痛みを識るもの   作:デスイーター

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王子隊・太刀川隊⑫

 

「出水と那須が、同時に緊急脱出(ベイルアウト)……っ! 王子も足斬られて動けない今、残るは太刀川だけだ……っ!」

「フン、こうなったか」

 

 光の実況と共に盛り上がる会場を尻目に、二宮は淡々とした表情で画面を見据えている。

 

 彼は何処か複雑そうな表情で舌打ちし、口を開く。

 

「那須は欲を張り過ぎたな。あそこで日浦を見捨てていればあいつがやられる事はなかった。甘さは捨てたと思ったが、まだ残っていたようだな」

「まあ、気持ちは分かりますよ。あの太刀川さんを相手にする以上、可能な限り勝率を上げておくに越した事はありませんからね。そういう意味では、完全に間違った選択ってワケじゃないです」

「だが、結果として那須は落とされた。過程がどうあれ、結果が失敗だった以上何も変わらん。また同じ間違いをするようなら、救いようがないがな」

 

 ばっさりと吐き捨てるように告げる二宮だが、これはこれで彼なりの気遣いのつもりなのだ。

 

 要するに、こういう考えもあるから注意しておけ、という二宮なりの助言である。

 

 言葉が足りない上に言葉選びそのものが刺々しい為誤解されがちだが、彼なりにきちんと解説を務めようという気概はあるのだ。

 

 出水や犬飼(つうやく)がこの場にいない以上、それが伝わるかどうかは甚だ怪しいワケであるが。

 

「しかし、まんまと騙されましたね。まさか、七海が自分を狙撃手(日浦さん)に偽装してたなんて」

「同じ事を、一度那須もやっているだろう。ヒントがあったのだから、警戒はするべきだった筈だ」

「思い込みに騙されましたね。アステロイドをセットしているのは、那須さんだけ。だから那須さんと離れた位置にいる以上、同じ手は使って来ない。そういう風に、印象付けられてしまった」

 

 そう、那須は一度、アステロイドを狙撃を見せかける策を使っている。

 

 貫通力特化のアステロイドであれば、速度や射程をチューニングすれば狙撃の弾丸に偽装する事は可能だ。

 

 それは王子達も目撃している為、那須の近くであれば、偽装に警戒しただろう。

 

 だからこそ、七海が同じ手を使って来ると考える事が出来なかった。

 

「トリガーの入れ替えなら、王子もやっていただろう。自分がやっていた事を相手にされないと思い込むのは、短慮でしかない」

 

 それに、と二宮は続ける。

 

「七海は、出水に師事を受けていた。他の射撃トリガーの扱いを学ぶ機会は、幾らでもあった筈だ」

「那須さんに教わる、という手もありますからね。射撃トリガーの基礎は出水先輩から習っていたでしょうから、今回それに那須さんが手を加えたんでしょう。対戦相手に指導して貰うワケにはいきませんしね」

 

 七海は、太刀川と出水の弟子である。

 

 彼等に付けて貰った指導は回避技術の上達が主な目的だが、七海にメテオラの扱い方を叩き込んだのは他ならぬ出水である。

 

 その時に、射撃トリガーの基礎は当然指導されている筈だ。

 

 基礎さえ出来ているなら、応用は幾らでも出来る。

 

 幸い、その道のエキスパートである那須が傍にいたのだ。

 

 教わる機会は、幾らでもあった事だろう。

 

「日々鍛錬を重ね、成長する。これは当然の事であり、誰もがやっている事だ。その上で相手の手を読む為には、相手の成長の方向性をそれまでの過程から推察するのが手っ取り早い。今回のそれは、予測可能な範疇だった筈だ」

「相手の戦力は、多少高く見積もるくらいで丁度良いって事っすね。そういう意味では、那須隊が王子隊の予想を上回ったと言えますが」

「だろうな。太刀川は気付いていただろうが、口出しはしなかったようだ。試験官としての自覚は一応あるようだな」

 

 二宮の言う通り、今回太刀川と出水はあくまで()に徹している。

 

 試験官という立場上、王子隊側から求められない限り彼等が献策をする事はない。

 

 香取隊のように減点覚悟で献策を願えば話は別だっただろうが、選択したのはあくまで王子隊だ。

 

 どちらが正解だったかまでは、分からない。

 

 一つ言えるのは、この試合では王子の戦略の想定が、那須隊に届かなかった。

 

 それだけである。

 

「それでどーなんだ? 七海と風間の二人がかりな上に時間をかければ日浦も来るだろーけどよ、どっちが勝つと思う?」

「フン、確かに盤面の上では太刀川が不利だ」

 

 だがな、と二宮は告げる。

 

「多少不利な程度で負けるようなら、あいつは一位になってはいない。太刀川は、戦闘だけは一流だからな」

 

 

 

 

「旋空弧月」

 

