「俺とお前が組んで、太刀川を倒す、か」
「ええ、可能な限りその状態に持ち込もうと考えています」
それは第二試験、前日。
風間隊の作戦室での事だった。
試行錯誤の末、改めて風間隊との最終打ち合わせを行っていた。
既に作戦概要は伝えてあり、今回はその確認作業が主だ。
試合の最終目的である
「風間さんから見て、どうですか? 俺達の勝率は、どの程度でしょうか?」
「フン、いいだろう。俺の見解を言ってやる」
ここで「勝ち目があるのか」と聞いてきたら答えるつもりはなかったがな、と風間は呟く。
勝ち目の有無を聞く時点で、及び腰になっている事は明白。
そのような弱音を吐くようでは、気持ちの時点で負けている。
だが、七海達は違う。
既に那須隊は作戦計画を立案し、準備を整え、本気で太刀川隊を打倒する気でいる。
故に、問うべきは勝ち目の有無ではない。
勝率の、多寡だ。
取るべき作戦は、既に温めてある。
後はその作戦がどの程度有効であり、実行するにあたってどのようなリスクが考えられるのか。
その詰めを、七海は聞いているのだ。
これはあくまで風間の
あくまで風間に求めるのは純粋な
取り合えず、七海の問いは風間のお眼鏡に叶ったというワケである。
「まず、俺とお前が組んで太刀川と戦った場合、何の援護もなしでの勝率は五分五分────────いや、四割といったところだろう」
「そこまで、ですか……」
ああ、と風間は七海の問いを肯定する。
「太刀川には、並外れた勝負強さがある。地形次第でこちらの有利には持っていけるが、MAP選択がランダムである時点で高望みはすべきではないだろう。だから、これは障害物のない平野で戦った場合の話になる」
「複雑な地形なら、ある程度はマシになると」
「そうだな。四割の勝率が、五分五分になるくらいにはな」
地形の有利が取れても、五分五分。
その数字は、決して無視出来るものではない。
風間は、太刀川に次ぐ攻撃手だ。
その風間をして、七海と二人がかりでも確殺は出来ないと言っているのだ。
この事実は、重い。
「これはお前の実力を低く見ているワケでも、俺自身の力を謙遜しているワケでもない。単純に、太刀川の地力がそれだけ厄介なだけだ」
風間はそう告げると、険しい表情のまま顔を上げた。
「太刀川は以前に何度か、気迫で勝負が決まるのは実力が相当近い時だけだ、と言っていた事を覚えているか?」
「ええ、あの人の持論の一つですよね」
「そうだ。そしてこれは、奴自身の実体験でもある」
つまりだな、と風間は続ける。
「あいつは、ここぞという時の踏ん張りが────────気迫が、凄まじいんだ。純粋な剣の技量や駆け引きの強さは勿論だが、そういった拮抗状態で流れを引き寄せる機運のようなものを持っている」
だから、と風間は告げた。
「────────ハッキリ言って、2対1になったところであいつを確実に落とせるとは断言出来ん。あいつは、総合一位は、そこまで安くはない」
戦闘以外の頭は空っぽだがな、と風間は愚痴るように呟く。
それは偽らざる、風間の本音だった。
太刀川は拮抗状態を作ったところで、それをひっくり返せるだけの引きの強さを持っている。
故に、有利になった程度では、落とせるとは断言出来ない。
それが、A級一位部隊隊長。
太刀川慶という男の、脅威なのだ。
「だがそれは、あくまでも何の外的要因も作戦もなく、正面からぶつかった場合の話だ」
しかし、風間はそう続けた。
その眼に、不敵な笑みを浮かべながら。
「お前等の作戦ならば、勝ちの
「────」
七海は無言でスコーピオンを構え、太刀川に向かって投擲する。
同時に、グラスホッパーを展開。
ジャンプ台トリガーを踏み込み、側面に回り込むように跳躍する。
「ハッ」
太刀川は肩を竦めるような動作で投擲されたスコーピオンを躱し、弧月を握り締める。
旋空弧月。
その、発射体勢に入った。
「……!」
それが放たれる前に、七海は再度グラスホッパーを展開。
複数展開されたジャンプ台トリガーを踏み込み、一気に太刀川から距離を離す。
旋空の射程は、凡そ15メートル。
