痛みを識るもの   作:デスイーター

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神田忠臣⑥

 

「今日も、お世話になりましたァ!」

「ああ、明日もよろしく頼むぞ」

「うす」

 

 弓場は風間に深々と一礼し、それに続いて弓場隊の面々も「ありがとうございました」と会釈する。

 

 時刻は夕方の6時、11月も後半に差し掛かったとあって既に外は暗くなっている。

 

 彼等は今まで、風間隊と共に連携訓練に勤しんでいたのである。

 

 今は丁度訓練が終わり、弓場が別れの挨拶を終えたところだ。

 

 最初は弓場と共に大声で挨拶していたのだが、風間がそこまで大仰にしなくて良いと言った為、この形になった。

 

 弓場は如何にもな強面だが、目上の人間にはきちんと敬意を払うし通りも弁えている。

 

 彼としてはきっちり挨拶をキメる事で筋を通したかったのだが、先方が大仰な挨拶を望まないとなれば否はない。

 

 自分の我を目上の人間相手に押し付けないだけのTPO(スジ)は、きちんと備えているのだ。

 

「では、失礼します」

 

 弓場は風間に再度頭を下げると、隊を引き連れその場を後にした。

 

 一足先に隊室に戻った藤丸を除いた弓場隊の4人組は、スタスタと本部の廊下を進む。

 

 そうして階段近くまでやって来た時、弓場がふと足を止めて後ろを────────帯島の方を、振り返った。

 

「帯島ァ、今日は兄貴が迎えに来てるんだったな?」

「うす。多分もう待ってると思うっす」

 

 そうか、と弓場は頷くと、外岡へと目を向けた。

 

「外岡ァ、兄貴のトコまで送り届けてやれ」

「了解しました」

「悪ィな。俺ぁまだ用事があるからよ」

 

 いえ、大丈夫ですと外岡は笑顔で答え、帯島を連れて階段を下りて行った。

 

 姿が見えなくなるまで二人を見送った弓場はふぅ、と溜め息を吐くと唯一残った神田の方に視線を向ける。

 

 神田はそんな弓場に対し、困ったような笑みを浮かべた。

 

「すみませんね。帯島ちゃんの送迎を断らせちゃって」

「なぁに、外岡に付いてんなら大丈夫だ。あいつもそこまでガキじゃねぇ」

 

 はぁ、と弓場は再び溜め息を吐いた。

 

 帯島の兄貴分(保護者役)としては色々気になる事もあるのだろうが、彼女の一家全員に気に入られている弓場が迂闊に家族に会えば、そのまま家までご招待される事請け合いである。

 

 なんだかんだで面倒見の良くお人好しな弓場はそうなると断り切れず、これまでも幾度となく帯島の家にお邪魔する事となっていた。

 

 帯島自身も弓場が家に来るととても喜ぶので、彼としても許容する他ないのである。

 

 今の溜め息は、今日はそういった事態を回避出来た事への安堵だろうか。

 

 弓場自身嫌というワケではないのだろうが、微妙に気まずい思いをしているようなので内心複雑なのだろう。

 

 まあ、誘われたら断れないあたり娘のおねだりに弱い父親のようだな、と神田は内心呟いた。

 

 もっとも、口に出すと凄み(ドス)の効いた睨みが待っている為あくまで思うだけではあるが。

 

 弓場は再度溜め息を吐き、神田の肩を叩いた。

 

「話があんだろ? じゃあ、屋上行くか神田ァ」

「はい」

 

 

 

 

「おや、弓場じゃないか。どうしたんだい?」

「嵐山か」

 

 ボーダー本部、屋上入口。

 

 そこで弓場達は、屋上から下りて来た嵐山と鉢合わせた。

 

 誰かと話していたのかと考えた神田だったが、ドアの向こうの屋上に人の影は無い。

 

 嵐山の待ち人は、既に此処を立ち去った後のようだった。

 

「ちィとこいつと話があっからな。おめェーが都合悪いんなら場所変えるけどよ」

「いや、俺の用事はもう終わったんだ。遠慮する必要はないよ」

 

 そうか、と弓場は頷きつつ嵐山の顔を見た。

 

 嵐山は何処か晴れやかな表情をしており、たとえるならば憑き物が落ちたような顔をしている。

 

 何か、彼にとって転機となる出来事があった。

 

 そう考えるに、充分な様子だった。

 

「引き留めて悪かったな。忙しいってのによ」

「いや、構わない。少しくらい友達と語り合う時間くらい、確保しているつもりだ。俺の意思で広報部隊(しごと)を引き受けた以上、半端な事はしないさ」

 

 嵐山は迷う事なく、清々しさすら感じる声でそう言い切った。

 

 口では簡単に言っているが、メディアに露出する広報部隊の仕事がハードなのは言うまでもない。

 

 テレビ等で顔を晒している以上、謂れのない批難中傷(パッシング)を受ける事も多々あるだろう。

 

