『全部隊、転送完了』
仮想の大地に、隊員達が転送される。
第三の試験、その戦場へ四つの部隊が降り立った。
『MAP、『市街地D』。天候、『暴風雨』』
そして、仮想空間へ降り立った者達が目にしたのは、吹き荒れる風と雨。
立っているだけで吹き飛ばされそうな、嵐。
数ある環境設定の中でも指折りの悪天候のフィールドが、試合の舞台であった。
「────────よし、条件はクリアだ」
その光景を見て、神田は笑みを浮かべる。
視線の先にあるのは、巨大なショッピングモール。
この市街地Dの象徴とも言うべき、主戦場だ。
「第一プランで行く。皆、勝ちに行くぞ」
『おう』
『はいっ!』
『了解』
チームメイトの返答を聞きながら、神田はバッグワームに身を包む。
そして、目の前にあるショッピングモールへと駆け出した。
「さあ、始まりました第三試合。選ばれる事が珍しい市街地DのMAPと暴風雨という特大の悪天候のコンボですが、これについてお二方はどう思われますか?」
「マジでクソMAPじゃねぇか、こりゃあ」
最悪の組み合わせだろ、と諏訪はぼやく。
確かに、この光景を見れば彼でなくともそう思うのは仕方ない。
何せ、ショッピングモールが主戦場となる市街地Dという特殊なMAPに、動きや視界が大幅に制限される暴風雨という天候の組み合わせだ。
部隊の性質によっては、一方的に不利になってもおかしくはないのだから。
「ええ、確かに相当特殊な環境に当たりますね。外が嵐というこの環境下なら、否応なくモールの中に入らざるを得ない。今回の試験ではMAPと環境設定はランダムに選ばれると聞いていますが、図ったかのような組み合わせですね」
「まあ、逆に言えば
「確かに狙撃手にとっては厳しい環境である事は、間違いないでしょうね」
この市街地DというMAPでは、その大部分を占める大型ショッピングモールが大抵の場合主戦場になる。
屋内戦闘になるという事は、必然的に狙撃手が活躍出来る機会は少なくなる。
何せ、場所が限られた屋内での戦闘だ。
通常のMAPであれば離れた場所から一方的に攻撃出来るのが狙撃手の利点であるが、この市街地Dでは構造上距離を取るにも限界がある。
故に一度狙撃で場所が割れてしまえば、逃げる事はかなり困難となるだろう。
そして、外は暴風雨。
視界も制限される以上、あまり離れては狙撃もままならない。
結果として、狙撃手を活用し難い環境下にあるのは確かである。
「ですが、このMAPは両部隊にとってメリットもあります。縦に広いMAPなので七海や那須さんは三次元機動が取り易いですし、閉所で不意を撃てれば弓場さんの早撃ちから逃げるのは困難です」
「確かに、狭ぇトコで弓場とかち合うのは勘弁願いてぇな。でもよ」
ええ、と村上は頷き、肯定した。
「この状況下であいつが動かない理由が、ありませんね」
「────────
ショッピングモール、最上階。
バッグワームを解除しそこに陣取った七海が、吹き抜けを見下ろしながらトリオンキューブを生成する。
そして、作り出したキューブを分割し、射出。
吹き抜けを通って降り注いだ爆撃は、モールの各所に風穴を空けた。
「ここで七海隊員のメテオラが炸裂……っ! モール内部に、爆撃の嵐が吹き荒れる……っ!」
「やっぱりこうなりましたか」
村上はモニターの映像にさして驚く事なく、淡々と告げた。
彼にとっては、予想通りの光景であったが故に。
「那須隊は、どちらかといえば閉所での戦闘は苦手な部類に入ります。そして、逆に弓場隊と風間隊は閉所での戦闘こそが真骨頂。となれば」
「メテオラで炙り出しをやんねぇ理由がねぇっつう話だよなあ。七海が目立っちまうが、あいつに不意打ちは効かねぇから関係ねぇしよ」
そう、確かに縦に広い吹き抜け近辺では那須や七海の独壇場だが、逆に店舗内などの閉所では弓場隊の方が有利となる。
那須隊は全員が射程持ちだが、その手札は全員が射撃トリガー。
狭い場所での戦闘では、射出までのタイムラグが存在しない銃手が複数在籍する弓場隊の方が優位に立てるのだ。
特に、弓場の早撃ちは至近距離ではまず躱せない。
そして、隠密戦闘を専門とする風間隊も閉所での戦闘を得意としている。
以上の理由により、那須隊が閉所での戦闘に応じる理由は存在しない。
