「今回の試合、きくっちーの排除を最優先目標にしよう。彼に残られると、とても厄介な事になるからね」
それは試合開始前、王子隊の隊室でのミーティング。
王子は集まった面々に対して、開口一番そう口にした。
無論、真っ先に反応したのは勉強熱心な樫尾である。
「はいっ、それは何故でしょうかっ!? 矢張り、彼のサイドエフェクトに理由がっ!?」
「正解だよ、樫尾。きくっちーのサイドエフェクトは、この試合に置いて最大の脅威と言っても差し支えない。彼がいる限り勝てない、と言い切ってもいいくらいさ」
王子はそう告げると、後ろで成り行きを見守っていた出水に視線を向けた。
「イズイズ、確認するけれど、きくっちーのサイドエフェクトは相手の位置情報や動向等を正確に判別出来る、って事でいいんだよね?」
「ああ、そーだぜ。菊地原の強化聴覚は、
だからA級ランク戦では真っ先に落としにかかるのがフツーだぜ、と出水は告げる。
菊地原のサイドエフェクト、強化聴覚は地味に思えるが戦闘ではかなり有用な能力である。
戦闘中、物音を立てずに移動する事は基本的に不可能だ。
暗殺の訓練を受けたプロフェッショナルでもあるまいし、現代日本の学生にそのようなスキルなど備わっている筈がない。
限りなく足音を抑える事は出来るだろうが、決して0にはならない。
更に言えば、菊地原は相手の心音で位置を確認する事も出来る。
故にたとえ足音を完全に消せたとしても、彼相手に位置を隠し通す事は不可能である。
「ありがとう。矢張り、僕の見立ては正しかったようだね」
王子は実際に菊地原とランク戦で相対した事のある出水の話を聞き、己の考えが間違っていなかった事を確信し笑みを浮かべる。
確かに、これでは菊地原がいる限りこちらの動向が筒抜けになるも同然だ。
彼の聴覚の正確なカバー範囲までは分からないが、彼の近辺では隠密は不可能と考えて良いだろう。
ただ身を潜めるだけの奇襲は、通用しない。
菊地原を倒すには、正面から圧倒する以外の道はないのだ。
「悪いけれど、きくっちーを落とす為に手段を選ぶつもりはない。何を犠牲にしてでも、彼には必ず落ちて貰う」
だから、と王子は樫尾を見据え、告げる。
「君には、爆弾になって貰うよ、カシオ。その為に、今回はハウンドではなく────────メテオラを、セットしてくれるかい?」
「く……っ!」
間一髪、爆発からの退避が間に合った那須は爆破のあった箇所を見据える。
爆煙に包まれた箇所から、光の柱が立ち上る。
捨て身でメテオラの起爆を実行した、樫尾の
シールドすら張らずに至近距離でメテオラの爆発に飲まれた彼は、当然の如く消し飛ばされた。
そして、爆発に巻き込まれた菊地原は────────。
「ったく、やってくれたね……っ!」
────────右腕と右足を失い、満身創痍の状態で爆煙の中から現れた。
咄嗟にシールドを張ったのだろう。
なんとか致命傷となる部位だけはガードしたようだが、全てを防御するには爆発の位置が近過ぎた。
即死こそ免れたものの、トリオン漏出で緊急脱出するのも時間の問題だろう。
咄嗟の防御が間に合ったあたり流石A級と言うべきだが、この有り様では菊地原はもう
樫尾は、己の役割を充分果たしたと言える。
「……!」
だが、死んでいない以上、此処で追撃の手を緩める事は有り得ない。
出水のいる方角から、夥しい数の光弾が、菊地原目掛けて迫って来た。
最早隠す事もないと開帳した蔵内と、出水の二人による一斉掃射。
まともに受ければ、菊地原と那須は纏めて吹き飛ぶ。
そういう類の、力押しの弾幕である。
確かに、一度は那須の弾幕で迎撃出来るだろう。
されど、那須と出水の間にはトリオン量の差という明確な優劣がある。
那須のトリオン評価値は7、対する出水は12。
およそ、倍近くの差があるのだ。
