痛みを識るもの   作:デスイーター

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Master and pupil

「こ、ここで『鉛弾』……っ! 荒船隊長、至近距離からの銃撃で七海隊員に『鉛弾』を撃ち込んだ……っ!」

 

 実況席は、その攻防を目にして沸いていた。

 

 三上は目を見張り、出水は口笛を吹き、奈良坂でさえも瞠目していた。

 

「…………まさか、こんな隠し玉を用意していたとはな。全ては、この為の作戦か」

 

 奈良坂は感心するように、溜め息を吐いた。

 

 誰もが息を呑む程の、()()()()

 

 それを成功させた荒船に、彼等は声なき称賛を送った。

 

「奈良坂さん、この為、とは……?」

「最初から、荒船さんは七海に『鉛弾』を撃ち込む為にこのステージを選んでいた、という事だ」

 

 三上の疑問に答えるように、奈良坂が説明を続ける。

 

「この『摩天楼』ステージは高層ビルが多く、マップもかなり広い。グラスホッパーを持たない上に合流優先の戦術を取る柿崎隊は、他の隊より初動が遅れがちだ」

 

 奈良坂の言う通り、この『摩天楼A』ステージは数あるステージの中でもかなりの広さを持っている。

 

 ビルが多い事もあり、普通に移動していては隊員同士が合流、ないしは相手チームとエンカウントするまでにそれなりの時間がかかるのだ。

 

 そして、『柿崎隊』は合流を重視する戦術を取る為どうしても初動が遅れる。

 

 柿崎が隊員の単独先行を好まない事もあり、結果的に出遅れる形となる。

 

「必然、荒船さんに最初にかち合う確率が最も高いのは素の機動力が高く、今回のチーム戦の中で唯一グラスホッパーを使っている七海になる」

 

 つまり、と奈良坂は続けた。

 

「荒船さんの狙いは最初から、七海に自分を追って来させて接近戦に持ち込み、柿崎隊が来る前に自分を落とそうと近付いて来た七海に不意打ちで『鉛弾』を撃ち込んで機動力を削ぐ事だったんだ」

 

 その証拠に、と奈良坂は付け加える。

 

「荒船さんが用意していた銃手(ガンナー)トリガーの形状は、単発式拳銃(デリンジャー)だ。この選択からも、荒船さんが今の一発を当てる事を何より重視していた事が分かる」

「ふむ、それはつまり……?」

 

 現実の銃器の話になるが、と前置きした上で奈良坂は続けた。

 

「デリンジャーは他の銃器と違い、()()()()には全く向いていないんだ。単発式拳銃の名の通り一発しか撃てないし、威力も射程もたかが知れている。正規の軍人等は、まず装備しないタイプの拳銃だな」

 

 だが、と奈良坂は話を続けた。

 

「デリンジャーの最大の長所は、その()()()だ。掌に収まるタイプのそのサイズは、隠し持つには非常に便利だ。実際、これまでの歴史の中でもデリンジャーは護衛、もしくは暗殺に多用されている」

 

 そして、と奈良坂は話を切り替える。

 

「トリガーとしてのデリンジャーにも、同じ事が言える。現実のデリンジャーと同じく単発式で射程、威力共に低い。弾速はそれなりに確保してあるから、()()()()()()()()()()()と言っても過言じゃない」

「つまり、荒船隊長はその携行性に目を付けてデリンジャーを選択したと」

「まず間違ないだろう。そうでなければ、汎用性の高いアサルトライフルタイプか、威力重視のショットガンタイプの方が使い易いからな」

 

 それ以外に理由はない、と奈良坂は断言する。

 

 つまり、荒船は威力や射程、汎用性を捨ててまで、隠匿性の高さのみに目を付けてデリンジャー型を選択した。

 

 そこには、明確な意図が感じられる。

 

「あのデリンジャーは、()()()()()を確実に当てる為に用意した代物だ。その一発で七海に『鉛弾』を当てる事こそが、荒船さんの狙いだったんだろう」

 

 そこまで言うと、奈良坂は一呼吸置いて続けた。

 

「七海の強みは、ヒット&アウェイを中心とした攪乱戦法だ。機動力を殺せれば、その強みの殆どが封じられる」

 

 奈良坂は再び画面に目を向け、告げる。

 

「荒船さんの作戦が、完全に決まった。仲間と合流出来るまで荒船の攻撃を凌ぎ切れなければ、七海は落ちるぞ」

 

 

 

 

「く……っ! 完全にしてやられたな……っ!」

 

