痛みを識るもの   作:デスイーター

22 / 487
B級ランク戦/ROUND2
Second round


「今回の相手は、『荒船隊』と『柿崎隊』。どちらも、何度も戦った事のあるチームね」

 

 『那須隊』作戦室にて、トリオン体に換装した那須が皆を前にそう切り出した。

 

 普段『那須隊』のブリーフィングは主に那須邸で行うのが通例であるが、ランク戦直前の確認等はこの作戦室で行っている。

 

 作戦なんかは既に練って来た後である為、念押しの確認の意味が強い。

 

「『柿崎隊』は尖ったトコはないけど、堅実さがウリのチームだよね。基礎力が高いし、油断出来る相手じゃないと思うよ」

「そうね。でも、柿崎さんは毎回合流を最優先にするから、狙い目があるとしたらそこかしら」

 

 確かに那須の言う通り、『柿崎隊』はこれまでのランク戦では毎回隊員の合流を最優先にして動いており、チームを分けた事は一度も無い。

 

 堅実さを重視した戦略だが、逆に言えば()()()()()という弱みにも成り得る。

 

 事実、これまで『柿崎隊』の戦績がそこまで振るわなかった背景にその要因が絡んでいる事は間違いないだろう。

 

「あと、今回のROUND2では唯一狙撃手がいないチームですよね」

「そうだな。今回も、お前の力が活きる機会が多くなる筈だ。頼んだぞ、日浦」

「はいっ!」

 

 茜は自信満々に、喜色を浮かべて力強くそう答えた。

 

 前回のROUND1で狙撃を綺麗に決めて得点に繋げた事が、彼女の自信に繋がっているのだろう。

 

 七海が加入する前の『那須隊』は、決定力が不足していた。

 

 茜の役割も専ら那須のサポートであり、自分で得点を挙げた回数は数える程しかなかった。

 

 しかし、七海が隊に入った事でチームの攪乱能力が飛躍的に向上し、茜が敵を仕留める好機も作り易くなっている。

 

 その結果が、前回のROUND1だ。

 

 MAP選択の優位も勿論あったが、先日マスタークラスになった事を鑑みても、茜の実力は目に見えて向上している。

 

 試合の後師匠の奈良坂からもお褒めの言葉を貰っているので、茜としてはテンション最高潮である。

 

「今回は解説に奈良坂(師匠)も呼ばれてるので、情けない試合は出来ませんっ! 精一杯、頑張りますっ!」

「ああ、だが気負い過ぎるなよ。何かあってもフォローはしてやる」

「ありがとうございますっ!」

 

 わしわしと七海は茜の頭を撫で、茜は気持ち良さそうにされるがままになっている。

 

 その光景を見ていた那須の視線の温度が加速度的に下がって行ったが、七海が視線に気付いて茜から手を離すと那須はにっこりと笑みを向けていた。

 

 一連の流れを直に見ていた熊谷は背筋が寒くなる感覚に襲われたが、気付かない振りをする事に決めた。

 

 誰だって、見えている地雷は踏みたくないものである。

 

 ちなみに小夜子もまた、那須と似たような表情を浮かべていたのだが…………こちらに関しては、誰も気付いてはいなかった。

 

 単にこれは、自分の想いを正確に自覚していないか、自覚して隠しているかの違いである。

 

 少なくとも感情の制御については、小夜子の方が上手かったというだけの話ではあるが。

 

「それで、『荒船隊』の方だけれど……」

「それに関しちゃ、七海の独壇場でしょ? なんたって七海には、()()()()()()()んだしね」

 

 熊谷の言う通り、七海はサイドエフェクト『感知痛覚体質』により、()()()()()()()()()()()()

 

 正確には、狙撃も不意打ちも七海にとっては見えている攻撃(テレフォンパンチ)に当たるので効果は薄い、と言うべきか。

 

 七海に狙撃を仕掛けようものならほぼ確定で回避され、『グラスホッパー』を含めた圧倒的な機動力で瞬く間に狙撃手を狩りに行けるだろう。

 

 再装填(リロード)の時間がかかり()()()()()()()という狙撃手の性質上、七海からすれば何処に来るか分かってる単発の弾丸を避けながら相手の所に辿り着けばいいだけなので、狙撃は殆ど障害にならない。

 

 唯一『ライトニング』だけは連射が可能だが、威力は狙撃銃トリガーの中では最も低い為、避けずとも七海のトリオン量を用いたシールドなら難なく防ぐ事が出来る。

 

 七海にとって狙撃手は、最も与しやすい相手と言えるのだ。

 

「…………けど、それは荒船さんだって分かってる。あの荒船さんが、何の策も用意していないとは俺は思えない」

 

