「おっとぉ、王子の襲撃から撤退した熊谷と、太刀川さんがエンカウント……ッ! 泣きっ面に蜂、いや髭かぁ……っ!」
「髭って…………いやまあ、太刀川さんだからいいか」
ハッキリ言って、この状況は熊谷にとって最悪に近い。
何故なら────────。
「不味いっすね。あそこ、ギリで出水先輩の射程範囲内です」
「そうだな。しかも王子もそう遠くないうちに追いつく。その必要があればだが」
そう、熊谷のいる場所は、出水の射程の内側。
つまり、今の彼女の状況は出水の援護を受けた太刀川という事実上の太刀川隊の最大戦力を相手にしている事を意味している。
ただでさえ、太刀川はタイマンでは最強クラスなのだ。
それに出水の射撃援護が加わったとなれば、熊谷の勝率は0に近いどころか時間稼ぎが出来れば良いところだ。
しかも、時間を稼いだところで王子の追撃が来るというおまけ付きである。
正直に言って、太刀川と遭遇した瞬間に熊谷の命運は尽きたと言って良いレベルだろう。
故に、この場で考えるべきは熊谷の生存の有無ではない。
どれだけ、彼女の犠牲を意味あるものに出来るか。
これに尽きる。
(正直、熊谷さんを落とすだけなら出水先輩の援護を受けた太刀川さんで事足りる。そうなると今後の分かれ目になるのは、王子先輩の動きだ)
烏丸はちらりと、別の画面に映る王子の姿を見据える。
(落とすだけなら、太刀川さんだけで良い。問題は、その落とす時間を短縮する為に王子先輩を動かすか、それとも王子先輩を
そう、熊谷を落とすだけであれば、出水の支援を受けた太刀川だけで事足りる。
そこに王子を加える意味があるとすれば、逃げ場を塞ぐ事での熊谷撃破の時間短縮。
熊谷を追い詰める事での、捨て身強要による自爆狙いだ。
今の那須隊は、捨て身の戦法を躊躇わない。
現に熊谷は、これまでに幾度も捨て身戦法で戦果をもぎ取っている。
無論それだけが彼女の持ち味ではないが、
故に、逃げ場のない追い詰め方をすれば、捨て身になって強引に戦果を得ようとする可能性は低くない。
そして、そうと分かっていれば太刀川クラスの実力者ならばその捨て身を空かして落とす事も可能だ。
捨て身戦法は、
来ると分かっている捨て身は、ただの無謀な突撃でしかない。
捨て身になるという事は、防御を捨てるという事。
ならば、その攻撃に合わせて防御を全開にし、二の手で仕留めればあっさり落ちる。
太刀川ならばその程度、鼻歌交じりにやってのけるだろう。
(けど、最終ラウンドで犬飼先輩はそれを狙って負けた。つまり、考えなしの捨て身をやるほど熊谷さんは短慮じゃない)
だが、それを狙った事を逆手に取られて落とされたのが最終ラウンドの犬飼だ。
それまでに捨て身戦法を散々印象付けた上での、相手の性格の悪さを信頼した戦術。
あの戦上手の犬飼の、読みの深さを利用して得た勝利と言える。
(王子先輩はあの試合を、解説者として見ていた。当然あのシーンは印象付けられただろうし、考えに入れている筈だ)
つまり、と烏丸は王子の姿を再び見据えた。
(詰めに行って、逆に王子先輩が仕留められる展開。その程度は、警戒しているだろう。けど────────)
「今、僕を仕留めるワケにはいかない。だから、遠慮なくベアトリスを追い詰めていこうじゃないか」
王子は変わらぬ笑みで、そう断言する。
バッグワームを纏った王子は、市街地を足早に駆けていた。
『だが、太刀川さんを相手にして余裕がない中でお前が行けば、流れ弾でお前が落ちる可能性もあるんじゃないか? 確かに那須隊にとって3点だけ取って終わるのは避けたい展開の筈だが、それで終わればマズイのは俺達も同じだぞ』
蔵内の言う通り、確かにこの序盤で王子を落として試合を終わらせる事は那須隊にとってなるべく避けたい展開だろう。
だがそれは、王子隊にとって良い展開かと言われればそうではない。
