痛みを識るもの   作:デスイーター

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Surprise attack

「始まりましたB級ランク戦ROUND2……っ! 今回は『荒船隊』、『柿崎隊』、『那須隊』の三つ巴です」

 

 実況席から三上の解説が始まり、ランク戦の開始が告げられた。

 

 彼女はハキハキとした声で、己が役目を全うする。

 

「選ばれたステージは、『摩天楼A』。このステージ選択はどう見ますか、出水さん」

「そうだなー。意外、っちゃ意外だな。てっきり、『市街地C』あたりを選ぶかと思ってたからな」

 

 問われた出水はぽりぽりと頭をかき、試合映像に目を向けながら口を開いた。

 

 その表情は言葉の内容とは裏腹に、笑みが隠しきれていない。

 

 何か、面白いものを見つけた。

 

 そんな、好奇心にあふれた顔だった。

 

「『市街地C』は、狙撃手有利マップだ。大方のチームも、そっちを選んでくると思っていただろう」

 

 出水の発言に、奈良坂が表情を変えぬまま追随する。

 

 奈良坂もまたマップの映像に目を通し、目を細めた。

 

「『荒船隊』は、狙撃手三人という特殊な構成のチームだ。通常は、そのチーム構成を活かして高台を確保し、包囲狙撃で相手を仕留めるのが彼等の基本戦術だ」

「この『摩天楼A』は高層ビルが無数にある為高台自体は多いですが、ビルが多過ぎる為に射線が制限されがちなステージです。一見、『荒船隊』にとっては有利とは言い難いステージに思えますが……」

「ま、何か考えがあるんだろ。荒船さんは、意味のない事はしないしな」

 

 二人の疑問の解答を、出水はそう締め括った。

 

 その視線は、マップ映像に釘付けだ。

 

 疑問の答えは、試合の中で嫌でも見えて来る。

 

 そう、言外に主張していた。

 

「多分、面白い事になるぞ。きっとな」

 

 

 

 

「…………転送位置が悪いな。この位置じゃ、合流までにかなり時間がかかりそうだ」

 

 ビルの屋上で、七海は仲間に通信で語り掛ける。

 

 彼のいる場所はマップの北西端と言える場所で、レーダー上では他の隊員とはかなり距離がある。

 

 率直に言って、合流するまでに他チームとかち合う確率が非常に高い。

 

『そうね。私は玲一の真逆の方向にいるし、茜ちゃんとくまちゃんの位置はマップ南西端。合流は厳しいわ』

『でも、モタモタしてると荒船隊に高台を取られちゃうから合流優先で動くワケにはいかない。今のうちに、高台を押さえておかないと』

『はいっ、幸い熊谷先輩とはすぐに合流出来ましたし、無理に合流しなくてもなんとかなると思います』

 

 チームメイト達からの、通信が返って来る。

 

 三人の意見は、合流よりも高台を取り『荒船隊』の動きを抑える事を優先するといったものだ。

 

 この『摩天楼A』ステージは大都市を再現している為かかなり広く、高層ビルが乱立している。

 

 その中でも中央区にはかなりの高さを持つビルが点在しており、そこを狙撃手三人で組まれたチームである『荒船隊』に抑えられると面倒な事になる。

 

 故に、高台を目指す事を最優先とする方針は七海としても異論はない。

 

「そうだな。荒船さんが何を考えてこのマップを選んだかは分からないが、狙撃手に高台を取られれば不利なのは間違いない。まあ、いざとなれば俺が『メテオラ』でビルを吹っ飛ばしてもいいんだが……」

『下手に建物を破壊すると、射線が通り易くなるわ。だから玲一には悪いけど、極力『メテオラ』は使わずに『荒船隊』を追って頂戴。勿論、必要と感じたら玲一の判断で使って構わないわ』

「了解。中央の高台に向かうぞ」

 

 七海の返答に、それでお願い、という那須の声が返って来る。

 

『私も、そっちに向かうわ。『柿崎隊』は一旦無視して、『荒船隊』に狙いを絞りましょう。幾ら玲一に()()()()()()()とはいえ、狙撃手に高台は取られないに越した事はないからね』

「けど、玲の位置から中央区に向かえば途中で『柿崎隊』とかち合う可能性が高いが、そこはどうする?」

『見つからなければやり過ごすけど、もしも見つかった場合は適当に相手をして切り抜けるわ。幸い、『柿崎隊』は狙撃手がいないチームだから逃げに徹すればどうとでもなるしね』

