「なんとか盛り返したねー。王子くんやるぅ~」
『貴方の解析と太刀川さんの腕前あってのものだけどね。私もそれなりに出来るつもりでいたけれど、やっぱ貴方のそれは半端ないわ』
「それほどでも、あるかなー」
ニコニコと笑いながら国近は羽矢と通信越しに会話し、その間にも彼女の指は忙しなくキーボードを叩いている。
無数のウインドウ上で様々なデータが目まぐるしく行き交い、それを随時チームメイトに送信している。
会話をしながらも、国近の手は一瞬たりとも止まっていない。
勉強は苦手な彼女だが、ことオペレート能力に関しては非凡なものを持っている。
友人の今などには「なんでそんな真似が出来て勉強が出来ないの?」と疑問符を浮かべられているが、要は興味の問題だろう。
国近は根っからの趣味人であり、物事への興味の有無でモチベーションや作業効率が著しく異なるタイプだ。
勉強は本人がやる意義を感じられない為に全く集中出来ないし、すぐに投げ出してしまう。
逆に、オペレートは肌に合ったのか幾らでものめり込む事が出来るのだ。
元から機械操作が得意だった国近は、オペレーターになる事でその才能を開花させた。
小夜子も国近も、その趣味嗜好が長じてオペレート能力が伸びたという点では同一だ。
ゲームでの単純作業を行う中での慣れや、効率化の徹底。
それらを元として彼女達の才能は日の目を見る事になり、今ではボーダーでもトップクラスのオペレート能力を獲得している。
そういう意味で、国近にとって小夜子は教え易い生徒だった。
自分と趣味嗜好が似通っている為、どうすれば言いたい事が伝わるかが、なんとなく分かるからである。
共感出来ないのは未体験故に想像するしかない小夜子の恋心くらいであり、日常生活における
故にこそ、国近の的確な指導で小夜子の技術がメキメキと上がって行ったワケである。
そして、だからこそ、国近は小夜子の思考をある程度読める。
正しくは、
(小夜子ちゃんは、基本的に自分の駒の性能を信じてるからねー。普段はそれでいいかもだけど、今回は一度も組んだ事がない人も運用しなきゃいけないから、微妙に計算が狂うよね?)
チームメイトみたく、何もかも承知している間柄でもないし、と国近は思う。
小夜子の基本戦術は、チームメイトの能力を十全に活かした地力勝負だ。
適材適所に駒を配置し、期待した通りの戦果を挙げる。
それが、小夜子の戦術思考の根幹にはある。
小夜子は、那須隊の面々の実力については過不足なく熟知している。
誰が何を何処まで出来るか、それを個人個人との面談ですり合わせ、正確にチームメイトの能力を図った上で采配を行っている。
それは、今まで彼女が欠かした事のないルーチンワーク。
結束力の強いチームだからこそ出来る、信頼を前提とした作戦立案だ。
仲間の能力の上限と下限をしっかりと理解しているからこそ、小夜子は采配を間違えない。
彼女は、決して無茶な指示は出さない。
その人物なら
無論、それは仲間に対する絶対の信頼から来るものだ。
七海に生駒や弓場とのタイマンを指示した時も、勝つ為の策の用意は欠かさなかった。
敢えて言えば最終ラウンドの七海と影浦の一騎打ちは賭けではあったが、彼女は七海が勝つと信じていた。
惚れた弱みだけではなく、七海ならやってくれると、不可能ではないと、彼の実力を信頼していたからだ。
だが、今回は、この試験では、今までと違う要素が介在していた。
それは、チームメイト以外の
今回の試験では、A級部隊との合同チームで試合に臨む。
つまり、普段と違い、実力を知り尽くしているワケではない相手を手駒として運用する必要性に駆られたワケだ。
チームメイトと違い、風間隊一人一人と面談で戦力を正確に分析する事は、
故に、細かい采配については風間隊に任せる決断を下した。
いや、せざるを得なかった。
