痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海と太刀川隊

「はっはっは、まさかこうも早く僕のチームと当たる事になるとは君も運がないねぇ。幾ら君とはいえ、手加減はしないから頑張ってくれたまえよ」

 

 ボーダー本部の廊下に、調子の良い声が響く。

 

 開口一番、嫌味な口調でそんな事を宣うのはザ・お坊ちゃまといった風貌の少年、唯我尊。

 

 第二試験で戦う事になるA級一位部隊、太刀川隊の隊員である────────のだが、彼自身は試験には参加しない。

 

 何故ならば、彼はA級どころかB級の面々と比べても最弱と言って良いほどの弱さを誇るからである。

 

 率直に言って、実力的にはB級下位クラスの方がまだマシ。

 

 そんな彼がどうしてA級一位部隊に所属しているかと言われれば、コネの力である。

 

 目立ちたがり屋で自尊心の強い彼は、ボーダー上層部に直接「自分をA級部隊に入れろ」と要求したのである。

 

 彼の親はボーダーのスポンサーの一人である為、上層部としても彼の意見は無碍には出来ない。

 

 しかしどう見ても足手纏いになる事が確定である彼を入れたがる部隊などあるワケもなく、諸々の判断の結果、現在は玉狛支部に属する烏丸が抜けて戦闘員が二名となった太刀川隊に入隊する事になったのだ。

 

 この入隊は、太刀川隊の三人が特に大きな拒否をしなかった事も大きい。

 

 太刀川は「好きにすればいい」と話し、国近は「縛りプレイも面白そうだね~」と笑い、出水は「入りたきゃ入れば?」と笑いながら唯我を受け入れた。

 

「お前は試験に出ないけどなー。弱過ぎて」

「おぅふ……っ! 出水先輩、そんな無体な……っ!」

「事実だろー。お前は半人前以下なんだから、偉そうな態度取るのは百光年早いぞー」

 

 ……………………まあ、入隊後はこんな感じである種の弄られ系マスコットキャラとして出水達に遊ばれているのだが。

 

 唯我が望んだ形とは違ったかもしれないが、こんな扱いをされながらも除隊する気配がない以上、なんだかんだで馴染んでいるのだろう。

 

 その様子を見ていた七海は「マゾかな?」と思いもしたのだが、流石に口に出すのは憚られた。

 

 太刀川と出水に師事している以上当然同じ隊の彼とも顔を会わせる機会は多々あったのだが、唯我は最初は七海が訪れる事に難色を示していた。

 

 無駄にプライドだけは高い唯我はその身勝手な独自理論で七海を追い返そうとして出水にどつかれ、渋々ながら七海の訪問を受け入れた。

 

 尚、その後七海の境遇を聞くと号泣しながら「嗚呼、まさか君がそんな悲しい過去を持っていたなんて……っ! 困った事があればなんでも言ってくれ、僕でよければ力になろう……っ!」と力説したあたり、本人の性根は善性のようだが。

 

 嫌味で自分の親の脛を全力で齧っている唯我だが、何処か憎めないキャラなのだ。

 

 自分の実力も弁えずにコネでA級部隊に入った彼の事を努力家の木虎や元太刀川隊の烏丸は快く思っていないものの、大抵の人間からは太刀川隊のマスコットのように認識されているのが唯我だ。

 

 ストイックな人間には良く思われていない唯我ではあるが、七海自身はそこまで彼の事を嫌ってはいない。

 

 根が良い奴だというのは分かったし、不器用ながらもこちらを気遣おうとする姿勢には好感が持てる。

 

 ……………………まあ、先ほどのように嫌味のような台詞を宣う事はあるが、そこは愛嬌というやつだ。

 

 彼のナチュラルな嫌味を愛嬌と取るか否か、そこが彼を許容出来るかどうかの別れ目なのだろう。

 

 ちなみに、那須を始めとする那須隊の面々には「生理的に無理」と毛嫌いされているのは内緒である。

 

 まあ、家柄の事を鼻にかけたり嫌味から会話が始まるなど、女子に嫌われる要素をこれでもかと詰め込んでいるのは事実なので、因果応報ではあるのだが。

 

 ちなみに、七海に対して何気なく嫌味っぽい事を言った際に偶然那須が通りがかり、良い笑顔のまま唯我をランク戦ブースに誘い込んでボコボコにするという事件(じこ)もあった。

 

 その件以来、「女の子怖い、女の子怖い」と暫く女性不信になった唯我だったが、一週間後にはケロリとしていたあたり図太いと言うべきか。

 

 ただし、那須を見かける度に身体を竦ませているので、しっかりトラウマは出来ていた模様。

 

 まあ、基本的に唯我の自業自得なので、同情する者は誰もいなかったと言う。

 

 経緯を聞いた出水も「那須さんの前で七海を悪く言うとか、自殺志願以外の何物でもねえよなー」と呆れていた。

 