 だが、それは七海を良く知る荒船にとっては周知の事実だ。

 

 ()()()()()()()()()という『荒船隊』は、そのまま当たれば七海にとってはカモでしかない。

 

 唯一荒船だけは『弧月』を用いた近接戦闘が可能だが、そうなると狙撃手は二人に減って狙撃の圧力が減る為、ROUND1のように七海が時間を稼げば那須が合流して機動戦で圧倒する事が出来る。

 

 それを、荒船が理解していないとは思えなかった。

 

「断言しても良い。確実に、何か仕掛けて来る。俺に対する何らかの対策を、使って来る筈だ。だから、そうなった時は────」

 

 そして七海は、自分の()()を告げた。

 

 

 

 

「皆さんこんにちは。今回ランク戦実況を務めさせて頂きます、『風間隊』オペレーター三上歌歩(みかみかほ)です。どうぞよろしくお願いします」

 

 10月5日、ランク戦当日。

 

 ランク戦のブースには、今日も大勢の観戦者が集まっていた。

 

 今回の実況担当は、小柄な体躯の黒髪ショートの少女、三上。

 

 七海も世話になっている、A級部隊『風間隊』のオペレーターだ。

 

「解説にお越し頂いたのは『三輪隊』の狙撃手、奈良坂隊員と────」

「よろしく頼む」

 

 キノコのようなと揶揄される髪型の落ち着いた少年、奈良坂透(ならさかとおる)が三上の紹介を受けて表情を変えず軽く会釈する。

 

「────A級一位部隊『太刀川隊』の射手、出水隊員です」

「よろしくなー」

 

 そして同様に、紹介を受けた出水は仏頂面の奈良坂とは対照的なにこやかな笑顔で応じた。

 

 これだけで、二人のキャラ性の違いが良く分かる。

 

 二人共これが平常運転であるので、表面上はどういった心持ちなのかは察せられなかった。

 

「さて、前回のROUND1の結果を受け、現在の順位はこうなっております」

 

 三上はそう告げると共に機器を操作し、順位の一覧を表示する。

 

 『那須隊』2Pt→10Pt(暫定14位→8位)

 『鈴鳴第一』8Pt→8Pt(暫定8位→9位)

 『漆間隊』6Pt→8Pt(暫定9位→10位)

 『柿崎隊』4Pt→8Pt(暫定12位→11位)

 『荒船隊』5Pt→7Pt(暫定11位→12位)

 『諏訪隊』6Pt→6Pt(暫定10→13位)

 『早川隊』3Pt→3Pt(暫定13位→14位)

 

「ROUND1で一挙8得点を獲得した『那須隊』が一気にB級中位トップに躍り出た事で、他の隊の順位は軒並み下がっています」

「『荒船隊』は前回運が無かったよなー。狙撃がやり難い『市街地D』だった事を鑑みても、転送位置が最悪だったし」

 

 出水の言葉を、奈良坂が頷いて肯定する。

 

「荒船さんが『弧月』を抜く決断をしなかったら、恐らく一点も取れていなかっただろう。特化型のチームは特性が活きれば強いが、逆に不得意な状況に追い込まれれば脆い」

「『市街地D』はモールの中で戦う事が多いから、遠距離で有利を取る『荒船隊』にとっちゃ最悪の部類のMAPだったしなー。それでも対応したあたりは流石だけど」

 

 二人の説明に、三上が補足する。

 

「ROUND1では荒船隊長が『弧月』を用いた接近戦を仕掛けて、他の二人が狙撃で援護する『鈴鳴第一』に近い戦術を取っていました。しかし『漆間隊』の奇襲で半崎隊員が落とされた事で均衡が崩れ、『柿崎隊』に押し込まれてしまった形でしたね」

「そうそう、前回は柿崎さんトコの戦略が上手く嵌った形だよねー。『早川隊』が選択したMAPを最大限に活かし切って、地力の厚さで押し切った感じ」

 

 その通りだ、と奈良坂は出水の言葉を再度肯定する。

 

「『早川隊』は地力の面で『柿崎隊』に完全に負けていたからな。半面、『柿崎隊』は堅実な戦略と容易には崩れない隊員の層の厚さがある。だからこそ、生存点を含めて4ポイントが獲得出来たという事だ」

 

 つまり、と奈良坂は続けた。

 

「『柿崎隊』は無理をしない分、隊員が落ち難いという明確なメリットがある。そこは、評価すべきポイントだろう」

「成る程、ではこの試合も『柿崎隊』が台風の目になるという事でしょうか?」

「いや、今回はそもそも前提条件が異なっている」

 

 三上の問いかけを奈良坂は否定し、まず、と話し始めた。

 