踏み込んで撃てば20メートルほどまで飛距離を伸ばす事が可能だが、それ以上の距離には届かない。
例外は生駒旋空のみであり、太刀川はそれを習得してはいない。
生駒旋空は通常の旋空とは別の技術が必要な秘奥であり、そもそも旋空弧月の完全な上位互換というワケではない。
その剣速と射程距離が厄介極まりない生駒旋空であるが、通常の旋空とは違い
故に生駒は通常の旋空と生駒旋空を使い分けていたのであり、その欠点自体は彼自身も認めるところだ。
故に、通常の旋空しか使えない太刀川が旋空使いとして生駒に劣るという事は有り得ない。
太刀川の旋空の脅威は、その使い方の巧みさと手数だ。
通常の弧月使いとは違い、太刀川は弧月を二本装備している。
しかも、ただでさえ扱いが難しい旋空弧月を二刀流で使いこなすという天才だ。
旋空弧月は通常の弧月よりも重量とサイズが増す為、使った際はどうしても動作が重くなる。
しかし、太刀川は旋空弧月を使用しても殆ど動きに変化はない。
無論コンマ数秒程度の誤差はあるだろうが、あくまでもその程度。
故に。
太刀川が旋空を使おうとした場合は、その射程外に退避するのが手っ取り早い。
「────────旋空弧月」
だが。
それならば、
太刀川はグラスホッパーで逃走した七海ではなく、近くにいた風間へ向けて旋空を発射。
拡張ブレードが、風間に襲い掛かる。
「……!」
無論、それを素直に喰らう風間ではない。
風間は姿勢を低くして、旋空を回避。
そのまま自身の小柄な体躯を活かした動きで、太刀川へ向かって距離を詰める。
体格差というものは、鍔迫り合いなどではどうしても影響が出る。
正面からの力比べであるならば、当然体格が良い方が有利だ。
だが。
こと小回りの利き具合で言うならば、小柄な体躯は明確なアドバンテージと成り得る。
体格が小柄という事は、それだけ
つまり、回避能力だけを考えるのであれば、小柄な方が有利なのだ。
現に、かなり小柄な体躯の緑川などは、その機動力と攪乱能力で一目置かれている。
そして、風間の年齢不相応な小柄さは、立派な武器となるのだ。
「────────来ると思ってたぜ」
無論。
その程度の事は、太刀川とて承知の上だ。
太刀川と風間は同じA級上位部隊同士、何度もランク戦でやり合っている。
故に風間は太刀川の手の内は知っているし、太刀川もまた風間の実力の程は充分に知っている。
故に。
この程度は、不意打ちにすらならない。
太刀川は即座に、残しておいた左腕の弧月を抜刀。
旋空を起動し、地面スレスレを駆けて来る風間に向かって撃ち放つ。
「────────ああ、そう来るだろうと思っていた」
当然。
その程度、風間とて承知していた。
風間は即座に地を蹴り、旋空の一撃を回避。
しかし、その代償として逃げ場のない空中に躍り出た。
「……!」
空中に跳んだ風間の足元に、グラスホッパーが展開される。
それを使用したのは、風間ではない。
いつの間にか近くまで戻って来ていた、七海である。
そう。
風間が太刀川に接近したのは、その場で彼を仕留める為ではない。
七海がグラスホッパーの展開範囲に、自らを滑り込ませる為だ。
太刀川が対応するよりも早く、風間はグラスホッパーを踏み抜き跳躍。
1枚、2枚、3枚。
三段階の加速を得て、一気に太刀川の旋空の射程外へと飛び出した。
「────」
そして、それと同時。
風間の姿が、虚空に溶けるように消え去った。
隠密トリガー、カメレオン。
風間の真骨頂であるそれが、遂に起動したのだ。
「ちっ……!」
先程までは、王子のハウンドがあった為カメレオンを迂闊に起動する事は出来なかった。
王子がいなくなった後でも、旋空の射程内で起動するのはリスクが高い。
故に。
七海と風間は、ずっとこの時を狙っていたのだ。
風間を旋空の射程外に退避させ、カメレオンを起動する隙を。
回避能力がずば抜けて高い七海が攪乱し、姿を消した風間が仕留める。
この陣形に、持っていく為に。
風間と太刀川の個人戦ならば、カメレオンを巧く発動出来たかどうかが勝敗の分かれ目となる事が多い。