 太刀川は七海への挨拶代わりか、旋空を撃ち放つ。

 

 七海と風間は即座に反応し、跳躍。

 

 旋空弧月、その一撃目を回避した。

 

「────」

 

 無論、それだけで終わる筈もない。

 

 今度は音声認証を伴わず、太刀川は二撃目の旋空を放つ。

 

 回避の為に空中に跳躍した二人に、この攻撃は躱せない。

 

「……!」

「────」

 

 しかし、その程度は想定内。

 

 七海は自分と風間の足元に、グラスホッパーを展開。

 

 二人はジャンプ台トリガーを踏み込み、二撃目の旋空を回避した。

 

「────」

 

 すかさず、七海は手元に生成したスコーピオンを投擲。

 

 三撃目を放とうとした太刀川を、牽制する。

 

「……!」

 

 太刀川は放たれたスコーピオンを右の弧月で薙ぎ払い、同時に左の弧月を抜刀。

 

 更なる旋空を、撃ち放った。

 

 息もつかせぬ、旋空の連打。

 

 扱い難いとされる旋空を此処まで使いこなしているのは、ボーダー内でもごく僅かだ。

 

 独自の射程と剣速を持つ生駒旋空という伝家の宝刀を持つ生駒とは、また別ベクトルの使い手。

 

 生駒が唯一無二の技を用いて相手の虚を突く使い手ならば、太刀川は旋空の強みを最大限に押し付ける形で相手を圧倒する剣士だ。

 

 旋空の強みは、二つ。

 

 射程距離と、その切断力だ。

 

 拡張ブレードである旋空は、攻撃範囲という点でスコーピオンやレイガストの追随を許さない。

 

 その射程は、凡そ20メートルほど。

 

 流石に銃手の射程には届かないが、それでも攻撃手としては破格の攻撃範囲である事に違いはない。

 

 風間も七海も、共にスコーピオンの使い手。

 

 太刀川と戦う場合、リーチという一点に置いて二人は不利を強いられている事になるワケだ。

 

 そして当然、旋空の切断力も無視出来ない。

 

 旋空の威力はノーマルトリガーの中でも群を抜いており、シールドではまず防げない。

 

 防御不能、というその特性は線の攻撃である旋空にとって、決して無視出来ないメリットだ。

 

 基本的に旋空は、横薙ぎに払った方が強い。

 

 それは何故か。

 

 無論、相手に無理な姿勢での回避を強要出来るからだ。

 

 跳躍して躱すにせよしゃがんで回避するにせよ、横薙ぎの旋空を回避する為には無理な姿勢を取らざるを得ない。

 

 そこに二撃目を叩き込む事が出来れば、それで終わる。

 

 だからこそ、風間は太刀川に対し防戦一方にならざるを得なかった。

 

「────」

「……!」

 

 だが、七海が加わった事で条件は切り替わった。

 

 七海には、グラスホッパーがある。

 

 空中機動を可能とするジャンプ台トリガーだが、このトリガーは使用者以外が踏んでもその効力を発揮する。

 

 つまり、七海が傍にいる限り、風間もまたグラスホッパーの恩恵を受ける事が出来るのだ。

 

 七海は再びグラスホッパーを展開し、風間と共にそれを踏む。

 

 ジャンプ台トリガーの加速により、二人は共に旋空を回避する。

 

「────」

 

 そして、風間はカメレオンを起動。

 

 その姿を、空気に溶け込ませた。

 

「ちっ」

 

 先程と違い、王子のハウンドによる援護はない。

 

 このまま放置すれば、風間は隠密戦闘によって攪乱して来るだろう。

 

 故に、太刀川は旋空弧月を連射し風間を炙り出す────────などという軽挙はしない。

 

 闇雲に放った旋空など、風間は難なく回避するだろう。

 

 それに、そんな隙を七海が見逃すとも思えない。

 

 七海は、彼の弟子は、そこまで甘くはないのだから。

 

 故に、太刀川は左の弧月を納刀し、右の弧月を構えた。

 

 七海に意識を向けながらも、風間への警戒を怠らない。

 

 待ちの、迎撃(カウンター)狙いの構えだ。

 

 来るなら来い。

 

 そんな挑発を含んだ誘いに、七海は乗った。

 

 無論、様子を見て膠着状態を続けるという手もあるだろう。

 

 だが、そんな後ろ向きな考えで倒せるほど、太刀川は甘くはない。

 

 逃げの思考に陥った瞬間、容赦なく喉笛を食い千切って来るだろう。

 

 那須隊の旗持ち(フラッグ)は、七海である。

 

 既に太刀川の視界には、その事を示す表示が出ているだろう。

 

 つまりこの戦いは、七海が落とされた時点で終わりなのだ。

 

 もしも王子がトリオン漏出で落ちるよりも前に七海が落とされれば、那須隊の負けだ。

 

