『戦闘体活動限界』
「お見事」
トリオン体を穴だらけにしながら、時枝は称賛の声をあげる。
彼を下したのは、那須の弾丸。
トリオン評価値14相当に
二宮級のトリオンを得た那須の弾丸の暴威は瞬く間に時枝を追い詰め、蜂の巣にした。
予め彼女に有利な地形を選んでいた事もあるが、そうであってもA級隊員である時枝を追い込んだ手腕は大したものだ。
ただでさえ高い技量を持つ那須にトリオン量の暴力まで加われば、こうなるのはある意味自明の理ではあるのだが。
「これで一先ず全員が高トリオンでの戦闘を経験したね。どうかな? 感想としては」
それを見届けていた嵐山が、にこやかに笑いながらそう尋ねた。
今回、七海達は物は試しと隊全員のトリオンを14にした状態での戦闘訓練を行った。
最初は高トリオンに慣れている七海から行い、次に茜、熊谷、そして最後に那須の順番でトリオン評価値14相当出の戦闘を体験させたのだ。
七海は慣れた様子でメテオラを連打して建造物を破壊し尽くし、茜は文字通り閃光の如きライトニングを操り、熊谷はハウンドを雨あられと撃ちまくった。
そして那須は────────まるで水を得た魚のように、思う存分に暴れていた。
射撃トリガーは弾速・威力・射程をチューニングし、その都度状況に応じた弾丸を繰り出す事が出来るというメリットがある。
これにより少ないトリオンでも調整次第で様々な用途の弾丸を操る事が出来るのだが、当然トリオンが多ければ多いほどチューニングの
絶対量が多ければ多いほど、威力や射程に割けるトリオンは多くなる。
トリオン量が文字通り倍化した彼女の弾幕は、威力も射程も何もかもが違っていた。
どうやら存分に弾幕を撃ちまくる感覚は相当に快感だったらしく、那須の顔は心なしか紅潮している。
普段は怜悧な美貌を称えて戦う彼女だが、今回は笑みを溢しながらノリノリで時枝を追い込んでいた。
ぶっちゃけ、獲物を追う狩人の表情であった。
試合を観戦していた佐鳥は思わず頬をひくつかせたが、余計な事を言う程命知らずではなかった。
誰だって、笑いながら相手を蜂の巣にする美少女を敵に回したくなど無いのである。
尚、もしこの場に出水がいたらノリノリで撃ち合いに参加したであろう事は言うまでもない。
ボーダーきっての弾バカの称号は、伊達ではないのである。
「普段とは、まるで
「ええ、まさかあそこまで変わるなんてね」
「ホント、びっくりです」
那須達は口々に感嘆の言葉を吐き、七海もこくりと頷いた。
トリオン評価値が元々10相当であった七海はともかく、那須は7、茜と熊谷に至っては5。
文字通り、倍以上にトリオンが増えたのだ。
普段使いしているトリガーの使用感も、まるで違って当然である。
トリオン量だけで勝負が決まるワケではないが、大きな
豊富なトリオンがあればそれだけ射撃の威力は上がり、シールドの防御も堅くなる。
何より、
各々、高トリオンの恩恵がどれ程のものか、文字通りその身で味遭ったのだ。
驚嘆も、当然と言えよう。
「こればかりは、実際にやってみないと分からない感覚だろうからね。知識として知っているのと、実践で理解出来るものは大きく異なる。身体で感じた事を覚えておくのも、重要な事だからね」
「まあ、実戦で急にトリオンが増えるなんて事は黒トリガーを持つ機会でもない限りないだろうから、この試験くらいでしか使えない訓練かもしれないけど、やっておいて損はないと思うよ。色々とね」
嵐山の言葉に、時枝がそう言って捕捉する。
彼の言う通り、実戦でいきなりトリオンが増える、なんて事はまず有り得ない。
トリオン量は生来決められているものであり、先天的なものだ。
余程の事が無い限り、それが急激に増える、という事は無い。
────────