那須のトリオン量は決して低くはないが、出水は二宮にこそ及ばないがボーダー内でも上位のトリオン量を誇る。
故に、弾幕勝負を続ければスタミナの差で出水が勝つ。
こればかりは、努力や工夫でもどうにもならない。
純然たる、持って生まれた
故に、那須の取り得る手段は二つ。
菊地原を庇うか、見捨てるか。
どちらもメリットがあり、双方共にリスクがある。
まず、菊地原を庇った場合。
言うまでもなく、菊地原のサイドエフェクトは有用だ。
彼の
菊地原が生存するだけで、得られるリターンは計り知れない。
だが、問題はある。
菊地原は即死こそ免れたものの大量のトリオンを失っており、遠くないうちに確実にトリオン漏出で
此処で菊地原を守っても、リターンを得られる
その少ない時間を得る為に、那須自身を犠牲にしかねない行動を取るか否か。
那須は、選択の岐路に立たされていた。
助けるか、見捨てるか。
どちらを取るかの、
時間は無い。
弾幕は、すぐにでも着弾する。
即断しなければ、最悪の結果に繋がり得る。
故に。
「菊地原さん、
「いいよ、了解」
那須は、
菊地原は反論する事なくその指示を受け入れ、固定シールドを展開。
降り注ぐ、弾丸の雨。
那須はその光の雨の中、キューブサークルを従え駆け出した。
その直後、弾幕の雨が菊地原に着弾。
固定シールドを破らんと、無数の弾丸が続け様に降り注ぐ。
バイパーとハウンドの、複合弾幕。
一発一発の威力は低くとも、二人分の
遠からずシールドは破られ、菊地原を貫くだろう。
「────」
那須はそれを承知で、出水に向かって駆けていく。
確かに、菊地原を生存させる事によって得られるメリットは大きい。
されど、その為に那須を使い潰すのは、リスクが大き過ぎる。
故に、彼女は決断した。
菊地原を捨て石とし、出水に肉薄する事を。
那須が出水に対し優位な点は、その機動力だ。
ボーダーでもトップクラスの機動力を持つ彼女は、常に発射位置を変えながら弾幕を放つ事が出来る。
シールドを張らずに攻撃を仕掛け続ける事が出来るというメリットは、決して小さくはない。
出水も蔵内も、機動力は那須程ではない。
蔵内は比較的
そして今二人は、菊地原を落とす為にその全力を注いでいる。
即ち、付け入る隙があるという事だ。
死に体の菊地原を捨て石にする価値は、充分にある。
彼を失うのは痛いが、此処で出水を仕留める事が出来さえすれば損失分は補填出来る。
何より、今は相手チームほぼ全員の位置が割れている。
太刀川は熊谷と戦闘中。
出水と蔵内は此処で撃ち合っているし、樫尾は脱落した。
王子の動向だけは気がかりだが、大まかな位置は把握出来ている。
少なくとも、この場に介入する事はない筈だ。
故に、此処は菊地原を使い潰し、出水を落とす。
それが最善。
菊地原という優秀な
逆に言えば、此処で出水を仕留められなければ、こちらの不利になる。
先程の弾幕合戦も、実のところ菊地原のサポートを受けて行っていたのだ。
彼の耳があったからこそ、障害物をすり抜けて飛来する
確かに、那須の空間把握能力は高い。
彼女にかかれば、後ろに目があるかのように360度全方位の情報をカバー出来る。
そういう意味で、那須にほぼ死角というものはない。
だが。
余裕の有無というものは、戦場に置いて非常に重要な
その気になれば、確かに那須は全方位の情報をカバー出来る。
しかし、そこに菊地原の支援が加われば、その分の
他のポジションに比べて処理する情報が膨大な射手にとって、一手分の余裕というものは非常に重要だ。
脳の処理能力を一つでも空ける事が出来れば、その分だけ使える手札が増える。
もしくは、手札の質を洗練する事が出来る。
射手としての一つの
此処で菊地原が落ちてしまえば、勝負の趨勢は出水の側に傾く。
那須としては、なんとしてもその前に、状況を変える必要があるのだ。