逃げ場のない閉所での戦闘は、那須隊としては避けたいところなのだから。
だからこその、無差別爆撃。
逃げ場がないのであれば、作ってしまえば良い。
メテオラを用いてモール内を破壊して、強引に閉所を取り除いてしまおう、という作戦である。
滅茶苦茶な力押しではあるが、理には適っている。
メテオラの連射も七海のトリオン量ならば問題にならないし、何も最終ラウンドの時のように街の一区画をまるごと吹き飛ばそうというワケでもないのだ。
爆撃にトリオンを注ぎ込んでも、さして問題はないだろう。
「さて、これを放置すれば弓場隊は折角の得意地形を崩される事になります。此処は、動かざるを得ないでしょうね」
「問題は、だれがやるか、だな。ここで弓場っつうカードを切っちまうのはちと勿体ねぇが、他に適任がいるようにも────────あん?」
ふと、諏訪がモニターの映像を見て固まった。
そこには、予想外の人物の姿が映し出されていたのである。
「あいつ、
上階から、無数の光弾が降り注ぐ。
落ちる星の名は、メテオラ。
七海によって繰り出された、爆破の弾幕である。
爆撃の雨は、正確に下階を狙い撃っている。
このままでは、更にモール内に破壊が広がるだろう。
故に。
吹き抜けの一階部分に飛び出した少年────────神田が、アサルトライフルを上方に向け、撃ち放った。
放たれる、無数の弾丸。
それは七海の発射したメテオラに誘爆し、空中で無数の爆発が連鎖する。
間一髪、更なる破壊を撒き散らす前に爆撃を止める事に成功した。
此処で七海の爆撃を止める事は、間違いではない。
むしろ、そうしなければ一気に不利になる可能性すら有り得た。
だが────。
「────」
そんな神田の背後に、一人の少女が忍び寄った。
少女の名は、熊谷友子。
那須隊の攻撃手が、その手に弧月を構えて斬りかかる。
「……!」
神田は熊谷の接近に気付くが、距離が近過ぎる。
熊谷は丁度、神田の飛び出した場所の近くの柱の陰に隠れていた。
標的が自ら近くに飛び込んでくれたのは僥倖であり、このチャンスを逃す手はない。
故に熊谷は隠密を優先して旋空ではなく、自らが飛び込んでの奇襲を敢行したのだ。
そう、あれだけ派手にやった以上、妨害の手が来ることなど七海には────────いや、那須隊には承知の上。
つまり、必ず
その状況下で、連携でこそ力を発揮する神田が単独で出て来るのは危険過ぎる。
だから、諏訪は驚いたのだ。
あの神田が、そんな軽挙をするのかと。
銃手である神田では、此処まで接近された攻撃手相手に打つ手はない。
弓場という例外を除き銃手の役割とは、中距離から銃撃で牽制を加え、場をコントロールする事。
至近距離では、引き金を引くよりも刃を振り抜く方が速い。
決まった。
誰もが、そう思った。
「────────甘いよ」
「……っ!?」
────────
熊谷の斬撃は、硬質な音と共に受け止められた。
その音は熊谷にとっても慣れ親しんだものであり、普段聞く機会の多いもの。
それでいて、この状況では有り得ない、と断じたものでもあった。
「これでも、元万能手なんだ。
そう、結果は言ってみれば単純明快。
神田が、弧月を用いて熊谷の攻撃をガードした。
ただ、それだけの事であった。
「さあ、続けようか。悪いけど、容赦しないよ」
「熊谷隊員の弧月を、神田隊員の弧月が止めた……っ! 神田隊員、まさかのブレードトリガーで窮地を脱した……っ!」
「これは、予想していませんでしたね」
羽矢は目を見開き、村上も感心したように頷く。
しかし、その意味は異なる。
羽矢はリアクションとは異なり納得をしているようであり、村上は瞬時に状況を理解しての得心である。
その差異の理由は、簡単だ。
「データによれば、神田さんは前期までは万能手だったんですよね? それを考えれば、元のスタイルに戻っただけとも言えますが……」
そう、神田は前期のランク戦まで、銃手ではなく万能手として戦っていた。
彼が銃手となったのは今期から────────弓場隊脱退を隊のメンバーに告げた後、である。
当然、前期までB級上位にいた経験がなかった諏訪や村上は伝聞、もしくはランク戦の映像でしかその事を知らない。
知るのはただ一人、王子隊のオペレーターとして以前から上位にいた羽矢だけである。
