「こうして話すのは初めてかな。嵐山隊隊長、嵐山准だ。よろしく頼む」
そう言って爽やかな挨拶をしたのは、好青年という概念が形になったようなイケメン────────嵐山だ。
此処は嵐山隊の隊室。
七海達は今回、組む事になった嵐山隊と打ち合わせの為にこうしてやって来たのだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。那須隊隊長、那須玲です」
「ああ、よろしく。そう固くならなくて良い。短い間だが、共に戦う仲間なんだ。遠慮はなしで構わない」
那須の挨拶にナチュラルに男前な返答を告げ、その爽やかオーラに那須は若干たじろいた。
若干────────いや、かなり人見知りで陰キャの気がある那須にとって、正反対とも言える陽キャの極致たる嵐山の態度は新鮮過ぎて却って毒だ。
誰に対しても分け隔てなく接する嵐山のスタンスは、狭く深くを極めてしまった那須の対人コミュニケーションの在り方からしてみれば理解不能の域だろう。
まともに話したのは初めてではあるが、既に嵐山に苦手意識を抱いた那須であった。
普通の女性隊員なら嵐山のイケメン度でそのあたり仲裁される筈なのだが、生憎那須にとって七海以外の男性はぶっちゃけ興味の対象外だ。
結果として、一方的に嵐山に壁を作る那須という構図が出来上がったワケであった。
「それから、迅に色々話は聞いている。今回、君と共に戦う事が出来て嬉しく思う。一緒に頑張ろう」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
そんな那須の他所に、嵐山は早速七海とのコミュニケーションを図っていた。
迅の親友でもある嵐山にとって、友が目をかけている七海はなるだけ仲良くなっておきたい相手なのだろう。
これまでは嵐山自身の多忙さもありそういった機会がなかったが、今回は公然と七海達とやり取りが行える。
何せ、彼等嵐山隊は広報部隊として多忙を極めている。
プライベートに使える時間など、たかが知れている。
それに、有名税と言うべきか、嵐山隊には心ない人間が絡む事も珍しくはない。
下手に接触を持てば、そういった連中の矛先が向かわないとも限らない。
だからこそ軽々な行動は控えていたが、今回は共に試合に臨むという口実がある。
嵐山はこれを、得難い機会であると考えていた。
流石に色々と根掘り葉掘り聞くような真似はしないが、それでも親友が気にかけている相手である。
一度面と向かって話しておきたいと思うのは、当然の感情だろう。
「おっと、俺ばかり話すのは良くないな。充」
「はい。時枝です。どうぞよろしく」
しかし、だからといって自分の感情だけを優先するほど嵐山は自分勝手ではない。
流れるように隣にいたチームメイトに話を振り、時枝がそう言って会釈した。
「それからこっちがうちの佐鳥と、木虎です」
「佐鳥です。よろしくー」
「…………よろしくお願いします」
時枝に紹介された二人が、続けて挨拶を行った。
佐鳥は普段通りの軽い感じの笑みで、木虎は何処か含みのあるような顔でそう告げた。
「ええ、よろしくお願いします。木虎は、あの時の個人戦以来か」
「…………そうですね」
七海の言葉に、木虎は短くそう答える。
木虎とは、これがファーストコンタクトというワケではない。
以前、彼女は七海に対し個人戦を挑んだ事がある。
その時は七海のメテオラ殺法に面食らった木虎の敗北で決着したが、その時の対面は決して和やかなものだったとは言えない。
個人戦をやっている最中は特に問題なく、精々負けた木虎が悔しがる程度ではあった。
問題は、個人戦を終えた直後に七海を迎えに来た那須である。
那須は仮にも学友である木虎を半ば無視するような形で七海に呼びかけ、彼女そっちのけで会話を始めたのである。
悪意があって無視をした、というワケではない。
本気でその時の那須は、木虎の事が
当時の那須は七海との関係性の歪さから情緒不安定であり、常日頃から余裕のない状態だった。
それこそ、少し七海と離れただけでも焦燥に駆られる程度には。
その時七海はきちんと那須に個人ランク戦を行うから遅くなる、という旨の連絡をしていたのだが、その日の彼女は女子特有の事情も相俟って精神的に不安定になっていた。