 現在、王子隊は6Pt、那須隊は4Ptを獲得している。

 

 この場で七海が太刀川を倒し、王子がトリオン漏出で緊急脱出すれば那須隊が追加で5点を獲得し9Ptとなり勝利。

 

 だが、王子が落ちる前に七海が落とされれば王子隊が3Ptを獲得し9Ptとなり勝利する。

 

 この戦闘が、この試合の趨勢を分けるのだ。

 

 最後に七海が太刀川を相手するという事は、最初から決めていた。

 

 故に本来であれば旗持ちは他の者に任せたかったのだが、他の者もまた落とされる可能性が多い役割故に、彼に振らざるを得なかったのである。

 

 熊谷は前衛となって時間を稼ぐ前提でいた為、最初に候補から外れた。

 

 那須もまた、相手に出水がいるという事で抑えに回らざるを得ず、落ちる危険はどうしても伴う為除外された。

 

 最後に残った候補は七海と茜の二人であったが、茜は出水の至近距離に転移して仕留める、という役割があった。

 

 ただ遠距離から狙撃するだけでは、出水の隙を突く事は出来ない。

 

 七海は、そう判断した。

 

 そして、出水はただで落ちるほど甘い相手ではない。

 

 必ず最後に何かして来るだろうと、七海は確信していた。

 

 だからこそ、反撃で落とされる危険の高い茜に旗持ちを任せるワケにはいかなかったのである。

 

 結果として生き残りはしたが、代わりに那須を落とされるという手痛い損害を被った。

 

 そういう意味で、この判断は間違っていなかったと言える。

 

 無論、七海も自分が絶対に太刀川に勝てるなどという己惚れは抱いていない。

 

 地力は、間違いなく太刀川が上。

 

 個人戦力でも駆け引きでも、七海が太刀川に勝るところなど無い。

 

 だが。

 

 だからと言って、七海が太刀川に(弟子が師に)勝てないとは限らない。

 

 そして、七海はこの場において一人ではない。

 

 風間が共に戦い、茜もまた生き残っている。

 

 なにも、一騎打ちに拘るつもりなどない。

 

 これは個人戦ではなく、チーム戦。

 

 使えるものは全て使い、相手の裏をかいた方が勝つ容赦なき戦場。

 

 むしろ、手段を選んでいては失礼にあたる。

 

 その程度の心意気(じょうしき)は、当然知っていた。

 

「────」

 

 しかし。

 

 師である太刀川に、同じく師である風間と共に挑む。

 

 その状況に、心躍っていないワケではない。

 

 自分が旗持ちを担うと告げた時に、私情は絡めなかった────────100%そうだとは、言い切れない。

 

 後がない状況で太刀川と戦い、自分を鼓舞したかった。

 

 そういう計算(きもち)がなかったと言えば、嘘だ。

 

 表面上は冷淡に見えがちな七海であるが、その心には師匠達から継いだ熱い想いが宿っている。

 

 戦闘狂(バトルジャンキー)とまでは言わないが、戦いに楽しみを見出していないワケではない。

 

 競い合い、高め合う。

 

 その楽しさは、太刀川や影浦(ししょう)達から教わっていたのだから。

 

「行きます」

「おう、来い」

 

 七海はスコーピオンを構え、駆け出す。

 

 太刀川はそんな七海の挑戦を、満面の笑みで受け取った。

 

 

 

 

「楽しそうやなあ、七海の奴。迅もそう思うやろ?」

「そうだねー。ホント、楽しそうだ」

 

 観戦席でぽんち揚げを頬張りながら、迅は生駒に相槌を打つ。

 

 生駒は試合中「そこや」「あかん」「マジか」などと逐一声をあげていたが、迅は笑みを浮かべたままそんな生駒を尻目に試合を眺めていた。

 

 表面上盛り上がっていたのは生駒の方だが、迅も何も感じていないワケではない。

 

 その証拠に、彼自身の顔は何処か緩んでいるように見えた。

 

「そんで迅。お前はどっちが勝つと思うんや? 人数は有利やけど、太刀川さんはそれだけで勝てるほど甘くないやろ?」

「そうだねえ。戦争は基本的に数が多い方が有利だけど、太刀川さんはその数をひっくり返せるだけの武勇がある。一騎当千、って言葉は太刀川さんみたいな人の事を言うんだろうね」

 

 けど、と迅は続ける。

 

「それでも、太刀川さんと同格の風間さんが一緒に戦っているし、七海も太刀川さんの手の内はある程度知ってる。まあ、それ込みでも太刀川さんを崩すのは半端じゃなく大変だけど────────」

 

 そう言って、迅は楽し気な笑みを浮かべた。

 

「────────それでも、未来は決まってない。俺は、七海に賭けるよ」

 

 迅はそう告げ、画面を見上げる。

 

 戦いは、最終局面を迎えていた。

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