「神田隊員は前期まで万能手として、状況に応じて銃手トリガーとブレードトリガーを使い分けて戦っていました。私の知る限り弧月はマスターランクまでは至っていませんが、申し分ない技量だったとうちの隊長からは聞いています」
「成る程、近接戦闘のスキルは元々持っていた、というワケですね」
「みてーだな。俺もこうして直で見んのは初めてだけどよ」
諏訪は神田と熊谷の鍔迫り合いの映像を見ながら、ほぅ、と息を吐いた。
神田の剣の技量は一流のそれには届いていないが、近接戦闘を得手とする熊谷に対し充分に食らいついていけている。
熊谷が防御重視のスタイルであるという理由もあるのだろうが、少なくともその技量は付け焼刃のそれではない。
きちんと鍛錬を積み重ね、その結果得た正当な成長の産物である。
「
「────────ええ、だからといって連携が真骨頂である神田さんが単独で出て来る理由としては
「はぁ……っ!」
熊谷は弧月を構え、神田へ斬りかかる。
「……!」
神田はそれを己の弧月で迎撃。
振り下ろされた熊谷の弧月を、神田のブレードが受け止める。
攻撃を止められて一歩後ろに下がった熊谷は、再度同じように斬りかかる。
そして、止める。
これが、先ほどから幾度も繰り返されて来た。
まだ数合程度の打ち合いであるが、その理由は明白だ。
神田は先ほどから、積極的に移動しようとする気配がない。
ただ攻撃を受け、凌ぐだけ。
今の神田には、決定的に
神田には、この場で熊谷を無理に仕留めようとは思っていない。
故に熊谷が引けば追わないし、自分から攻め込む事もない。
熊谷と似た系統の、防御的な弧月使い。
それが、神田のブレードトリガーを用いたバトルスタイルだった。
熊谷との距離が近過ぎる為、七海も迂闊にメテオラを落とす事が出来ない。
まさか、神田が熊谷との接近戦を選択するとは、思いもしなかったのである。
もしも彼が銃手のままだったのであれば、距離を取ったところにメテオラを落として爆殺する事が出来ただろう。
ブレードトリガーを手にした事こそ、この状況を覆す一助となる手。
それがなければ、熊谷の最初の奇襲で落とされていた可能性も有り得た。
万能手に戻る。
そう神田が決意したからこそ、この膠着状態が生まれているのだ。
「ハウンド……ッ!」
だが、それも長くは続かない。
熊谷には神田とは異なり、射撃トリガーとしてのハウンドがある。
弧月からアサルトライフルに切り替えなければならない神田と違い、弧月を構えたままでも弾を撃ち出せる。
構えた状態での撃ち合いならばともかく、応用性が広いのは間違いなく射撃トリガーの方である。
故に、熊谷がハウンド使用を選択した事はなんらおかしい事ではない。
問題は。
(大きい……っ!)
その、展開したキューブの
普段のそれの、数倍。
そんなトリオンキューブが、熊谷の背後に展開されていた。
射撃トリガーを使用するには、トリオンキューブを展開し、それを分割して撃ち出すという
そして、展開したトリオンキューブの大きさは持ち主のトリオン量に比例する。
重要なのは、この時出るキューブの大きさは調整が出来ないという事。
トリオンの少ない者であればそれこそ手のひらサイズという事も有り得るが、トリオン強者のキューブは目に見えて巨大になる。
今の熊谷の出したトリオンキューブは、どう見ても
「君が、ビッグトリオンか……っ!」
こうまで見せつけられては、疑う余地はない。
ビッグトリオンルール。
その那須隊側の適用者が、熊谷なのだ。
二宮級のトリオンで放たれる、ハウンド。
それはまさしく、文字通りの凶器だ。
シールドで防ぐ事は出来ようが、足を止めればそのまま集中砲火で息絶える。
これは、そういう種類の脅威である。
現在神田達がいるのは一階の吹き抜け近辺であり、隠れる場所は殆ど無い。
万事休す。
誰もが、そう思った。
「甘いよ」
「え……っ!?」
────────神田本人、以外は。
神田が迫り来る弾幕に対し打った手段は、一つ。
その手を地面に置き、目前に複数の
「エスクード、ですって……?」
そのトリガーの名は、エスクード。
燃費の悪さから使用者は少ないが、その硬度は防御系トリガーの中でも屈指。
任意の場所に壁を発生させる、オプショントリガーである。