放たれた、一発の弾丸。
それは家屋の隙間を縫うようにして、正確に太刀川の頭部を狙い撃つ。
戦闘に置いて、最も気を付けなければいけないのは
相手を仕留めるつもりの一撃を放つ場合、確実に落とせるように全霊を込める。
手加減した攻撃で仕留められる相手はそう多くはないのだから、当然の事ではある。
だが、その一撃に集中すればするほど、周囲への警戒が疎かになる。
どんな実力者であろうと、真の意味で攻撃と防御を同時には行えない。
攻撃にリソースの多くを注ぎ込めば注ぎ込むほど、防御へ向けるリソースは少なくなる。
高い実力を持つ者は、攻撃と防御を同時に行っているのではない。
攻撃と防御を、的確に
だからこそ、先ほど風間は太刀川が熊谷を落とした瞬間を狙った。
攻撃直後の隙を、その手で突く為に。
王子の妨害さえなければ、あの一手で仕留める事が出来ただろう。
故に、この一撃は致死のそれに成り得る。
太刀川は既に攻撃態勢に移っており、王子は太刀川の身体に遮られて弾丸が見えていない。
仮に太刀川が弾丸に気付いて回避機動を取れば、その隙を風間が突く。
二段構えの、必殺。
「甘ぇよ」
────────だが。
その目論見は、太刀川が集中シールドを用いて弾丸を受け止めた事で崩れ去った。
太刀川は、攻撃の姿勢を保ちながらも、防御への意識を捨ててはいなかった。
ある意味那須隊で最も厄介な二名の居場所が、まだ割れていなかったのだ。
七海の実力は良く知っているし、茜が侮れない事も知っている。
だからこそ、太刀川は警戒を解かなかった。
なにせ、此処で介入しなければ、順当にこちらが勝つのだ。
介入が無い、と思う方がどうかしている。
王子は七海が来る確立の方が高いと踏んでいたようだが、太刀川は茜が介入して来る可能性も捨ててはいなかった。
故に、防御が間に合った。
思い込みで行動すれば、負ける。
それが、那須隊相手の鉄則なのだから。
「国近、相手の位置は?」
『解析完了だよー? マーク付けるね』
「ああ」
すぐさま発射位置を特定した国近は、そう言ってその場所を王子にも共有する。
王子はそれを確認すると、すっと顔を上げた。
「ヒューラーが来ていたか。太刀川さん、ぼくは彼女を追うよ」
「おう、行って来い。やられんなよ」
「ああ」
そう言い残し、王子はその場から駆け出した。
風間は追おうとするものの、その前に太刀川が立ちはだかる。
太刀川はニヤリと笑みを浮かべ、風間に剣を向けた。
「さあ、続けようか風間さん。王子が日浦を仕留めるまで、俺と遊んで貰うぜ」
『こっちにはヒューラーが来た。多分そっちにはシンドバットが来ると思うから、可能な範囲で足止めをして欲しい』
「おう、任されたぜ」
王子からの連絡を受け、出水は笑みを浮かべる。
正直に言って、那須と相対しているこの場で七海に襲われれば厳しいものがある。
なにせ、七海には不意打ちが通用しない。
たとえ置き弾やバイパーを用いても、最終的に七海に被弾する軌道であれば彼のサイドエフェクトで察知されてしまう。
故に、射手が七海相手に取れる手段は二つ。
圧倒的な質量で回避する隙間を無くすか、相手を射線に押し込むか、である。
そして、この場で有効なのは────────前者。
豊富なトリオンを用いた、面制圧である。
「行くぜ」
出水は両脇に、バイパーのトリオンキューブを展開。
即座に分割し、それらを順次射出した。
「……!」
放たれる、
通常のトリガーセットであれば出来ない筈のそれを、出水は行使していた。
彼はこの試合に臨むにあたって、トリガーセットを変更している。
メイントリガーのアステロイドを、バイパーに変えていたのだ。
那須を相手にする可能性があると決まった時点で、彼女と
だからこそ、那須の
彼女ならば、自分と撃ち合う事が出来ると信じて。
射撃トリガー同士がぶつかれば弾種に関係なく相殺する以上、バイパーを両攻撃で撃てるようにしておいた方が良いと判断したのだ。
降り注ぐ、バイパーの雨。
那須はそれを見て、これまでと同じようにバイパーを生成。
四方八方へと散らしながら、出水の弾幕を迎撃した。
「く……!」
