『これで第二試験は終了だ。ご苦労だったな』
通信越しに、風間の声が響く。
実質的な試験官からの終了宣告に、七海達はほっと息を漏らした。
結果こそ大勝ではあったが、危ない場面は何度もあった。
特に太刀川との戦いは、その最たるものだったと言えよう。
何せ、あそこで七海が落とされてしまえば結果が全てひっくり返される事になっていたのだ。
最終的に勝利はしたが、それはあくまで結果論だ。
間違っても、楽勝だったなどとは言えないだろう。
ともあれ、そんな激戦を潜り抜けたのだ。
溜め息の一つも、漏れるというものであろう。
「はい、ありがとうございました。風間さんの協力なくして、太刀川さんは倒せませんでした」
『作戦を立てたのはお前達で、俺はそれに乗っただけだ。自己評価が低いのは知っているが、謙遜のし過ぎは却って失礼になるぞ』
「それでも、お礼は言わせて下さい。太刀川さんを倒す事は、俺の目標の一つでしたから」
七海の言葉にそうか、と風間は小さく笑った。
師匠筋の一人として、思うところも色々あるのだろう。
風間は言っている事は辛辣ではあるが、それは面倒見の良さの裏返しでもある。
苛烈に見えて、認めた相手にはかなり甘いのが風間だ。
言葉には出さないが、弟子の成長を嬉しく思っている事は事実だろう。
その事を
部下の心の機微くらい、風間にはお見通しなのであった。
『まあ良い。では軽くではあるが、今回の俺からの評価を伝えよう』
風間は気を取り直し、今回の評価説明に移った。
七海達は居住まいを正し、風間の言葉を待つ。
通信越しにその雰囲気を感じ取り、風間は息を整え口を開いた。
『一先ず、全体的に作戦は悪くなかったと言える。あまり転送運に恵まれていなかったにも関わらず、動きは悪くなかった』
まず、と前置きして風間は続ける。
『最初に王子に追い込まれて太刀川と戦う事になった熊谷は、予想以上に奮闘した。まさか、太刀川相手に単独であそこまで粘れるとは思っていなかった。落とされはしたが、それまでに稼いだ時間はチームに大きく貢献した。誇って良い戦果だろう』
「あ、ありがとうございます」
ストレートな称賛を口にされ、熊谷は照れながら頷く。
風間の苛烈さを知っている為に、そんな相手からの高評価がこそばゆいのだろう。
七海も経験のある事な為、共感は出来る。
普段厳しい事を言う相手からの称賛は、他とは違う達成感のようなものがあるのだから。
『自分が落とされても、最終的にチームに貢献出来たのであればそれは間違いなくプラスの成果だ。目に見える戦果だけが全てじゃない。こういった縁の下の力持ちこそ、チーム戦では重宝されるべきだと俺は考えている』
『まあ、実際太刀川さん相手の時間稼ぎが出来た時点で大戦果と言って良いでしょう。結果として、太刀川さんを一定時間浮かせる事が出来たんですから』
風間に追随するように、歌川も熊谷の戦果を称賛する。
それだけ、熊谷が齎した時間稼ぎの影響は大きいのだ。
菊地原も口には出さないものの、それは認めている。
言うべき事は既に二人が言っているので、余計な口を出さないだけだ。
『それから、出水を実質那須一人で抑えられたのも大きい。大きいが────────まさか、二人揃ってあそこまでの弾バカとは思わなかったぞ』
『まあ、普通にドン引きだよね』
通信越しに、二人分の呆れた溜め息が聞こえて来る。
無理もない。
何せ、
これがアステロイド等の軌道が直線的な弾丸であれば、まだ分かる。
だが、複雑怪奇な軌道を描くバイパー相手にそれをやるとは、些か常軌を逸している。
作戦としては
射撃トリガーを扱う万能手の歌川の眼から見ても、あれと同じ真似をしろと言われては首を横に振るしかない。
それだけ、あの二人の技術は常識の外にあったワケだ。
普段あまり軽口を言わない風間をして、弾バカという揶揄が飛び出すくらいには。
『…………まあ、仕事自体はこなしていたしその事に文句はない。正気を疑いはしたが』
「出来ると思ったからやりました。無理をしたとは思っていないわ」
