痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊・風間隊⑦

 空中の熊谷を、歌川のハウンドと弓場のリボルバーが狙う。

 

 シールドを広げればハウンドは対処は可能だが、弓場のリボルバーを全弾同一箇所に叩き込まれれば割れる可能性がある。

 

 それに、熊谷はビッグトリオン適用者。

 

 相手からすれば、何がなんでも落としておきたい相手の筈だ。

 

 つまり、これ以上の追撃がないとは限らない。

 

 故に、防御は下策。

 

 だからこそ、彼は迷わなかった。

 

「熊谷……!」

「ええ」

 

 七海は、自身と熊谷の足元にグラスホッパーを展開。

 

 空中で回避を行う為の、()()を作り出した。

 

 グラスホッパーは、ある程度の範囲なら遠隔で展開する事が出来る。

 

 幸い、七海と熊谷の距離はそれなりに近い。

 

 だからこそ、間に合った。

 

「そうすると、思いました……っ!」

「……!」

 

 だからこそ、()()()()

 

 七海が展開した、二つのグラスホッパー。

 

 それが、光弾によって打ち消された。

 

 光弾を、ハウンドを放ったのは、帯島。

 

 彼女は最初から、七海のグラスホッパーに狙いを定めていたのだ。

 

 前回弓場隊が那須隊と戦った、ROUND7。

 

 その戦いで、弓場は七海のグラスホッパーを弾丸で撃ち抜くという手段を用いた。

 

 それは当然、帯島も聞き及んでいた。

 

 そして、七海と戦う以上、その手段を用いる事はなんらおかしな事ではない。

 

 七海はサイドエフェクトにより、不意打ちも狙撃も通用しない。

 

 だが、彼の感知能力が及ぶのはあくまで七海()()を対象とした攻撃だ。

 

 故にグラスホッパーが狙われてもそれを察知する事は出来ないし、味方が狙われた場合も同様だ。

 

 その弱点を、帯島はしっかりと認識していた。

 

 勤勉な彼女の性格もあるが、この試合はROUND7のリベンジマッチであり、敬愛する神田の引退試合という側面もある。

 

 試験はあと一回残っているが、どうせなら今期でB級一位をもぎ取った那須隊と雌雄を決する舞台で勝ちたい、と思うのは当然の事。

 

 事前準備も、状況に応じた戦略の用意も、帯島は怠らなかった。

 

「ええ、そうするわよね。分かってたわ」

 

 故に。

 

 その程度の事は、那須隊(こちら)も考慮していた。

 

「え……?」

 

 熊谷と七海は、何もない空中を()()()()()()

 

 その勢いを以て、二人は跳躍し、ハウンドの射程から逃れる。

 

 彼等がやった事の種は、至極単純。

 

 スパイダー。

 

 木虎が咄嗟に撃ち出したワイヤーを、足場としただけである。

 

 ROUND7の経験から、七海のグラスホッパーの対策が取られている事は予想していた。

 

 だからこそ、グラスホッパーを対処された時の緊急避難として、木虎が待機していたのだ。

 

 相手の意表を、これ以上ない形で突く為に。

 

 これで、七海と熊谷の二人は上を取る事に成功した。

 

 あとは、このまま最上階から爆撃を敢行すれば良い。

 

 神田がエスクードで妨害するかもしれないが、それならそれで壁を作る為の足場を破壊し尽くせば良いだけの事だ。

 

 障害物がなくなって、有利になるのは那須隊(こちら)の方だ。

 

 少なくとも、エスクードの妨害を受け続けるよりは、足場を破壊して相手の行動に制限をかけた方が良い。

 

 帯島はトリオン漏出での緊急脱出が秒読みに入っているし、このままごり押せば優位をもぎ取れる筈だ。

 

 故に────。

 

「……!」

「来ると、思っていました……っ!」

 

 最上階で待ち構えていた風間の奇襲を、七海はスコーピオンで受け止めた。

 

 確信があったワケではない。

 

 だが、予感があった。

 

 このまま、自分達に素直に上を取らせるほど、彼は甘い男ではないと。

 

 だからこそ、間に合った。

 

 風間が、熊谷へその刃を突き立てる前に。

 

 七海のスコーピオンが、彼の刃を止めていた。

 