「今回のMAP選択権は、『荒船隊』にある。先程言ったように、『荒船隊』は特化型のチームだ。弱点を突かれれば脆いが、逆に得意なフィールドに引き込めば圧倒的な優位を勝ち取れる」

 

 恐らく、と奈良坂は前置きして続ける。

 

「今回『荒船隊』は『市街地C』のような、狙撃手に有利なMAPを選んでくる筈だ。狙撃手に有利な地形で戦う事がどういう事なのか、他の隊は身を以て知る事になるだろう」

「確かに、これまでのランク戦でも『荒船隊』はMAP選択権を得られた試合では大量得点を獲得しています。得意地形に引き込んだ時の『荒船隊』の爆発力には、目を見張るものがありますね」

 

 三上は奈良坂の発言に同調し、分かり易く補足を加える。

 

 こういった気遣いが出来る点が、彼女の魅力と言えよう。

 

「けど、七海にゃ()()()()()()()ぞ? そこんトコどうなんだ?」

「それは、確かに憂慮すべき点だ。だが、極論それは七海を無視して他の隊員を狙えばいいだけの話だ」

 

 要するに、と奈良坂は捕捉する。

 

「無理に七海を狙わずに他の隊員を狙撃で仕留め、七海に補足される前に自主的に『緊急脱出(ベイルアウト)』すれば良い。有利地形で高台を取れれば、可能ではある筈だ」

「つまり、『荒船隊』は七海隊員に接近される前に点を取り逃げするという戦略を取って来ると……?」

「あくまで可能性の話だ。単に、そういう手も取れるというだけでな」

 

 それに、と奈良坂は付け加えた。

 

「理論上は出来なくもないが、あまり現実的ではないのも事実だ。七海は素の機動力がずば抜けて高い上に、『グラスホッパー』をメイン・サブ両方に装備している。自主的な『緊急脱出』には相手チームの隊員が60m以内にいない事が条件となるが、七海相手ではそれも難しい」

「地形踏破訓練の成績も物凄かったみたいだしなー、七海は。狙撃が効かないから最短ルートで迫って来るし、確かにあいつから逃げ切るのは難しいわな」

「矢張り、台風の目になるのは七海隊員なのでしょうか?」

 

 出水はそうだなー、と言いながら腕を組んだ。

 

「台風の目と言うか、七海は自分で台風を引き起こすような奴だからなー。ROUND1を見て分かる通り、あいつの攪乱能力はずば抜けて高い。少しでも隙を見つけたら、あっという間にペースを持っていかれるぞ」

 

 実際そうだったでしょー、と出水がにこにこ笑いながら告げる。

 

 その様子は何処か自慢気で、自分の弟子が評価されているのが嬉しいという感情が見て取れた。

 

「だが、当然それは荒船さんも承知している。七海を抑えなければどうしようもない事は、あの人が一番良く分かっている筈だ」

 

 つまり、と奈良坂は何処か楽し気な感情を目に宿した。

 

「────何か、仕掛けて来るだろう。七海を封じ込める為の、必殺の()を」

 

 

 

 

『さあ、スタートまで残り僅かとなりました』

 

 スピーカーから、三上の声が聞こえて来る。

 

 これから七海達は、戦場である仮想空間へと転送される。

 

 実況の声は基本的に仮想空間へは届かず、実況席での会話を試合中彼等が耳にする事は出来ない。

 

 彼等が試合中聞く事が出来る外部の声は、オペレーターとの通信のみ。

 

 それ以外は全て、シャットアウトされる。

 

『全部隊、転送開始』

 

 そして、身体が浮くような感覚と共に彼等の身体が現実から仮想へと送られる。

 

 現実から仮想へ。日常から戦いの場へ。

 

 境界を超え、彼等は辿り着く。

 

『────MAP、『摩天楼A』。時刻、『夜』』

 

 ────ネオン煌めく、大都会。

 

 宙に満月を戴く、夜のビル群。

 

 中天の満月の輝きを掻き消すような光量のネオンに彩られた摩天楼が、今回の戦いの部隊だった。

 

 夜闇の中に照らされた高層ビル群の一つ、その屋上。

 

 そこに、帽子を被った長身の男────荒船哲次が立っていた。

 

「穂刈、半崎、作戦通りに行くぞ。まずは、上を取るんだ」

『了解っす』

『作戦通りだな。了解』

 

 高層ビルの上から人のいない仮想の大都市を見下ろす荒船は、闘志を漲らせて不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「さあ、七海。勝ちに行かせて貰うぜ」

 

 荒船は宣言と共に、バッグワームを起動。

 

 ビルの屋上から跳躍し、夜の街へと消えて行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。