痛みを識るもの   作:デスイーター

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志岐小夜子⑥

 

「一体、何をやろうってんです?」

「まあ、ここは私達を信じて貰える?」

「構いませんが……」

 

 小夜子は自分を此処に連れて来た羽矢に怪訝な目を向けつつも、一先ずは言う通りにする。

 

 既に那須達は帰宅しているので、此処には彼女と二人だけ。

 

 国近は七海と連れ添い、別の場所へ向かっていた。

 

 正直に言うと折角の七海との逢瀬をもう少し味遭いたかったという心境がないでもないので内心複雑な小夜子だが、そこはそれ。

 

 この友人二人が、何の考えもなしにこのような行動に出る事はない事くらい分かっている。

 

 その程度には信頼しているし、信用している。

 

 ゲームとオペレートを通じて培った友情は、伊達ではないのだ。

 

「ところで、柚宇さん達は何処へ向かったんです? そのくらい、教えてくれたっていいでしょう?」

「サプライズもいいけど、まあ教えとくのが筋よね。ま、とは言っても何の捻りもないわよ?」

 

 だって、と羽矢は続ける。

 

「────────向かったのは、技術開発室よ。流石に、男所帯のあそこに小夜子(あなた)を連れていくワケにはいかないからね」

 

 

 

 

「おう、よく来たな。日常用トリオン体(その身体)の調子は問題ないか?」

「はい、お陰様で。鬼怒田さん」

 

 七海がそう挨拶したのは、鬼怒田本吉(きぬたほんきち)

 

 この技術開発室のトップであり、七海の日常用トリオン体を作り出した張本人である。

 

 無痛症を患い日常生活を送る事が困難になった七海の為に微弱ながらも痛みを感じる事が出来る設定のトリオン体を試行錯誤の末開発し、提供してくれたのは誰あろうこの人物だ。

 

 七海にとっては、正真正銘恩人に当たる。

 

 彼が戦闘員を引退したら技術開発室に行く、などという未来展望を話す切っ掛けになったのも、鬼怒田の影響が大きい。

 

「フン、お前のそれは貴重なデータが得られるからな。くれぐれも無茶をして駄目になるなよ」

「肝に銘じておきます」

 

 鬼怒田は今のやり取りからも分かる通り、口は悪いが基本的には気遣いの人だ。

 

 露悪的に振舞う傾向があるが、その性根は善人そのもの。

 

 何せ、彼の離婚した原因というのが彼の妻と子供を強引に三門市の外に引っ越させた、というものだ。

 

 この三門市は、近界民(ネイバー)()()()()の侵攻が最も激しい都市である。

 

 不定期に開く門からトリオン兵が現れ、人々を拉致せんと襲い掛かる。

 

 ボーダーがなければ、今も尚この都市は悲劇で溢れかえっていたであろう事は言うまでもない。

 

 そして、ボーダーはこれまで巧く侵攻を防いでいるが、それでも()()は無い。

 

 この都市にいる限り、近界民に大切な人々を害される可能性は消せないのだ。

 

 鬼怒田は、その可能性を無視出来なかった。

 

 だからこそ敢えて妻子を突き放し、都市の外へと移動させた。

 

 離婚したのも、万が一自分に何かあった時を考えての事だろう。

 

 鬼怒田は戦闘員ではないが、その程度で危険から遠ざかっていると考える程馬鹿ではない。

 

 何せ、このボーダー本部は警戒区域のど真ん中に建造しているのだ。

 

 万が一の時に近界民の被害を受ける可能性は、0ではない。

 

 もしも()()()()()時、家族に負担をかけたくない。

 

 そんな想いが、鬼怒田にはあるのだろう。

 

 …………まあ、とうの元妻からは復縁を打診されているらしいという話を耳にしたりもしているので、意地になっている部分がある事は否定出来ないのだが。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 彼が人格者であり、頼りになる人物である事は間違いない。

 

 ならば当然、国近がこの場に七海を連れて来た事にも必ず意味がある。

 

 自身の考えを確かめるべく、七海は改めて国近の方を振り向いた。

 

「それで、国近さん。今から何をやろうって言うんですか?」

「勿論、さっき言った通り小夜子ちゃんの悩み解決だよ~。鬼怒田さんにも手伝って貰ったというか、ぶっちゃけいないとどうにもならなかったんだけどねー」

 

 そう言って国近はちらりと視線を向け、それを受けた鬼怒田はフン、と溜め息を吐いた。

 

「意義があるから手伝ったまでだ。A級になるやもしれん部隊付きオペレーターに作戦上の不都合があるといかんからな」

「素直じゃないね~」

「フン、なんの事だか」

 

 鬼怒田はあくまで口悪く吐き捨て、そっぽを向いた。

 