点が欲しいのは、王子隊も同じなのだ。
仮に誰も落とせないまま王子が落とされて試合が終われば、王子隊としては大損も良いところだ。
先程王子が自分を人質にする形で熊谷を追い詰める事が出来たのは、半ば以上ハッタリが効いていた以上に、あの場で必要以上に熊谷を追い詰め過ぎなかったからに過ぎない。
王子は熊谷に敢えて逃げる余地を残した上で、捨て身に見えてその実余裕のある攻撃しか行っていない。
防御を捨てて攻撃を仕掛けたように見えたのも、熊谷が充分その事に気付ける距離でやっていた時点で、捨て身攻撃の利点である一瞬の隙を突く理念からは程遠い。
捨て身は、相手の意表を突くからこそ意味がある。
あのような
あの場での王子の目的は、熊谷を敢えて逃がし太刀川の下へ誘導する事。
つまり、あの場の王子の行動は全てが
もしも熊谷が構わず攻撃して来るようであれば、すぐさまシールドを張る用意はしていたのだ。
結果として熊谷が慎重だったお陰でそのブラフは露見せずに済んだが、綱渡りの戦法だった事は否めない。
「勿論、その可能性はあるだろう。けれど、リスクを恐れていては何も出来ない事を、僕達は二回の敗戦で学んだんだ。今更、二の足を踏むワケにはいかないよ」
それに、と王子は続けた。
「彼女達には、僕がリスクを恐れない奇策好きの策士だと
王子はそう言って、不敵な笑みを浮かべる。
「万が一にも、ベアトリスに生き残らせるワケにはいかない。その為に、太刀川さんとイズイズっていう最大戦力を序盤に投入したんだからね」
だから、と王子は告げる。
「何がなんでも、君には此処で落ちて貰う。覚悟して貰うよ、ベアトリス」
「────────旋空弧月」
挨拶代わりの、上段からの旋空弧月。
太刀川はそれを躊躇なく放ち、熊谷はそれをサイドステップで回避する。
そして、旋空の斬撃が地面に斬撃痕を残し、後ろの家屋を両断する。
旋空弧月は、防御不能の拡張斬撃。
先端に行けば行くほど切れ味の増すその斬撃は、シールドだろうがエスクードだろうが容易く両断する。
故に、旋空相手に許されるのは回避一択。
熊谷は大袈裟に思えるほどの挙動で、その斬撃を回避した。
「く……っ!」
その回避挙動には、当然理由がある。
太刀川の斬撃の一瞬後、熊谷が回避を終えたタイミングで。
上空から、無数の光弾が飛来した。
その発射地点にいるのは、出水公平。
一切の油断なく戦場を俯瞰する、太刀川隊の射手である。
この場で熊谷を狙うのは、目の前の太刀川だけではない。
出水もまた、優位な位置を確保した上でこちらに狙いを定めている。
だからこそ、大振りな回避が必須であった。
紙一重程度の回避では、弾幕で固められて逃げ場を失う可能性があったからだ。
その程度は出水は────────太刀川隊は、やってのける。
故に、行動に迷いはなかった。
熊谷は迫る光弾────────
自身は素早く駆け出し、太刀川の側面に回り込む。
「おっと」
それを見咎めた太刀川が、無造作に旋空を放つ。
今度は上段からの振り下ろしではなく、横薙ぎ。
しかもかなり低い位置を狙っている為、回避するにはジャンプする他ない。
(けど、それをしたらきっと
だが、上空では文字通り逃げ場がない。
合成弾の開発者にして名手である出水であれば、即座に合成弾を用いて狙い撃ちするくらいの事はやって来る。
そうなれば、その時点で詰みだ。
合成弾、コブラは那須の持つ手札の中でも最高クラスの
回避すれば意味がないという
意表を突く事が出来れば、一発で即死。
たとえ防御に成功しても、一度固めてしまえば後は逃げ場を奪って封殺するのみ。
撃てば勝てるとまでは言わないが、圧倒的な優位を確立出来るであろう事は確かである。
今までは味方の決め技として頼って来たそれが、今度は敵に回っている。
正直に言って、悪夢以外の何物でもない。
故に。
(此処で取るべき道は、一つ……っ!)