 

 確かに、『柿崎隊』は狙撃手がおらず、合流を優先して動く為初動も遅い。

 

 ただでさえ機動力に特化している那須が逃げに徹すれば、追撃するのは難しいだろう。

 

『あたしと茜も、中央区に向かうよ。『荒船隊』を倒せれば、今度はこっちが高台から有利を取れる』

『はいっ、任せて下さいっ!』

 

 熊谷と茜からの頼もしい言葉を聞き、七海は深く頷いた。

 

「そうだな。柿崎隊に狙撃手はいないし、『荒船隊』をどうにか出来れば確かに有利だ。その方針で行こう」

『ええ、私もそれでいいと思うわ。皆、始めるわよ』

『『「了解っ!」』』

 

 全員の意志が統一され、『那須隊』は動き出す。

 

 そして七海はバッグワームを起動し、ビルの屋上から跳躍。

 

 展開したグラスホッパーを踏み、七海は夜の街へと飛び込んだ。

 

 

 

 

「合流を優先するぞ。文香、虎太郎。幸い、割と近い位置に転送されてる。合流してからは、『荒船隊』が向かう可能性の高い中央のビル群に向かう」

『了解しました。私が中央区に一番近い位置ですが、先行して『荒船隊』を牽制しましょうか?』

 

 金髪のスポーツマン風の青年、柿崎は隊員に通信越しで指示を与え、夜の街を駆けて行く。

 

 そんな彼に意見を言ったのは、通信先にいるチームメイト、照屋文香だ。

 

 その意見を受けて柿崎はしばし思案し、首を振った。

 

「…………いや、合流優先だ。先行しても、万が一先に高台を取られていたら狙い撃ちにされる可能性が高い。可能なら、リスクは冒すべきじゃない」

 

 それに、と柿崎は続ける。

 

「幸い、此処は高低差が多い上にレーダーじゃ上下の位置までは分からない。建物の中に入れば『荒船隊』の射線は切れるし、奇襲もやり易い。合流してから動けば、『荒船隊』の狙いも分散出来る筈だ」

『了解しました』

『了解です』

 

 隊長の意見を二人は揃って聞き入れ、柿崎は溜め息を吐いた。

 

 確かに、今彼女達に告げた言葉に嘘はない。

 

 しかし、同時に彼にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という想いが強い事も事実だった。

 

 言うなれば、今の言葉は詭弁だ。

 

 自分の真意を覆い隠し、耳障りの良い言葉で飾り立てる。

 

 けれどそれでも、柿崎は仲間を危険に晒す抵抗感を拭い去る事が出来なかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 柿崎の根幹にある想いは、これだ。

 

 彼は、仲間に責任を負わせたくはないと強く思っている。

 

 その重荷は、自分だけで背負うべきだ。

 

 自分()()()に付いて来てくれた三人に、余計なものを背負わせたくはない。

 

 その優しさが生んだ、哀しいすれ違いであった。

 

「…………これで、いい筈だ。責任は全部、俺が取る」

 

 柿崎は無理やり迷いを振り切り、夜の街を駆けて行く。

 

 その姿は、何かに追い立てられるかのように見えた。

 

 

 

 

「全部隊、バッグワームを起動。今回は、最初から全員がバッグワームを使っていますね」

 

 実況席では試合映像を見ながら、三上が実況を続けていた。

 

 試合映像には全員のマーカーが薄くなり、バッグワームを起動しているのが見て分かる。

 

 オペレーターのレーダーにはバッグワームを着た隊員の位置は表示されないが、実況をする以上位置が分からなければ話にならない。

 

 実況用の映像には、しっかりと各部隊の動きが映し出されていた。

 

「『荒船隊』は、全員が狙撃手だ。開始直後からバッグワームを着るのは当然だし、他の部隊も狙撃手相手に位置を晒す理由はない。当然の流れだろう」

「そうだなー。今回は、『荒船隊』が選んだステージだしな。当然マップ情報なんかも頭に叩き込んでるだろうし、何処に射線が通っているかも理解してる筈だからな」

 

 けど、と出水は試合映像を見据えて声をあげる。

 

「今回は、荒船隊は割と運が良いみてーだな。全員が、中央区の付近に転送されてる。穂刈と半崎は、もう狙撃位置についてるぞ」

 