だが、那須は先ほどからずっとこの弾幕戦を繰り返している。
トリオン量が少ないワケではない彼女だが、出水はその彼女の倍ほどのトリオンがある。
このままでは、押し込まれるのは時間の問題。
故に。
数発のバイパーを、出水の背後に迂回させた。
これまでの撃ち合いにより、出水が足場としている家屋も含め、多くの家屋が穴だらけになっている。
小夜子のナビゲートでその家屋の穴をを通過するルートを算出し、出水の死角になる位置から背中を狙った。
弾幕の撃ち合いを隠れ蓑にしての、本命の弾丸。
それが、背後から出水へ襲い掛かる。
ずっと機会を伺い続けた、致命の一撃。
出水は両攻撃を用いている為、シールドを張る事は出来ない。
これで、詰み。
「おっと」
彼が、まるで見えていたかのようにその場から飛び退かなければ。
弾丸は、出水に直撃せずに空を切る。
必殺の一射。
それが、失敗に終わった。
最早、同じ手は通用しない。
七海が来たとしても、彼の師である出水は彼の動きを熟知している。
ある程度の足止めは、普通にこなせるだろう。
A級一位部隊の射手の力は、伊達ではないのだから。
(恐らく、
王子は目標地点に向かって、周囲を警戒しながら駆けていた。
周囲を油断なく見回し、常に両手を空けている。
不意の狙撃が来ても、問題なく対処出来るように。
(唯一太刀川さんとやり合える前衛であるシンドバットではなくヒューラーをこっちに寄越したという事は、シンドバットが落ちては困る理由があるという事だ。そんなもの、一つしかない)
そう考え、王子は旗持ちがどちらなのか見当を付けていた。
最初は七海が太刀川の所に来ると考えていた王子だが、そうでなかった以上そこには明確な理由がある。
彼が、旗持ちであるという確信の根拠がそこだ。
この試合、那須隊は一度も七海を表に出していない。
こうまで隠密に徹させるという事は、彼の姿を見られては困る理由があるという事だ。
これまでその理由を思案し続けて来たが、こうなれば最早確定だ。
旗持ちは、七海。
それが、王子の出した解答だった。
(だから、ヒューラーはこのまま仕留めて問題は無い。後は太刀川さんと合流し直して、あわよくば風間さんを仕留めれば良い。その後は状況次第で、撤退か継戦かを判断すれば良い)
茜を仕留めれば、6点。
更に風間を仕留めれば、7点もしくは8点となる。
理想を言えば七海を仕留めて旗持ちの得点も狙いたいが、彼の生存能力の高さは群を抜いている上に判断もクレバーだ。
戦り合うならば、那須が落ちるか、最低でも出水と相打ちになる。
その上で、太刀川が万全の状態ならばなんとかなるだろう。
無理をするつもりはないが、取れそうならば狙いに行く。
それが王子の、王子隊のやり方なのだから。
(まだヒューラーは、ぼくを仕留めるワケにはいかない。だから足狙いの弾丸を撃って来る筈。来る場所さえ分かっていれば、防御は容易い)
那須隊としては出水か太刀川のいずれかが落とされない限り、王子を即死させるワケにはいかない。
故に狙って来るならば脚部であり、そして狙われる場所が分かっていれば防御は可能。
テレポーターは警戒しなければならないが、一度転移させればすぐには再使用は出来ない。
そのタイムラグの間に仕留める事は、そう難しくはない。
幸い、茜は運動能力自体は低い。
転移先を見失わなければ、どうとでもなる筈だ。
「……!」
不意に、視界の端で光が迸った。
路地の向こうから放たれた、一発の弾丸。
それが、王子の足目掛けて飛来する。
「おっと」
王子は咄嗟に集中シールドを張り、その弾丸を防御する。
弾丸はシールドに罅を入れたが、王子の身体には届いていない。
更に身体を覆うように広げたシールドにより、ライトニングの穿つ隙間も潰す。
狙撃銃は、再装填まで時間がかかる。
連射可能なライトニングは、広げたシールドで対処可能。
後は、追い込むだけ。
王子は、そう考えた。
「え……?」
────────その足が、
足を失い、その場に転げ落ちる王子。
理解出来ない。
そんな表情を、彼は浮かべていた。
そう。
彼は、相手を
一瞬遅れて事態を理解した王子は、叫ぶ。
