昇格試験の一試合目が終わった翌日。
茜は、狙撃手の合同訓練に参加していた。
狙撃手の合同訓練は、相手に弾が当たるとマーキングが付くマーカー弾を用いて行われる。
時間内に一人でも多くの相手を狙撃し、尚且つなるべく自分は被弾しない。
そういった形式の、訓練である。
これは狙撃手であれば誰もがやっている事であり、茜も奈良坂と共に度々利用している。
今は試験期間中ではあるが、適度な訓練は良い反復練習となる。
故に今日も、こうして訓練の場に赴いた茜であった。
(そこ)
ビルの窓付近に隠れている茜は、スコープ越しに他の隊員を視認。
即座に引き金を引き、標的となった隊員─────太一の額に、マーカーが付く。
茜はその着弾を確認する事なく、即座に身を翻し撤退。
次なる狙撃場所へ、速やかに移動する。
マーカーが増えた事であちゃー、とぼやく太一を尻目に、茜は迷いのない足取りで建物を進む。
狙撃手は、一度撃ったら基本的に位置を変える。
実際は動く前に対戦相手に捕捉される事が多いのだが、この場にいるのは狙撃手のみ。
不意の狙撃さえ警戒すれば、移動はそこまでリスキーではない。
よく荒船などは狙撃後にビルの上から飛び降りて逃げる事が多いが、狙撃手だらけのこの場でそんな真似をすればどうなるかは言わずもがなである。
普通のチームランク戦と違い、此処では狙撃手が隠密に徹し過ぎる理由はない。
荒船隊などの例外を除き、部隊に所属する狙撃手は大抵一名。
そして、その一名に脱落されれば、相手チームは狙撃の圧力から解放されて自由に動く事が出来てしまう。
故に、ランク戦での狙撃手の引き金は相応に重い。
狙撃手が仕事を出来ているかどうかは、ランク戦の勝敗に直結しかねない重要な事柄だ。
故に、リスクとリターンが釣り合うと判断しなければ射線に標的がいても早々狙撃手は引き金を引かない。
だが、この訓練では話は変わる。
この訓練で重要視されるのは、どれだけ得点を重ねられるか、どれだけ被弾を少なくできるか、の二つ。
無論、大量に得点を重ね、被弾を最小限にするのがベストではある。
しかし中には、被弾してもいいから大量得点を狙おう、という者もいる。
無論、そんな真似は当真や奈良坂といった上位の狙撃手からしてみれば邪道もいいところであり狙撃手の訓練としては本末転倒もいいところだが、そういった面々がいる事自体は事実である。
狙撃手は目的をやり遂げるまで生き残る事も仕事なのだが、即物的な得点を狙う面々はそういった事にまでは頭が回らないらしい。
だからこそ、移動には慎重にならざるを得ない。
かといって、一ヵ所に留まればただのカモになる。
この狙撃手の合同訓練は、見た目以上に駆け引きが必要とされるものなのだ。
奈良坂は当然のように被弾を1発か2発程度に抑えた上に得点を重ねるし、当真はこれまで奈良坂の無傷での突破を防ぎ続けている。
ユズルも多少脇が甘い部分はあるが、最小限の被弾で多くの得点を重ねる事に変わりはない。
それらの面々に対して、茜の成績はそこまで派手なものではない。
得点は奈良坂ほど突出していないし、被弾をしないワケではない。
「……!」
────だが、カウンター狙撃の精度が恐ろしく高い。
茜は自身に向けられた狙撃を察知すると、すぐさま物陰に身を隠す。
それと同時に、狙撃銃を構え自らを狙った相手を狙撃。
「うげ」
その相手、半崎は額に付いたマーカーを見て驚愕していた。
このカウンタースナイプの精度の高さには、理由がある。
それは、狙撃までの準備時間の異様な
茜は、狙撃銃を構えて狙撃に移るまでの時間がかなり短い。
上位の狙撃手には大体備わっている技術ではあるが、茜のそれは他の狙撃手と比べても群を抜いている。
これは、テレポーターを最大限に活用する為に茜が集中的に鍛えたスキルだ。
テレポーターからの転移狙撃は、転移後即座に実行に移せなければ意味がない。
それ故に、茜は狙撃の早撃ちについての訓練を、徹底的に行った。
その結果、茜は狙撃実行までの速さと正確性については、奈良坂からも太鼓判を押されるレベルに至っている。
総合力ではまだ他の上位狙撃手の方が上かもしれないが、那須隊の狙撃手として最適化された独自の狙撃スタイルは彼女の明確な強みだ。