 人は、集団になれば思考力の低下する生き物だ。

 

 傍から見ればどうでも良い事でも、何かしら口実を見つけて難癖を付けようとする。

 

 そこには有名人への嫉妬や羨望、暗い感情の発露が絡んでいる事は言うまでもない。

 

 特に、彼等はボーダーの宣伝係のようなものだ。

 

 ただでさえ子供を戦わせている、という点や政府非公認の軍事力を保有している等叩かれる要素が多いボーダーの顔役である以上、普通の芸能人以上にパッシングが集まり易いであろう事は言うまでもない。

 

 そんな形のない悪意に常に晒されるような仕事が、簡単である筈がない。

 

 しかしそれでも尚こう言い切ってしまえる少年だからこそ、嵐山は広報部隊のリーダーを務めていられるのだとも言える。

 

 好青年そのものといった風情の嵐山だが、平然とそういった職務に従事する姿はハッキリ言って普通とは言い難い。

 

 嵐山も嵐山で、ある意味で外れているのだろう。

 

 だからといって、彼に対する友情を掌返すような弓場達ではないのだが。

 

 そういった一面を理解して尚、嵐山準という少年の友人をやっているのだから。

 

「今回は戦う相手になったが、遠慮は要らない。お互い、全霊で戦おう」

「おう、勝ちを譲る気はねぇからなァ。全力(ガチ)で来いよ、嵐山ァ」

「ああ、勿論だ」

 

 嵐山は最後まで爽やかな笑みを崩さず、そう言い残してその場を去った。

 

 彼のファンが見たら感涙間違いなしの笑顔であったが、弓場は知っている。

 

 ああ見えて、嵐山は決して戦いを厭うてはいないと。

 

 今の発言は、決して社交辞令などではない。

 

 やるからには、本気で叩き潰す。

 

 そういう意味を込めた、宣戦布告だ。

 

 戦いが好きというワケではないだろうが、やるからには全力で。

 

 特に、相手が友人(弓場)であるならば。

 

 手抜きは、最大の侮辱に当たるだろうと。

 

 そう、信じているからだ。

 

 故に、弓場は笑みを浮かべる。

 

 久々に、あの友人と雌雄を決する事が出来る。

 

 嵐山隊がA級になって以降はご無沙汰であったが、折角戦う機会に恵まれたのだ。

 

 やるからには、全力で。

 

 何もそれは、嵐山に限った話ではないのだから。

 

「ちょっとー、弓場さーん? 熱くなるのはいいですけど、俺の事忘れてませんよねぇ?」

「当たり前だろうが。(ブル)ったのは事実だが、おめェーを忘れるほど抜けてはいねぇよ」

 

 弓場は訝し気な神田の問いに、即座にそう返した。

 

 嵐山の発言で奮起したのは事実だが、何をしにこの場所まで来たかを忘れるほど弓場は抜けてはいない。

 

 まあ、若干頭に血が上りかけたのは確かではあるのだが。

 

「それは何よりですね。じゃあ、早速本題に入らせて貰います」

「おう」

 

 なんでも話せ、と告げる弓場に、神田はこくりと頷いた。

 

「俺が万能手から銃手になった時の事、覚えてますよね」

「忘れるワケねぇだろうが」

 

 ですよね、と神田は苦笑いを浮かべつつ、話を続けた。

 

「俺は、今期を以てボーダーを────────弓場隊を、辞めます」

「…………ああ」

「だから帯島には、俺のいない弓場隊に────────()()()()()()()()()()()()()の状態に早く慣れて欲しかったから、俺は万能手から銃手になりました」

 

 そう、それが以前万能手だった神田が銃手となっている理由。

 

 神田が抜ければ、弓場隊は銃手である弓場と万能手である帯島、狙撃手である外岡の三人のみの部隊となる。

 

 必然的に、前衛として動けるのは帯島だけとなる。

 

 弓場は通常の銃手よりも攻撃手に近い立ち回りをするが、その本質はあくまでも銃手。

 

 ブレードトリガーを所持していない以上、攻撃手に懐に入り込まれればそれで詰みだ。

 

 故に、隊で唯一のブレードトリガー持ちである帯島が前衛を張る事になる。

 

 彼女は射撃トリガーのハウンドを持つ万能手である為中距離にも対応出来るが、どちらにせよ近接戦闘が出来る駒である事に変わりはない。

 

 神田が抜ければ、前衛としての役割は必然的に多くなる。

 

 だからこそ、神田は自らが抜けた後の弓場隊の弱体化を少しでも抑える為、帯島に()()()()()()という状況に慣れて欲しかった。

 

 故に、隊の力が減衰する事をある程度承知の上でブレードトリガーを捨て、銃手に転向した。

 

 全ては、隊の今後の為に。

 

 自分が一人抜けてしまう、その責任を果たす為に。

 

