「ハァ……ッ!」
熊谷は腰を入れ、力を込めて上段から弧月を振り下ろす。
下段からの突き上げではなく、上段からの振り下ろしを選んだのは少しでも相手に圧力をかける為。
女性にしては長身の熊谷ではあるが、太刀川の上背は彼女のそれを軽く上回る。
熊谷の身長171㎝に対し、太刀川は180㎝。
それだけの差が、二人にはある。
トリオン体となって膂力が増しているとはいえ、斬撃の
下から突き上げるよりも、上から体重をかけて振り下ろした方が力が込め易いのは当然といえば当然である。
故に、熊谷は少しでも拮抗出来るよう振り下ろしを選択した。
「ふん」
無論、その程度で押し勝てるほど、太刀川は甘くはない。
太刀川は二振りの弧月をクロスさせ、熊谷の斬撃を防御。
そのまま、腕を広げるようにして熊谷を弾き飛ばした。
「く……っ!」
熊谷はそのまま弾き飛ばされ────────は、しない。
即座に弧月を地面に突き立て、その場に留まった。
理由は単純。
距離を離せば、即座に出水の追撃がやって来るからだ。
この場は、出水の射程圏内。
太刀川を巻き込まない位置に追いやられてしまえば、すぐにでも出水の弾幕が降り注ぐ。
この場で太刀川と疑似的な1対1を演じる為には、至近距離での戦闘を継続する事が不可欠。
「……っ!」
だが、それは言うは易し行うは難し。
太刀川は、A級一位は、甘くはない。
その場に踏み留まった熊谷に対し、太刀川は即座に追撃。
右腕の弧月を、意趣返しのように上段から振り下ろす。
熊谷はそれを、自らの弧月で受ける。
ガキン、と鈍い金属音が鳴り響く。
旋空を発動していない以上、弧月同士の耐久力に差はない。
スコーピオンと違い、斬り合っても早々に刃が欠ける事は有り得ない。
故に、シールドでは防げない弧月の斬撃も、同じ弧月を用いれば防ぐ事は出来る。
「────」
されど、太刀川は
一本を防いでも、もう一本が残っている。
太刀川は熊谷に斬撃が防がれたと同時に、左腕の弧月を振るう。
一撃目とは逆の、下段からの突き上げ。
上段からの斬撃を弧月を用いて防いでいる熊谷に、それを防御する手段はない。
「……!」
彼女が、受け太刀の名手でなければ。
熊谷は太刀川の弧月を受け止めていた腕から、僅かに力を抜く。
それも、ただ脱力したのではない。
角度を付けて、太刀川の刃を引き込むように刃を下げた。
「ほう……!」
結果、太刀川の右腕の弧月は熊谷の刃から滑車のように滑り落ちる。
そこを逃さず、熊谷は自らの弧月を太刀川の弧月二本に纏めて叩き付けた。
「……っ!」
別々の軌道を描いていた二振りの刃が、熊谷の技巧によって一纏めにされ地面へと縫い付けられる。
これが、彼女の持つ受け太刀の技術。
剛剣ではなく、柔剣。
しなやかな太刀筋で相手の力をいなす、柔の剣。
鍔迫り合いでのみその真価を発揮する、彼女の得意技である。
これは那須隊の力となる為、ひたすらに修練を重ねて磨いた彼女の努力の結晶。
守りの専門家たる村上に教えを請い、その技術さえ取り入れた紛れもない彼女の武器。
その真価を発揮するのは、同じ弧月使いとの鍔迫り合い。
射撃や狙撃相手には言うに及ばず、スコーピオン相手では基本的にヒット&アウェイの戦い方をして来る為、有効に使える事は早々にない。
そもそも、スコーピオンの使い手相手に距離を詰める事そのものが下策だ。
スコーピオンは、身体の何処からでも刃を出す事が出来る。
下手に鍔迫り合うような至近距離で斬り合えば、不意打ちでブレードを展開して来るのが目に見えている。
至近距離ではなく近距離で戦うのが、スコーピオンの使い手に対する正しい対処法だ。
故に、この受け太刀の技術の使いどころは実際のところかなり少ない。
同じ弧月使い、しかも至近距離での戦闘に持ち込まなければまず使い道がないのだ。
だからこそ、熊谷のこの技巧はボーダー内でも限られた層にしか知られていない。
射手や銃手はそもそも弧月の届かない位置から撃てばいいし、スコーピオン使いはそもそも鍔迫り合いになど付き合わない。
彼女のこの技術の高さを実感するのは、同じ弧月使いのみ。
それも、村上や太刀川のような、正面から斬り合うタイプに限られる。