だから、菊地原には悪いが、彼には捨て石になって貰う。
落ちるまでの時間を、那須の為に使って貰う。
そう決意し、那須は空中に躍り出ながら従えていた光弾を一斉に射出した。
「……!」
出水はそれを見て、弾丸の軌道を切り替えた。
菊地原を固めるのは後方の蔵内に任せ、出水自身は那須の迎撃に乗り出した。
菊地原は右腕と右足を失い、最早移動もままならない。
遠距離からの射撃で固め続けていれば、いずれトリオン切れで脱落する。
それに、万が一出水の射撃で菊地原に致命傷を与えてしまうのは、王子隊側にとっては好ましくない。
トリオン漏出で緊急脱出した場合、それまでに最も大きなダメージを与えた隊員が撃破した事となる。
この場合は、メテオラを用いた樫尾である。
B級隊員の樫尾が菊地原を仕留めた事になれば、王子隊にはPtが加算される。
だが、出水が致命傷を与えてしまえば、得られるポイントは1Pt。
折角のボーナスポイントを、みすみす手放す事になる。
だからこそ、那須は出水が蔵内に菊地原の相手を任せるだろうと考えていた。
この状況では、それが最善手なのだから。
それを証明するように、中空で出水と那須の弾幕がぶつかり合う。
先程と同じ、弾幕の撃ち落とし合い。
それが、再び始まった。
(おかしい)
状況を聞き、王子は疑念を抱いた。
菊地原を囮に那須が特攻をかけて来る事は、菊地原が即死しなかった時点で予想していた。
あわよくばあの時点で始末しておきたかったのだが、流石はA級と言うべきだろう。
これは樫尾の不手際ではなく、菊地原の機転をこそ褒めるべきだ。
それは良い。
だが、その後の那須の行動は不可解だった。
那須は、菊地原を囮にして出水に突貫した。
此処までは良い。
けれど、そのまま出水と先程と同じ弾幕の撃ち落とし合いを再開した事が解せなかった。
那須がどう判断しているかは知らないが、王子は二人の射手としての技量は互角だと考えている。
無論得意分野に幾らか差異はあるだろうが、那須は十二分に出水に拮抗出来る実力だと認識している。
そう、
つまり、押し負けはしないが、圧倒も出来ない。
このままでは、徒に時間を使うだけ。
菊地原のトリオン漏出による緊急脱出まで時間がないというのに、時間をみすみす浪費するような行動を彼女が取るだろうか?
てっきり王子は、此処で伏せていた七海なり風間なりを差し向けるとばかり考えていたのだが────────。
「……っ! しまった……っ! 那須さんの本当の狙いは……っ!」
『蔵内、逃げろ……っ! 狙いは、君だ……っ!』
「……!」
王子の切羽詰まった声を聴き、蔵内は咄嗟に周囲に目を向けた。
彼がいるのは、住宅街の一角。
出水が陣取る場所からやや後方に位置する、家屋の庭だ。
周囲の家屋によって上でも取られない限り外からは見えないこの場所で、彼は出水からの観測情報を頼りに射撃を行っていた。
(何処から、いや、誰が来る……っ!? カメレオンに警戒しないと……っ!)
王子の警告で真っ先に頭に過ったのは、姿無き暗殺者、風間蒼也。
カメレオンを駆使して敵を仕留める、風間隊の隊長。
彼のカメレオンの切り替えスピードは、尋常なものではない。
それは、散々ログを見て理解している。
故に、蔵内は何処から奇襲が来ても良いように家屋の壁を背に待ち構え────────。
「が……っ!?」
────────地面から伸びた刃によって、その胸を貫かれた。
困惑は、一瞬。
蔵内は即座に自分の失態を悟り、眼を見開く。
「
地面や障害物を通してスコーピオンを生やす技、もぐら爪。
それが、蔵内を貫いた刃の名。
カメレオンを警戒するあまり、上や左右ばかりに目を向けて、
『戦闘体活動限界。
機械音声が、蔵内の敗北を告げる。
蔵内の身体は罅割れ崩壊し、光の柱となって消え失せた。