痛みを識るもの   作:デスイーター

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少女二人

 

 

「あ……」

「アンタ等……」

 

 それは、思いも依らぬ遭遇だった。

 

 翌日の日曜日。

 

 那須と七海が本部の廊下を歩いていると、曲がり角から歩いて来た香取と染井に出会ったのだ。

 

 お互い、今回の試合で戦った者同士。

 

 思うところも、それなりにあるだろう。

 

 身内以外とのコミュニケーションな不得手な那須はどうすべきか迷っており、七海も染井も積極的に話しかけるタイプではない。

 

 当然の流れとして、会話の口火を切ったのは香取だった。

 

「今回も、やってくれたわね。これで三回目の負けか。ほんっと、苛つくくらい強いわねアンタたち」

「そう言って貰えるなら光栄だ。次があるとしても、負けるつもりはないが」

「上等。次こそ吠え面かかせてやるから、覚悟しなさい」

 

 香取は特に気負う事もなく、堂々とそう宣言した。

 

 その姿に、那須は何処か眩しさを感じていた。

 

 戦闘中こそイケイケモードになる那須だが、本来の性根は控えめで奥手な少女だ。

 

 彼女のように、堂々とモノを言うタイプに憧憬がないと言われれば嘘になる。

 

「あら、私の事も忘れて貰っては困るわ。今回は負けたけど、次はああはいかないわ」

 

 それはそれとして七海と他の女が話しているのはなんだか気に入らなかったので、当然の流れとして香取の興味を自分に引き付けるように促すのだが。

 

 香取にそんな気がないと分かっていても、七海が身内以外の少女と仲睦まじい(那須視点)様子なのは気に食わない。

 

 たとえ奥手であろうと、言うべき事はきちんと言う。

 

 そんな自分の性質に、那須本人の認識は若干足りない。

 

 精々彼女としては()()()()()()()()()()という認識なのだろうが、多少棘があっても積極性がないワケではないという証左である。

 

 自分の事は、自分が一番分からない。

 

 ありふれてはいるが、この言葉も真実の一端を示しているのかもしれなかった。

 

「フン、次も勝ってやるわよ。お望みなら、今からでもいいけど? アタシは別に構わないわ」

「あら、面白そう。じゃあ、行きましょうか。鬱憤晴らしに丁度良いわ」

「上等。付いて来なさい」

 

 あれよあれよと話は進み、那須と香取は個人ランク戦で決着を着ける事となった。

 

 一連の流れを見ていた七海は溜め息を吐き、染井は仕方ないとばかりに肩を竦めた。

 

 ふと、そんなお互いの様子に気付く。

 

 「お互い苦労するね」と、二人の意思がアイコンタクトで交わされた。

 

 

 

 

「行って」

 

 摩天楼A。

 

 巨大なビル群が立ち並ぶそのMAPで、ビルの壁面を跳躍する那須の周囲から無数の光弾が発射される。

 

 光弾────────変化弾(バイパー)は複雑な軌道を描き、ビルを迂回する形で標的に向かう。

 

 四方八方からのバイパーの包囲攻撃、通称『鳥籠』。

 

 必殺の弾丸の檻が、香取に向かって牙を剥く。

 

「しゃらくさい」

 

 香取はそれを見て、即座にグラスホッパーを展開。

 

 シールドを展開しつつ、ジャンプ台トリガーを用いた空中機動で鳥籠からの脱出を図る。

 

 結果、最小限の被弾で檻から抜け出せるルートを導き出し、シールドを用いて弾丸を防御。

 

 鮮やかな動きで、無傷でその場を離脱した。

 

「────」

 

 無論、それで終わりではない。

 

 那須はビルの壁面を足場として跳躍し、香取から距離を取りつつ再度弾幕を展開。

 

 無数の光弾が、香取を再び檻に捕えようと迫り来る。

 

「ったく、うざったい……っ!」

 

 今回の弾幕は、密度が高い。

 

 よって、先ほどのようにシールドを頼りに弾幕の隙間を潜り抜けようとすればシールドが割られてしまう可能性がある。

 

 故に、無理な突破は愚策。

 

 となれば、取れる行動は決まって来る。

 

 飛来する弾丸に対し、香取は即座にグラスホッパーを展開。

 

 ジャンプ台トリガーを踏み込み、全速力でその場を離脱する。

 

「……!」

 

 当然、それを見過ごす那須ではない。

 

 建物の向こうから様子を見ていた那須は、獲物を狩りだすべく動き出す。

 

