「帯島隊員に、弓場隊長が合流……っ! 奇襲は凌がれましたが、これで2対1です……っ!」
「粘りが功を奏しましたね」
村上は画面で並び立つ弓場と帯島を見据え、笑みを浮かべる。
隣にいる諏訪も、同じく笑みを浮かべていた。
「帯島隊員は、最初から単独で七海を倒そうとは考えていなかった。ただ、弓場さんが来るまでの間の時間を稼げれば良かったんです」
「帯島と違って、弓場にゃああの早撃ちがあるからな。七海でも警戒せざるを得ない
そう、先ほど七海が回避技術とシールド強度に任せて強引に押し込みに行ったのは、それをしても帯島には彼の隙を突くだけの
流石に旋空はシールドでは防御出来ないが、生駒のような神速の抜刀術は帯島には無い。
相手の姿が見えている状態で旋空を撃たれても、単発なら回避はそう難しくはない。
故に、多少強引に攻め込んでも、帯島相手ならリスクは微々たるものだった。
だが、弓場がいるとなると話は全く変わって来る。
弓場の早撃ちは、七海のシールドすら貫く。
そして、至近距離では回避という選択肢すら許されない。
弓場の持つリボルバーは、射程と装弾数をギリギリまで削り、威力と弾速に特化した代物だ。
その射程は、22メートルほど。
銃手としてはかなり短いのだが、その代価として銃弾の威力と弾速は他の追随を許さない。
生半可な防御や回避は意味を為さない、伝家の宝刀。
それが、弓場の早撃ちである。
その射程と威力によって、弓場は攻撃手キラーの異名を持つ。
弧月を使う攻撃手は、中距離攻撃手段を旋空のみに頼っている事は少なくない。
その旋空の射程は、凡そ20メートルほど。
つまり弓場は、22メートルという射程を活かす事で一方的に攻撃手に銃撃を行えるのだ。
加えて、スコーピオン使いである七海の射程は更に短い。
マンティスを用いたとしても、その射程は旋空のそれにすら及ばない。
そもそも、マンティスはスコーピオンを二枠使う────────即ち、
迂闊に使えば、徒に隙を晒すだけである。
そして、そんな隙を見せて無事で済むほど、弓場琢磨という漢は甘くはない。
容赦なく、その隙を突いて来る筈だ。
七海にはメテオラという中距離攻撃手段があるが、彼のそれはトリオン量もあって相応に大きい。
ROUND7で戦った時のように、迂闊に使えば銃撃で誘爆させられて終わりだ。
かといって、下手に接近すれば防御不能・回避不能の早撃ちが飛んでくる。
少なくとも、七海といえど簡単に戦える相手では無いのだ。
「七海は乱戦に強いですが、風間さんの位置が不明なのがネックですね。実力を良く知っている以上、思い切った手は取り難い筈です」
「いつの間にか背後にいやがるからな、風間は。七海はあいつの弟子みてーなモンだし、警戒するのも無理はねーわな」
そして、風間という姿なき暗殺者の位置が分からない、というのも七海の枷となる。
風間は、カメレオンを用いた隠密戦闘のエキスパートだ。
彼はトリガー切り替えの速度が尋常ではなく、攻撃態勢に移る直前までその姿を捉えられない。
その隠形は、カメレオン使いの中でも随一だ。
以前の訓練では、七海の感知を潜り抜けて彼を仕留めた実績もある。
七海が警戒するのは、当然と言えよう。
「で、この状況なら伏兵を投入して場をかき乱すのが那須隊のいつもの手だが……」
「まだ、菊地原隊員が生きていますからね。位置次第ではありますが、奇襲が成功する確率は低いと見た方が良いでしょう」
そう、この試合で最大のネックは、菊地原の存在だ。
サイドエフェクト、強化聴覚。
この能力の最大の特徴は、その
菊地原は様々な音を正確に聞き取り、そこから相手の位置を探ったり、攻撃を感知する事が出来る。
その最大有効範囲は不明だが、少なくとも彼の周囲一帯の音は全て拾われると見て良い筈だ。
彼が何処に潜んでいるかは分からないが、その感知範囲に引っかかってしまえば奇襲は既知の攻撃と化す。
いわば、相手チーム全員に七海のような攻撃感知能力が備わったようなものだ。