 しかし話を進める為か、国近の方に向き直る。

 

「さっさと始めるぞ。時間は有限なんだからな」

 

 

 

 

『はろはろ~、小夜ちゃん聞こえてる~?』

「聞こえてますけど、一体なんです? 技術開発室にいる、ってのは聞いてますけど」

 

 いきなり繋がった通信に怪訝な顔をしつつも、小夜子は国近の声に耳を傾ける。

 

 小夜子への配慮の為か技術開発室の男性職員を映さないように音声のみの通信をして来た国近の声は、心なしか弾んでいる。

 

 それなりの付き合いのある小夜子には分かる。

 

 あれは、何か悪巧みをしている時の声に似ている。

 

 悪巧みと言っても、サプライズとかそういう類のものであるが。

 

 具体例を出すならば、誕生日の時に絶版のレアモノゲームソフトをプレゼントしてくれたり、さりげなく七海と二人きりの時間を作れるよう誘導してくれた時等が当たる。

 

 ともあれ、何かしらの善意に基いたサプライズイベントを企画しているであろう事に疑いはない。

 

 先程の会話から小夜子のオペレートに関する弱点を補強する方策があるようだが、現時点では見当もつかない。

 

聞こえていますか、志岐(聞こえておるか、志岐)

「え……?」

 

 だから、通信越しに聞こえて来たその()()()()に目を丸くした。

 

 声質自体は耳慣れた、緊急脱出の時等に聞こえる機械音声だ。

 

 しかし何処か人間的なニュアンスも感じられ、それと全く同じとも思えない。

 

 目を点にしている小夜子を見て、通信越しに笑い声が聞こえた。

 

『さて、今のは誰からの通信でしょーか?』

「え、今のが通信だったんですか? 機械音声(アナウンス)ではなく?」

『そうだよー? 今のはねー、鬼怒田さんからの通信だったんだー』

「え……?」

 

 今度こそ、小夜子は目を見開いた。

 

 鬼怒田の、紛れもない男性からの通信。

 

 なのに、小夜子の男性恐怖症は欠片も反応しなかった。

 

 いや、そもそも今の声は何だったのか、という問題がある。

 

 疑問符を浮かべる小夜子に対し、国近はにこやかに解説する。

 

『小夜ちゃんのそれはきっと、男の人と話すっていう状況自体が引き金になってるっぽいからねー。男との会話自体が怖いんだから、面と向かっての話はまず無理でしょー?』

「でも、考えてみれば小夜子はゲームに出て来る男性ボイスとかを怖がる様子はないわよね? それはなんで?」

「え? それはまあ、ゲームの中のキャラは、私に向かって話しかけているワケではないですし」

 

 国近と羽矢の問いに、小夜子は逡巡しながらもそう答えた。

 

 サブカルチャーが趣味の小夜子は数々のゲームで遊んでいるが、男性キャラが出て来るゲームも普通にこなしている。

 

 時々遊んでいる格闘ゲームでも、メインの持ちキャラは男性キャラだ。

 

 その事から、男性の存在自体が怖いというよりは、男性との会話と言う()()()()()()()()()()()()()()()があると言った方が正しい。

 

 要するに、()()()()()()()()()()()という意識が問題になる、という事だ。

 

『だから、考えたんだー。通信を機械音声に変換すれば、男の人と会話してるっていう意識からは外れるんじゃないかな、って』

「あ……」

 

 此処に来て、小夜子はようやく理解した。

 

 何の事はない。

 

 国近達がやった事は、単純明快。

 

 ボイスチェンジャーの要領で、男性の声を機械音声(無機物)の声に変換した。

 

 言葉にしてみれば簡単な。

 

 しかし、盲点でもあった解決策である。

 

 この解決策は、国近達でなければ思いつかなかったであろう。

 

 七海達は小夜子の影響で多少ゲームを嗜んでいるものの、彼女ほどどっぷり浸かっているワケではない。

 

 サブカルチャーへの造詣が深い国近達だからこそ思いついた、乾坤一擲の策と言えよう。

 

 男と会話しているという意識が駄目なら、その意識自体が外れるよう誘導してしまえば良い。

 

 その手段として用いたのが、機械音声(アナウンス)

 

 人との会話ではなく、機械からの情報提供という形式。

 

 それに見立てる事によって、小夜子の心的外傷(トラウマ)発症を防ぐ。

 

 満を持して開帳した、国近達渾身のサプライズイベントであった。

 

『これでも、苦労したんだよー? ただ声を変えるだけじゃなくて、口調とかを変えてもニュアンスが伝わるように私達も色々協力したんだしねー』

「手間はかかったけど、なんだか声優にでもなったみたいで楽しかったわ。良い経験だったわね」

 