黒トリガーは、発動者のトリオンをブーストする効果がある。
それも、ちょっとやそっとではない。
評価値にして、凡そ30前後。
それだけの莫大なトリオンを、黒トリガーは発動者に付加するのだ。
文字通り、出力の桁が違う。
だからこそ黒トリガーというものは、
その
玉狛のトリガーとはまた別の意味で、
「ともかく、これである程度の感覚は掴めた筈だ。訓練なら幾らでも付き合うし、尋ねたい事があれば応えよう。遠慮はしなくていい」
嵐山はにこやかにそう告げ、手を差し出した。
「今回俺達は試験官ではあるが、同時に共闘相手でもある。俺達に出来る事があれば、なんでも言ってくれ。時間の許す限り、君達の力になろう」
「ありがとうございました」
七海は嵐山隊の面々に向かって那須と共に一礼し、隊室を後にした。
あれから高トリオンでの訓練を続け、気付けば夜になっていた。
流石に中学生の茜を遅くまで拘束するのはまずかろうという事で、彼女は熊谷共々一足早く家に帰している。
那須隊の隊室に待機していた小夜子は加古が送迎をしてくれる事になっており、今回は七海達もそれに同乗しないかと誘われている。
どちらにしろ今日は加古の用事が終わるまで本部で待たないといけないのだが、小夜子は一人暮らしだし、那須の両親は今日は仕事で不在なので多少遅くなったところで問題は無い。
故に七海達は隊室で時間を潰してから、加古と合流する心づもりであった。
「七海くん、今時間はあるかな?」
「え……?」
だがそこで、嵐山が不意に七海を呼び止めた。
予想外の行動に、七海の頭に疑問符が浮かぶ。
「時間はまあ、あるといえばありますが……」
「それなら、もしよければ少し話をしないかい? 無理にとは言わないが……」
嵐山はあくまで無理強いはせず、自然体でそう尋ねた。
真意は分からないが、あくまで真摯にお願いしているという事は充分に伝わって来る。
しばし返答に窮した七海だったが、顔を上げて那須の方へ振り向いた。
「玲」
「いいわ。私は小夜ちゃんと一緒に待ってるから」
「ありがとう」
那須は駄々をこねる事もなく、努めて冷静にそう告げて一人隊室へと向かって行った。
以前の彼女であれば七海との時間を邪魔する者は誰であろうと許容しなかった筈だが、今の那須にはその程度の事が出来るだけの
七海との関係を改善した事で、以前にはなかった精神的な寛容さを身に着けたのだ。
良く知らない女性相手であればどうなったかは分からないが、目上の男性が七海に用があるという程度であれば、目くじらを立てる理由はない。
少なくともそう判断するだけの理性を、今の那須は持っていた。
…………まあ、此処で素直に引いておけば後で
「悪いね。気を遣わせちゃったかな」
「いいえ、大丈夫です。取り立てて用があったワケじゃありませんし」
「それでもだ。無理を言ったのはこっちの方だからね。後で何かしらお礼はさせてくれ。そうでなきゃ俺の気が済まない」
あくまで真摯に告げる嵐山に、七海は少し頭を捻った。
別にそこまで気に病む必要はないのだが、此処で厚意を突っぱねるのも気が引ける。
しかし、かと言ってすぐに対価を思いつくワケでもなかった。
「じゃあ、後々困った事があれば頼らせて下さい。勿論、常識的な範疇でですが」
「分かった。困った事があればいつでも言うと良い。必ず君達の力になろう」
嵐山は満足気にそう告げると、「さて」と笑みを浮かべた。
「立ち話もなんだし、場所を変えたいんだが────────少し、付きあってくれるかい?」
「少し冷えるが、平気かい? すまないね、此処くらいしか思いつかなくて」
「いえ、トリオン体ですし大丈夫です」
嵐山が七海を連れて来たのは、本部の屋上だった。
