痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊・風間隊②

 

「エスクードか」

 

 七海は眼下に見える壁トリガーを見据え、目を細めた。

 

 エスクードは、オプショントリガーの一種である。

 

 その性質の中でも目を惹くのは、その硬度。

 

 並みのシールドとは比較にならないその強度は、防御不能の刃である旋空弧月や勢いの付けたレイガストのスラスター斬りクラスの攻撃でなければ突破不可能。

 

 更に、エスクードは一度出現させれば維持にトリオンがかからない、という特徴がある。

 

 つまり、使用者が消さない限りは破壊されない限りずっとその場に残り続けるのだ。

 

 故に、ROUND5で太一が行ったように通路の封鎖等、地形そのものに手を加える事が出来るトリガーでもあるのだ。

 

 その硬度も相俟って、このエスクードによる地形封鎖の影響力は高い。

 

 但し。

 

 便利に思えるエスクードではあるが、ボーダーの中でも使用者はそう多くないどころか珍しい部類に入る。

 

 それは何故か。

 

 単純に、()()()()()()()からだ。

 

 エスクードは、確かに一度出せば維持にトリオンを消費しない。

 

 だが、そもそも使用時にかかるトリオンが他のトリガーの比ではないのだ。

 

 少なくとも、平均的なトリオンの持ち主では乱発など出来る筈もない。

 

 ROUND5でこれを繰り返し使用した太一は、戦闘に必要なトリオンすら碌に残っていない有り様となっていた。

 

 そして、幾ら便利であろうともあくまでオプション(補助)トリガーである以上エスクード単体だけで勝負が決するワケではない。

 

 そういった理由もあり、エスクードを基本トリガーセットに入れているのは七海が知る相手の中では玉狛支部の烏丸くらいである。

 

 本部所属の隊員となるとA級の佐伯という人物が使っているそうだが、こちらは七海と交流が無いのでよくわからない。

 

 ともあれ、燃費の悪さというものはそれだけ致命的な欠点なのだ。

 

 そして神田は太一と違い、隠れるのではなく表に出て戦っている。

 

 これの示す意味は、即ち────。

 

「神田が、ビッグトリオン適用者か……?」

 

 ────────神田忠臣が、弓場隊側のビッグトリオン適用者である可能性が高い、という事だ。

 

 

 

 

「旋空弧月ッ!」

 

 神田が出現させたエスクードを見て、熊谷は即座に行動に移った。

 

 それは、旋空弧月の使用。

 

 熊谷も、エスクードに関する知識はある。

 

 実際に使われた事はないが、ROUND5で太一が使用したと聞き、後学の為に七海経由で烏丸に聞いて貰ったのだ。

 

 故に、その()()()()も既知であった。

 

 エスクードは確かに強固な壁であるが、旋空弧月を用いれば切断出来る。

 

 那須隊の中でもエスクードを破壊可能な旋空を持つのは、熊谷(じぶん)だけ。

 

 ならば、下手に壁を増やされる前に此処で叩き切る。

 

 そう判断しての、瞬時の攻撃。

 

 熊谷の旋空が、横薙ぎに振り払われ神田の出現させたエスクードを纏めて叩き切った。

 

「いない……っ!?」

 

 だが、その壁の向こうに神田はいなかった。

 

 熊谷は、横薙ぎに旋空を振るった。

 

 今の一瞬でその射程外へ走って逃げる事は、不可能な筈。

 

 つまり。

 

「上か……っ!」

 

 熊谷は、神田が残した()()を見逃さなかった。

 

 彼女が破断した、エスクードの残骸。

 

 その向こう側に────────即ち、神田がいた場所にもう一つ、斬られたエスクードが残っていた。

 

 エスクードは、熊谷の見た限りその出現速度はかなり速い。

 

 即ち。

 

 その()()()()にいたならば、グラスホッパーのようにジャンプ台として利用する事が可能……!