 確かに、出水の言う通り映像にはビルの屋上に陣取っている穂刈と半崎の姿が見える。

 

 荒船もビルの屋上へ向かって駆け上がっており、屋上へ到達するまでそう長くはかからないだろう。

 

「…………運も実力のうち、と言うべきか。だが、このマップはビルが多いステージだ。多少中央区から離れた場所に転送されていても、そこまで不利にはならなかった筈だ」

 

 だが、と奈良坂は続けた。

 

「それでも、『市街地C』より安定して有利を取れるかと言われれば否と答えるしかない。だから、何かある筈だ」

 

 奈良坂もまた、試合映像に映る荒船の姿を見据えた。

 

「────荒船さんが考えた、勝つ為の策がな」

 

 

 

 

「荒船さん、発見しました」

 

 ビルの屋上から屋上へ、グラスホッパーを用いて飛び移る七海の視界に、ビルの屋上へ駆け上がった荒船の姿が映し出される。

 

 此処は中央区の中でも端に位置するビルの上であり、視界の先には更に高いビルがある。

 

 恐らくは荒船はあそこを目指していたのだろうが、なんとか狙撃位置に付く前に補足出来たようだ。

 

 荒船は、既に七海の接近に気付いている。

 

 バッグワームを解除した荒船は、右手に『狙撃銃(イーグレット)』を構え即座に弾丸を放つ。

 

「ふ……っ!」

 

 七海は最小限の動きで身体を捻り、イーグレットの狙撃を回避。

 

 そのままグラスホッパーを起動し、時にはビルの壁を蹴り、駆け上がる。

 

 その姿、まさに風の如し。

 

 ジグザグの機動で風を切り、荒船に迫る。

 

「ハッ……!」

「……っ!」

 

 荒船の側面に着地し、七海は刃を振るう。

 

 しかしガギン、と硬質な音と共に七海のスコーピオンが受け止められる。

 

 荒船はイーグレットを投げ捨て、ブレードトリガー弧月を逆手持ちにして七海の斬撃を受け止めていた。

 

 弧月とスコーピオンでは、耐久力に差がある。

 

 鍔迫り合いは、不利。

 

 七海は素早くその場から飛び退き、ビルの淵へと着地する。

 

 ネオンに照らされたビルの上で、七海と荒船が相対した。

 

「荒船さん……」

「よう、七海。悪ぃが、今回は俺も本気だ」

 

 だから、と荒船は『弧月』を前に突き出してニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「────ぶった斬らせて貰うぜ、七海」

 

 

 

 

「此処で荒船隊長が弧月抜刀……っ! 出水さん、この展開はどう見ますか?」

 

 実況席でその様子を見ていた三上が、隣の出水に話を振る。

 

 出水は笑みを浮かべながら、その質問に応答した。

 

「そうだなー。近付かれたら弧月で斬り返せるのが荒船さんの強みだけど、此処まで早く抜くのは初めて見たな」

「…………成る程、そう来るか」

 

 出水に続き、奈良坂も口を開く。

 

 三上はそれに気付き、傾聴の姿勢を見せた。

 

「『荒船隊』は、三人全員が狙撃手というその特殊性が武器の部隊だ。荒船が狙撃を捨てて剣を取るのは、近付かれた時の緊急避難的な意味合いが強い」

 

 そして、と奈良坂は続ける。

 

「狙撃手が三人から二人になれば、当然狙撃の圧力も減ってしまう。()()()()を見れば、悪手に思える」

「けど、七海にゃ()()()()()()()だろ? なら、こういうのもアリっちゃアリじゃねーか?」

 

 確かに、出水の言う通り七海には()()()()()()()

 

 サイドエフェクトの事までは実況の場である為詳細は言及しないが、B級以上の隊員にとって七海のサイドエフェクト、『感知痛覚体質』は周知の事実だ。

 

 七海にとっては、狙撃は脅威足り得ない。

 

 それが、ランク戦を行っているボーダー隊員にとっての共通認識である。 

 

「いや、それは違う。確かに七海に狙撃は()()()()が、()()()()()ワケじゃない」

 

 だが、その認識に奈良坂が待ったをかける。

 

 奈良坂は鋭い目線で、映像の七海を射抜く。

 

「俺から言わせれば、狙撃手の役目は窮極的には二つ。()()()()()()()()()()()()()か、()()()()()()()()()()()()()()()()かだ」

 