『そうか』
そう言われては、風間も黙るしかない。
戦場に身を置く者として、那須の言い分も理解出来るからだ。
熟練の戦闘者は、それまでの経験や状況把握から感覚的にその場で自分に出来る事と出来ない事が判別出来る。
その感覚を言語化出来る者も中にはいるが、那須は生憎そういうタイプではない。
俗に天才と呼ばれる者は、こういった独自の感覚を元に行動を決定する。
そして多くの場合、それは才能を持たない者の眼には突拍子もない思い付き故の行動に映る。
香取の独断専行が、まさにそれだ。
彼女のような天才タイプの行動は、凡人からすれば考えなしの行動に見えてしまうワケだ。
幸い、那須にはリアルタイム弾道制御という目に見えて特別な技能を持っている。
故に、突飛な行動も、その天才性故のものと理解され易いのだ。
加えて無暗矢鱈に喧嘩を売るタイプでもない為、周囲との軋轢も生じ難い。
まあ、コミュ障気味な為衝突の機会自体なかった、とも言えるのだが。
『ただ、日浦を助けに行った時は少し露骨過ぎたな。那須が落ちる事によるメリットもあったが、残ったならば残ったでやりようはあった筈だ。作戦を重視するのは良いが、選択肢は多く持っているに越した事はない』
「…………わかりました」
風間の指摘に、那須は素直に頷いた。
あの場面で、那須は日浦をほぼ捨て身と言える行動で助け出した。
結果として茜の生き残りは勝利に貢献したが、その所為で那須が落ちた事は事実である。
王子隊には追加点を与える事になったし、那須とて生き残ったならば生き残ったでやりようはあった。
見方によっては、那須は作戦を重視し過ぎるあまり柔軟性を失っていたとも取れる。
今回はそれが良い方向に転がったが、それでも
失策とまでは言わないが、
だからこそ、敢えて風間はそこを指摘したワケである。
那須も、それが分からないほど察しが悪いワケではない。
故に、素直に受け入れた。
かつての頑なさは、既にやわらいでいるのだから。
『それはそれとして、結果として那須の行動が勝利に貢献したのは事実だ。そこはしっかり評価している』
「ありがとうございます」
助言を素直に聞き届けた那須に、風間はさりげなくフォローを入れる。
此処で食い下がるようであれば別だが、アドバイスを素直に聞き入れたかどうかは見れば分かる。
勤勉な者は、風間は決して嫌いではないのだ。
『次に、日浦だが────────特に言うべき事はないな。完璧な仕事だったと言える』
「は、はい。ありがとうございますっ!」
そして、仕事をきっちりこなした茜に対しては、手放しの賛辞を口にする。
その表情は何処か穏やかで、茜も褒められてまんざらでもなさそうだ。
『作戦決行時まで隠密に徹し、きちんと仕事をこなしている。お手本のような狙撃手の立ち回りだ。敢えて言うなら、もう少し素の運動神経をどうにかして欲しいところだが』
「す、すいません」
『生身の身体を鍛えれば、それだけトリオン体の動きも良くなって来る筈だ。トリオン体になれば膂力等は強化されるが、身体の動かし方は覚えておいて損はない。興味があるなら、木崎に口を効いてやる』
他に当てがあるなら別だが、と風間は続ける。
突然の申し出に茜は目を白黒させるが、おずおずと口を開いた。
「あの、すみません。実は奈良坂先輩から、生身の身体の鍛え方については徐々にやっていく予定だって……」
『…………成る程。師匠の奈良坂にプランがあるなら、俺が口出しするべきではないな。出過ぎた真似をしたようだ』
「い、いえっ、わざわざ考えてくださって嬉しかったですっ!」
茜は恐縮しながらぺこぺこ頭を下げ、そんな彼女を見て風間は溜め息を吐いた。
『そうか。それなら、この話はこれで終わりだ。時間を取らせたな』
いえ、大丈夫ですから、と茜は風間に笑いかける。
そんな茜を何処か微笑まし気に見詰めた後、風間は七海に視線を向けた。
『最後に、七海だが────────どうにもならない事情があるなら、フォローはきちんとやっておけ。これは、お前の仕事だろう』