内密の話であれば嵐山隊の隊室でも良かったのだろうが、まだあの中には綾辻や佐鳥が残っていた。
つまり、嵐山の話というのは彼等にもあまり聞かれたくない内容なのだろう。
そのくらいの推察は、七海にも付いていた。
別段、彼等を信頼していないワケではないだろう。
恐らく、話の内容というのが割とデリケートな為、気を遣った、というあたりだろう。
誠実を絵に描いたようなこの好青年そのものといった風情の嵐山なら、ありそうな話である。
嵐山は「そうか」と頷くと、そのまま七海に向かって頭を下げた。
「さて、まずはお礼を言っておきたいんだ。ありがとう。迅の荷物を、軽くしてくれて。これは、俺には出来なかった事だからね」
「い、いえ…………俺は別に、大した事はしていませんが……」
「事実、君のお陰で迅が変われた事は確かなんだ。やった事の大小なんて、些細な事さ。大事なのは、やったか、やれなかったか。それだけなんだから」
迅はさ、と嵐山は話し始める。
「自分の荷物を、決して他人に持たせようとしなかったんだ。幾らこっちが持つって言っても、煙に巻いてはぐらかす。今までは、ずっとそうだった」
けど、と嵐山は続ける。
「あの、ROUND3の少し後だったかな。迅の様子が、変わったんだ。自分の
「それは……」
「言わなくても良い。俺は、君のプライベートを詮索したいワケじゃないからね」
ただお礼が言いたかっただけさ、と嵐山は笑みを浮かべた。
聞けば、嵐山は迅の親友であるという。
ならば、迅の過去を────────七海の姉を、玲奈を亡くした事も知っているかもしれない。
故に、七海の境遇に関してもある程度察している筈だ。
何せ、七海には目立つ右腕の義手がある。
それだけでも何かしらの悲劇が過去にあった事は明白である上、七海自身も過去の出来事を取り立てて隠しているというワケでもない。
知っている人間は知っているのだから、情報に敏い嵐山なら当然既知である筈だ。
その上で詮索はしないと、彼は言った。
自分の目的は、そんな事ではないのだから、と。
「俺はこれでも、迅の親友のつもりでいる。あいつが困っていたら助けてやりたいし、辛い時は一緒にいてやりたいと思う。けど、今まであいつはそれすらさせてくれなかったんだ」
君も知っているだろうが、と前置きし嵐山は続けた。
「あいつは悲劇を未然に防ぐ為に、大学進学すら蹴って街の巡回を続けている。聞いたところによるとあいつの未来視は直接相手を見ないと効果がないらしいから、時間が拘束される学生でいるのは都合が悪いかららしい」
嵐山の言う通り、迅は学校に通っていない。
正確には、高校を出た後進学も就職もせずに街をぶらついている。
しかしそれは決して、彼の気まぐれなどではない。
ただ、未来を見て平和を守る為。
その為だけに、迅は進学という選択肢を自ら閉ざしたのだ。
未来を視て、事前に危険を察知する。
その役目は、自分しか出来ないと知っているから。
「勿論、説得はしたさ。大学に通いながらでも、それは出来るだろうと────────けど、駄目だった。あいつは、自分が進学を選んだ結果不幸な未来を避け得なくなる可能性を、何より恐れていたんだ」
────────俺は、もう誰も────────失いたく、ないんだ────────
嵐山の脳裏に、過去迅が溢した言葉が蘇る。
それは、滅多に本心を見せない迅の、本気の感情の吐露だった。
もう誰も、失いたくない。
過去、玲奈を失った事により生まれた
それが今も尚、迅を苛んでいたのだと、嵐山は理解した。
「俺はあの言葉を聞いた時、俺じゃ駄目だ、って思った。何も失った事のない俺じゃあ、あいつは止められない。止めちゃいけないって────────そう、思っちゃったんだよ」
「嵐山さん……」