「イズイズ……ッ! そっちに行ったのは────────」
『────────ヒューラーだ……ッ!』
「……!」
その王子の怒声に、出水は即座に攻撃を中止しシールドを展開した。
薄く広げたシールドと、頭部を守る形で展開した集中シールドを。
一瞬で対処を完了したその手並みは、流石と言えよう。
「がっ……!?」
だが。
その防御を嘲笑うかのように、
穴の開いた屋根の隙間から見える、家屋の内部。
そこには、アイビスを構えた茜の姿があった。
これまで隠密に徹し、必殺の機会を待ち続けた狙撃手は。
今この時、その役割を果たしてみせたのだ。
「テレポーターか……っ!」
そこで、気付いた。
出水の足場としていた家屋は、撃ち合いの結果穴だらけになっていた。
そして、テレポーターは転移先を
茜は家屋に空いた穴越しに内部を視認し、出水の足元への転移を実行したのだ。
ラウンド4で、壁越しの転移でモールに侵入したように。
「けど……っ!」
しかし、ただでやられるつもりはない。
出水は残ったトリオンを振り絞り、眼下の茜に向けて弾丸を撃ち放った。
テレポーターは、連続使用は出来ない。
今ならば、彼女に逃げ場はない。
「……っ!」
そこに、那須が助けに入らなければ。
那須は駆け付けるのが間に合わないと見るや遠隔のシールドを展開し、
二重に重ねられたシールドは、出水の弾丸を凌ぎ切る。
「え……?」
────────
那須の胸に空いた、一つの風穴。
それは、出水が一発だけ家屋の穴越しに迂回させた、バイパーだった。
出水の最後の一射は、アステロイドとバイパーによる
故に、それを凌ぎ切るには遠隔で
茜はバッグワームをアイビスを起動させた状態であり、出水の攻撃までにトリガー切り替えは間に合わなかった。
防御を考えない一射は、茜の反応速度を上回っていたのである。
だからこそ、那須は意表を突かれた。
出水の本当の狙いが茜ではなく、彼女であるという事に気付けなかった。
「ま、那須さんにだけは負けたくなかったからね。これでも、プライドあるもんで」
朗らかに笑う出水を見て、那須は毒気が抜かれたように溜め息を吐く。
「…………しくじったわね。次は、負けないわ」
「ああ、俺もそのつもりだ」
『『戦闘体活動限界。
那須と出水は同時に限界を迎え、トリオン体が崩壊。
二人の射手は共に光の柱となり、戦場から消え去った。
「参ったね。完全にしてやられたよ」
王子は路地に倒れ伏しながら、溜め息を吐いた。
既に、彼を倒した人物は────────七海は、この場から立ち去った。
王子は既に両足を失い、移動は不可能。
いずれはトリオン漏出で緊急脱出に至るだろうが、急所を射抜かれたワケではないので即死はしていない。
旗持ちである彼が落ちればその時点で試合終了である以上、当然の処置ではあるのだが────────地べたに這いつくばらざるを得ないこの状況は、流石に思うところがあった。
「あの弾丸は、アステロイドだったのか。まさか、シンドバットがトリガーを入れ替えていたとは盲点だったよ」
先程、太刀川を狙った弾丸。
王子達が狙撃と勘違いしたあの弾丸は、七海の撃ったアステロイドだったのだ。
七海のトリオン量であれば、アステロイドの威力は相応のものになる。
それこそ、イーグレットと見分けがつかないくらいに。
恐らく、入れ替えたのはメテオラとだろう。
風間隊との連携で邪魔になるメテオラならば、入れ替えても損失は少ない。
代わりに七海得意のメテオラ殺法が封じられる事になるが、その程度は承知の上だろう。
結果は変わらない。
今回も、王子は戦略において那須隊に敗北したのである。
王子は何処か晴れやかな、しかし悔しそうな顔で、呟く。
「仕方ない。後は任せました、太刀川さん」
「────」
「……!」
その襲撃は、音もなくやって来た。
路地から飛び出した、一つの影。
バッグワームを解除した七海が、背後から太刀川に斬り付けた。
「ようやく来たなぁ、七海……っ!!」
太刀川は、それを待ち望んでいたかのように────────否。
ずっと待ち望んでいた弟子との開戦を、刃を以て歓迎した。