(少し不味いな。今ので、腕か足の一本でも取っておきたかったんだが)
七海は同じ階層に降り立った弓場達の姿を見据え、顔を顰めた。
今の足場崩しで、三人が討ち獲れる────────と、までは思っていなかった。
精々腕か足の部位破壊に成功すれば御の字、くらいの考えであった。
確かに、足場崩しは有効な戦法だ。
移動用のトリガーがなければ空中では身動きが取れず、回避という選択肢が消滅する。
故に、防御するだけでは凌げない攻撃を以て、明確な痛打を叩き込む気でいた。
だがその想定は、弓場のグラスホッパーによって全て覆ってしまった。
グラスホッパーは、少なくとも一朝一夕で使える類のトリガーではない。
必要な個所に正確にジャンプ台を設置する計算が必要になるし、加速を得た後で隙を晒さず空中機動が行えるセンスも必須である。
那須はその類稀なトリオン体の駆動力を駆使して短期間でものにしたが、逆に言えば彼女でさえある程度の期間の鍛錬は必須だった。
弓場は確かに悪くない機動力を持っているし、運動センスもかなり高い。
グラスホッパーを使いこなす下地自体は、あってもなんらおかしくはない。
しかし、このA級昇格試験で自分たちと戦う事が決まってから練習したのでは、間に合う筈がない。
となれば────。
(前々から、鍛錬を重ねてたって事か。この試験に、勝つ為に)
────────単純な戦力強化として、以前より鍛えていたとしか考えられない。
弓場も流石に、このタイミングで自分たちと当たる事までは分からなかった筈だ。
しかし。
当たった時の事を、考えていなかったとは思えない。
弓場は今期のROUND7で、七海と戦い敗北を喫している。
そのリベンジの方策の一つとして、グラスホッパーを選んだのだろう。
空中を自由自在に跳び回る七海を、その銃口に捉える為に。
奇しくも、その努力は実を結んだ。
これ以上ない、効果的な局面で。
足場崩しという悪辣な不意打ちを、被害を出さずに乗り切ってみせた。
この事実は、決して軽くはない。
グラスホッパーの活用。
その一手で、弓場は那須隊の目論見を一つ、崩す事に成功したのだから。
取り返しのつかない失態ではない。
だが。
この一手で、流れが弓場隊に傾いたであろう事は否定出来ない。
此処で臆せば、押し込まれる。
七海は、そう強く感じていた。
気迫だけで勝負は決まらないが、実力が伯仲しているのならば、想いが僅かな差を覆す事は充分に有り得る。
弓場も、風間も、ボーダーの中でも上位に位置する実力者だ。
特に、風間に至っては明確な格上。
ただでさえ地力や経験で負けているのに、気持ちの面でも臆せば勝てる戦いも勝てなくなる。
第二試合で、七海は太刀川を撃破している。
だがそれが自分一人の力で為し得たものだとは、断じて考えていない。
茜と、風間の援護。
加えて、太刀川を支援するサポーターを予め排除出来ていたからこそ、あの一撃に繋げられた。
今回は、あの時味方だった風間が敵に回っている。
そして、何より彼は一人ではない。
菊地原の位置は依然として不明であるし、狙撃手の外岡や射手の歌川の位置も分かっていない。
帯島も、弓場と連携すれば相応の脅威となるし、神田も何処で仕掛けて来るかはわからない。
勿論弓場に関しては、最優先で警戒しなければならない相手である。
あの早撃ちを軽視する事など、出来よう筈もない。
そんな状況で風間と相対している現状は、決して好ましい状態とは言えないだろう。
(けど、この状況は好機でもある。風間さんの位置が分かっているというアドバンテージを、みすみす逃したくはない)
だが、こちらに損ばかりというワケでもない。
あの風間が、目の前に姿を見せている。
この状況を、逃す手は無い。
風間の隠密能力は、かなりのものだ。
カメレオンは使用中レーダーに映るとは言っても、あくまで分かるのは大まかな位置だ。
風間の身体は、かなり小柄だ。
その体格は、隠密戦闘との相性がこの上なく良いのだ。
何せ、小柄だという事は、被弾面積が小さい、という事でもある。
カメレオンは、使用中他のトリガーを一切併用出来ない。
同時にバッグワームもシールドも張る事が出来ず、無防備な状態となる。
故に、トリオン探知で追尾して来るハウンドは、天敵中の天敵だ。
だが風間は、その身体の小ささを活かして弾丸の隙間を縫って移動する事が出来る。
流石に二宮並みの密度の弾幕はシールドなしではどうしようもないが、ただのハウンドであれば彼は難なく切り抜ける。
それだけの技量が、風間にはあるのだ。
しかしそれでも、風間がいる範囲にハウンドを撃ちこむ、という事は彼の動きを制限する事に繋がる。
だからこそ、風間の姿が見えている現状を、利用しない手は無い。
此処で風間に手傷の一つでも負わせられれば、ある程度の犠牲を出しても釣り合いは取れる。
風間蒼也という名には、それだけの意味があるのだから。
「熊谷」
「分かった」
意思疎通は、それで充分。