小夜子は風間隊の実力を、データ上でしか知らない。
どの隊員がどの程度の対応力を持ち、どれほどの戦果を挙げられるかという情報が足りていないのだ。
無論、風間隊のログを腐る程見て研究はしている。
だが、絶対的に時間が足りなかった。
菊地原のサイドエフェクトがどれだけ驚異的なのかはデータでは知っていたが、実際のところは小夜子の予想を超えて凶悪だった。
何せ、彼が生きている限り相手の奇襲を殆ど封じ切る事が出来るのだ。
最初は七海のサイドエフェクトの亜種のようなものと考えていた小夜子だったが、
七海の能力は自分が攻撃範囲にいなければ感知出来ないが、菊地原の場合はバッグワームすらぶち抜いて情報を取得出来る。
個人戦闘に対する適正に関しては七海の力の方が上ではあるが、菊地原のそれは集団戦闘に対する有用性がずば抜けて高い。
生きているだけで集団戦の勝率が跳ね上がる
実際、試験開始後から菊地原を通じて入って来る情報の量と精度にはぶっちゃけ小夜子もびびった。
想定より遥かに上の精度の情報が、湯水のように流れ込んで来るのだ。
これを普段から捌き切るなんて、と小夜子は密かに三上の手腕に感服したものだ。
正直に言えば、その情報量に手を焼いた面があるのは否定出来ないだろう。
菊地原の能力の凶悪さを見て、風間隊の評価を極端に上方修正したのは言うまでもない。
だから、過信した。
彼の能力さえあれば、どんな奇襲も怖くないと。
故に、王子の偽装
王子が潜んでいるのは分かっているし、ハウンドを撃てば菊地原が察知出来る。
そう、信じ込んでしまった。
そして、ハウンドに偽装されたアステロイドという一手で当初の想定は崩された。
結果として歌川は無理をする事になり、その隙を突かれて王子に落とされた。
これは、ある意味小夜子の失態と言えるだろう。
風間のフォローを歌川に任せきりにするのではなく、もう1枚手札を切っていれば。
もしかすれば、歌川を落とされる事態は防げたかもしれない。
仮定しても意味のない
少なくとも、小夜子自身は自分の失態だ、と言うだろう。
彼女は、そういう子だ。
(ふふふ、今回はきっちり小夜子ちゃんの
出来ればだけどねー、と国近は人知れず笑う。
彼女とて、弟子は可愛い。
だが、だからといって手を抜くかどうかは全く別の話である。
向かって来るなら、受けて立つ。
全霊を以て、叩き潰す。
国近の勘はこれが最後の機会ではないと告げているが、まずはこの一戦でやってみて欲しいと、切に願う。
叶うならば、見せて欲しい。
彼女が、自分の想定を超えるところを。
師匠超えは、確かな浪漫があるのだから。
(なーんて、作戦室でニヤニヤ笑ってるんでしょうねちくしょう)
小夜子はそんな風に己のオペレートの師の考えていた事をナチュラルに言い当て、唇を噛んだ。
国近の考える通り、これは小夜子の失態だ。
菊地原の能力を過信した事もあるが、何より小夜子と風間隊との情報伝達のタイムラグが致命的だった。
小夜子は、男性恐怖症だ。
それは男性を視界に入れるのは勿論、会話も不可能なレベルだ。
唯一七海だけは惚れた弱みで例外的に普通に話せるし同じ空間にいられるが、他の男性隊員はそうはいかない。
ボーダーの隊員を、信じていないワケではない。
ただ、
七海の場合は彼女が信頼するチームメイトが最初から深い信を置いていた事と、彼女に対する的確な対応。
そして、彼自身の過去を知り、共感を抱いた事が大きい。
ハッキリ言って、小夜子の男性恐怖症は依然として治っていない。
恋心が
故に、小夜子は通信機越しでも男性隊員と会話を行う事が出来ない。
出来ても通信越しの一方的な伝達が限界であり、男性側から答えを返されると途端に小夜子の精神は硬直してしまう。
しかし、現場の人間からの生の情報を活かせないようでは、戦場では生き残れない。