 あっけらかんと告げる友人達の言葉に、小夜子はポカンと口を空けていた。

 

 事態を理解するのに、数秒。

 

 そして現状全ての理解を終えた小夜子の瞳に、涙が滲んだ。

 

「ふ、二人とも…………ありがとう、ございます……っ!」

『良いって良いって。友達だもんねー』

「ええ、このくらいお安い御用よ。むしろ、もっと早くに思いついていれば良かったわ」

 

 感極まった小夜子の謝意を、国近達は笑って受け入れた。

 

 つい先ほどまで部隊同士相争う好敵手(ライバル)同士であったが、そこはそれ。

 

 試合では戦う相手でも、彼女達が友人同士である事実は揺るがない。

 

 むしろ、全力でぶつかり合ったからこそ、繋がりが深まったと言っても過言ではない。

 

 好敵手ではあっても、()ではないのだから。

 

 

 

 

「…………敵わないな。これは、俺では出来なかった方法だ」

 

 通信越しに涙ぐむ小夜子の声を聞いて、七海は思わず溜め息を漏らす。

 

 この解決方法は、七海には想像する事すら出来なかったやり方だ。

 

 オペレーターとしての技術や、柔軟な発想力。

 

 それがあったからこそ出来た、彼女達ならではの方法と言える。

 

 小夜子が今回の試験のオペレートに関して悩んでいた事は、七海も承知していた。

 

 これまでは、問題はなかった。

 

 那須隊は七海という黒一点の例外を除いて全員が女性のチームであり、小夜子が男性と会話する必要性はまるで無かった。

 

 しかし、A級部隊との共闘となれば、相手のチームとこちらのオペレーターが直接会話が出来ないというのは紛れもなく大きなデメリットである。

 

 それを理解して、しかしどうしようもなかったからこそ、小夜子は一人罪悪感を抱えていた。

 

 七海に出来た事と言えば、「それでも構わない」とフォローした程度である。

 

 だが、国近達は問題そのものに具体的な解決策を示し、それを成し遂げてしまった。

 

 喜ばしいのは勿論だが、チームメイトである自分が何も出来なかった事に関しては、思うところがないワケではないのである。

 

「まあまあ、しょげないしょげない。適材適所、ってやつだねー。私も頑張ったのだよー」

「普通の勉強も、その調子でやってくれれば良いのだがな」

「あ、あははー」

 

 鬼怒田の苦言に乾いた笑いを漏らす国近だが、すぐに真剣な表情になって七海に向き直る。

 

「ともかく、こういうハード面をなんとかするのは私達の仕事って事で納得しといてよ。精神(ソフト)の方は、七海くんが一番適任なんだしねー」

「俺に、カウンセリングの才能はないと思いますが」

「そういう事じゃないの。()()()()()()()、適任なの」

 

 有無を言わさぬ口調で、国近は告げる。

 

 常にほわほわしている雰囲気の彼女がするにしては珍しい語気の強さに、七海は思わず面食らった。

 

「何も言わずに一緒にいて、話してあげて。多分、それが一番小夜ちゃんには効くからね。こればっかりは、七海くんの仕事だから。出来るよね?」

「ええ、当然です」

「言質取ったよー? 破ったら怖いんだからねー」

 

 にへら、と普段の笑みを見せながら、国近はポンポン、と七海の肩を叩いた。

 

「小夜ちゃんのメンタルは、良くも悪くも君次第だからねー。コミュを欠かすと、グッドエンドのフラグを取り損ねちゃうんだから」

「一体、何の話です……?」

「良いの良いの。取り合えず納得しといてー」

 

 そうですか、と七海は深く考えずに頷いた。

 

 サブカル関係の俗語(スラング)である事は分かるが、意味までは分からない。

 

 しかし念押しされている事は伝わったので、七海としては否は無い。

 

 小夜子は、大切なチームの一員だ。

 

 気にかける事は当然だし、何かあればフォローする。

 

 それが、今までチームに貢献して来た小夜子に対する、精一杯の報い方なのだから。

 

「じゃ、小夜ちゃんは頼んだよー。ちゃんと男を見せてよねー」

「はい。今日は本当に、ありがとうございました」

 

 そう言って、七海は国近へ、鬼怒田へ頭を下げた。

 

 それを見て国近は笑みを浮かべ、鬼怒田は溜め息を吐いた。

 

 こうして、小夜子の抱える問題は、解決の日の目を見たのであった。





 うちの小夜子ちゃんの男性恐怖症は原作より深刻なものになっています。

 明確に過去のトラウマエピソードを挿入してあるので、原作では可能だった「あの場」への参加とかもまず無理です。

 過去が違えば、色々と差異は出るものですからね。
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