熊谷もまた、この場ですべき事を間違えない。
「ハウンドッ!」
放つのは、ハウンド。
標的は、風間。
トリオン誘導で放たれた弾丸が、風間に向かって襲い掛かる。
「────」
風間は迫り来るハウンドに対し、突貫。
弾幕の薄い部分を的確に駆け抜け、最小限のシールドで要所要所で被弾を防御。
それを撃ち放った熊谷へ向け、肉薄する。
「……!」
当然、そこへ時枝のフォローが入る。
時枝はアサルトライフルを構え、銃撃。
迫る風間へ、アステロイドを斉射する。
「────」
風間は即座に、右へ跳ぶ。
アステロイドは、威力特化の弾丸。
まともにシールドで受ければ、いずれ割れる。
ただでさえ、トリオン14となった熊谷のハウンドを凌いでいるのだ。
それ以上の負荷をシールドにかけるのは、自殺行為だろう。
無論、時枝は銃口を向け直し、追撃をかけようとする。
「ハウンドッ!」
だが、そこで帯島のハウンドが炸裂。
風間への追撃を中断させる為、援護射撃が放たれる。
「……!」
時枝はそれをシールドで防御────────しようとして中断し、その場から跳び退いた。
その、直後。
時枝のいた場所に、無数の弾丸が撃ち込まれた。
銃撃の主は、弓場琢磨。
その手に持つ二丁のリボルバーが、標的へ向け火を噴いていた。
もしも、今シールドでの防御を選択していた場合。
弓場の銃撃でシールドは割られ、為す術なく時枝は落ちていただろう。
瞬時に状況を把握し、行動に反映させる判断力。
フォローの鬼たる時枝の、視野の広さが成せる業である。
しかし、その結果。
風間は、安全圏まで退避する事に成功していた。
そして、こうなった以上風間の取る手段は一つ。
カメレオンによる、透明化である。
この乱戦と化した戦場で、姿を消して奇襲する。
そうなれば、更に場をかき回される事は必至だ。
一度風間にペースを握られてしまえば、それを取り戻すのは並大抵の事ではない。
故に。
「させない」
「させません」
「────」
熊谷は、ハウンドを。
時枝は、アサルトライフルによる銃撃を。
七海は、疾駆による突貫を。
それぞれ、敢行した。
熊谷のハウンドは、広範囲に射出されている。
まずはこれで逃げ場をなくし、アステロイドを斉射。
その弾幕の雨を無傷で突っ切る事の出来る七海が追撃する、という寸法だ。
なんとしてでも、此処で風間にカメレオンを使わせるワケにはいかない。
それ故の、一斉攻撃。
「な……っ!」
だがそれは。
風間の眼前に出現した、無数のエスクードによって阻まれた。
曲射軌道を描くハウンドはエスクードの向こう側にまで着弾するが、時枝の銃撃と大部分のハウンドは壁トリガーによって防がれた。
当然、進路を妨害された七海の疾駆も止まる。
恐らく、このエスクードは何処かで戦場を見ていた神田が仕掛けたものだろう。
七海の機動力であれば、エスクードを跳び越える事自体は容易だ。
しかし。
それは、あの風間に対し至近距離で迂闊に隙を晒す事と同義。
勝てるのならば落ちても構わないとはいえ、無為にリスクを冒すのは得策ではない。
七海は此処で無理をして得るリターンよりも、その結果起きるリスクの方が重いと判断した。
故に。
「旋空弧月ッ!」
動いたのは、熊谷。
防御不能の拡張斬撃により、エスクードを斬り払う。
最高クラスの硬度を持っていようが、旋空弧月の前には無意味。
出現した無数の壁は、飛ぶ斬撃により斬り裂かれた。
だが、その斬られた壁の向こうに風間の姿は無い。
既に、カメレオンを用いて姿を消しているのだろう。
しかし、まだ遠くには行っていない筈。
ハウンドやメテオラによる炙り出しは、可能な筈だ。
「余所見たあ余裕だな、コラ」
「……!」
もっとも。
それを弓場が悠長に見ているだけならば、であるが。
こちらに銃口を向けた弓場が、引き金を引く。
サイドエフェクトによりその銃撃を感知した七海は、即座に反転。
弓場の射程から、その身を退かせた。
「ハウンドッ!」
そして、残る人員の対処も忘れてはいない。
帯島はハウンドを
二人は共に、シールドでの防御を選択。
弓場の射程に入らないよう後方に退避しながら、ハウンドを防ぐ。
結果として、こちらは全員無傷で生き残った。
しかし。
その代償として、風間の位置は完全に見失った。
カメレオンは、バッグワームを併用出来ない。
それ故にレーダーには映っているが、その反応は忙しなく移動しており、詳しい位置までは映り込まない。
更に時々反応が消えている事から、バッグワームと適時切り替えて移動している事が分かる。
恐らく、柱の陰や壁の向こうなどの死角に入り、都度バッグワームに変えて移動しているのだろう。
トリガー切り替えの練度は、風間の持ち味の一つだ。
こうなってしまえば、風間を補足する事は難しい。
今度は、先ほどのようにわざわざ存在を喧伝する必要は無い。
正真正銘、音無しの暗殺者がその刃を突き立てて来る筈だ。
(何処に来る?)
