「行くぜ」
「チッ……!」
剣を握り直す太刀川を見て────────否。
当然の如く戦闘態勢は継続させていた風間が、すぐさまその場から跳躍し後退する。
熊谷は敢えて至近距離で戦う事で他者の妨害を防いだが、それは彼女が受け太刀の名手であり、弧月使いだからこそ出来た事だ。
風間が彼女のように受け太刀をやろうとすれば、単純なトリガーの強度差で押し込まれるだろう。
弧月とスコーピオンは、その硬度に明確な差が存在する。
日本刀型のトリガー、弧月は突出した能力を持つとは言い難いが、癖のない汎用性が特徴のトリガーだ。
レイガストほどの防御能力もスコーピオンほどの軽さと応用性もないが、適度な重量・強度・剣速を兼ね備えた傑作トリガーである。
取り分け、目立っているのはその強度と攻撃力だ。
攻撃力だけならばスコーピオンも負けてはいないが、こと強度となれば弧月に軍配が上がる。
スコーピオンはその軽さと応用性の代償に、弧月と比べてかなり
まともに打ち合えば、瞬く間に欠け、砕け散る事になる。
無論、至近距離での鍔迫り合いなど論外だ。
そもそも至近まで接近出来たのなら、鍔迫り合いなどに付き合わず、奇襲で一撃を叩き込むのが一番だ。
だが、旋空という中距離攻撃の手段を持つ弧月と違い、スコーピオンは近付かなければ何も出来ない。
投擲して投げナイフのように扱う事は出来るが、絶対の切断力を持つ旋空と比べ決定打にはなり難い。
だからこそ風間は姿を消す迷彩能力を持つトリガー、カメレオンを極める事での隠密戦闘という一つの答えを編み出した。
近付かなければどうしようもないのであれば、近付いた事に気付かれなければ良い。
カメレオンなら、それが出来る。
特に、風間のカメレオンの切り替えスピードは他の追随を許さない。
カメレオンを駆使する、姿なき暗殺者。
それが、風間蒼也なのである。
故に、風間が太刀川に勝つ為には、カメレオンを十全に用いて奇襲を仕掛ける他ない。
だが、今それは出来ない。
何故か。
この場にいるのは、太刀川だけではないからである。
「ハウンド」
わざわざ音声認識でハウンドを展開し、風間に向かって放つ王子。
ほどよく散らされた弾幕が、風間を捉えようと迫り来る。
「……っ!」
風間はシールドを張り弾幕を防御しながら、太刀川との距離を稼ぐ。
その眼光は、忌々し気に王子を見据えていた。
カメレオンの最大の弱点。
それは、使用中、
カメレオンを使っている最中はシールドはおろか、バッグワームすら使えなくなる。
そして、カメレオンは姿を隠しはするが、トリオン反応までは隠せない。
故に、ハウンドをトリオン誘導で放たれれば、カメレオンを解除しない限りまともに弾丸を防げなくなるのである。
無論、その程度の弱点は風間も承知の上。
これまで経験した戦いでも、それを狙って来る相手など腐るほどいた。
その為対策は幾つも用意してあるし、ただハウンドを使われただけで負けるほど風間の実力と自負は浅くはない。
ただし、それは相手が凡庸な相手の場合である。
今風間が相対しているのは、NO1攻撃手の太刀川慶。
NO2攻撃手の風間よりも数字上は格上の、最強の剣士である。
ただでさえ、風間にとって太刀川は難敵だ。
1対1なら五分五分くらいだと自負しているが、太刀川に援護が加わる状況だと流石に厳しい。
複雑な地形であればそれを利用してハウンドを掻い潜る事は可能だが、今この場は生憎開けた道路の上。
隠れる場所が少ない以上、太刀川と対峙した状態でハウンドを撃たれれば防御に徹する他ない。
「────────旋空弧月」
無論、それをただ黙って見ている太刀川ではない。
ハウンドを防ぐ風間に対し、旋空を撃ち放つ。
旋空弧月、
十字にクロスした拡張斬撃が、風間へと襲い掛かる。
「……!」
風間はその斬撃を、身を低くしてスライディングの要領で回避。