他の面々は、精々知識として熊谷は受け太刀が得意
自分で実感していない以上、その評価はあくまで
その為、彼女の稀有な防御技術を正しく評価する者はそう多くはない。
「やるな」
無論、
太刀川は即座に左腕の弧月を放棄し、両腕で右の弧月を掴む。
そして、両手持ちの弧月を以て熊谷の剣を押し返した。
「く……っ!」
弾かれ、たたらを踏む熊谷。
そこに容赦なく、遠方から出水の光弾が突き刺さる。
「……っ!」
咄嗟に身体を捻り射撃を回避する熊谷だが、躱し損ねた光弾が脇腹を抉る。
少なくないトリオンを傷口から漏出させながら、熊谷は即断で太刀川に斬りかかった。
このまま此処にいては、出水によって蜂の巣にされる。
こなすべき仕事も果たせずに退場する事だけは、あってはならない。
故に、熊谷は敢えて死地へと踏み込んだ。
彼女の受け太刀の技術は、以前よりも向上している。
ほぼ独学だったその技術を村上の指導によって矯正し、より精度の高い防御技術を獲得した。
だが、その程度で覆せるほど、NO1攻撃手の格は低くはない。
全てのリソースを戦闘にのみ注ぎ込んだ太刀川の脅威は、言葉だけでは語り切れない。
太刀川自身は、特別な力など何もない。
生駒のように居合いの技術を収めているワケでも、七海のように戦闘に有利なサイドエフェクトを持っているワケでもない。
単純に、適性があった。
単純な能力の高さや、副次的な第六感ではない。
ただ、戦闘が
それだけなのである。
太刀川の性根は、根っからの戦闘者だ。
平和な時代では爪弾きにされ、忌み嫌われる戦狂い。
常の人間が持つ戦闘への忌避感を持たず、純粋に命のやり取りを楽しめる外れた感性。
別に彼は、殺しがしたいワケでも、サイコパスというワケでもない。
ただ、戦いを日常の
それが、太刀川慶。
戦闘にこそ重きを置き、それ以外に興味を持てない逸脱者。
本来であればただの社会不適合者として終わる筈だった、生まれる時代を間違えていた男の本性である。
「おう、来い。もっと楽しもうぜ、くま」
「その余裕、絶対かき消してやる……っ!」
斬りかかる熊谷を、太刀川は笑みを以て迎撃する。
剣戟の音が響き渡り、二人の剣士の影が交錯した。
「おーおー、楽しそうだなあ。熊谷さん相手に、笑いながら斬りかかってるや」
出水は家屋の上に陣取り、油断なく戦場を俯瞰しながら笑みを浮かべる。
彼は初期転送位置から動かず、またバッグワームも纏わずにその場に佇んでいた。
無論、眼下で起きる戦闘に逐次介入する為に。
この市街地CというMAPにおいて、最も厄介な場所にあろう事か一番高所を取られてはならない人物が転送されてしまった。
こればかりは、転送運の妙と言うべきか。
出水は自身の位置を確認した時「ラッキー」と呟きつつ、その優位をどう活かすかを考え────────即座に、決断を下した。
即ち、身を隠さず大々的に支援を行う囮兼支援砲台になる事を。
このMAPは高低差のあるMAPであり、高所に陣取れば当然目立つ。
建物が邪魔になって上の方は見え難いが、逆に言えば家屋の上などに立てば当然視認される。
それをせずに下方から見え難い場所に陣取る事も考えられたが、それでは高所の有利を活かし切れない。
出水の場合、那須と同じく
那須の場合はその並外れた機動力があるからこそ
それに、隠れていては、
出水がこのような目立つ立ち回りをしているのは、自身を狙う相手を誘い出す為。
その為に、こうして移動もせず高所に陣取り続けているのだ。
当然ながら、彼がこの場所にいる限り、相手チームの動きは著しく制限される。
狙撃手と違い、射手である出水の弾丸はただシールドを張れば防げる類のものではない。
バイパーを駆使して死角から撃って来る事もあれば、合成弾を用いて強引に突破して来る可能性も、メテオラで爆撃を仕掛けて来る可能性もある。
そして、狙撃手とは異なり、近付かれたとしても弾幕を張って迎撃する事が出来る。
接近を許せば
無論、実力の高い攻撃手に接近を許せば、押し込まれて負ける可能性はある。
旋空ならば、シールドも容易く両断出来る。
攻撃手、とりわけ弧月使いの接近は、出水にとって防がなければならない警戒事項だ。