 七海は鉛弾を撃ち込まれた右足を自らのスコーピオンで斬り落としながら、その場から離脱した。

 

 足がなくなるのは痛いが、100㎏の重しなど付けていては移動もままならない。

 

 もしも()()()を撃ち込まれた時には、その時点で戦闘不能だ。

 

 機動力こそが七海の最大の持ち味なのだから、それを殺されてはたまらない。

 

 …………今のは、完全な()()()()だった。

 

 来るとは思っていない攻撃を受けてしまったが故の動揺は、思った以上に大きい。

 

 これまで、()()()()()()()()()()()()()()からには猶更だ。

 

 …………七海のサイドエフェクト、『感知痛覚体質』は()()()()()()()()をレーダーの要領で自動感知する事が出来る。

 

 その為、七海には狙撃も不意打ちも()()()()()()()()()()()()に過ぎず、不意打ちを受ける事はまずない。

 

 事実、これまで彼が()()()()を受けた経験は皆無だった。

 

 彼が受けた事があるのは、あくまで()()()()()()()()攻撃だけなのだから。

 

 …………だが、荒船はその常識を覆して来た。

 

 痛み(ダメージ)ではなくデメリット効果()()を発生させる『鉛弾』を使い、渾身の不意打ちを叩き込んで来たのだ。

 

 自分のサイドエフェクトの()()と成り得る『鉛弾』についての知識は、当然持ち併せていた。

 

 だが、鉛弾は重石を付ける効果にトリオンの殆どを割いている為、射程・弾速共に普通の弾丸と比べれば著しく減衰してしまう。

 

 しかもオプショントリガーでありながら『旋空』や『スラスター』とは違い、使用トリガーの枠を一枠消費する。

 

 つまり、鉛弾を撃つ時は他のトリガーが一切使えない両攻撃(フルアタック)の状態になってしまうのだ。

 

 その使い勝手の悪さもあり、B級で『鉛弾』を使う者は今までいなかった。

 

 唯一A級部隊の『三輪隊』隊長の三輪秀次(みわしゅうじ)が使い手として知られているが、彼の場合はA級特権によるトリガー改造により『鉛弾』を片方のトリガースロットだけで撃てるようになっている。

 

 逆に言えば、そうでもしなければ『鉛弾』は実戦では使い難いという事だ。

 

 だからこそ、七海は『鉛弾』の事を知ってはいても使()()()()()()()()()()()()()()()()と判断していた。

 

 …………だが、荒船はその七海の油断をこそ突いて来た。

 

 使()()()()()()と思っていた『鉛弾』を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という方法を用いて、七海に当てて来た。

 

 七海と遭遇して弧月を抜いたのも、チームの狙撃手の援護を受けて七海とやり合っていたのも、全ては今の一発を当てる為。

 

 完全に、荒船の作戦に嵌められた。

 

 『鉛弾』の重さは、一個につきおよそ100㎏。

 

 無論、そんなものを付けたままで碌に移動出来る筈もない為、鉛弾を撃ち込まれた右足を切り捨てるしかなかった。

 

 だが、当然の如く片脚がないのでは機動力は大幅に落ちる。

 

 機動戦を主とする七海にとって、足を失うのは死んだも同然の痛打である。

 

「行くぜ……っ!」

 

 そして、そんな状態の七海を逃がす程荒船は甘くない。

 

 弧月を構え、七海に斬りかかって来る。

 

「なら……っ!」

「────!」

 

 だが、七海もそのままやられるワケにはいかない。

 

 即座に思いついた()を実行に移し、()()()()()()()退()()()

 

「な……っ!?」

 

 荒船の眼が、驚愕に見開かれる。

 

 当然だ。

 

 七海の片脚を削っている以上、彼の機動力は死んでいる。

 

 今のような俊敏な回避など、望むべくも無い筈だった。

 

「あれは……っ!?」

 

 そこで、気付く。

 

 先程七海が切り捨てた筈の右足の断面を覆うように、硬質な『刃』が生えている。

 

 その刃はヒールのような形をしており、しっかりと『足』の役割をこなしていた。

 

「スコーピオンを、足代わりにしやがった、だと……っ!?」

 

 ────その『刃』の名は、『スコーピオン』。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()という特徴を持つ、ブレードトリガーである。

 

 

 

 

「これは、スコーピオンを足代わりに……っ!? まさか、こんな事が出来るなんて……っ!」

 

 実況席でその映像を見ていた三上は、驚愕に目を見開いた。

 

 彼女はスコーピオンを主武器として活用する、『風間隊』のオペレーターだ。

 

