「おー、蔵内が此処で緊急脱出……っ! 太刀川隊は無傷だが、王子隊はこれで王子だけになったぞ……っ!」
「菊地原に固執し過ぎたな」
会場の盛り上がりを他所に、二宮はあくまで淡々と所感を告げる。
「確かに菊地原は、風間隊の中でも最優先で落とすべき対象ではある。だが、樫尾が致命打を既に与えていたのだから、手勢を割いてまで追撃すべきではなかったな」
「確かにそれも一理ありますが、菊地原が落ちるまでの間に何かをされるのを嫌ったのでは?」
「その結果が蔵内の脱落だろが。死に損ないを追い込む為に自分が死んでいては本末転倒だ」
それに、と二宮は続ける。
「よく太刀川が槍玉にあげる結果論だが、そもそも結果を出せなければ過程に意味はない。頑張ったが出来ませんでした、じゃ意味がないからな」
「そっすね」
烏丸は二宮の理屈を聞き、静かに頷いた。
彼の言う事は極論ではあるが、間違っているワケではない。
戦場では、取り返しのつかない事など幾らでもある。
目標を掲げて頑張る事は大事だが、ある程度の成果がなければ意義はない。
この場合の成果とは、戦闘の結果────────だけではない。
その
勝った経験だろうが負けた経験だろうが、経験は経験だ。
十全な結果を出せた経験は今後のステップアップの礎になるし、結果を出せなかった戦いも改善点を洗い出せば良い教訓になる。
二宮はその事を、充分理解している。
ただ、言葉選びが少々独特なだけだ。
彼にしてみれば、今の辛辣な感想もアドバイスのつもりなのだろう。
様々な意味で、二宮は言葉にオブラートを重ねる事はない。
思った事をそのまま言うとまでは言わないが、相手を気遣って言葉を選ぶような配慮は彼にはない。
いや、彼なりに気遣ってはいるのだが、それを理解される事はまずない。
発言の棘が強過ぎて、言葉の裏を察するにしても彼の持つ
まあ、会話のドッジボールしかしない二宮の自業自得ではあるのだが。
「今ので王子の頭も冷えただろう。此処からは軽挙は控える筈だ」
「そっすね。もう二点取ってますから、王子を落として試合を終わりにするという選択肢も那須隊に出てきましたからね」
此処で王子を落とせば合計三点が加わり、那須隊の各得点は5Pt。
大量点とまではいかないが、最低限のポイントは獲得出来る事になる。
ちなみに、王子を落とせば王子隊は全滅となるが、この場合、
B級部隊が全滅した時点で残るA級部隊は全員が緊急脱出扱いとなるのがA級昇格試験のルールだが、今回は違う。
正確に言えばそのルールは残っているが、旗持ちルールと競合出来ないのだ。
旗持ちはB級部隊から選ぶ以上、A級部隊の緊急脱出条件であるB級部隊の全滅より後に落とされる事はない。
故に、今回生存点を稼ごうとするなら、A級部隊を先に全滅させた上で旗持ちを最後に倒す必要がある。
より多くの点が欲しいのならば、旗持ちには最後まで生きていて貰う他はない。
そういう意味では、王子の今後は那須隊が取りたい点次第とも言える。
より多くの点が欲しいのならばすぐには倒そうとしないであろうし、今のままで充分だと判断されれば速攻で落としにかかられる可能性もある。
それをどう利用するか、全ては王子の機転にかかっている。
この
王子の手腕が、問われる場面である。
「蔵内がいなくなった事で、王子隊側の余裕はなくなった。此処でどう動くかが、今後を左右するだろうな」
『すまん、王子。やられてしまった』
「いや、これは僕のミスだ。まんまと裏をかかれたよ」
王子はやや表情を歪め、そう告げる。
あの場面、王子は自分が初期目的に拘り過ぎていた事を自覚していた。
確かに、菊地原の排除は自分達の勝利する為に必須な事柄である。
だが、わざわざ蔵内を使ってまで追撃する必要はなかった。
既に致命傷は与えていたのだから、後はトリオン漏出による緊急脱出を待てば良かった。
それをしなかったのは、那須隊に
これまで、王子隊は二度那須隊とぶつかっている。
その二戦に置いて、那須隊は与えられた時間を使って試合を優位に進めていた。
故に、王子の頭には常に一つの危惧が付き纏っていた。
