痛みを識るもの   作:デスイーター

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神田忠臣⑤

 

「成る程な」

 

 神田の話を聞いた風間は、ただ一言そう呟いた。

 

 菊地原と歌川は事の成り行きを見守っており、帯島と外岡は目を丸くしている。

 

 そして弓場は、真剣な目で神田を見据えていた。

 

「確かに、理論上は可能だろう。()()は、応用性がかなり広いトリガーだ。お前の思う通りの戦略を実現させる事は、不可能じゃない」

 

 だが、と風間は続ける。

 

「俺達の中に、あのトリガーを使った経験のある者はいない。まさか、ぶっつけ本番で使いこなせると思ってはいないだろうな」

「ええ、そんな事は百も承知です。自己鍛錬にも限界がありますし、誰か使い方を知っている人に教えを乞う必要があるでしょう」

 

 そこで、と神田は弓場の方を振り向いた。

 

「ここは、弓場さんのコネを頼ろうかと思いまして。頼めますか? 弓場さん」

「────────そういう事か。考えなしじゃなかったみてぇだな、神田ァ」

 

 ニヤリ、と弓場は眼鏡の奥の眼光をギラつかせ、笑った。

 

「いいぜ、あいつに頭下げてどうにかしたらぁ。あの野郎も、断りゃしねぇだろ」

「むしろ、隊室に帰ったらそこで出待ちしてそうですよね」

「…………あいつなら有り得そうだなあオイ」

 

 弓場はその光景を想像したのか苦笑いを浮かべ、ふぅ、と大きく息を吐いた。

 

 そんな彼を見て、神田も苦笑する。

 

 同じように、その光景がありありと脳裏に浮かんでしまったからだ。

 

 ()なら、それくらいのお茶目はするだろうと。

 

 弓場を通じて知っているだけではあるが、伝え聞く人柄からして有り得なくはない。

 

 弓場に言わせれば、そんなスタンス自体が演技のようなものらしいが。

 

「まあいい。その件に関しちゃ任せろ。だからおめェーもやれる事をやれ、いいな?」

「ええ、勿論です。一世一代の大舞台ですから、精一杯やらせて貰いますよ」

 

 そう言って神田は歯を見せながらニカリと笑い、隣でポカンとしていた帯島の肩をポンポンと叩いた。

 

 帯島は「うひゃあ」と気の抜けた声をあげ、目をぱちくりさせながら神田を見上げた。

 

「か、神田さん……?」

「色々不安なのは分かるが、緊張し過ぎだ。心配すんな。色々考えるのは、俺らの仕事だ。帯島は、自分の仕事をこなしてくれれば良い」

 

 それに、と神田は続ける。

 

「今後の為に、俺から色々学ぶんだろ? 余計な事は考えず、やるべき事をやれば良い。あんま肩肘ばっか張ってると、疲れるだけだからな」

「…………はいっ! 分かりましたっ! 頑張りますっ!」

 

 ニコニコと、溌剌とした笑顔でそう言ってのける帯島に、神田は苦笑する。

 

「適度に力抜けって言ってんだがなあ。まあいいや、そこらへんの塩梅は弓場(パパ)さんの仕事だろうしな。あんまし干渉し過ぎもいけないか」

「誰がパパだ、誰が」

 

 「あはは」と軽口にジロリと睨む弓場を笑顔でいなしながら、神田は風間の方に向き直った。

 

「というワケです。問題はないでしょうか?」

「ああ、試験期間中の鍛錬に関する決まりは無い。誰に師事しようが、それは俺達の関知するところではないな。勿論、連携の訓練も並行して行って貰うが」

「そっちも疎かにするつもりはありません。急場の連携とはいえ、ある程度お互いの事を知る事は必要不可欠ですからね」

 

 そうしなきゃ勝てる試合も勝てなくなります、と神田は告げる。

 

 確かに、そうだろう。

 

 戦う相手の、那須隊の強さは、良く知っている。

 