 

「見つけた……っ!」

 

 熊谷は、見た。

 

 エスクードによる加速を得た神田が、吹き抜けを通って四階の通路へ着地する瞬間を。

 

「ハウンド……ッ!」

 

 判断は、瞬時。

 

 熊谷は間髪入れず、ハウンドを展開し射出。

 

 14ものトリオンによって威力や射程が上昇した追尾弾が、四階の神田へと襲い掛かる。

 

「……!」

 

 しかし、そのハウンドは、神田の周囲に出現したエスクードによって受け止められた。

 

 幾らトリオンが上がり威力が上昇したとはいえ、ハウンドはそこまで威力の高い弾丸ではない。

 

 撃ち続ければエスクードも破壊出来るかもしれないが、ハッキリ言ってトリオンと時間の無駄だ。

 

 それに。

 

 次の手を撃つ前に、熊谷を予想外の事態が襲ったのだ。

 

「な……っ!?」

 

 下腹部への衝撃の後、熊谷の身体が宙に跳ね上げられる。

 

 エスクード。

 

 神田がジャンプ台として使用したそれが、熊谷の足元から突如として出現したのだ。

 

 不意打ちで強制的に跳躍させられた熊谷の身体は、吹き抜けを通って上階へと飛ばされる。

 

 そこで、見た。

 

 吹き抜け傍の通路の、三階。

 

 そこに、バッグワームを解除した弓場が、二丁のリボルバーをこちらに向けている姿を。

 

「……っ!」

 

 熊谷には、グラスホッパーやテレポーター等の都合の良い移動用トリガーはない。

 

 最上階にいる七海が救援に来るには、刹那の時間が足りない。

 

 弓場の早撃ちは、他の銃手の比ではない。

 

 確実に、七海が助けに入る前にその銃弾は熊谷に届く。

 

 咄嗟に、熊谷は集中シールドを展開した。

 

 トリオン14のシールドは、かなりの硬度を持つ。

 

 だが、弓場のリボルバーの弾丸を撃ち続けられれば、突破されるのは必定。

 

 弓場の銃は、射程と弾数を切り詰めて威力と弾速を徹底的に上げている。

 

 幾ら強固なシールドとて、その硬度には限度がある。

 

 そして、空中にいる以上逃げ場はない。

 

 詰み。

 

 一瞬の油断が招いた、この上ない窮地だった。

 

「────」

 

 弓場の弾丸が、放たれる。

 

 目にも止まらぬ早撃ちが、熊谷のシールドに叩き込まれる。

 

 その弾数、()()

 

 つまり、片手のリボルバーの分だけが、集中シールドに叩き込まれた。

 

 熊谷の集中シールドは、なんとか弓場の弾丸に耐え切った。

 

 だが。

 

 だが。

 

 まだ、もう片方のリボルバーの弾丸が残っている。

 

 そしてそれは、集中シールドを避けて()()()()で飛来した。

 

 そう。

 

 弓場のリボルバーは、()()()ではない。

 

 通常弾(アステロイド)と、変化弾(バイパー)

 

 その二種の弾丸を、弓場は所持している。

 

 たった今弓場が撃ったのは、左手のアステロイドと右のバイパー。

 

 弓場の拳銃の威力を知るが故に集中シールドの二枚重ねという選択をした熊谷の虚を、毒蛇の弾丸が撃ち貫く。

 

「────」

「え……?」

 

 その、筈だった。

 

 熊谷の前に、不意に人影が現れる。

 

 それは、バッグワームを解除して吹き抜けから飛び降りた、時枝の姿だった。

 

 時枝はシールドを張り、弓場のバイパーを防御。

 

 それと同時に熊谷の腕を掴み、二階の通路目掛けて放り投げた。

 

 熊谷はそのまま二階の通路へと着地し、空中には無防備な時枝が残された。

 

「────」

 

 逃がさない。

 

 眼光でそう訴える弓場のリボルバーが、再装填(リロード)を完了する。

 

 そして、弓場の早撃ちが、逃げ場のない時枝へと放たれた。

 

「……!」

 

 だが、時枝の姿はそこから一瞬で消え去った。

 

 その光景を、その現象を。

 

 起こす事の出来るトリガーを、弓場は知っている。

 