即ち、那須隊に時間を与えれば
ある意味において、それは間違っていない。
那須隊は、どちらかというと
準備万端で敵を待ち構え、仕込みをフル活用して葬り去る。
下手に時間を与えれば、碌でもない事になるのは目に見えている。
そう考えて、那須隊に高精度の情報をリアルタイムで提供する菊地原は、一刻も早く排除しなければならない。
王子は、そう
しかし、それこそが罠。
那須隊は、那須は、樫尾が捨て身の自爆という手段を取った事から、この試合における王子隊の菊地原に対する脅威度認識がかなり高い事を理解した。
だからこそ、網を張った。
菊地原を囮にする事で蔵内を雲隠れさせないように誘導し、那須自身は出水へ突貫した。
出水に余計な介入をさせず、彼こそがあの場での狙いであると誤認させる為に。
本当の狙いは、蔵内の撃破。
可能であれば出水を落としたかったのは確かだが、彼はそう簡単に落とせるようなタマではない。
ならば、狙う先は決まっている。
出水と連携して弾幕を振らせて来る、射手の蔵内。
まずは、彼を黙らせる。
そうすれば、巧くいけば出水を孤立させられる。
その思惑を成功させる為に、熊谷は単独で太刀川を相手にしているのだ。
熊谷は、太刀川相手に思った以上に戦えている。
相性、というものもあるのだろう。
熊谷はハウンドの装備によって射程持ちとなったが、本職は弧月使いだ。
そして、彼女は受け太刀の名手。
その技術は、あの太刀川が称賛する程に高い。
だからこそ、太刀川相手に抗戦出来ている。
もしこれが他の隊員であったならば、その場で斬り捨てられていた可能性もある。
太刀川を相手に時間を稼ぐには、防御が得意な弧月使いが当たるのが手っ取り早い。
無論、それを実際にこなせているのは熊谷の防御技術の練度に依るものだ。
これまでの積み重ねが、あの太刀川を相手に防戦を維持する事が出来ている。
成長、と呼んで差し支えない成果だろう。
(やられたね。てっきり、太刀川さんは避けて他の点を取ろうとすると思っていたんだけど────────どうやら、彼女達の度胸は僕の想像の遥か上のようだ)
王子は己の想定の甘さに気付き、溜め息を吐く。
此処まで来れば、那須隊の狙いは理解出来る。
即ち、太刀川と出水を孤立させた上での、
それが、那須隊の狙いだろう。
(合理性自体はある。太刀川さんとイズイズに他からの援護を受けられない状態に追い込んだ上で、数の力で抑え込み、仕留める。確かに、理屈だけならそれで良いだろう)
けれど、と王子は思う。
(相手は、
このあたりが、自分と那須隊の違いか、と王子は自嘲気味に呟いた。
王子の戦術は、堅実だ。
効率を第一とし、自分達の実力を弁えた上で取れる点を取り逃げする。
それが、王子の基本戦略。
自分達の身の程を知るが故の、
けれど、那須隊は違う。
彼女達は、格上に挑む事を、恐れない。
リスクは承知の上だろう。
その程度理解出来ない程、彼女達は愚かではない。
だが。
だが。
負ける可能性が高いにも関わらず、僅かな光明に懸ける事が出来る。
いっそ大胆な程、自分達の力を信じている。
それは、王子が出来なかった事だ。
堅実な戦術、無難な戦略。
そんな方法を取った、無意識の真意。
慎重さと臆病さの、違い。
それを、本当の意味で王子は理解していなかった。
否、眼を背けていた。
だから思う、
太刀川という最大戦力を得ておきながら、この期に及んで王子の中にはまだ
これまでの二度の敗北で、王子は那須隊の脅威をその身を以て理解している。
だから、意地になっている部分もあったのかもしれない。
何が何でも、一泡吹かせてやる。
そんな想いが、なかったとは言えない。
それと同時に、
だからこそ、王子は自分の部隊を分け、裏方に徹しさせた。
決して、那須隊と正面から1対1で戦う事がないように。
確かに、太刀川隊という大戦力を運用する上で、間違った選択ではないのだろう。
だが、それはある意味逃避に他ならない。
間違った選択ではないし、一定以上の効果が見込めた事も確かだろう。