 縦横無尽に戦場を駆ける機動力を持つ技巧派射手、那須玲。

 

 鉄壁の防御力と高い補助能力を持った攻撃手、熊谷友子。

 

 テレポーターを使いこなす精密狙撃手、日浦茜。

 

 そして、戦闘特化のサイドエフェクトを持ち高い機動力と回避能力を併せ持つもう一人のエース、七海玲一。

 

 いずれも、一筋縄ではいかない相手ばかりだ。

 

 無論、その那須隊と組む嵐山隊も侮れる相手ではない。

 

 嵐山隊は四人中三人が万能手という、地力の高い部隊だ。

 

 万能手を多く揃えている為対応力の幅が広く、中でも点取り屋の木虎の機動力は驚嘆に値する。

 

 そして何かと不遇なイメージが付き纏う狙撃手の佐鳥だが、その実力は伊達でも何でもない。

 

 いつの間にか意識から消えている隠密能力と、曲芸の域に達した狙撃能力は厄介極まりない。

 

 彼が好んで使うツイン狙撃は問題を指摘すれば幾らでも上げ連ねる事が出来るが、実用性が皆無かと言われればそんな事はない。

 

 高い威力を持つイーグレットを二発同時に叩き込む攻撃が、弱い筈がないからだ。

 

 バッグワームを解除して行う必要がある為多くの狙撃手から邪道扱いされる佐鳥のツイン狙撃だが、侮って良い相手では断じて無い。

 

 実力ある狙撃手の脅威は、身に染みて知っているのだから。

 

「そうだな。一週間程度で出来る連携などたかが知れているが、だからと言ってやるとやらないとでは雲泥の差だ。鍛錬の成果は一夕一朝で出るものではないが、そもそも始めなければ何も変わりはしないからな」

 

 故に、連携の訓練は必須だと風間は語る。

 

 付け焼刃で勝てる程実戦は甘くはないが、だからと言って努力が全て無駄になる、というワケでもない。

 

 一週間。

 

 鍛錬期間としてはあまりに短いが、かと言って無為に時を過ごして良い筈がない。

 

 鍛錬はすぐに実を結ぶ事はまずないが、鍛えなければその足掛かりさえ掴めない。

 

 0は何をかけても0だが、1であればそこから伸ばす事が出来るのだから。

 

「やるこたぁ決まったな。風間さん、俺達はこれからあいつに頼んで例のトリガーの扱いを教えて貰う。連携訓練はその後にして貰いてぇ」

「構わん。俺達はあくまで試験官だ。試験のルールに抵触しない限り、お前たちの行動を制限するつもりはない」

 

 あくまでも自身は試験官である、という立場を崩さず風間はそう告げる。

 

 肩入れも贔屓もせず、私情を捨ててただ己の役割を全うする。

 

 そんな風間だからこそ、こういった決断が即座に下せるのだろう。

 

 風間は情深い人間ではあるが、感情によって判断を鈍らせる事は決してない。

 

 自身の情と()()()()()は全くの別。

 

 そう考え、それを実行して来た。

 

 故に、迷う事はない。

 

 ブレないその精神こそ、風間の最大の武器なのだから。

 

 弓場隊の面々はそんな風間の姿勢に改めて感嘆し、無言で頭を下げた。

 

 そして弓場は顔を上げ、踵を返した。

 

「そんじゃあ、行って来るか。迅の奴にも、頭下げねェといけねぇからな」

 

 

 

 

「やあやあ皆さんお揃いで。誰かをお探しかな?」

「…………本当に、いましたね」

 

 弓場隊が風間隊室を出てすぐ、廊下を曲がった先に彼はいた。

 

 彼は、迅悠一はにこやかな笑みを浮かべながら、弓場達を見据えている。

 

 間違いなく、待ち伏せていたのだろう。

 

 いつも通り、己の未来視(ちから)を使って。

 

 サイドエフェクト、未来視。

 