熊谷が選んだのは、跳躍。
それも、ただ跳ぶのではない。
太刀川に向かって、旋空の薙ぎ払い範囲ギリギリを低空で跳躍したのだ。
結果、熊谷は太刀川に肉薄。
旋空を振るう太刀川に対し、斬撃を放つ。
「へえ」
だが、太刀川は左の太刀を抜きその斬撃を防御。
二振り目の弧月で、熊谷の刃を受け止めた。
「距離を詰めたか」
「それしかないからね」
熊谷は冷や汗を浮かべながら、精一杯の不敵な笑みでそう告げる。
旋空が最も威力を発揮するのは、中距離での薙ぎ払い。
近距離、それも鍔迫り合うような密着状態では、旋空の強みを活かし切れない。
旋空は、先端に近ければ近いほど威力が上がる。
となれば、逆に先端から遠ざかれば遠ざかるほど、威力が下がる。
先端はあらゆる防御を切断するほどの威力を持つ旋空でも、
そして、中距離での旋空の撃ち合いでは、
故に、少しでも勝機があるとすれば接近戦。
それも射撃トリガーを撃てばお互いを巻き込むほどの密着距離であるならば、出水の妨害も抑制出来る。
今の熊谷に残された、唯一の勝ち筋。
それが、この鍔迫り合いの近接距離である。
「
「いいえ、生憎そこまで驕っちゃいないわ。これでようやく、時間を稼げる程度でしょうね」
けど、と熊谷は不敵な笑みを浮かべる。
「こうなったら、徹底的によ。思いつく限りの全力で、食い下がってあげるわ。
だから、と熊谷は告げる。
「その評価に報いれるよう、精一杯抗戦するわ。アンタの評価は正しかったって、改めて見せつけてやろうじゃないの」
「おう、望むところだ。そういうの、俺は大好きだぜ」
太刀川は熊谷の宣戦布告を受け、笑みを浮かべて斬撃を放つ。
NO1攻撃手と女剣士の鍔迫り合いが、始まった。
「うわ凄い。太刀川くんとやり合えてるや」
観戦席で、その戦いを見ていた来間は目を見開いた。
画面の中では、密着するような距離で太刀川と熊谷が斬り合っている。
銃手というポジション上、熊谷の斬り合いを間近で見た事のなかった来間であるが、彼女が防御が巧いという話は聞いていた。
だがそれも、太刀川と斬り合えるレベルだったとは、流石に予想していなかったのだが。
「熊谷さんの受け太刀は、かなり巧いですよ。元々、那須隊の防御は彼女一人で成り立っていたんですし」
「そういえばそうだったね。七海くんが入る前は、前衛は彼女だけだったし」
そう、前シーズンまでは七海がいなかった為、那須隊の前衛────────即ち防御役は、熊谷一人で受け持っていた。
故に、彼女が崩れた途端戦線が崩壊するという致命的な弱点を背負っていたのだが────────逆に言えば、それだけの防御技術を彼女が修めていたという事でもある。
「それに、俺が知る防御技術を幾つか仕込みましたし、前よりも防御技術は上がっている筈です」
「鋼の技術を取り入れたなら、強くなるのも頷けるね。彼女は勤勉だし」
そうですね、と肯定する村上に対し、横で聞いていた太一がひょこりと顔を上げた。
「じゃあじゃあ、もしかして熊谷さんが太刀川さんを倒しちゃったり?」
「いえ、残念ながらそれはないでしょうね」
「ありゃ?」
出鼻を挫かれた太一を見て苦笑しながら、村上は説明する。
「確かに防御技術は上がりましたが、それだけで倒せるほど太刀川さんは甘くありません。現に、俺も太刀川さんには負け越してますしね」
「あー、鋼さんが駄目ならそうだよなあ」
そうだな、と村上は苦笑する。
「己惚れるつもりはありませんが、俺の持つ技術を総動員しても太刀川さんを確実に倒せる自信はありません。それに、今は隙を見せれば出水さんが撃って来るでしょうから1対1に集中し切れるワケでもないですしね」
村上の言う通り、これは個人戦ではなく集団戦。
現在は疑似的な1対1に持ち込む事に成功しているが、出水が油断なく弾を撃ち込む隙を狙っている上、時間をかければ王子も追撃して来る可能性がある。
個人の技量そのものの差もあるが、死地を脱する事が出来たワケではないのだ。
「ですから、他の隊員の動きが鍵になるでしょうね。熊谷さんを囮にするか助けに来るかは分かりませんが、その為の時間くらいは稼ぐでしょう」
なにせ、と村上は告げる。
「彼女は、那須隊を支える優秀な攻撃手ですから」
そう言って、村上は笑みを浮かべて見せた。
画面の中で戦う、熊谷を見据えながら。