 狙われるのは、十中八九熊谷。

 

 その程度、承知していた。

 

 単純に、サイドエフェクトで攻撃を感知出来る七海(じぶん)より、そういった手段を持たない熊谷を狙った方が獲れる確率が高い。

 

 そして、ビッグトリオン適用者である熊谷を落とせば、大幅な戦力ダウンに繋がる。

 

 此処で熊谷を狙わない理由は、風間にはなかった筈だ。

 

「え……?」

 

 されど。

 

「────────これは、読めなかったんじゃない?」

 

 その熊谷の胸は、正面から刃に貫かれていた。

 

 彼女を射抜いた刃の持ち主は、菊地原。

 

 たった今カメレオンを解除した少年が、熊谷の急所を射抜いていた。

 

 油断をしていた、つもりはなかった。

 

 最上階にトリオン反応がある事は、分かっていた。

 

 されど、その反応は、カメレオンを使用していた風間であると、考えていた。

 

 気付いたのは最上階へ到達する直前ではあったが、反応があった時点で風間による奇襲は警戒していた。

 

 だが。

 

 だが。

 

 考えてみれば、最上階に辿り着いた時、誰も風間がカメレオンを解除した瞬間を見ていない。

 

(風間さんは、カメレオンじゃなく────────()()()()()()を、使っていたのか……っ!)

 

 そう、種明かしをすれば単純な話だ。

 

 最上階のトリオン反応は、カメレオンを使用していた()()()()()だったのである。

 

 とうの風間は、バッグワームを用いてトリオン反応を消し、七海達が最上階に到達する直前にそれを解除。

 

 物陰から、奇襲したに過ぎない。

 

 それを七海達は風間がカメレオンを用いて奇襲したと思い込み、菊地原の存在を見逃してしまったのだ。

 

 菊地原が何処かで攻撃を仕掛けて来る事自体は、想定出来ていた。

 

 風間が一筋縄でいく相手ではない事も、承知していた。

 

 だが。

 

 だが。

 

 それでも尚、想定が足りなかった。

 

 A級三位部隊、風間隊。

 

 その地力を。

 

 その戦術眼を。

 

 その高みを。

 

 見誤って、しまった。

 

 これが、風間蒼也。

 

 これが、菊地原士郎。

 

 これが、風間隊。

 

 A級三位の名は、伊達ではない。

 

 その事を、まざまざと見せつけられた。

 

「なら……っ!」

 

 熊谷は、自身の致命を悟った。

 

 だが、()()()()()()()()

 

 菊地原の一撃は、確かに熊谷の胸を貫いた。

 

 トリオン供給機関も、大きく傷を付けられた。

 

 しかし、熊谷は咄嗟に身体を捻った事で、僅かに刃の軌道がズレていた。

 

 何も、攻撃を察知出来たワケではない。

 

 ただ、これまでの経験。

 

 潜った数々の修羅場により備わった、直感。

 

 それが、彼女の身体を動かした。

 

 経験不足により、完全に回避する事も、致命傷を避ける事も出来なかった。

 

 されど。

 

 最後の足掻き(ワンアクション)をする時間だけは、稼げた。

 

 故に熊谷は、迷う事なく最上階からその身を投げ出した。

 

「旋空────」

 

 その手に構えるは、弧月。

 

 此処から、最後の旋空弧月を撃ち放つ。

 

 最後の足掻きを、やり遂げる。

 

「させません……っ!」

 

 しかし、それを許す程風間隊は甘くはない。

 

 5階に残っていた歌川は、弾速重視でアステロイドを射出。

 

 空中で身動きの取れない熊谷へ、弾丸を撃ち放つ。

 

 熊谷は、あと数秒で緊急脱出する。

 

 それは避けられないし、そんな事は熊谷も承知している。

 

 だからこそ、此処で確実に仕留めておく。

 

 旋空は、防御不能の攻撃だ。

 

 しかも、今の熊谷は文字通りの捨て身。

 

 ならば、多少の損傷では止まらない。

 

 故に、狙うのは彼女の右腕。

 

 弧月を持つその手を吹き飛ばす事で、攻撃を妨害する。

 

 最後の足掻きなど、させはしない。

 

 その為の、詰めの一手。

 