故に七海の帰りを待ちきれず、ランク戦のブースに飛び込んで来たワケである。
当然、その時の彼女の最優先事項は七海と会う事であり、他の人間は文字通り眼中になかった。
その後、七海に促されて木虎の事にようやく気付いたのだが、適当に謝罪の言葉を述べただけですぐに会話を打ち切ってしまったのである。
幾ら表面上謝罪されたところで、心の籠もっていない言葉など侮辱でしかない。
少なくとも、木虎はそう受け取った。
流石にカチンと来た彼女は那須に物申そうとしたのだが、それをやる前に慌てて七海が頭を下げたのだ。
目上の人間に頭を下げられては、木虎もそれ以上追求するワケにはいかない。
故にその場は矛を収めたのだが、彼女は見逃さなかった。
七海が、那須に対して必要以上の干渉を避けている事に。
ハッキリ言って、その時の那須には常識が欠けていた。
知識として知ってはいるのだろうが、それよりも何よりも自分の感情を優先する。
そして、七海はそんな彼女の傾向を是正しようとしていない。
場当たり的な対処をするのみで、基本は那須の言うが侭。
当時の七海のスタンスは、そういったものだったのだ。
木虎は、そんな二人の様子を見て見切りを付けた。
有り体に言えば、関わるのが馬鹿らしくなったのだ。
常識すら弁えない少女と、そんな彼女の言いなりの少年。
それが、木虎が下した二人への評価であった。
確かに、実力はある。
だが、それを台無しにする程の爆弾が、二人の中に埋め込まれていた。
幾ら実力があろうと、そんなものを抱えたまま勝てるほどランク戦は甘くはない。
遠からず爆発するだろうと思っていた木虎だったが、予想通りランク戦の最中その爆弾は起爆した。
ROUND3、四つ巴の戦いの中で。
チームを巻き込んだ那須の愚行と、七海が落ちた時の彼女の狂乱。
木虎はそれを、しっかりと目にしていた。
その光景を目にして、最初に浮かんだのは納得だった。
ああ、やっぱりこうなったか、としか彼女は思えなかった。
もう彼女達は終わりだろうと、その時は考えていた。
二人の関係のどうしようもなさを目にしていたからこそ、あそこから那須隊が再起するビジョンが思い浮かばなかったのだ。
(まさか、あそこから盛り返して二宮隊まで下すなんてね)
だから、その後の那須隊の快進撃を木虎は信じられない面持ちで見ていたのだ。
あそこで終わると思っていた那須隊が、A級昇格への王手をかける。
そんな展開を、どうして予想出来よう。
(どうやら那須先輩もマシになったみたいだし、七海先輩との関係も少しはまともなものになったのかしら。まあ、私には関係ないけどね)
ふぅ、と木虎は内心で溜め息を吐いた。
確かに、那須は常識を弁えるようになったようだし、七海も彼女の言いなりではなくなっている。
だが、極論それはどうでもいい。
今更那須と仲良くなれるかと言われれば首を傾げるしかないし、七海とも別段馴れ合いたいワケではない。
普通の先輩後輩としての関係で充分だろう、と木虎は判断した。
…………まあ、下手に七海に近付いて那須に睨まれるような展開は御免被る、といった感情が無いワケではなかったが。
だって、那須はどう見ても色々と抱え込むタイプだ。
変な誤解をされて妙な事になる可能性は、0ではない。
確かにあの時の印象もあって那須に良い感情は抱いていないが、好き好んで他人の関係を拗れさせようなどという気はないのだ。
適度な距離感を保って付き合えば、それで充分。
誰だって、虎の尾は踏みたくないのだから。
「任された仕事はやり遂げますので、作戦はお任せします。これは私達の総意と思って貰って結構です」
「そうだな。聞かれた事には答えるけど、俺達から作戦を指示する事はない。これは試験だから、そこらへんはしっかりしないとな」
けど、と嵐山は続ける。
「これまで勝ち進んで来た君達なら、やってやれない事はない筈だ。これまでの戦いは、きちんと糧になっているだろうからね」
だから頑張って欲しい、と嵐山は告げる。
純粋な、混じりけなしの
それを爽やかな笑顔で言われ、七海達はむず痒い感覚を覚えた。
流石は、広報部隊のリーダー。