 香取からは死角になる位置で、那須は二つのキューブを合成。

 

 瞬時に合成弾を生成した那須は、それを香取に向かって撃ち放つ。

 

 先程のバイパーは、これを撃つ為の布石。

 

 香取が退避を選択したのも、那須の想定通り。

 

 全ては、この合成弾を作る為の伏線。

 

 必殺の弾丸が、香取に向かって飛来する。

 

「ち……っ!」

 

 香取は()()、それが合成弾である事に気付いていた。

 

 那須の持つ手札や性格を考慮すれば、此処で逃げれば間違いなく那須は合成弾を使って来る。

 

 これは、チームランク戦ではないのだ。

 

 第三者の介入が存在しない以上、対戦相手(香取)の動向にだけ注意すれば合成弾を生成する事は容易い。

 

 合成弾を使用するには、両攻撃(フルアタック)の状態になる必要がある。

 

 しかも、合成中は攻撃も防御も行えない。

 

 故に、相手と対面しながら合成弾を使用するのは自殺行為に他ならない。

 

 だが、那須はその隙を自らの機動力で埋めている。

 

 更に言えば、この摩天楼ステージは彼女の得意とする障害物が多く、上下に広いMAP。

 

 少しでも隙を見せれば、一気に押し込まれて終わりだろう。

 

 売り言葉に買い言葉でMAPの選択権を譲ってしまった香取だが、その浅慮が自らの首を絞める結果となった。

 

(────────なんて、あいつは思ってるんでしょうね)

 

 ────────などという、事はない。

 

 MAP選択権を渡せば、こういうステージを選んでくるだろう事は承知の上。

 

 昔ならばいざ知らず、その程度の事が分からないほど、今の香取は馬鹿ではない。

 

 そも、こういった複雑な地形は香取も得意とするところだ。

 

 グラスホッパーを用いた三次元機動ならば、香取の十八番だ。

 

 問題は。

 

 那須の機動力が自分と同格かそれ以上な上に、向こうもジャンプ台トリガー(グラスホッパー)を装備している事だ。

 

 今の香取は、相手の戦力を見誤まらない。

 

 先日の試合で彼女を落とせたのは、あくまで地形の有利を得た上で複数で囲めたからだと理解している。

 

 これは、個人ランク戦。

 

 厄介極まりないあの日浦茜(狙撃手)の横槍を心配する必要はないが、同時に自分も味方の支援は受けられない。

 

 されど、条件は相手も同じ。

 

 故に、香取は現状を正確に理解した上で、独力でこの場を切り抜けられると、そう断じた。

 

(問題は、あの合成弾が()()()()()()って事。変化炸裂弾(トマホーク)か、変化貫通弾(コブラ)か。それを見極められなきゃ、負けるわね)

 

 香取は、迫り来る弾丸を見据え思考を回す。

 

 那須の厄介な点は、使って来る()()が判別し難い事だ。

 

 変化弾(バイパー)通常弾(アステロイド)であれば軌道で判別出来るが、共にバイパーと同じ性質を帯びた二種の合成弾を見分けるのは至難の業だ。

 

 範囲攻撃手段となり、あまり状況を択ばず活用できるバイパーとメテオラの合成弾、変化炸裂弾(トマホーク)か。

 

 それとも、使いどころは限られるがアステロイドの突破力とバイパーの自由度を兼ね備えた変化貫通弾(コブラ)か。

 

 この二つは、それぞれで対処法が異なる。

 

 トマホークの場合は、シールドを広げる事で対処が可能。

 

 メテオラの性質を付加したバイパーである為、シールド突破力はそこまで高くはないからだ。

 

 遠距離から炸裂弾(メテオラ)を撃ち込まれるというだけで厄介だが、そうと分かれば対処出来る。

 

 厄介なのは、どちらかといえば変化貫通弾(コブラ)の方だ。

 

 コブラは、アステロイドのシールド突破力を兼ね備えたバイパーだ。

 

 つまり、シールドを広げるだけでは貫通されて撃ち殺される。

 

 故に、この弾丸から逃れる為には単純に射程範囲から逃げ切るか、両防御(フルガード)で防ぎ切るしかない。

 

 トマホークと違って攻撃範囲は狭いものの、こちらの位置を照準(ロック)された状態で撃たれればこの上ない脅威である。

 

 那須は、この二つを両方共使いこなす。

 

 だからこそ、厄介なのだ。

 

 合成弾の正体を見誤れば、その時点で終わりかねない。

 