如何に太刀川の攻撃を掻い潜り、姿を、痕跡を消して肉薄するか。
それに尽きる。
その第一条件は、たった今クリアされた。
後は。
致命の一撃を、どうやって叩き込むか。
それに懸かっている。
太刀川は風間を炙り出す為、無作為に旋空を連射────────は、しない。
そんな隙を晒すような真似をすれば、どうなるかは目に見えている。
故に。
太刀川の取る手段は、一つ。
先程と同じ。
しかし、明確に違うのは、次の攻防で勝負を決めるつもりであるという事だ。
流石に、太刀川相手に二度目のカメレオン発動が可能だとは七海達も考えてはいない。
狙いがバレた以上、次はこう巧くはいかないだろう。
だからこそ、此処しかないのだ。
あまり時間をかけ過ぎれば、王子のトリオン漏出による緊急脱出で試合が終わってしまう。
これ以上、時間をかける事は出来ない。
次の攻撃が、全て。
それは、全員が自覚していた。
「────」
「────」
一瞬の沈黙。
太刀川は七海の出方を、風間の気配を伺い。
七海は、太刀川の呼吸を見定める。
「……!」
「……!」
動いたのは、七海。
七海は地を蹴り、太刀川に向かって肉薄する。
「────旋空弧月」
太刀川は右腕の弧月を用いて、旋空を起動。
正面を、拡張ブレードで薙ぎ払う。
「────!」
七海はそれを、極小のグラスホッパーを踏み込み回避。
更に、太刀川の周囲に無数のグラスホッパーを展開。
それらを足場に、目にも止まらぬ空中機動を連続させた。
緑川の得意とする、グラスホッパーを用いた空中殺法である。
「甘いな」
しかし、太刀川は一切動揺せず、冷静に次の手を打った。
即ち、旋空弧月を。
乱反射は確かに有用な技術だが、弱点も多い。
その一つに、範囲攻撃への脆弱さが挙げられる。
ハウンドや、バイパー。
グラスホッパーを両手で展開している都合上、これらを使われれば乱反射は中止せざるを得なくなる。
その場合、相手の至近で隙を晒す羽目になってしまうワケだ。
そして、太刀川の旋空弧月は、この範囲攻撃に該当する。
無論、他の相手ならば有効だろう。
旋空を使う際は、どうしても動作が重くなる。
だが。
太刀川に、旋空を使う時の動作のブレは無いも同然。
自分の周りを飛び回る相手を斬り伏せるなど、造作もない。
「旋空────」
太刀川は七海を斬り捨てるべく、旋空の発射体勢を取る。
右腕は振るったばかりだが、まだ左腕がある。
左腕の弧月が、旋空が、その手によって振るわれる。
「────」
七海達の、想定通りに。
太刀川の背後。
その至近の空気が、ブレた。
姿を現したのは、風間蒼也。
その手に刃を持った、暗殺の名手。
風間は無言のまま、太刀川の心臓に刃を突き立てるべく腕を振るう。
既に、太刀川は旋空の発射体勢に入っている。
右腕は振り切られ、左腕も七海を狙っていた。
この状態で風間を迎撃する事は、不可能。
「────────なんて、思ってたか?」
────────七海に向けた筈の刃が、風間の右腕を両断しなければ。
「……っ!」
風間の右手首が切断され、握られていたスコーピオンが地に落ちる。
奇襲は、失敗した。
太刀川は、読んでいたのだ。
七海の乱反射は、あくまで囮。
本命は、姿を消した風間による奇襲であると。
「アステロイド……ッ!」
そして、それが防がれた以上、最早七海が動く他ない。
七海はグラスホッパーを解除し、乱反射を中断。
敢えて音声認証を用いて、アステロイドを発射。
追撃を放とうとする太刀川に、弾丸を見舞った。
「おっと」
しかし、その弾丸も太刀川のシールドに難なく受け止められる。
既に太刀川は片方の弧月をオフにしており、シールドへの切り替えを完了していた。
如何にトリオンの多い七海のアステロイドでも、本職の射手と比べればそもそも弾の精度が甘い。
普段使用しているメテオラとは、使い勝手は当然違うのだ。
故に、ある程度集中したシールドを用いれば、防げてしまう。
そして、一瞬を稼げれば、次の手を打つ事が可能。
「旋空────」
太刀川は、旋空の発射体勢に入った。
『茜。今です』
「了解」
しかし、その瞬間を待ち望んでいた者がいた。