その小柄な身体を十全に活かした立ち回りにより、二振りの斬撃を躱す。
「チビで良かったなあ、風間さん……っ!」
「ぬかせ」
太刀川の挑発にも動じず、風間は身を沈め疾駆。
狙いは太刀川────────ではない。
風間は王子に向かって、刃を構え肉薄する。
「ハウンド」
またもや弾種の宣言と共に、王子が弾丸を撃ち放つ。
二つの弾群に分けられた弾幕が、交差するような軌道で風間へと迫る。
風間の逃げ道を塞ぐように撃たれている為、これを凌ぎ接近する為には何処かでシールドを張る他ない。
だがそこで
ハウンドに見せかけた
宣言通りハウンドであれば途中で弾道が曲がって襲い掛かって来る為、シールドを広げて対処する他ない。
しかし、もしも宣言が偽装で弾丸の正体がアステロイドであった場合、広げたシールドでは貫通されてしまう。
初見殺しは、何も最初の一発だけが勝負ではない。
むしろ、
事実、風間はこの厄介な二択に動きを縛られている。
故に。
風間は、即座に後退を決断した。
王子を仕留めるつもりであるならばともかく、精々足を斬って行動不能にする程度に留める予定の風間からすれば、此処は無理をするべき場面ではない。
先程と違い、今すぐ王子を仕留めるワケにはいかなくなったのだ。
王子隊は菊地原と歌川、そして熊谷を倒した事で5Ptを獲得している。
対して、那須隊の得点は樫尾と蔵内を倒した事による2Ptのみ。
此処で王子を落としても、
王子隊と、同点で終わってしまう。
せめて出水か太刀川、そのいずれかを倒さなければ、収支が合わない。
最低でも、7点。
そこは譲れない。
それが、那須隊の────────いや、小夜子の判断であった。
風間はそれを、七海を通じて聴いている。
今の彼は那須隊の共闘相手ではあるが、その前にこの試験の試験官でもある。
試験中は那須隊の指示に従う事が役割として求められている以上、七海達から聞かれない限り彼が献策を行う事はない。
故に、那須隊の方針に否を唱える事はない。
最終的にそれをどう評価するかは、風間次第ではあるが。
ともあれ、此処で王子をすぐに仕留めない事が決定事項である以上、無理に進んでも迎撃で痛手を負う可能性がある。
足を斬っただけでは即座に緊急脱出はしない上に、射撃トリガーでの反撃が充分有り得るからだ。
太刀川と戦り合う以上、四肢のいずれかが欠損した時点で勝率は著しく下がる。
戦闘者として、何より太刀川の好敵手として、そんな
風間は後方に向かって駆け出し、すぐさまサイドステップを刻む。
大きく横へ回避し、弾丸の射線の外へと退避した。
「……!」
ハウンドは確かに曲射軌道を描く事の出来る弾丸ではあるが、バイパーほどの自由度はない。
誘導設定の強弱で軌道を調整する事は出来るが、それにも限界はある。
故に、ハウンドへの対策は障害物を盾とした複雑な機動か、純粋にシールドを広げての防御となる。
今回は障害物が少ない為前者の方法は取れない為、必然的に後者の方法を取る事になる。
先程の風間の位置であればアステロイドとハウンドの二択により、単純にシールドを広げるのはリスクが高かった。
だが、この位置────────
宣言通りハウンドであったならばシールドを広げれば良いだけであるし、アステロイドだった場合はそもそも既に射線の外にいる為被弾する事はない。
「ハウンドか」
王子の弾丸は、曲射軌道を描いて風間を追った。
弾丸の正体は、宣言通り
ならば、対処は決まっている。
シールドを広げ、防御。
それだけで、王子の弾丸は凌ぎ切られた。
「────」
「……!」
だが、王子は最初から自分だけで風間を仕留めようなどというつもりはない。
太刀川のサポートこそ、今の王子の担う役割。
その彼の働きを、太刀川が無為にする筈もない。
太刀川は無言のまま旋空を起動。
ハウンドを凌ぐ風間に向かって、拡張斬撃を繰り出した。