 太刀川も「まあ当然だな」と笑い、国近も「女は怖いんだよー」とニコニコしていたあたり、那須に関しての認識は太刀川隊内では一致しているようだ。

 

 基本的に、七海に対する侮辱を聞いた場合、那須の沸点は容易く限界突破する。

 

 しかもタチの悪い事に、那須は本気で怒った時にはそれを隠し笑顔のまま相手を死地へと誘い込むのだ。

 

 まあ、冷静に見ていれば彼女が纏う殺気(オーラ)の質で分かるのだが、那須には持って生まれた美貌がある。

 

 美人に弱い男ほど、那須の容姿に目が眩んで正しい判断が出来なくなる。

 

 唯我もまた、那須に笑顔でランク戦に誘われ、ホイホイ付いて行ってしまったクチである。

 

 笑顔の下に毒塗りの刃が仕込まれていた事を、彼は試合が始まるまで気付けなかった。

 

 それが、その時の彼の死因(しっぱい)であった。

 

 そんな事があった為、唯我は七海に話しかける時は、必ず周囲に那須がいないか確認している。

 

 先程も、七海が一人で歩いていたからこそ、意気揚々と声をかけたのだ。

 

 もしも那須が行動を共にしていれば、唯我はその場でUターンしてスタコラサッサと逃げ出していた事だろう。

 

 美人が怒ると怖い、という事をその身で体験しまったが故の、本能的な防衛行動である。

 

 尚、それでもタマに那須が近くにいる事に気付かずに普段通りに話し、彼女の逆鱗に触れる事もあるのだが。

 

 徹頭徹尾自業自得なので、そうなったら誰も助けてはくれないあたり諸行無常である。

 

 七海も戦いや鍛錬を避けたがる唯我には良い薬かと考えて見過ごしており、出水や太刀川も放置の構えである。

 

 決して、怒れる鬼子母神に近付きたくないからではない。

 

 ないったらないのである。

 

「けど、面白い事になったよなー。唯我(こいつ)じゃねぇけど、手加減はしねーから覚悟しろよー」

「はい、胸をお借りするつもりで────────いえ、勝つつもりで、頑張ります」

「おうおう、言うねぇ。期待して待ってるぜー」

 

 弟子からの宣戦布告を笑って受け止め、出水はばしばしと七海の肩を叩く。

 

 訓練では散々戦った間柄ではあるが、公式試合で戦うのは思えばこれが初めてだ。

 

 そういう意味で、出水や太刀川にとってもこの試合は特別な意味を持つ。

 

 太刀川はどれだけ七海が自分を楽しませてくれるか興味が尽きず、出水も七海の成長を肌で感じたいと考えている。

 

 そういう意味で、二人の思惑は合致していた。

 

 廊下で七海を見つけて歩み寄って行った唯我を止めなかったのも、こうして面と向かって話す機会を作る為だ。

 

 試合の前に、一度話しておきたい。

 

 そんな想いが、出水にはあったのだから。

 

「正直、二宮さんを倒すまでになるとは思わなかったからなー。あれには度肝を抜かれたぜー」

 

 ま、と出水は笑う。

 

「どっちも俺の弟子だから色々複雑だけどよ。お前と戦えるのは、正直楽しみだ。射手の神髄、存分に見せてやるよ」

「ええ、全力で打倒してみせます」

「ああ、その意気だ。頑張りな」

 

 そう言ってひらひらと手を振り、出水は踵を返す。

 

 そして、そんな出水と入れ替わりに、太刀川が七海の前に出た。

 

「七海。楽しみにしてるぞ」

「はい」

「お前の戦い、存分に見せてくれよな」

「勿論です。太刀川さん(ししょう)

 

 七海の返答を聞き、太刀川はニヤリと笑うと出水と同じように踵を返す。

 

 そして、ぎゃあぎゃあと喚く唯我を引きずりながら、出水共々廊下の奥へと消えていった。

 

 その後姿を見据え、七海はぐっと拳を握り締める。

 

 遂に、太刀川隊と、師匠達と正面から戦う時が来た。

 

 その事実に、七海の身体は震えていた。

 

 恐いから、ではない。

 

 ()()()()()()、である。

 

 太刀川達と同じだ。

 

 自分の力を、試してみたい。

 

 斬られ、撃たれ続けて鍛え抜いたあの日々。

 

 自分が此処まで強くなれたのは、あの二人の力添えあってこそである。

 

 影浦や荒船と同じように、自分の成長になくてはならなかった人々。

 

 それが、太刀川と出水である。

 

 彼等なくして、今の七海はいない。

 

 だからこそ、全力で立ち向かう。

 

 それが、何よりの恩返しだと信じて。

 

 

 

 

「あれで良かったんですか? 出水先輩」

「あん?」

 