 一番は合成弾を撃たせない事だが、既に発射されている以上意味はない。

 

 だから。

 

 香取は、その手に持つ拳銃で、光弾に向かってハウンドを撃ち放った。

 

 トリガーの弾丸は、ぶつかり合えば対消滅する。

 

 だが、大きく広がった全ての弾丸を、ハウンドで撃ち落とす事は出来ない。

 

 されど、その程度は香取も承知の上。

 

 彼女の狙いは、合成弾の正体を見極める事。

 

(動きの速いアタシを仕留めるには、狙いを定める必要のあるコブラじゃ不確実。裏を読んでそっちを使って来るかもしれないけど、多分この女はそういう博打は選ばない)

 

 だって、と香取は内心で呟く。

 

(この女は、ここぞという時では大抵堅実な手を選ぶ。だから、この合成弾の正体は────────)

 

 香取の笑みと共に、ハウンドが合成弾に着弾する。

 

 そして、着弾と同時に、その弾丸は()()した。

 

「────────変化炸裂弾(トマホーク)、当たりね……っ!」

「……っ!」

 

 バイパーとメテオラの合成弾、変化炸裂弾(トマホーク)

 

 メテオラと同じく、衝撃と同時に起爆する性質を備えたその弾丸は、ハウンドの着弾によって起爆。

 

 香取に届く事なく、その過半数が失われた。

 

(今……っ!)

 

 香取は、シールドを展開しつつ爆煙に突貫。

 

 その先にいる那須に、最短距離で肉薄する。

 

 必殺の合成弾を撃ち破った今こそ、最大の好機。

 

 そう踏んだ香取は、迷いなく那須へと接近する。

 

(見えた……っ!)

 

 爆煙の先に、香取は那須の姿を視認する。

 

 その手には既に、スコーピオンを携えている。

 

 たとえ反撃されようが、相手の攻撃が届く前に仕留めてしまえばそれで終わりだ。

 

 そう考えて、香取は爆煙を抜ける。

 

「え……?」

 

 ────────その先に待っていたのは、既に弾丸の展開を完了していた那須だった。

 

 香取の周囲には、彼女を取り囲む形で無数の光弾がセットされている。

 

 置き弾。

 

 そうと理解した瞬間、四方八方から無数の光弾が香取に襲い掛かった。

 

 相手の逃げ場を封じ、囲い殺す那須の得意技。

 

 鳥籠。

 

 その包囲が、香取の身に牙を剥く。

 

「舐める、なぁ……っ!」

 

 香取はそれをシールドで防ぎながら、強引に那須へと距離を詰める。

 

 グラスホッパーも用いて、自分の身が削り切られるよりも、速く。

 

 その速度は、那須の想定を超えていた。

 

 単純な機動力では那須が上だが、ここぞという時の突破力は香取が凌駕する。

 

 その差が表れた、結果。

 

 香取の切っ先が、届く。

 

「甘いわ」

「……っ!? が……っ!」

 

 ────────その、刹那。

 

 那須の背後にセットされていたアステロイドが、シールドを穿ち香取の身体を貫いた。

 

 最初から、二段構え。

 

 鳥籠を抜けて来た相手を、アステロイド(貫通力特化の弾丸)で仕留める。

 

 それが、那須の用いた作戦。

 

 術中に嵌まった香取は、成す術なく敗北する。

 

「え……?」

 

 そんなワケが、なかった。

 

 香取に致命傷を負わせた、那須の胸元。

 

 そこに、()()()()()()()()()()()()が突き立っていた。

 

 その形状、その技術は紛れもない。

 

 影浦が開発し、弟子である七海が習得したスコーピオンの発展技。

 

 マンティス。

 

 それを、香取葉子が使っていた。

 

「その技、玲一の……っ!」

「こっちも、ただでやられたワケじゃないのよ。ま、あの試合じゃ抱え落ちしちゃったけどね」

 

 その光景を見て那須は目の色を変え、香取はしてやったりと笑みを浮かべる。

 

『『トリオン供給機関破損。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 同時に、二人分の機械音声が響き渡る。

 

 那須と香取は、同時に光の柱となって戦場から消え失せた。

 

 

 

 

「凄いな、見様見真似でマンティスを習得するなんて」

 

 その光景を、七海はしっかりと目撃していた。

 

 ランク戦ブースで戦う事になった那須達に付いて来た七海と染井は、当然のようにその試合を観戦していた。

 

 七海は那須と香取が妙なトラブルにならないか心配だったし、染井もまた香取の性質は熟知している為懸念事項払拭の為に付いて来た。

 