七海のアステロイドが防がれる事は、折り込み積み。
まだ、追撃の一射はある。
彼女は、茜は、アイビスの引き金を、振り絞った。
太刀川の側面から飛来する、一発の弾丸。
それは、彼が展開したシールドの範囲の外側から放たれていた。
今シールドを解除すれば、七海のアステロイドが直撃する。
更に、茜が使用した狙撃銃はアイビス。
二重のシールドを用いなければ防げない、威力重視の弾丸。
回避する事は可能かもしれない。
しかし、今そんな隙を見せれば、左腕が残った風間が食らいつく。
これで、詰み。
「まだだ」
だが、太刀川はそれすら凌ぐ。
太刀川は前面のシールドを解除し、
集中シールドの二重防御で、茜のアイビスを凌ぎ切った。
無論、そんな事をすれば七海のアステロイドが被弾する。
しかし、弾の集中が甘かった事もあり、太刀川は最小限のダメージでその被弾を乗り切った。
最初から、無傷で勝つつもりなどない。
死ななければそれで良いという、割り切り。
一歩間違えれば蜂の巣になっていたであろう選択すら、迷いなく取ってしまう。
それが、太刀川の強さ。
総合一位の、実力。
最大の脅威であった茜の狙撃を凌ぎながら、太刀川は一切の油断をしていない。
風間にはもうカメレオンを使う隙など与えないし、彼が姿を消すよりも太刀川が斬り捨てる方が早い。
そして、再装填の事を考えれば次の狙撃が来る前に充分トドメは刺せる。
だから。
七海の姿を
今の一瞬、太刀川は狙撃に対応する為僅かではあるが七海への注意力を下げた。
更に言えば、アステロイドによる致命傷を避け、風間の挙動に対応する為に神経を使っていた。
有り体に言えば、太刀川の処理能力は限界近くまで使われていたのだ。
幾ら太刀川が実力者であると言っても、一度に注意を向けられる数には限度がある。
それが、同格もしくはそれに匹敵する相手ならば猶更だ。
ほんの一瞬。
コンマ数秒程度の意識の隙。
それを、突かれた。
「上か……っ!?」
しかし、太刀川は冷静だった。
今の一瞬で、視界の外に行けるような大幅な移動が出来る筈がない。
有り得るとすれば、真上。
人体の死角であるそこに跳び上がったとしか、考えられない。
故に、太刀川は上方を警戒し────────。
「な────っ!?」
────────懐に姿を現した七海によって、その胸を貫かれた。
有り得ない。
とは、考えなかった。
太刀川はこの現象の正体を、一発で看破する。
「カメレオン、か……っ!」
隠密トリガー、カメレオン。
それが、七海の使用した最大の隠し札だった。
七海の弾丸も、風間の奇襲も、茜の狙撃も、全てはこの一撃に繋げる為。
太刀川の処理能力を限界まで逼迫させた上で、予想外の一撃を叩き込む。
そうでもしなければ、勝てない。
そう判断したが故の、渾身の策。
アステロイドをメテオラと取り換えたのも、わざわざ乱反射を使ったのも、もう他に隠し札はないと錯覚させる為の一手。
スコーピオン二枚と、グラスホッパー二枚。
シールドと、バッグワーム。
そして、メテオラの代わりに起用したアステロイド。
この試合で、七海はその殆どを使っている。
カメレオンを入れる枠など、無い筈なのだ。
そう。
通常、シールドを1枚にするのは自殺行為だ。
両防御が出来なければ、いざという時に詰む可能性が高くなる。
しかし、だからこそ七海はその博打を打った。
そこまでしなければ、勝てない。
そう、信じたが故に。
「ちっ、負けちまったか。次は負けねえからな、七海」
「ええ、何度でも、挑ませて貰います。
苦笑する太刀川の身体が、瞬く間に罅割れる。
敗北を認めながらも、太刀川は不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、何度でも受けて立ってやるよ。お前は、俺の弟子だからな」
『戦闘体活動限界。
太刀川の姿はその言葉を最後に光の柱となり、消える。
同時に、離れた場所でもう一つ、光の柱が立ち上った。
王子の、旗持ちのトリオン漏出による緊急脱出。
王子隊と太刀川隊、その全滅を以て第二試験は終了した。