「テレポーターか……っ!」

 

 テレポーター。

 

 那須隊では茜が愛用する、転移トリガー。

 

 その移動先は、視線の先数十メートル。

 

 弓場は、見た。

 

 二階の吹き抜け側の通路。

 

 そこに出現し、上階へ────────弓場に向けてアサルトライフルを構えた時枝の姿を。

 

「ち……っ!」

 

 時枝のアサルトライフが、火を噴いた。

 

 放たれたのは、メテオラ。

 

 弓場の立っていた通路、その足元を炸裂弾が吹き飛ばした。

 

 だが、弓場の行動の方が一瞬速かった。

 

 弓場は即座にその場から飛び退きつつ、通路奥へ退避。

 

 すかさずそこへ時枝が通常弾(アステロイド)を叩き込むが、それを遮る形でエスクードが展開された。

 

 見れば、四階の吹き抜けにいる神田が地面に手を置いている。

 

 あそこから、弓場の援護の為にエスクードを展開したのだろう。

 

 エスクードは、展開する距離に応じてトリオンを消費する。

 

 基本射程は25メートルほどだが、トリオンを使えば更に遠くまで展開する事が出来る。

 

 あそこまで離れた場所に展開するには、相当なトリオンを食う筈だ。

 

 此処まで来れば、もう疑う余地はない。

 

 弓場隊のビッグトリオン適用者は、神田だ。

 

 そのトリオンを活かす為にセットしたトリガーが、エスクードというワケである。

 

 神田らしい、合理的で効果的な戦術だ。

 

「助かったわ。ありがとう」

「いえ、無事なら何よりです」

 

 時枝は礼を言う熊谷にそう返しつつ、弓場の消えた先を見据えた。

 

 恐らく、既に弓場はこちらの射程外へと退避している筈だ。

 

 テレポーターを使用した直後でなければ追いつけたかもしれないが、生憎このトリガーは連続使用は出来ない。

 

 かといってあそこで使わなければ時枝が弓場に仕留められていただろうから、仕方ないとも言える。

 

 そもそも、熊谷の救助に時枝が出て来たのは彼がテレポーターという移動手段を持っていたからだ。

 

 一度空中に投げ出されれば、基本的に回避行動は取れない。

 

 だが、グラスホッパーやテレポーター等の移動手段があれば、空中での緊急回避が可能となる。

 

 だからこそ、熊谷を助けつつ自身も逃走可能な手段を持つ時枝がフォローに回ったのだ。

 

 あそこで熊谷をやられては、予定が狂う事は間違いないのだから。

 

『熊谷先輩、先輩はこのまま時枝さんと一緒に神田さんを追いかけて下さい。相手の狙撃手の位置が分からないので、バッグワームは着ない方が良いでしょう』

「分かったわ。でも、神田さんは四階にいるから追いつくまで時間がかかるわよ?」

 

 熊谷は通信越しの小夜子の指示に、そう尋ねた。

 

 今、熊谷達がいるのは二階。

 

 四階にいる神田へ追いつくのは、少々骨が折れる。

 

『問題ありません』

 

 それなら、と小夜子は続けた。

 

『────────()から、追い立てれば良いだけですから』

 

 

 

 

「────メテオラ」

 

 七海は再びメテオラのトリオンキューブを生成し、分割。

 

 無数に分かたれた弾丸が、吹き抜けを通って5階の通路へ直撃する。

 

 轟音と共に、吹き飛ばされる床面。

 

 5階の通路に穴が空き、四階を走る神田の後ろ姿が七海の視界に捉えられた。

 

「そこか」

 

 神田の姿を視認した七海は、再度メテオラを展開する。

 

 このまま七海が直接神田を追っても、エスクードで通路を塞がれ逃げ切られる可能性がある。

 

 ならば、此処は建物内の破壊を徹底する。

 

 幾ら潤沢がトリオンがあろうば、エスクードを展開するには何らかの()()が必須になる。

 

 グラスホッパーと異なり、空中に直接出す事は出来ないのだ。

 