 当然スコーピオンを扱う所を目にする機会は多く、その()()()についてもそれなりに見知っていた。

 

 だが、その彼女をしても七海のスコーピオンの()()()は初めて見る代物だった。

 

「…………成る程、面白ぇスコーピオンの使い方だな。やるにゃあセンスが要りそうだが、こりゃ今後スコーピオンの使い手相手だと足を削っても油断出来なくなりそうだな」

「確かに、センスの光る()()だ。真似するのは難しいかもしれないが、選択肢としては悪くない代物だろう」

 

 出水と奈良坂も、七海の奇抜な()()()に称賛の声を漏らす。

 

 ランク戦の会場も、七海が使用した()()を見て沸いていた。

 

「これで、足を削られた不利はなくなったと見るべきでしょうか?」

 

 三上が、奈良坂達に問いかける。

 

 確かに、()()()()()では削られた足の補填に成功し、不利を覆したと言える。

 

 だが、奈良坂はその問いに()と答えた。

 

「いや、それは違うな。確かに機動力はあれで補えたが、言い換えれば今の七海は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言える」

 

 つまり、と奈良坂は告げる。

 

「当然、シールドを張りながらのメテオラやグラスホッパーの同時起動等も不可能になる。出来る事が減っているのは、間違いない」

「ブレードである以上右足で攻撃も出来るっちゃ出来るが、それだと()()()()()()()()()()()()()()()っつースコーピオンの利点が死ぬからな。七海としちゃ、厳しい状態に違いないだろーぜ」

 

 そう、今の七海は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の状態であると言える。

 

 必然的に他に使えるトリガーは一つきりとなり、戦いの中での選択肢はおのずと制限される。

 

 グラスホッパーを起動しての高速機動を行おうとすればその最中シールドを張る事は出来ないし、迂闊にメテオラを放てばその隙を狙われる。

 

 今、七海が相対しているのは荒船だけではない。

 

 穂刈と半崎もまた、遠距離から七海を仕留めんと狙いを定めている。

 

 不利な状況である事は、変わっていないのだ。

 

「けど、さっきと違って圧倒的不利とまで言えなくなったのは事実だ。此処からどうなるかは、まだわかんねーぜ」

 

 

 

 

「ったく、本当にテメェは多芸だな……っ! けど、さっきよりはやり易くなってんだろ……っ!」

 

 荒船は驚愕から立ち直り、七海に向かって駆け出し弧月を振るう。

 

 『鉛弾』の拘束から逃れる為に斬り落とした右足をスコーピオンで補填したのは驚いたが、先程までのようなグラスホッパーを絡めた機動はやり難くなっている筈だ。

 

 幾らサイドエフェクトの恩恵があるとはいえ、荒船には穂刈と半崎の援護狙撃がある。

 

 三人がかりで挑めば、七海といえど長くは保たない。

 

 荒船の持つ戦闘理論は、そう結論付けていた。

 

「────」

「な……っ!?」

 

 だが、その目算は甘かった。

 

 七海は荒船の弧月の斬撃をバックステップで回避すると、そのまま右足を軸に腰を低くしながら滑るように回転。

 

 直後に襲って来た『イーグレット』の十字砲火(クロスファイア)を、難なく避け切った。

 

「この……っ!」

 

 続く荒船の頭上からの斬撃も、くるりと身を翻し、曲芸じみた動きで回避。

 

 そのままバク転の要領で跳躍し、ビルの淵へ着地する。

 

 鮮やかな、回避技術。

 

 その光景に、誰もが目を見張っていた。

 

 

 

 

「あいつはな、俺に撃たれまくったり、太刀川さんに斬られまくったりしながら、回避技術を磨いてきたんだ」

 

 それを見て、解説席の出水は得意気に告げる。

 

 彼の、師匠として。

 

 誰よりも、彼の努力を知る者として。

 

「サイドエフェクトを最大限に活かす方法も、影浦さんから学んでる」

 

 その顔には、笑みがある。

 

 七海が鍛え抜いた技術を活かしている、その姿を見たが故に。

 

「あいつの技術は、そんな努力の末に磨いたもんだ。荒船さんの努力も、作戦も、大したもんだ。けど────」

 

 そして出水は、告げる。

 

「────生半可な攻撃が、あいつに当たると思うなよ。今のあいつは、強いぞ」

 

 己の弟子の、強さを。

 

 確かな経験を積み重ねたが故の、その成果を。

 

 師は、弟子の確かな成長を、誇った。


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