 先を視る事が出来るその異能で、弓場達の行動を読み取って。

 

「ったく、暇なのかオメーは」

「いやいや、実力派エリートはいつも大忙しだよ? でも、他ならぬ弓場ちゃんから頼み事があるって視えたんで急いで飛んで来たんだ。友達の頼み事くらい、しっかり聞いてあげたいしね」

 

 にこにこと笑いながら迅はそう告げ、弓場は溜め息を吐いた。

 

 この飄々とした友人にペースを握らせていては、話が進まない。

 

 そう考え、早速本題を切り出した。

 

「分かってんなら話は早ェ。お前んトコの烏丸、ちィと貸してくれねぇか? 理由は────────」

「分かってる、()()()()()()の使い方を教わりたいんでしょ? それなら、俺が教えられるけど?」

「なに?」

 

 弓場は迅の予想外の言葉に疑問符を浮かべ、首を傾げた。

 

 そんな弓場に、迅はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「あのトリガー、元々作ったのはウチだしね。試運転はそれなりにしてるし、それに────────今後、俺が使う()()もありそうだしね。ちょっと時間貰って、使いこなしておいたのさ」

「ちょいと待て、それは……」

「まだ不確定だけどね。けど、保険はあって困るものじゃないから。念の為、準備はしておいたってだけさ」

 

 だから気にするな、と迅は言外に告げる。

 

 帯島などは会話の意味が理解出来ずに首を傾げているが、迅とそれなりに付き合いの長い弓場には、ハッキリと迅の意図が伝わっていた。

 

 黒トリガーの使用者(S級隊員)である迅が、ノーマルトリガーを使う()()がある。

 

 そんな状況に成り得る原因など、一つしか思い当たらない。

 

 それは、即ち────────。

 

「おっと、それは言わないでくれよ。弓場ちゃん」

「……!」

 

 黒トリガーを、風刃を手放す。

 

 そうとしか、考えられなかった。

 

「だが迅、あれは────」

「だから可能性だって、可能性。絶対そうなるってワケじゃないし────────それに、命がなくなるワケじゃない。俺なりに、覚悟あっての事さ」

 

 それにさ、と迅は続ける。

 

「あいつが、七海が頑張っているんだ。だったら、あいつの身内としちゃあ踏ん張るしかないでしょーよ。あんな事も、言われちゃったしね」

 

────────もう少し迅さんは、自分の気持ちを周りに伝えるべきです。言わなきゃ、何も伝わりません。それは俺も今回、強く感じた事ですから────────

 

 

 迅の脳裏に、あの時に七海に玉狛支部の屋上で言われた言葉が蘇る。

 

 七海は、言った。

 

 自分の気持ちは、きちんと伝えるべきだと。

 

 何も言わなければ、何も変わらないのだと。

 

「レイジさんや小南にも、言われちゃったしね」

 

────────もっと仲間を頼りなさいよ。アンタとあたし等の付き合いは、そんなに浅いモンだったとでも言うワケ? 弱音くらい、いつでも聞いてあげるわよ────────

 

 

────────お前と七海は、似た者同士だ。どっちも、何もかも自分で背負い込み過ぎる。繰り返すが、少しは頼れ。お前等二人の重荷くらい、幾らでも支えてやる────────

 

 

 小南も、レイジも、同じ事を告げた。

 

 少しは頼れと。

 

 自分一人だけで、何もかも背負い込む必要はないのだと。

 

 本心から、そう告げた。

 

 確かに、迅はボーダーにおいてなくてはならない人材だ。

 

 これまでの近界からの侵攻も、彼の未来予知がなければもっと被害は大きくなっていただろう。

 

 近く控えている第二次大規模侵攻も、彼の予知なくして察知は不可能だった筈だ。

 

 迅が責務を放り出せば、数多くの人々が犠牲になる。

 

 だからこそ、彼は己の役目に徹する()()()()であろうとした。

 