 結果として、二人並んでパートナーの試合を観戦する事と相成った。

 

 双方、相方には苦労するね、という無言のアイコンタクトがあった事は黙秘事項だ。

 

 ともあれ、七海は香取を素直に称賛していた。

 

 七海もまたマンティスを習得しているが、彼の場合はその使い手である影浦の指導を受けた事が大きい。

 

 だが香取は、そういった指導なしで、自力でマンティスを習得してみせた。

 

 前々から戦闘センスは光るものがあると感じていたが、七海でさえ習得に一年以上かかったマンティスを、独力で会得するとは思っていなかった。

 

 天才、という言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 香取は、間違いなくそういう類の逸材だった。

 

「昔から、要領が良いの。でも、そのお陰で努力なしでも大抵の事がなんとか出来たから、努力のやり方を知らなくて」

「それで、あんな停滞をしていたワケか。成る程、文字通り才能を持て余していた、って事か」

 

 成る程、と七海は納得した。

 

 香取ほどの才能の持ち主が何故あそこまで燻ぶり続けていたのか理解出来ていなかった七海だが、そういう事であれば納得だ。

 

 才能は、良くも悪くも人の人生を一変させる。

 

 才能が足りず苦しむ者もいれば、才能があるが故に苦悩する者もいる。

 

 香取は、後者だ。

 

 類稀なる才能を持っていて苦労を知らなかったが故に、いざ壁にぶつかった時にどうすれば良いか分からなかった。

 

 その結果が、あの停滞なのだろう。

 

 つくづく、ままならないものなんだな、と七海は思う。

 

 自分には、彼女のような才能はなかった。

 

 何の因果か感知痛覚体質(こんなもの)を持って生まれたが、それ以外の素質は平々凡々。

 

 今の戦闘能力は、あくまで努力の積み重ねによって得たものでしかない。

 

 自分の幸運は、正しく指導してくれる師匠達に出会えた事だと、七海は考えていた。

 

「だから、葉子が変わる機会をくれた貴方達には感謝してる。ありがとう。貴方達に負けたお陰で、葉子は────────ううん、私達は、前に進む事が出来たから」

 

 そんな七海に、染井はそう言って頭を下げる。

 

 七海としては、ただ対戦相手として戦い、下したという意識しかない。

 

 だからこそ彼女の感謝は筋違いというものだが、こうして頭を下げた相手の面子を無視するワケにはいかない。

 

 七海は染井に顔を上げるよう伝え、苦笑しながら告げた。

 

「俺はただ、自分のやるべき事をやっただけだ。その結果として貴方達が変わったと言うなら、それは単に貴方達の()()()()()()だけだ。少なくとも、俺はそう考えている」

「運が、良かった……?」

 

 そうだ、と七海は染井の言葉を肯定する。

 

「俺だって、師匠と、カゲさん達に出会えなければ、此処まで強くはなれなかった。だから、カゲさん達に出会えた事こそ、俺の最大の幸運だと思っている。それと一緒だ」

 

 自分は運が良かっただけだ、と七海は言う。

 

 基礎を教えてくれた荒船や、良きライバルとなってくれた村上。

 

 そして、サイドエフェクトの使い方を叩き込んでくれた影浦がいなければ、自分は強くはなれなかっただろう。

 

 自分には師匠がいて、香取にはいなかった。

 

 案外、自分と彼女の違いはそんなものかもしれないと、七海は思っていた。

 

「だから、気にする事はない。同じボーダー隊員同士、争う事もあるが、いざという時は肩を並べる戦友なんだから」

 

 戦友が強くなる事は、俺も大歓迎だしな、と七海は言う。

 

 染井はポカンとしながらその言葉を聞いていて、くすり、と微かに笑みを浮かべた。

 

「…………そうね。そうなのかも。じゃあ、お互い様、という事なのかな」

「ああ、そうだな。俺も君達も、どちらも得をした。それでいいと思うぞ」

「そうね。そう思う事にする」

 

 二人はその言葉を最後に会話が途切れ、二回戦目に突入した那須と香取の試合を見た。

 

 その後は、特筆すべき事はない。

 

 結局5:5で引き分けとなった二人が戻ってきて、それぞれの相方と共に帰っただけだ。

 

 もっとも、七海と染井が二人で何を話していたのか、と那須に聞かれはしたが。

 

 見えていなくても、分かるものは色々ある。

 

 その事を、つくづく実感した七海なのであった。

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