「あの時は、それが正しいと信じていました。隊を勝手に抜けてしまう責任を果たすには、それしかないと思った。そのくらいしか、弓場隊(みんな)へケジメを付ける方法はないと思ったんです」

 

 けれど、と神田は続ける。

 

「あの時の七海くんの言葉で、思い直したんです。俺は本当に、それで()()()()()()()()()()()()()って」

 

────────親友からの受け売りですけど、迷惑なんて幾らでもかければいいんです。仲間ってのは、迷惑をかけあって生きていくものです。むしろ気を遣って身を引く方が、仲間としてはきついものですよ────────

 

 七海は、言った。

 

 迷惑など、幾らでもかければ良いと。

 

 仲間として、気を遣われる方がキツいのだと。

 

 そう、告げていた。

 

「責任を果たす、隊の為を思って。俺はそんなお題目を掲げて、逃げてたのかもしれません。自分一人だけが隊から抜ける、後ろめたさから」

 

────────だから、俺は神田さんがやりたいようにやればいいと、そう思います────────

 

 七海の言葉が、脳裏に蘇る。

 

 やりたいように、やれば良い。

 

 言葉尻だけを捉えれば無責任にも聞こえる発言だが、その真意は違う。

 

 何事も、後悔しない方法を選べ。

 

 その言葉には、そんなメッセージが込められていた。

 

 少なくとも、神田はそう受け取ったのだ。

 

「だから、最後の機会には好きにやりたい。そう、思ったんです。やりたい事をやりたいようにやって、有終の美を飾る。そんな引退試合があっても良いんじゃないか、って」

「…………」

 

 弓場は黙って神田の言葉を聞き、彼の話を傾聴していた。

 

 神田の決意を、聞き逃さないように。

 

「弓場さん」

「おう」

「俺、好きなようにやって────────いいですか?」

 

 そして弓場は、神田の言葉を聞き────────笑みを、浮かべた。

 

「ああ、存分にやれ。悔いは残さねぇようにしろ、神田ァ」

「はい……!」

 

 神田は顔に喜色を浮かべ、弓場に深々と頭を下げた。

 

 そんな彼の背をバン、と叩くと、弓場は神田の顔を上げさせた。

 

「辛気臭ェ面してんじゃねぇよ。勝って終わるんだろ? だったらシャキっとしろ、シャキっと。折角、素直になれたんだからよ」

「弓場さん……」

 

 弓場はフン、と鼻を鳴らし神田をジロリと睨みつけた。

 

「おめェーは勝手に隊を抜ける責任だなんだと抜かしてたが、んな事気にする必要ねぇんだよ。適当な理由ならともかく、将来を見据えての事だろうが」

 

 そもそも、と弓場は続ける。

 

「将来の就職を考えて県外の大学を選んで、その為に弓場隊(ウチ)を辞める。それの何処に、非があんだよ。むしろ、立派な事じゃねぇか。キチンと今後を考えてるって意味じゃあよ」

 

 少なくとも進学しなかった迅の百倍マシだ、と弓場は告げる。

 

 その事に関しては弓場も色々思うところはあるのだろうが、それ以上蒸し返す気配はない。

 

 今のはほんの少し、心の底の本音が漏れただけだったのだろう。

 

 彼は今でも、迅の選択を納得してはいないのだと。

 

 この件に関して、神田は踏み込むべきではないと判断している。

 

 迅と付き合いの浅い自分が、軽々に干渉して良い事ではないだろうから。

 

「ともかく、おめェーが非を感じる理由が一切ねぇ。好きにやれる最後の機会なんだから、逃すな。俺から言えるのはそれだけだ」

「…………ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うとしますか」

 

 神田は弓場の心意気に感謝しながら、顔を上げた。

 

 これまで余り触れずにいた迅の事を話題に出したのは、神田の迷いを振り払う為だろう。

 

 「あいつの真似はしなくても良い」と、そう伝える為に。

 

 迅の生き方は、自縄自縛の雁字搦めだ。

 

 自身の境遇故に責任を放り出す事も出来ず、延々と()()()()()のみに注力する。

 

 律儀ではあるのだろう。

 

 誠実ではあるのだろう。

 

 だがそれは、まともな生き方では無い。

 

 最近はマシになっているが、それでも彼の双肩にかかる責務(ねがい)は重い。

 

 その重荷がどれだけ彼の負担になるか知っているからこそ、弓場は思うのだろう。

 

 余計な重荷は背負うな、と。

 

 不器用な彼の、後輩への精一杯の激励(エール)

 

 それを受け取り、何も感じない程神田は恩知らずではない。

 

「────────勝ちましょう、弓場さん。快進撃を続ける那須隊(かれら)に、勝ち星を挙げてやりましょう」

「ったりめぇだ。全力でやっぞ、神田ァ」

「はい!」

 

 男二人、夜空の下で誓いを立てる。

 

 それは、必勝の誓い。

 

 最後の思い出作り(ドンパチ)を成功させる為の、仲間としての宣誓だった。

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