何処であっても同じパフォーマンスを発揮出来る駒とはいえないが、那須隊の強みを活かす狙撃手として彼女以上の存在はいない。
かつて、那須隊は良い意味でも悪い意味でも
それ故に仲間を捨て札とする戦術を取る事が出来ず、機動力に長けて容易に獲られる筈がない那須であっても、仲間を助けようと無理をして落とされる事が多かった。
だが、今の那須隊は違う。
各々が己の役目を理解し、必要とあらば捨て身になる事も辞さない決断力がある。
その中で、茜が果たした役割は非常に大きい。
それだけの成長を、彼女はしたのだ。
そんな彼女にとって、狙撃が
半崎は狙撃の腕自体は悪くないが、少し正直過ぎる部分がある。
駆け引きと言う分野において、まだ彼は成長途中。
そういった立ち回りについては、今後の成長に期待といったところだ。
「あ……」
だが、そんな茜の額に、狙撃着弾を知らせるマーカーが付着した。
目視出来る範囲に、狙撃手はいない。
今の狙撃が可能だとしたら、相当な距離から放たれたものだ。
イーグレットを使えば射程距離自体は届くだろうが、弾丸が届くとしてもそれを常識外れの遠方の相手に正確に当てられるかどうかは別の話だ。
けれど。
それが出来る狙撃手を、一人知っている。
昨日の試合では、
「当真先輩かあ……」
NO1狙撃手、当真勇である。
「やっぱり、さっきのは当真先輩だったんですね」
「おう、試合じゃあしてやられたからなー。お返しってやつだ」
合同訓練終了後。
ユズルと話していた茜は、やって来た当真から先程の狙撃が彼のものであったと確認を取っていた。
当真は普段通りの飄々とした様子で、笑いながらそう答えた。
その言葉に気負いはないが、何処か茜を見る目に妙な熱気がある。
勿論、茜の可愛さに目が眩んだとかそういうワケではない。
これは、狩人の目だ。
上質な
そんな視線を、茜は当真から感じていた。
「実際、見事に仕留められたよね。少しは良い薬になったんじゃない?」
「そりゃおめーもだろーがよ。けどま、ありゃ俺の完敗だわ。まさか俺が、カウンター
当真はそう言って、からからと笑う。
矢張り、あの試合の一件で当真は茜の実力を改めて認めたようだ。
その眼光は、単なる狙撃手の後輩を見る目ではない。
対等の、好敵手足り得る相手を見つけた、歓喜の眼だ。
あの敗北で、当真の狙撃手としての魂に火が点いたらしい。
「次は負けない」と、口ではなくその眼が語っていた。
そんな頂点狙撃手の視線を受けて、茜はにこりと微笑む。
「みんなのお陰です。私は、自分の仕事をしただけですから」
「それが出来るのが良い狙撃手ってやつだぜ、嬢ちゃん。奈良坂の奴も、随分立派に育てたモンだな」
「はいっ! 奈良坂先輩がいなきゃ、きっと私は此処まで成長出来なかったと思います」
満面の笑みで、茜は告げる。
特に裏の無い正直な言葉と茜の純真さに、当真はどう答えるべきか一瞬悩む。
「いや、茜の努力あってこそだ。俺は、その手助けをしたに過ぎない」
丁度そのタイミングで、まるで出待ちしていたかのように奈良坂が割り込んで来た。
そして自然な流れで茜の隣を陣取ると、イケメンスマイル全開で口を開いた。
「確かに切っ掛けは与えたが、それだって茜の努力と発想の自由さがなければ出来なかった事だ。安心しろ。茜はもう、立派な狙撃手に成長しているぞ」
「えへへ」
奈良坂から手放しの称賛を受け、茜は思わずはにかんだ。
にこにこと笑うその様子は大変可愛らしく、至近距離でそれを見ていた
「茜可愛いうちの子可愛いああ可愛い最高だぞ茜素晴らしいぞ茜永久保存ものだぞ茜。ああ、こんなに可愛いんだから変な虫がつかないか心配だな茜。大丈夫だ、俺がきちんと守ってやるからな。今日もうちの子が可愛すぎてつらい」
…………その横でイケメンにあるまじき顔を晒している
何を言っているかは聞き取れないが、とにかくオーラがヤバイ。
特に身に覚えはない筈なのに、第六感的なもので悪感を感じ取って思わず身体を震わせたユズルであった。
(…………見なかった事にしよう。俺は何も見ていない。うん…………)
触らぬナニカに面倒なし。
取り合えず、厄ネタは避けて通るべし。
そんな天啓を聞き届け、素直にそれに従ったユズルなのであった。