 奈良坂は、狙撃手NO2の立ち位置を以てそう宣言する。

 

 ()()()()()()()()と公言している当真とは真っ向から反する持論だが、彼に言わせればはそもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 たとえその一発が当たらずとも、チームに貢献出来れば問題ない。

 

 優先すべきは自分一人で成し得た戦果ではなく、全体(チーム)への貢献。

 

 それが、奈良坂の狙撃手としてのスタンスだった。

 

「七海を確かに狙撃で仕留めるのは至難の業だが、遠距離からの狙撃があれば七海の体勢を崩せるし、場合によっては射線に()()()()事も出来る」

 

 つまり、と奈良坂は締め括る。

 

「荒船さんが最初から前に出て、狙撃手二人が七海の動きを抑える。それが、今回の荒船隊の作戦だ」

 

 

 

 

「ハ……ッ!」

 

 荒船の斬撃を、七海は後ろに跳んで躱す。

 

 彼の振るう弧月と、七海が使うスコーピオンでは耐久力に差がある。

 

 故に、打ち合えば不利は必至。

 

 攻撃は、回避一択だ。

 

「……っ!」

 

 そこに、遠方から狙撃が撃ち込まれる。

 

 七海はそれが見えているように的確に顔を逸らし、狙撃を回避。

 

「おら……っ!」

「……っ!」

 

 だがそこに、今度は荒船の斬撃が襲い掛かる。

 

 七海は咄嗟に後ろに下がろうとするが、何かに気付いたようにその場に踏み留まり、荒船の斬撃をスコーピオンで受け止める。

 

 …………するとその一瞬後に、七海の真後ろを狙撃の弾が通過する。

 

 あのまま下がっていれば、今の弾丸に被弾していただろう。

 

 七海のサイドエフェクト、『感知痛覚体質』によりその事を見抜き迎撃を選択したのだ。

 

 穂刈と半崎の狙撃による援護は、荒船程の実力者相手をするには厄介極まりない。

 

 幾ら()()()()()()()()()()()とはいえ、正確無比な狙撃の援護で七海の動きは相応に制限されている。

 

 このままだと、ジリ貧に陥る恐れもあった。

 

(……狙撃で動きが制限されるな。一端、退くのも手か……?)

 

 いや、と七海は考え直す。

 

(荒船さんは、此処で仕留めて置いた方が良い。荒船さんさえ倒せれば、そのまま他の狙撃手も獲りにいける。まずは、荒船隊を倒す事が最優先だ)

 

 そう、荒船さえ倒せれば七海にとって狙撃手は格好の獲物でしかない。

 

 此処で荒船を倒せば、後は一気に持って行ける。

 

 そんな()を出した七海はその場から飛び退き、グラスホッパーを踏む。

 

 ジャンプ台トリガーによって加速を得た七海の身体が、一瞬にして位置を変える。

 

「……っ!」

 

 そうして七海は荒船の側面に回り込み、再びグラスホッパーを起動。

 

 スコーピオンを右腕に持ち、荒船に斬りかかった。

 

「させるか……っ!」

 

 だが、荒船は弧月を逆手持ちで構え、七海の斬撃を受け止める。

 

 攻撃を止められた七海はすかさず左腕にスコーピオンを出現させ、荒船の脇腹を狙って刺突を放つ。

 

 軽量のスコーピオンの速度を活かした、ハイスピードの連続攻撃。

 

(獲った……っ!)

 

 七海は、その時勝利を確信した。

 

 …………して、しまった。

 

「────かかったな」

「……っ!?」

 

 ガクン、と急激な重量が右足にかかり、身体のバランスが崩れる。

 

 左腕のスコーピオンによる斬撃は、体勢を崩した事で空を切る。

 

 視線を足に向ければ、右足の膝下あたりに無骨な鉄塊が突き立っていた。

 

 そして、荒船の左腕には────掌に収まる程度の、小型の拳銃トリガーが握られている。

 

 完全な、不意打ち。

 

 その事に驚愕を露わにした七海は、データでのみ知っていたその()()の名を、思わず口にした。

 

「『鉛弾(レッドバレット)』……ッ!?」

 

 命中した相手に『重石』を付け、機動力を削ぐ特殊弾頭のトリガー。

 

 ────『鉛弾(レッドバレット)』。

 

 それが、七海のサイドエフェクトを掻い潜り、彼に撃ち込まれた弾丸の名称だった。


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