無論感知範囲外になれば察知は出来ないだろうが、その詳細な範囲が不明であり、尚且つ菊地原の位置が分からない以上、彼が生きている状態で行う奇襲は完全な博打となる。
菊地原が近くにいないだろうという楽観で仕掛けるには、リスクが高過ぎるのだ。
「此処での選択が、今後の戦況を左右します。お互い、どう動くかですね」
「旋空弧月ッ!」
帯島は七海に向かって、旋空を起動。
通路の上に立っていた七海に、横薙ぎに斬りかかった。
「……!」
七海は、その攻撃を回避。
跳躍し、中空へ躍り出た。
「────」
無論、回避される事など承知の上。
既に弓場は、装弾を終えたリボルバー二丁を七海に照準していた。
12発の弾丸が、七海に向けて襲い掛かった。
「……っ!」
七海は瞬時に、グラスホッパーを展開。
上空へ────────否、右方向へと跳躍する。
七海のいる場所は、モールの最上階。
上へ行ける高さには、限りがある。
故に、グラスホッパーの使用を最小限にする為、七海は横へと跳んだのだ。
以前の戦いでは、グラスホッパーを銃撃で撃ち抜かれ、バランスを崩したところを撃たれている。
弓場の早撃ち相手に、射程内で下手にグラスホッパーを濫用する事は避けるべきだ。
安易な逃げの策を打てば、弓場はそこを容赦なく突いて来る。
逃げ腰で凌げる程、彼の攻撃は緩くはないのだから。
「ハウンドッ!」
しかし、この場にいるのは弓場だけではない。
帯島もまた、追撃のハウンドを射出する。
今度は、
恐らく、狙撃を警戒しての事だろう。
先ほどと違い、今は隣に弓場がいる。
帯島だけであれば狙撃手を釣り出せれば儲けものであったが、流石にエースの弓場が落とされれば被害はそちらの方がデカくなる。
弓場も自分の身は自分で守れるだろうが、それでも下手に無防備になってしまえば攻撃を凌ぎ切れる保証はない。
幸いなのは、まだ菊地原が生存しており、不意打ちは察知可能である事。
警戒すべきは第一に、感知範囲外からの狙撃。
第二に、ビッグトリオンを持った熊谷の射撃。
それらへの警戒を怠れば、どういった結果を招くかは想像に難くない。
那須隊は、伏兵を用いての不意打ちを最も得意としている。
合流し、波状攻撃で叩きかける事をコンセプトとした柿崎隊とは真逆の、戦力の逐次投入によって要所要所で間隙を突き得点を掻っ攫う戦術スタイル。
それが、今の那須隊の在り方である。
その
何せ、彼がいる限り不意打ちが成立しないのだ。
奇襲をメインとする那須隊にとって、これ程厄介な駒はあるまい。
加えて、菊地原は七海と親しい。
その手の内や思考傾向も、当然知っている。
無論、逆も然りだ。
菊地原の厄介さを友人として理解している以上、七海はその存在を無視出来ない。
風間隊の中核を成す、
A級三位部隊の名は、伊達ではないのだ。
「ち……っ!」
七海は通路を駆け、ハウンドからの逃走を図る。
無論、ハウンドはシールドを広げれば防御出来る。
だが、弓場相手に足を止める事は、死と同義だ。
七海は、撤退を躊躇わない。
状況に応じて逃げを選べるだけのクレバーさが、七海にはある。
無理に不利な状態で戦闘を継続する程、七海は短慮ではない。
そうした方が良い、もしくはそうせざるを得ないならばともかく、撤退を選ぶべき場面で意地を張る程感情任せではないのだ。
まずは雲隠れし、菊地原を探し出して仕留める。
そこからはMAPの特性を最大限活用し、不意打ちで各個撃破を狙う。
それが
「────────だろうな。そう来ると思っていた」
「……!」
────────故にこそ、
わざわざ声をかけ、七海に存在を意識させたのは他でもない。
小柄な体躯の、青い隊服を着た子供のような青年。
風間蒼也。
A級三位部隊風間隊、その隊長。
音なしの暗殺者が、七海の行く手を塞がんと待ち構えていた。
カメレオンによる奇襲が持ち味である彼が敢えて声をかけ、姿を現したのは七海の足を止める為。
元より、サイドエフェクトにより七海に奇襲は通じ難い。
以前の訓練で用いた抜け穴も、相応の対策が取られていると予想出来る。