故に小夜子は、風間隊からの連絡を七海や那須越しに受ける事で対応していた。
風間隊としても小夜子の症状は七海から聞いて知っていた為、否はなかった。
だが、結果として情報伝達に幾許かのタイムラグを挟む事になり、王子の行動への対処が遅れてしまったのは否定出来ない。
那須隊が、小夜子が抱える大きな
それが、この合同戦闘訓練によって明確化したとも言える。
(なんとか通信越しだけでも、って思ったんですけど。駄目だったんですよね……)
実を言えば、小夜子は己の症状が気合いでどうにか出来ないかと、三輪隊と組んだ時に試みていた。
通信越しでならば、なんとか会話が出来るようにならないか、という実験を。
結果は、失敗。
通信越しに伝達をするだけでも精神に相当な負荷がかかり、相手からの返答があった時点で思考が停止してしまった。
どうやら小夜子は男性と会話すると
そんな状態で冷静なオペレートなど出来る筈もなく、三輪隊との話し合いの結果今の七海や那須を通じた間接的な情報伝達の形に落ち着いたのだ。
そして、国近は当然小夜子のそういった状態を知っている。
いや、察していた、と言うべきだろうか。
国近は小夜子が男性恐怖症を負う事になった経緯と、現在の状態を彼女自身から聞いて知っている。
それに、彼女自身の現状がどのようなものかも、普段の付き合いで理解出来ていた。
だからこそ、小夜子の情報伝達には遅れが出ると、
その上で、王子の作戦にGOサインを出したのである。
あの作戦であれば、小夜子の対応完了までに遂行可能であると。
卑怯とは、思わない。
親しい間柄であればある程度事情を知り合うのは当然で、真剣勝負の場で利用出来るものがあれば利用する。
その程度、誰でもやっている事だ。
不正行為を働くならばともかく、その程度の盤外戦術は対応出来ない方が悪い。
(ともあれ、これで伏兵の数も残り少なくなってきました。問題は、どの手札をいつ切るか、ですね)
故に小夜子は余計な考えをその場で切り捨て、思考を回す。
現在、那須隊が切れる
七海と、茜だ。
そして、盤面は風間と太刀川・王子、那須と出水が戦闘中。
風間は太刀川との1対1ならばともかく、ハウンドを持つ王子も相手にしている為厳しい戦いである事は明白だ。、
那須と出水の場合に至っては、放っておけば確実に出水が勝つ。
他でもない、トリオン量の差によって。
技術は互角で、個人戦闘への適性は那須の方が上だが、駆け引きでは出水の方が勝っている。
ならば順当に拮抗状態が続き、トリオン切れで那須の負けだ。
どちらの戦場も、放置すれば負けが確定しているに等しい。
故に、此処でどちらの戦場に誰を介入させるか。
そこが、勝負の分かれ目になる。
ケース1/出水との戦闘に七海を、太刀川の戦闘に茜を介入させた場合。
メリット────────①那須と七海が連携すれば、ほぼ確実に出水を落とせる/②遠距離から風間を援護し、王子を牽制出来る。
デメリット────────①出水が足止めに徹し、時間を稼がれてしまう可能性がある/②カメレオンを使用している風間に狙撃を当ててしまう恐れがあり、居場所を察知されて王子に襲われる可能性がある。
ケース2/太刀川との戦闘に七海を、出水との戦闘に茜を介入させた場合。
メリット────────①2対2の状態になる事で、不利な戦況を変えられる/②遠距離から出水に一方的に攻撃出来る。
デメリット────────①どちらかが落とされれば、一気に窮地に陥る/②狙撃を察知されて迎撃される恐れがある。
どちらのケースも、メリットとデメリット、その両方が存在している。
両方の戦場に介入しなければいけない以上、二人を同じ場所に向かわせる事は出来ない。
二つの手札を、どちらに使うか。
小夜子は逡巡の後決断し、通信越しに指示を送った。