫くおあずけである。
(それはそうと、そろそろ夜の部の試合も終わるよな。さて、他のチームはどういう結果になったかねぇ)
「やられたね。ここまでか」
『戦闘体活動限界。
胸を刃で貫かれた王子が、光の柱となって消えていく。
それを見届け、彼を倒した少年────────影浦は、表示された獲得ポイントに目を向けた。
| 部隊 | 得点 | 生存点 | 合計 |
| 影浦隊 | 6 | 2 | 8 |
| 王子隊 | 4 | 4 |
「ちっ、まだあいつ等には追い付けてねえな」
結果は、8:4で影浦隊の勝利。
倍の点差での勝利だが、影浦の顔はどうにも浮かない。
草壁隊と組んだ王子隊の面々は全員影浦が叩き斬り、ユズルもA級隊員を狙撃で仕留めて見せた。
だがそれでも、初期ポイントと合計で13点。
那須隊の14点には、僅かに届いていない。
加えて、影浦隊と組んだ片桐隊の隊員を一人は草壁隊に落とされている他、王子隊には北添と片桐隊の隊員一人が倒されている。
勝利の形に拘らず、取れる点を確実に取る王子隊らしい采配の試合であったと言える。
「けど、待ってろ七海。すぐにでも、追いついてやっからよ」
影浦はそう呟き、不敵な笑みを浮かべる。
彼自身はA級への復帰や遠征になど興味はないが、ユズルの願いが絡んでいるとなれば話は別だ。
A級復帰も全力でやり遂げる気でいるし、全霊を懸けて遠征部隊の選抜試験にも挑むつもりだ。
やるのならば、徹底的に。
一度は弟子に負けた身とはいえ、リベンジをしないとは一言も言っていない。
今回その巡り合わせがなくとも、
敗者には、敗者なりの矜持がある。
弟子は、七海は、
その事は悔しくもあるが、嬉しくもある。
色々気を揉む事もあったが、今の七海は立派に自分の足で立っている。
だから、自分はそんな七海に恥じない師であり続けなければならない。
彼と出会う前の影浦であったなら考えもしなかった事だろうが、これはこれで悪くないと思っている。
(そろそろあっちも試合終わったか。二宮の野郎、どのくらい点取りやがったんだ……?)
『決着……! 生存点が加算され、10:2で二宮隊の勝利です……っ!』
| 部隊 | 得点 | 生存点 | 合計 |
| 二宮隊 | 8 | 2 | 10 |
| 生駒隊 | 2 | 2 |
実況の綾辻の宣言と共に、画面に互いのチームの得点が表示される。
二宮隊の得点は、まさかの10点。
滅多に見る事のない、二桁台の数字である。
その圧倒的な戦果に、会場にいる者達は言葉を失っていた。
最初は、誰もがこのような結果になるとは想像もしていなかった。
二宮隊が勝つだろう、と考えていた者は多いだろう。
圧勝かもしれない、と思った者もいた筈だ。
だがまさか、此処までの戦果を挙げる事になると想像していた者はいなかった。
二宮隊は、早期に二宮と犬飼が合流する事に成功した。
更に彼等は斥候をチームを組んだ加古隊に任せ、その間に辻との合流にも成功。
そして、相手の大まかな位置が分かった段階で、二宮が
生駒隊の四名と、風間隊の歌川、菊地原を順次撃破し8点を獲得した。
風間だけは生き残ったが、生駒が撃破された時点でルールにより試合は終了。
生存点を獲得し、10点をものにしたというワケだ。
対応力の高い生駒隊の面々や、
一発逆転を懸けた生駒旋空も、時間差で撃ち出していた
そうして、この10得点という結果に繋がったワケである。
これで二宮隊のポイントは、初期ポイントと合計して16。
那須隊の14ポイントを超え、トップに躍り出た。
毎回此処までのポイント獲得は流石にないだろうが、これで那須隊はポイントの大量獲得が急務となった。
獲得ポイントだけが選考基準ではないとはいえ、出来る事なら一位通過の方が可能性が高いに決まっている。
「フン……」
試合を終え、表示された獲得ポイントを見ていた二宮は空を仰ぐ。
その両手は、ポケットには入っていなかった。
先日の敗北は認めているが、彼もまた、このままで終わるつもりはない。
直接対決だけが、勝負を決めるワケではない。
ただひたすらにポイント獲得に専念し、成果を積み上げ圧倒する。
それが、今の彼等の戦い方。
玉座から陥落した王にも、矜持というものがある。
勝ちたい理由があるのは、彼もまた、同じなのだから。
ここ数日疲れで寝落ちで更新出来てなかったけど今日は更新。
取り合えず、ただ勝つだけでは駄目だよというお話。
そう簡単にはいかないのだ。