それは、嵐山の本心の発露。
親友の心さえ碌に守れなかった、自分自身への苛立ちだった。
「だから、君のお陰で迅が変われたと知った時は、嬉しかったと同時に────────少し、悔しかったんだ。俺には、出来なかった事だから」
「でも、それは……」
「ああ、立場の違いだろう。君と迅は、同じ痛みを識っている。だからこそ、君の言葉はあいつに届いた。そんな事は百も承知さ」
けど、と嵐山は顔を上げた。
「それならせめて、俺はあいつに寄り添うべきだった。君が迅の心の棘を抜いてくれたように、傍で支え続けていれば、少しはあいつの助けになったんじゃないか────────そんな事を、考えずにはいられなかった」
嵐山は何処か寂し気に、そう告げた。
悔しかっただろう。
親友である自分が駄目だったのに、七海が迅の心を救ってみせたのは。
だが、嵐山はそんな七海への嫉妬より、自分の不甲斐なさを恥じた。
たとえ客観的に見れば非がなかろうと、出来たかもしれない事を怠ったのは自分の罪であると。
嵐山は、そう考えていた。
「けれど、後悔は何も生まない。そんな事は分かっている。だからこそ、俺はこれからも君や皆と共に迅を支えていきたいんだ。頑張った奴が報われないなんて、俺は嫌だからね」
「そう、ですね……」
彼の言う通り、迅はこれまで頑張り過ぎていた。
そして、その努力を本当の意味で理解している者は、どれだけいるだろうか。
迅の献身に報いるだけの事を、どれだけ出来ていただろうか。
だからこそ、嵐山は求めた。
共に迅を支える、同胞を。
「勿論、迅を特別扱いしろなんて言うつもりはない。ただ、あいつを気にかけてくれていればそれで良い。知っての通り、無理ばかりする奴だからな。見ている人間は、一人でも多い方が良い」
だから、と嵐山は続ける。
「勝手なお願いですまないが、迅は君には特別心を許している。俺には言えない事も、君には言えるのかもしれない。だから頼む。俺と一緒に、あいつの荷物を背負ってくれ」
そう告げると嵐山は、深々と頭を下げた。
その行動に面食らった七海だが、動揺は一瞬。
答えなど、最初から決まっているのだから。
「大丈夫です、嵐山さん。そんなの、もうとっくに背負う覚悟は決めています」
「七海くん……」
それに、と七海は続ける。
「俺だけじゃありません。小南さんやレイジさん、それに何より嵐山さんが、迅さんの荷物を背負おうとしてくれています。あの人の味方は、俺達だけじゃないんですから」
そう、あの日の夜、小南やレイジは言った。
その荷物を、自分達にも背負わせろと。
迅は、決して一人ではない。
本人は遠ざけていたつもりでも、彼を慕う者達は────────決して、一人ではないのだ。
「きっと、俺達が知らないだけで、他にもいる筈です。あの人は、自分が思う程────────孤高でも、孤独でもないんですから」
「────────ああ、そうだな。忘れていた。俺達だけじゃ、なかったな」
嵐山の脳裏に浮かぶのは、弓場や生駒といった同い年の仲間達。
それぞれのスタンスは違えど、迅の為に動く事を厭わない者達は、確かにいる。
そんな当たり前の事を指摘され、嵐山は己を恥じた。
分かっていなかったのは、自分の方だと。
自分が何を言わずとも、彼を支える者は無数にいたのだと。
「だから、一緒に頑張りましょう。出来る事をやり切って、迅さんの視る未来が少しでも明るくなるように」
「ああ、その通りだ。共に頑張ろう、七海くん」
嵐山はそう言って七海と固い握手を交わし、微笑んだ。
何も、特別な事をする必要はない。
友の一人として、彼を支える。
そんな当たり前を、これからも。
それが最善であると、理解出来たのだから。
夜風に当たる二人の顔は、晴れやかな表情で彩られていた。