「そういえば、嬢ちゃんがテレポーターを使うようになった切っ掛けってなんだったんだ? 話の流れからすると奈良坂が教えたみたいだけどよ、お前さんがテレポーターを使えたって話は聞かないぜ?」
現実逃避をするユズルを尻目に、当真はそう話を切り出した。
その内容に興味を持ったのか、ユズルも視線を戻し茜に注目する。
茜は自分に注目が集まった事を自覚して少々もじもじしていたが、すぐに顔を上げて話し出した。
「えっと、最初の切っ掛けはですね。チームのみんなの為にがんばらなきゃ、って思って色々やってみようと考えてた時に、隠岐先輩の試合ログを見た事なんですよね」
「おん? 俺か?」
自分の名前が出た事を偶然聞きつけたのか、近くにいた隠岐が興味津々でその場にやって来た。
そんな隠岐に茜は軽く挨拶し、話を続けた。
「隠岐先輩って、グラスホッパーを使うじゃないですか。私もあんな風に速く移動出来たな便利だな、って思ってグラスホッパーを練習してみたんですけど……」
「駄目だったワケか」
「はい……」
茜は心なしかしょぼんとしており、そんな茜を見て奈良坂が慌てだすが、大丈夫です、という彼女の言葉を聞き一先ず引き下がった。
「私、体感バランスとか運動神経とか全然駄目で。グラスホッパーを使っても、狙った場所には行けないし、着地も失敗するしで散々だったんですよねえ」
「あー、まあ、グラスホッパーって色々と合う合わないあるかんなー」
隠岐は茜の言葉に思い当たる所があるのか、そう捕捉した。
グラスホッパーは確かに空中機動の助けとなる便利なトリガーだが、誰にでも使いこなせる類のものではない。
空中機動には相応のセンスが必要になるし、体感バランスが優れていなければ単に隙を晒すだけの結果に終わる。
見た目はお手軽な便利トリガーに見えるが、決して誰にでも気軽に扱えるものではないのだ。
隠岐にはそのセンスがあり、茜にはなかった。
これは、それだけの話なのだ。
「それで、グラスホッパーを使う事は諦めたんですけど、方向性は悪くないかな、って思ったんです。だから狙撃手としての腕がまだまだな分、何か別の要素で補う事は出来ないかって色々考えたんですけど……」
そんな時にですね、と茜は続ける。
「加古先輩の、試合ログを見たんです」
「へえ、加古さんのか」
はい、と茜は当真の言葉を肯定する。
「加古先輩、志岐先輩が色々お世話になってるんですけど、前に志岐先輩の家で三人でお茶する機会があって、その時に相談してみたんです。何か、私に使えるようなトリガーはありませんか、って」
「そこで、テレポーターを紹介されたワケやな」
「そうです」
茜はそう言って、こくりと頷いた。
「加古先輩は私の悩みを聞いて、テレポーターを使ってみないか、って言ってくれたんです。そこで一通り使い方を説明されて、奈良坂先輩にもアドバイスを貰ってなんとか習得したんです」
「グハッ!」
お二人には感謝です、と茜は満面の笑みを浮かべる。
その笑顔の破壊力に残念なイケメンの嬉しい悲鳴が聞こえた気がしたが、気にしてはいけない。
「だから俺はあくまで、その手伝いをしただけだ。強くなろうという意思は茜のものだし、アイディアをくれたのは加古さんだ。俺はただ、その後押しをしたに過ぎない」
弟子を擁護するように奈良坂はそう捕捉するが、顔がにやついているのは隠せていない。
そんなイケメンの残念ムーブは全員がスルーし、茜に話の続きを促した。
「そういう経緯で、私はテレポーターを使えるようになったんです。思えば、隠岐先輩のログを見なきゃこうはならなかったんですし。隠岐先輩も感謝です」
「かまへんかまへん、日浦さんの為になったんなら万々歳や」
「えへへ、ありがとうございます」
可愛えなあ、と隠岐は茜の頭を撫で────────たりは、しない。
流石に、
茜を中心に、狙撃手同士の話が盛り上がっていく。
はにかむ茜に、赤面するユズル。
不気味なオーラを漂わせる奈良坂に、ただただ面白がる当真。
距離を置いて楽しむ隠岐に、喧騒を聞きつけてやって来た荒船達。
偶然通りがかった東や佐鳥も加わり、狙撃手同士の座談会にまで発展。
色々と
原作最新話、色々ぶっこんできましたね。
しかし、やっぱ国名ってギリシャ語なのね。
左、中央、右、かあ。