「チッ」
風間は再びスライディングの要領で回避行動を行い、道路脇の家屋の庭へ飛び込んだ。
同時にカメレオンを起動し、その姿を晦ました。
「旋空弧月」
それを見た太刀川は、即座に旋空を連射。
両腕の二刀から放つ拡張斬撃が、風間の消えた家屋を両断した。
「ハウンドッ!」
そこへすかさず、王子がトリオン誘導でハウンドを発射。
カメレオンを解除しなければ、シールドを張る事は出来ない。
故に、このまま姿を晦まし続ける事は不可能。
少なくとも、王子はそう考えた。
「え……っ!?」
だから、次の瞬間王子は目を疑った。
太刀川に斬り崩された、家屋の残骸。
その一つが、何かに蹴り飛ばされるように弾け飛び、ハウンドに命中。
障害物に着弾したハウンドは、その場で霧散した。
そして、それは一回限りでは終わらない。
無数の残骸が、次々と指向性を持って弾き飛ばされる。
連射された残骸の盾に阻まれ、ハウンドが目に見えてその数を減らしていく。
百発百中とまではいかないが、王子の弾丸が悉く瓦礫によって防がれていた。
何が起きているかは、明らか。
風間が、
確かに、射撃トリガーは障害物に当たればその場で霧散する。
無論、着弾した障害物は破壊されるが、貫通力の高い弾丸でもなければその時点で終わりだ。
理屈は分かる。
だが、即座に実行する発想と判断力。
ものが違う。
カメレオンのエキスパートは、A級三位部隊隊長は、伊達ではない。
起きている事態を理解し、息を呑む王子。
されど、やる事は変わらないと開き直る。
こんな曲芸のような真似は、長くは続かない。
ハウンドを撃ち込み続ければ、いずれはカメレオンを解除せざるを得なくなる。
それに、姿こそ見えないが、瓦礫の飛んでくる軌道から風間の大まかな場所は把握出来る。
故に。
王子がハウンドで風間を炙り出し、そこを狙って太刀川が仕留める。
この基本方針に、なんら変わりはない。
それを伝えるまでもなく理解した太刀川が、抜刀の構えを取った。
風間の姿が見えた瞬間、旋空で斬り捨てる。
そう目論み、動いた。
だからこそ。
王子は、突如目の前に現れた風間に反応出来なかった。
「……っ!?」
空間から溶け出すように、姿を現した風間。
王子が気付いた時には、既に彼は自分の眼前に出現していた。
なんの事はない。
風間は、瓦礫を飛ばすと同時に自らも跳躍し、弾幕の隙間を縫って此処まで辿り着いたのだ。
自らの小柄な体躯を活かし、瓦礫の影に隠れるように。
風間の蹴り飛ばした瓦礫は、その全てがハウンドに着弾したワケではない。
風間はそのうちの一つを追随する形で跳躍し、王子への肉薄に成功したのだ。
完全な、虚を突いた一手。
「おっと」
だがそれは。
王子にとって、の話である。
割り込むように風間の斬撃を受け止めたのは、グラスホッパーで跳んで来た太刀川だった。
彼が間に合った理由は二つ。
一つは、風間が王子の
現段階で王子を殺すのは尚早である以上、此処で彼を即死させるワケにはいかなかった。
故に、放置すればトリオン漏出で緊急脱出するであろう両足の切断を、風間は狙ったのである。
狙う場所が分かっていれば、そこへ刃を差し込む事が出来る。
太刀川は最初から風間が足狙いだと検討を付け、防御を間に合わせたのだ。
そして、もう一つの理由は、言うなれば彼の
あの風間が、このまま何も出来ずに押し込まれて負ける筈はない。
そう感じたからこそ、太刀川は考えるよりも速く反射的に動いた。
風間の目論見は、彼の力を良く知る
「今です」
それを見ていた小夜子は、隣で固唾を飲んで見守る熊谷を背に、告げる。
「撃って下さい」
機会を伺い続けていた、攻撃の指示を。
『了解』
その弾丸は、家屋の向こうから飛来した。
千載一遇の好機を逃し、窮地に陥った風間。
彼を斬り捨てんとする太刀川、その頭部に向かって。
一発の弾丸が、撃ち放たれた。