割と青臭い台詞でも、この上なく似合っていて違和感が無い。
いつだか生駒が口にしていた「戦隊ものならレッドやな」という言葉も納得出来るイケメンぶりである。
「さあ、早速打ち合わせを始めよう。さしあたっては、誰をビッグトリオンルールの対象にするか、考えていこうか」
「まず、七海くんが対象になる事は無いと思いますね。メリットが少な過ぎるんで」
風間隊、作戦室。
そこで風間隊との打ち合わせに訪れていた弓場隊の面々の中で、神田はそう告げた。
その後ろには弓場が仁王立ちしており、それに倣うように帯島と外岡も突っ立っている。
四人が並んで立つその光景には、異様な威圧感があった。
弓場隊お馴染みの、
まあ、威圧感の大半が中央に陣取る弓場の
「何故そう思う?」
「七海くんは元からトリオン量が多いから、対象にしても劇的な強化は望めない。それなら、他の隊員を対象にした方が効率的な戦力アップに繋がりますからね」
風間の質問に、神田はそう淀みなく答えた。
確かに彼の言う通り、七海のトリオン評価値は『10』。
既に充分なトリオン量を持っており、トリオンを増やしても旨味が少ない。
勿論無意味というワケではないが、戦術的な価値を考えれば彼を選ぶのはメリットが少な過ぎる。
少なくとも、那須隊の四人の中で最も対象に選ばれる可能性が低いのは事実だろう。
「確かに、理に叶っているな」
「ま、そうだよね」
その答えに、風間は納得し菊地原も当然のように追随する。
七海と付き合いは、風間隊の面々の方が深いのだ。
当然、その程度の事は理解している。
敢えて質問したのは、風間なりの面接試験のようなものだ。
神田の答えは、そんな風間にとっても満足の行くものだったというだけである。
「なら、お前達は那須隊の中の誰がルールの対象に選ばれると考えている?」
「本命が那須さん、次点で日浦さんですかね」
ふむ、と風間は神田の答えを聞き、目を細めた。
「そう考えた理由はなんだ?」
「単純に、それが強いからですね」
つまりですね、と神田は続ける。
「那須隊の中でトリオンが増えてストレートに強くなるのは、間違いなく那須さんです。ただでさえとんでもない技術を持っているのにそれにトリオン量の暴力まで加わったら、正直手がつけられません」
「確かに、二宮さんに機動力が加わるようなもんだからなあ。そりゃおっかねえわ」
神田の説明に、藤丸も同意する。
那須は、機動力を武器にする技巧派の射手だ。
リアルタイム弾道制御された
加えて合成弾も会得しており、放置すればどんな形で不意を打たれるか分かったものではないのが那須という少女の怖さだ。
彼女のトリオン評価値は、『7』。
もしそれが二宮級のトリオン量になれば、当然射程や弾速、威力などが跳ね上がる。
トリオン量が増えて純粋に戦力強化に直結するのが那須である事は、間違いないのだ。
「次点ですが、日浦さんって可能性もあります。狙撃トリガーはトリオン量が性能に直結するんで、こっちで来る可能性も充分あります」
神田の言う通り、狙撃トリガーはそれぞれトリオン量によって性能が上がる。
イーグレットは射程が。
アイビスは威力が。
そして茜が得意とするライトニングは、弾速が。
それぞれ、トリオン量に応じてアップする。
ただでさえ高い弾速を持つライトニングは文字通り閃光の一撃と化し、アイビスは集中シールドすら容易く穿つ矛となる。
イーグレットもより広範囲をカバーする事が出来るようになり、どの狙撃銃を使うにせよ戦力アップは間違いない。
「ただ、やっぱり狙撃手なので使いどころが限られますからね。那須さんほど可能性は高くないと思います。テレポーターでの逃走にも限度はありますしね」
ただ、と神田は続ける。
「那須さん以外有り得ない、とは考えない方がいいでしょうね。
「成る程。お前の意見は分かった。那須隊に関しては、それでいいだろう」
だが、と風間は告げる。
「お前達の方は、どうするつもりだ? 一体誰を、ルールの対象とする?」
「それについて、ですけどね」
神田はそう言うと顔を上げ、チームメイトに目を向けた。
「────────ちょっと、考えがあるんです。皆、聞いて貰えますか?」
そう問われ、弓場隊の面々は迷う事なく頷いた。