 故に、その足場を攻撃する。

 

 徹底的にモール内を破壊すれば、エスクードでの封鎖も難しくなる。

 

 無論────。

 

「……!」

「そう来ると、思っていたよ」

 

 ────────それを妨害しに出て来る者がいる事も、承知の上だ。

 

 七海はメテオラのキューブを解除しつつ、シールドを展開。

 

 自身に向けて放たれた帯島のハウンドを、広げたシールドによって防御した。

 

 七海が爆撃を続ければ、弓場隊は折角の有利な地形を手放す事になる。

 

 だが、あの状況では神田が反撃をする事は難しいし、弓場も三階にいて七海を射程に収めるのは時間がかかる。

 

 だからこそ、近くに弓場隊もしくは風間隊が潜んでいれば此処で出て来ざるを得ないと踏んで、七海は爆撃を敢行したのだ。

 

 それを妨害しに来た相手を、釣り出す為に。

 

 七海は弧月を構えて戦闘態勢を取る帯島を見据え、告げる。

 

「あまり、時間をかけるつもりはない。君には此処で、落ちて貰うよ」

 

 

 

 

「取り合えず、悪くはない展開ですね。先ほどは、一瞬ヒヤリとしましたが」

 

 作戦室でデスクに向かいながら、小夜子は呟いた。

 

 市街地Dと暴風雨という組み合わせには試合当初盛大に愚痴りそうになったが、運ばかりはどうにもならないので仕方ないと口を噤んだ。

 

 一応どんなMAPでも対応可能なように準備はしていたが、何も最悪のケースを引き当てるなんて、と心の中で悪態をつくに留めただけだが。

 

 ともあれ、ランダム決定されるMAPと天候という事前予想のしようがない要素に出足を挫かれはしたが、元々そういった場合の作戦も用意していた。

 

 丁度七海の転送位置が最上階だった事もあり、メテオラによる爆撃を敢行。

 

 それを止めに来た神田を、近くにいた熊谷が奇襲。

 

 神田が弧月を使った事とエスクードを使った事は、素直に驚いた。

 

 小夜子が伝え聞いた神田のイメージは、とにかく堅実な男だ。

 

 博打は打たず、基本に忠実。

 

 手堅い戦術でチームの力を最大限に引き出し、勝利する。

 

 高い地力を持つ、現場指揮官。

 

 王子の相互互換のような相手だと、認識していた。

 

 だから、今になって新しいトリガーを付け焼刃で使う可能性は低いと考えていたのだが、どうやら神田に対する理解はまだまだだったらしい。

 

 神田が万能手だったという情報自体は知っていたが、銃手に転向した理由までは分からなかった。

 

 これについては神田自身親しい相手にしか話していない為、小夜子がリサーチ出来なかったのも無理からぬ事だろう。

 

 止むを得ない理由があって転向したのだろう、というくらいの認識だった為、今更万能手に戻るというのは盲点であった。

 

 もしも那須隊の誰かが万能手時代の神田と一度でも戦った事があれば警戒したかもしれないが、神田はあまり個人戦を積極的にやるタイプではない。

 

 前期まで上位に上がった事のない那須隊の面々では、神田についての情報は直接戦ったあのROUND7の時の経験のみ。

 

 ()()()()()()()()が強く印象づいていた為に、見逃した可能性であった。

 

 尚、エスクードについては可能性としては考えていた。

 

 増えたトリオンを有効活用する手段としては、射撃トリガーと同様効果が高いからである。

 

 故に当然、対策も用意してある。

 

 エスクードに関する情報不足で熊谷が虚を突かれはしたが、時枝のお陰で最悪の事態は免れた。

 

 此処からだ。

 

 まずは囮を使い、本命を炙り出す。

 

「そっちが地形を変えるなら、こっちは壊して狩り出すだけです。やるからには、徹底的にやっていきましょうか」

 

 小夜子は隊員からの観測情報を処理しつつ、笑みを浮かべる。

 

 試合は、まだ始まったばかり。

 

 第三試合は、既に波乱の様相を呈していた。


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