(けど、唯一の弧月使いの熊谷さんは太刀川さんが抑えてる。少なくとも、防御無視攻撃でやられる事はなくなった)
だが、那須隊側唯一の弧月使いである熊谷は、現在太刀川と戦闘中。
更に、熊谷の位置からでは旋空は出水まで届かない。
旋空の射程は、おおよそ20メートル。
そして、現在熊谷の位置と出水の位置は30メートル以上離れている。
たとえ捨て身になろうが、旋空で出水を落とす事は不可能。
唯一の懸念事項は、これでなくなった。
「さて、そろそろ頃合いかな」
出水は戦況を見据えながら、ニヤリと笑みを浮かべる。
そして、彼の両脇に二つのトリオンキューブが生成される。
まごう事なき、
依然、太刀川と熊谷の戦闘は続いている。
二人が至近距離で斬り合っている今撃てば、太刀川を巻き込む事になるだろう。
だが、太刀川ならば出水の射撃に応じて熊谷を突き飛ばすなり、自分だけ避けるなりは可能だろう。
そういう信頼が、二人の間にはある。
故に、出水はトリオンキューブを分割────────。
「おっと」
────────せず、キューブを破棄し、
両攻撃に見せかけての、両防御。
それは、出水が用いた
自分を狙う相手を誘き出す、故意に作り出した隙であった。
『弾道計測完了~。今撃った子は此処にいるよ~』
「どうもっす。割と近くにいたんすね、日浦さん」
国近から相手の位置予測を受け取り、その場所を見て出水はふむ、と頷く。
今出水に向けて撃たれた弾丸の発射地点は、彼のいる場所からそう離れてはいない。
先程熊谷のいた場所から、一段下の場所にある家屋。
その、内部である。
恐らく、窓を突き破る形で弾丸を撃ち放ったのだろう。
遠くに見えるその家屋の窓には、その際に空けられたと思われる穴がある。
窓の近辺に人影は見えないが、撃ったのが茜だとすればテレポーターで転移した可能性がある。
居場所が割れて、慌てて退避した可能性は高い。
「なら、炙り出すだけだな」
出水は右手側に、トリオンキューブを生成。
それを二つに分割し、狙いを定めて撃ち放った。
「────メテオラ」
発射したのは、
着弾地点を薙ぎ払う、爆撃用の射撃トリガー。
それが、眼下に向けて放たれた。
出水のトリオンは、二宮ほどではないがかなり高い。
当然、メテオラの威力はそれに準じたものとなる。
テレポーターの射程は、視界の先数十メートル。
そして家屋の中から転移したのであれば、そう遠くへは行っていない。
この爆撃で炙り出されればそれで良し。
爆撃した周辺にいなければ、それは逆に出水の近辺へ向かって転移したという証明になる。
窓越しに狙撃したのであれば、転移先は家屋の中か視線の先────────即ち、出水のいる方角となる。
中距離に自らやって来たのであれば、良いカモだ。
テレポーターは、連続使用は出来ない。
位置が割れ、射手の射程内に収まった狙撃手など、恐るるに足りない。
そう考えて、出水は爆撃を敢行した。
「────────かかったわね」
家屋の中で、少女は笑う。
弾丸の主は、家屋から出てはいなかった。
単に、発射後瞬時に駆け出し、別の部屋に入っただけだ。
そして彼女は、その手に
「これを、待っていたわ」
そして少女は、トリオンキューブを展開。
窓越しに、迫り来る弾丸に向かって射撃を敢行した。
「な……っ!?」
爆音。
それは、メテオラの着弾音────────ではない。
メテオラが、空中で
発射予測地点であった家屋から放たれた、二発の曲射弾丸。
それが二分割されたメテオラに着弾し、弾丸のカバーを破壊して起爆させたのだ。
「……っ!」
その時点で自分の相手が
爆発を隠れ蓑に、四方八方から襲い掛かる無数の弾幕────────『鳥籠』を、二重の防御で防ぎ切った。
「流石に、これでやられてはくれないわよね」
声が、聞こえる。
同時に、眼下の屋根に降り立つ靴音が鳴った。
爆煙が晴れ、その射撃手の姿が露わになる。
細身の身体に、端正な顔。
浮世離れしている、と呼ぶに相応しい美貌を持つ射手の少女が、那須玲が、屋根の上に佇んでいた。
「那須さんか……」
出水は少女の
二人の天才、魔弾の射手の双翼は、戦場にて邂逅を果たした。
ワートリ最新話、中々の情報が詰め込まれてましたね。
今後も楽しみ。