故にこその、存在の暴露。
風間という人物を意識させる事で、七海の足を止めさせる心理誘導。
七海を倒すには、複数人の実力者で囲んで叩くのが手っ取り早い。
幾ら乱戦に強いとは言っても、限度はあるのだ。
風間としては、此処で弓場と帯島を含めた三人がかりで七海を叩ければそれで良し。
わざわざ、リスキーな不意打ちを狙う場面ではない。
無論────────。
「それも、予想通りだ」
「く……!」
その背後から現れた、木虎の奇襲も風間は難なく対処する。
元より、伏兵も潜ませず七海が単騎で暴れているなどという楽観は抱いていない。
木虎がいつから此処にいたかは不明だが、誰かしらいるだろうとは推測していた。
風間は、七海の師匠筋の一人として彼の用意周到さを知っている。
彼ならば、そういった
そこから、木虎の奇襲を読み切り対応したのだ。
少なくとも、
風間ならそのくらい読めてもおかしくはないし、菊地原がこの近辺にいて木虎の動きを感知していた、という可能性もある。
或いは、その両方という可能性も。
もしも後者であれば此処でメテオラを用いて菊地原を炙り出す、という手も使えなくはない。
相手の戦術の肝である菊地原の位置を割り出す事が出来るのであれば、多少のリスクは呑み込める。
だが、本当に菊地原がこの近くにいるという
その可能性に懸けて炙り出しを行うか、否か。
近くにいたのであれば、それで良い。
多少損害を被ったとしても彼を落とせれば、お釣りが来る。
しかし、木虎の行動を読み切ったのはあくまで風間の推察であり、菊地原が近くにいなかった場合。
七海はただ隙を晒しただけの結果になり、最悪そのまま落とされる。
かと言って、木虎が合流したとはいえエース二人相手と同時に戦うのは聊か厳しいものがある。
故に。
「木虎」
「了解」
選んだのは、撤退。
二人は吹き抜けに向かって飛び降り、七海はグラスホッパーを、木虎は拳銃式スパイダーを用いて下の階層へ跳躍した。
「逃がすか」
無論、ただでそれを見逃す弓場ではない。
12発。
二丁拳銃に装填された弾丸、その全弾を撃ち出し中空に躍り出た二人を狙う。
「「シールド」」
しかし、その弾丸は二重に展開されたシールドによって阻まれる。
跳躍の間の刹那の隙は、展開された遠隔シールドによって防がれた。
「来たか」
それを張ったのは、下の階層にいた二人組。
熊谷と、時枝だった。
七海達は何も、考えなしに下に飛び降りたワケではない。
二人が下の階層まで上がっていた事を知っていたからこそ、そちらへ合流したのだ。
これで、最上階には弓場・帯島・風間が。
その下の階層には七海・木虎・熊谷・時枝が揃った。
数の上では、4対3。
だが、決定的に違う事が一つ。
「「メテオラ」」
こちらには、豊富なトリオンを持つ者が二人、存在しているのだ。
メテオラで爆撃を敢行する、七海と熊谷。
天井に遮られた状態で弾丸を撃ち落とす事は叶わず、二人のメテオラは最上階の通路に下から着弾。
弓場達が立つ
「うわ……っ!」
「ちィ……ッ!」
「……!」
足場の崩落により、宙に放り出される三人。
この三人には、七海のグラスホッパーのような空中での移動を可能とするトリガーは積まれていない。
故に、この好機を見逃す手は無い。
空中で身動きが取れずにいる、エース二人を含めた三人。
この機会に落とさずして、いつ落とすのか。
そう考え、熊谷はハウンドを、時枝は銃口を、七海は自身の刃を、墜落する三人へ向けた。
逃げられない。
詰み。
「甘ェ」
────────弓場が、グラスホッパーを展開していなければ。
「な……っ!?」
その光景に、熊谷は絶句した。
弓場達三人の足元に出現した、グラスホッパー。
それを踏み込み、三人は熊谷達の射線から回避。
同じ階層へと、無傷で降り立った。
新しいトリガーを積んでいたのは、神田だけではない。
弓場もまた、この決戦に備えて準備していたのだ。
空中戦闘を可能とするジャンプ台トリガー、グラスホッパー。
七海が普段頼りにしているそのトリガーを、引っ提げる形で。