では、誰を狙うのか。
まず、七海は有り得ない。
七海は、サイドエフェクトにより攻撃を感知出来る。
以前の訓練ではそれを潜り抜ける形で落とされたが、種が分かれば対策のしようがある。
それは、風間自身承知の上の筈。
彼ならば、無駄なリスクは避ける筈だ。
ならば、熊谷か。
ビッグトリオンである彼女は落とせば那須隊の戦力を削るだけではなく弓場隊側に追加点が入り、落とせれば最善である事は間違いない。
だが、それはこちらとて承知の事。
熊谷とて、今の自分にどれだけの価値があるかは理解している。
警戒を怠る程、彼女は愚かではない。
故に。
「時枝さん……っ!」
答えは一つ。
狙われるのは、時枝。
何故ならば。
今、時枝はその手にアサルトライフルを持っている。
つまり、
彼はスコーピオンもセットしているが、腕が塞がっている以上動きに制限がかかる。
中距離武器を持ったまま至近距離の奇襲を防ぐ事は、難しい筈だ。
そして。
七海の判断は、正解だった。
時枝の背後。
そこに、空間から染み出すようにして風間が現れた。
その手に持つは、スコーピオン。
暗殺者の刃が、時枝の首に振るわれる。
「……!」
回避は、間に合わない。
距離が、近過ぎる。
防げない。
「────」
その、筈だった。
その刃を防いだのは、木虎。
唯一攻撃に参加せず、風間の攻撃に備えていた彼女だった。
七海は風間達が同じ階層に降りて来た時点で、カメレオンを使われる可能性を想定していた。
ハウンドを使えば確かに動きは制限出来るが、そもそもそういったカメレオンへの対策は風間にとって慣れたものだ。
カメレオンを使う相手との戦闘に慣れている七海はともかく、熊谷はそもそも風間と戦った経験がないし、A級ランク戦で交戦経験があるであろう時枝だけでは対処に限度がある。
故に、風間を見失可能性を最初から前提に入れて、木虎だけは攻撃に参加させず護衛に徹して貰っていたのだ。
「……!」
そして、ただ防御の為だけに彼女を配置したワケではない。
木虎は右手のスコーピオンで風間の刃を防ぎながら、左手で拳銃を発射。
但し、銃口から射出されたのはトリオンの弾丸ではない。
ワイヤートリガー、スパイダー。
それを拳銃から発射出来るようにした、A級特権の改造トリガー。
木虎はそのワイヤー銃を用いて、風間の足をワイヤーで地面に縫い付けた。
風間の足が、止まった。
この千載一遇の好機を、逃す手は無い。
木虎と時枝が、風間に銃撃を放つ。
熊谷は弓場と帯島が介入しないよう、ハウンドを射出。
そして七海は、グラスホッパーを用いて突貫する。
身動きの取れない風間への、集中攻撃。
これで、落とす。
そう、決意して。
「まだだ」
しかし。
相手の対応速度は、彼等の予測を超えていた。
風間は足の側面からスコーピオンを出し、自身を縫い留めているワイヤーを切断。
同時に、彼の足元からエスクードが出現。
上空に向かって、風間の身体が撃ち出される。
「逃がさないっ!」
跳躍した風間に向かって、熊谷はハウンドを射出。
空中で身動きの取れない風間に、これを避ける術はない。
「────」
無論。
彼一人であれば、の話であるが。
弓場は風間の近くに向け、グラスホッパーを展開。
瞬時にそれを踏み込んだ風間は、最上階へと跳躍。
熊谷の追撃を振り切り、上の階へと着地した。
「流石に、そう易々と獲らせてはくれないか」
七海は上階に立つ風間を見据え、表情を硬くさせた。
その実力の程は、承知していた筈だった。
戦闘の癖も、戦術の方向性も、知っていたつもりだった。
しかし、こうして公的な舞台で刃を交わすのは、これが初めてなのだ。
今の風間は、A級三位部隊隊長として此処にいる。
隊長である、風間の戦闘。
その本質を、七海は改めて感じ取っていた。
「────」
風間の姿が、薄れていく。
音なしの暗殺者は、再びその姿を消し去った。
アニメの那須さんのスパイラルバイパーふつくしかった。
風間さんの戦闘も凄かった。スコーピオンであの防御して割れないのは巧過ぎる。