 けれど、幾ら強力な能力(ちから)を持とうが同じ人間である事に変わりはない。

 

 信じられないほどの重責は、確実に彼の精神を蝕んでいた。

 

 こんな重荷を、他の誰かに背負わせるワケにはいかない。

 

 彼はそんな生来の優しさから、組織の中にあってたった一人で行動して来た。

 

 説明は碌にせず、指示や誘導だけを行い暗躍する。

 

 そんな迅のスタイルは、彼の度の過ぎた自己犠牲心から端を発している。

 

 責任感が強過ぎるから、誰も頼れない。

 

 否、頼ってはいけない。

 

 そう、自分自身に強く強く言い聞かせて来た。

 

 けれど、その考えに否を唱えた者達がいた。

 

 それは七海であり、レイジであり、小南でもある。

 

 一人きりで背負わず、重荷を分け与える。

 

 それでいいのだと、彼等は言った。

 

 重荷に潰されるほど自分達は、弱くはないのだと。

 

 だからこそ、迅は気付いた。

 

 仲間を頼らない。

 

 それこそが、彼等に対する最大の裏切りであったのだと。

 

 下手に未来(さき)の情報を伝えれば未来が揺らぎ、結果が予想出来なくなる。

 

 そんな言い訳は、彼の本心を隠す為の誤魔化しだった。

 

 それはただ、信じていなかっただけだ。

 

 仲間の、強さを。

 

 そして、自分を慮る彼等の優しさを。

 

 迅本人にそんなつもりはなくとも、彼の行動は真実仲間を裏切っていた────────否、侮っていた、と言えるだろう。

 

 強過ぎる責任感が生んだ傲慢、と言い換える事も出来る。

 

 自分一人で何でも出来る、そんな全能感がなかったと言えば、嘘になる。

 

 故にもう、迷いはしない。

 

 だからこそ、今回の特殊なA級昇格試験────────合同戦闘訓練を、開催したのだ。

 

 来る脅威を、皆の力で振り払う為に。

 

 その為の力を、付けさせる為に。

 

「だから、正直に言うよ。弓場ちゃん達には、七海達が強くなる為の踏み台になって欲しい。だから教えるし、だから鍛える。それが、一番あいつの為になるって信じてるから」

 

 迅は躊躇う事なく、そう言い切った。

 

 協力するのは、弓場隊を七海達の当て馬とする為。

 

 より強くなった彼等との戦闘で、七海達に良質な経験値を積ませる為。

 

 そんな、喧嘩を売っているとしか思えない本心を、迷う事なく口にした。

 

「構わねぇよ。俺達に負けるつもりはねェし、あっちも勝って当然なんて思っちゃいねェだろう。やるこたぁ変わらねぇ。そうだろう? 神田」

「ええ、その通りです。どんな思惑があろうが、全力で勝ちに行く。それだけです」

 

 弓場の発破に、神田はそう力強く答えた。

 

 拳を握り締め、神田は迅に訴えかける。

 

「だから、俺達を鍛えて下さい。彼等の障害足り得るように、彼等を叩き潰す事が出来るように、全力で」

「ああ、遠慮はいらねぇよ。それとも、お前の未来視(それ)で結果はもう見えてるとでも言うつもりか?」

「さあてね。詳しい事には答えかねるけど」

 

 でも、と迅は笑みを浮かべ、告げる。

 

「────────どっちが勝つ確率も、100%にはなっていない。誰が勝者になっても、不思議じゃないんだ」

 

 だから、と迅は再び笑みを浮かべた。

 

「全力で、やってくれ。俺も、全霊でお前らを鍛える。その成果、本番でしっかり活かしてくれ」

「当然だ。頼んだぜ、迅」

 

 迅と弓場は、そうやって笑みを交わし合った。

 

 その光景を見ながら、神田は笑みを浮かべた。

 

 これなら、行けると。

 

 否、やってみせると。

 

 その覚悟を、新たにした。

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