 七海達と別れた後、ようやく拘束から解放された唯我の言葉を聞き、出水は怪訝な表情を浮かべる。

 

 そんな出水に、唯我は更に言葉を重ねた。

 

「だって、前から言ってたじゃないですか。七海くんには、自分達の所まで来て欲しい、って。あれって、七海くんにA級になって欲しいって意味じゃなかったんですか?」

「全然違うぞ」

「うぇ?」

 

 ポカンとする唯我に、出水は溜め息を吐いた。

 

「あのなあ。確かに七海がA級になれればめでたいけどよ、あいつのそもそもの目的はなんだった?」

「えっと、強くなる事、でしたか……?」

 

 そうだ、と出水は頷く。

 

「あいつが強さを求めるのは、一種の代替行為ってか、強迫観念に近いんだよ。あいつは今でも、四年前に自分の姉を死なせちまった事を悔やんでっからなー。大方、()()()()()()()()()()()()()()とでも思ってるんだろーぜ」

「でも、それは……」

「ああ、あいつの思い込みだ。大体、少し強くなった程度で子供に何が出来るってんだよ」

 

 あの時はトリガーもなかったんだし、と出水はぼやく。

 

 出水は七海から大体の事情を聴き、彼が一種の生還罪悪症(サバイバーズギルト)に陥っていると推測している。

 

 サバイバーズギルトとは、何らかの事故や事件から生還した人間が、「自分だけ生き残ってしまって申し訳ない」という強迫観念を抱く症状の事だ。

 

 この病を抱える者は極度に自罰的になり、生きている事それ自体を苦痛に思うようになる。

 

 無気力になるか自己犠牲に走るかは個々人で差があるが、七海の場合は後者にあたる。

 

 彼がひたすらに己を鍛え上げようとしたのは、生き残った自分にはあの悲劇を繰り返さないよう強くなる()()があるという、強迫観念の類が根底にあるのだろう。

 

 こればかりは、他人がどうこう言ってなんとかなるものではない。

 

 極論七海の意識の問題であり、彼自身が自分を許せない限り、この症状は続く。

 

 なまじ責任感が強い性格なだけに、愚直に前に進む以外に自分を納得させる事が出来ないのだろう。

 

 あのラウンド3で全ての膿が白日の下に曝け出されるまで那須との関係が捻じれていたのも、無理からぬ事と言える。

 

 だからこそ、出水は手加減抜きで七海を鍛え上げた。

 

 そうしなければ、きっと七海は折れてしまっていただろうから。

 

 鍛錬という代替行為で自罰的感情を一時的にでも誤魔化していたからこそ、七海は此処まで歩んで来れた。

 

 本音を言えば出水自身がなんとかしてやりたかったが、それは自分の役目ではないと割り切った。

 

 デリケートな問題だけに、自分が下手に踏み込んでは悪化させる可能性があったからだ。

 

 結果として、その選択は正しかったと言える。

 

 七海と那須の関係はまともなものになり、七海のサバイバーズギルトの症状も緩和された。

 

 その事については、思うところはあるが割り切っている。

 

 自分が解決したかったというのはあくまで出水の願望であり、結果的になんとかなったのだから良いじゃないか、と強引に自分を納得させたのだ。

 

 適材適所。

 

 あの時はただ、自分が適任ではなかった。

 

 ただ、それだけなのだからと。

 

「だから、俺が出来る事はあいつに自信を付けさせてやる事だけだ。それにゃあ、本気でぶつからなきゃ意味がねぇ。手加減されて俺に勝っても、あいつは納得しねぇだろうからな」

 

 故に、今の出水が出来る事があるとすれば、公正に七海と戦う事だけだ。

 

 今までの鍛錬、その集大成として。

 

 出水と太刀川(じぶんたち)に、何処まで肉薄出来るか。

 

 彼の壁となる事こそが、今の自分の役割なのだと。

 

 そう、信じて。

 

「ま、その為に唯我(おまえ)は外したんだけどなー。ボーナスポイントが、試験にあっちゃ駄目っしょ」

「そんなヒドイ……ッ! 良い話だと思ったのにぃ~~!!」

 

 はっはっは、と出水は笑い、唯我は涙目になってそんな彼に縋りつく。

 

 涙と鼻水で酷い顔をしている唯我を引き剥がしながら、出水はニィ、と笑みを浮かべた。

 

「楽しみっすね。太刀川さん」

「ああ、そうだな」

 

 そして太刀川はその瞳に戦意を滾らせ、腰の弧月の鯉口を鳴らした。

 

「────────本当に、楽しみだ」

 

 頂点の剣士は、笑う。

 

 普段の冴えない風貌は鳴りを潜め、纏う空気が軋みを上げる。

 

 そこにいるのはただ、剣に全てを捧げた一人の剣士。

 

 まごう事なき、剣鬼の貌であった。

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