「はい、勿論です」
『分かっているならいい』
何の事を言っているかは、瞭然だった。
今回の試合では、小夜子の男性恐怖症があるが故に、風間隊の力を十全に発揮する事は出来なかった。
連結の密度もそうだし、何より菊地原の強化聴覚の
風間隊は有事の際、菊地原のサイドエフェクト────────強化聴覚を、隊員全員に共有出来る。
風間と歌川はその恩恵を受けてはいたものの、直接菊地原と会話が出来ない小夜子では、調整など不可能だったのである。
出来たのは菊地原からの報告を七海や那須に届ける程度であり、全ての情報を完全なリアルタイムで共有する事までは出来なかった。
それが歌川や菊地原の脱落に繋がった事は、今更言うまでもない。
無論、風間とて小夜子の事情は承知している。
彼女の男性恐怖症が根性論ではどうしようもないものであり、改善の見込みも無い事も知っている。
故に風間は、小夜子のスタイル自体を改善させようとは思っていない。
それはぶどうアレルギーの人間に無理やりぶどうを食べさせるような暴挙であり、逆効果でしかない事を察しているからだ。
だからこそ、風間は言ったのだ。
小夜子の男性恐怖症を治すのではなく、それを受け入れた上で対処を考えろ。
彼は、そう言っているのだ。
その事は、七海も充分に承知していた。
那須隊がA級に上がるにあたり、ネックとなるのはそこであろう事も理解している。
風間は、身内だからといって評価を緩める事はしない。
今回の試合の評価にも、きっちりその事は記されている筈だ。
即ち、複数チームでの作戦行動時の
次回でそれが改善されたと見做されなければ、風間は容赦なく評価を落として来るだろう。
風間は面倒見は良いが、甘くはない。
本気で相手の事を考えるからこそ、評価は厳しく言葉も苛烈になる。
口の悪さから誤解されがちではあるが、それが風間なりの気遣いであった。
『だが────────太刀川を倒したのは、見事だった。師として、誇りに思うぞ』
「ありがとう、ございます」
故に、称賛すべき所は外さない。
正直な話、七海が太刀川を数人がかりとはいえ倒した事に、風間は小躍りしたくなるほど嬉しかったのだ。
表面上は鉄面皮を装っているが、心音を聴き分けている菊地原には丸わかりである。
口に出さないのは、さっきの二の舞になるのが目に見えているからである。
今回は、空気を読んだ菊地原であった。
(でも、これで師匠筋の人は大体倒した事になるよね。荒船さんに、影浦さんに、太刀川さん。残ってるのは、風間さんくらいかな? 風間さんが負けるワケないけど)
そんな益体もない事を考えていた菊地原だったが、ふと画面越しに七海を見据える。
七海は普段通りの表情に見えるが、口元が僅かに綻んでいる事を菊地原は見逃さなかった。
(嬉しそうにしちゃってもう。まあ、太刀川さんを倒したんだし、嬉しいのは分かるけどさ)
はぁ、と菊地原は溜め息を吐く。
友人の成長を喜んでいるのは勿論だが、それはそれとして風間に称賛されている事に対し思うところがないワケでもない。
まあ、多少の嫉妬よりも友情が勝ったので、こうして何も言わずにいるのだが。
風間以上に口は悪いが、それ以上に友人思いなのが菊地原なのである。
彼にとってまともに会話を交わす相手は大体友人判定なので、自分から進んで話しかける七海は親友枠と言っても差し支えない。
彼もまた、村上や影浦と同じく七海に何かあれば真っ先に駆け付ける人間の一人である事に変わりはないのだから。
『以上だ。第三試験の詳細も、今夜伝えられる筈だ。まずは英気を養い、次の試験に備えるんだな』
「はい、ありがとうございました」
そうして風間との通信は切れ、室内に静寂が満ちる。
そして、部屋の奥から一人の少女が進み出た。
片眼を隠す長髪が、揺れる。
少女は、小夜子は、何処か不安そうな目で、七海を見詰めていた。
体調不良諸々で更新を滞らせていました。今後もなるべく更新を空けないようにしていきます。