けれど、その選択は、王子隊の強みを自ら捨て去る代物だ。
王子隊の一番の強みは、三人が合流しての連携攻撃。
単独でも動けない事はないが、いざ事を構える段になれば王子隊は三人揃っていた方が強い。
樫尾が斬り込み、蔵内が援護し、王子がフォローとトドメを担う。
それが、王子隊の基本陣形。
だというのに、王子はその陣形を自ら捨てる策を選んでしまった。
ただ、那須隊の力を恐れるが故に。
(つくづく、失態だね。大口叩いた割にこれってのは、情けないな)
王子は自嘲し、溜め息を吐く。
思えば、提示した作戦内容を鑑みても自分の弱気が透けて見える。
樫尾にわざわざ自爆を命じたのは、そうでもしないと勝てないと思ったから。
戦略上仕方ない犠牲と言えるが、本当にそうだったのか。
樫尾一人に任せるのではなく、三人で畳みかければ、彼を捨て駒にする必要はなかったのではないか。
そんな
(いや、そんな事を考えたら僕の作戦に従ってくれた樫尾に申し訳が立たない。反省は後でも出来る。今は、此処からどうするか、だ)
己の弱気を叱咤し、王子は顔を上げる。
此処は戦場だ。
つまらない後悔で浪費する時間は、一秒たりともありはしない。
頭を回せ。
思考を止めるな。
最強の剣士が味方しているからといって、チームとして勝てなければお話にならない。
決めた筈だ。
今度こそ、那須隊を上回るのだと。
「クラウチ、確認するけど君を仕留めたのは誰か見てはいないんだね?」
『ああ、申し訳ないが、姿を確認する事は出来なかった。レーダーにも映っていなかったから、バッグワームを使っていたんだろうな』
ふむ、と王子は蔵内の答えを受け眉を潜めた。
蔵内は、もぐら爪によって仕留められた。
そして、彼は自分を落とした相手を視認出来ていない。
これが、中々に問題だ。
(まず、
つまり、と王子は考えを巡らせる。
(クラウチを仕留めたのは、シンドバットか風間さんのどちらかだ。加えて言えば、那須さんが
そう考えれば、姿を現さずに蔵内を仕留めた事にも説明がつく。
旗持ちがあるか否かは、相手を
王子はそれを逆手に取って敢えて自分が旗持ちである事を喧伝したが、此処までの動きを見る限りどうやら那須隊は旗持ちが誰かを隠す方向で戦術を練ったようだ。
熊谷も、那須も、旗持ちではなかった。
となれば、残る選択肢は二人。
七海か、茜のどちらかだ。
(それを絞らせない為にわざわざ隙を晒す可能性のあるもぐら爪を用いたのだとしたら、蔵内を落としたのはシンドバットである可能性が高い。だが、そう思わせる為のブラフという事も有り得る)
旗持ちが誰かを隠す事によるメリットは幾つか考えられるが、茜が旗持ちであった場合、
狙撃手の茜が旗持ちであった場合、充分なポイントを得る前に仕留めてしまえば、そこで試合が終わってしまう。
まもなくトリオン切れで落ちる筈の菊地原が緊急脱出する前にそうなってしまえば、折角のポイントを取り損ねる事になる。
だからこそ、茜が旗持ちである可能性が消えないうちは大規模な攻撃で狙撃手を炙り出す事は出来ない。
旗持ちは果たしてどちらなのか、それを知る事も急務と言えた。
故にこそ、読めない。
蔵内を落としたのが、いや────────
ハッキリ言ってしまえば、どちらであっても近付かれた時点で出水は終わる。
七海はサイドエフェクトによって弾幕を潜り抜ける事が出来るし、風間はカメレオンによる暗殺が可能だ。
ただし、少しでも足止めが出来れば、話は変わって来る。
相手の姿さえ捉えてしまえば、出水が射撃で時間を稼ぎ、太刀川の援軍を待つ事が出来る。
現在、王子は出水と太刀川の中間地点にいる。
太刀川の方が距離が近いが、ハウンドが届く位置まで戻る事はギリギリで可能だ。
熊谷は太刀川の攻勢をなんとか凌いでいるが、押し負けるのも時間の問題だろう。
出水は那須と1対1であればトリオン量の差で最終的には勝てるが、横槍が入ればどうなるか分からない。
どちらに、
それで、今後の趨勢が決まる。
「────────行こうか」
逡巡は、一瞬。
王子は覚悟を決め、目的地に向かって駆け出した。