 そして、それは────。

 

「────────弧月」

「な……っ!?」

 

 熊谷が()()()()()()()()()事で、失敗に終わった。

 

 どころの、話ではない。

 

 歌川の傍に現れた熊谷の放った旋空弧月は、彼の身体を両断した。

 

 この現象は、知っている。

 

 見た事さえ、ある。

 

 されど。

 

 されど。

 

 彼女が()()をトリガーセットに入れていたとは、誰が思おう。

 

 瞬間移動を可能とするオプショントリガー、テレポーター。

 

 嵐山や時枝、そして茜が得意とする、転移トリガー。

 

 それが、熊谷の最後の一枠にセットされていた、トリガーの正体。

 

 これまで隠し通していた、彼女の奥の手。

 

 それが今、最高の形で解禁された瞬間だった。

 

『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 熊谷と歌川、二人のトリオン体が同時に限界を迎える。

 

 片や満足そうに、片や唇を噛み締めながら、双方は光の柱となって消え去った。

 

 

 

 

「ここで熊谷隊員と歌川隊員、同時に緊急脱出……っ! 熊谷隊員の最後の足掻きが、得点を掻っ攫った……っ!」

「まさかあそこでテレポーターとは。流石に予想外でした」

 

 熊谷の派手な活躍を前に会場がざわめく中、村上はその顔を綻ばせ彼女を称賛していた。

 

 純粋な、混じりけなしの敬意。

 

 今の村上からは、そんな感情が感じられた。

 

「確かにな。風間と菊地原の奇襲で致命傷食らったってのに、即死しねぇで仕事をやり切りやがったんだからよ」

「ええ、あそこで即死していれば歌川隊員は落とせなかったでしょう。咄嗟の機転も、随分上達していますね」

 

 それは、村上なりの賛辞だった。

 

 彼女と村上が直接戦った、ROUND5。

 

 あの戦いで、熊谷は自身の脱落と引き換えに村上に痛打を与えた。

 

 今回も、あの時と状況は似ている。

 

 しかし、幾らでも活用方法のあるテレポーターをあの局面まで隠し通し、最大限に有効活用した手段は称賛されて然るべきだ。

 

 テレポーターは、確かに不意打ちには最適なトリガーだ。

 

 だがそれは、あくまで種が割れていない事が前提である。

 

 相手がテレポーターを所持していると分かっていれば、幾らでもやりようはあるのだ。

 

 テレポーターには、幾つもの制約がある。

 

 転移出来るのは視線の先数十メートルであり、移動距離に応じて次の使用まで時間経過(インターバル)が必要になる。

 

 故に視線が何処を向いているか分かっていれば転移先に攻撃を()()事も可能であるし、一度転移した後は連続使用出来ない為そこを狙っても良い。

 

 ただ闇雲に使って戦果を挙げられる、という便利なトリガーではないのだ。

 

 このトリガーが最大の()()を発揮するのは、正真正銘最初の()()

 

 その隊員が、テレポーターを所持している事を知られていない場合である。

 

 この試合で、熊谷がテレポーターを有効利用出来る局面は何度もあった。

 

 しかし、熊谷はいずれも使い時ではないと判断し、最後の最後まで温存した。

 

 一歩間違えれば抱え落ちになっていた可能性もあったものの、結果的にその選択は正解だったと言える。

 

 ビッグトリオンである熊谷が落とされた事で弓場隊には追加点が加算されたが、B級隊員である熊谷がA級隊員である歌川を落とした事で那須隊にも二点が加わっている。

 

 それに何より、熊谷を落とす為に遂に菊地原がその姿を見せたのだ。

 

 この功績は、ある意味熊谷が落とされた事よりも大きい。

 

 此処で菊地原を落とせれば、ようやくまともに奇襲が通用するようになる。

 

 無論、その程度のリスクを彼らが分かっていない筈はない。

 

 それを承知で、熊谷を落とす為に菊地原が出て来たのだ。

 

 風間が共に出て来たのは、そのリスクをカバーする為でもあるのだろう。

 

 歌川は落とされたが、風間と菊地原は同じ場所で七海と対峙している。

 

 どちらも、七海とは戦い慣れた間柄だ。

 

 そして、風間隊の真骨頂はその連携にある。

 

 一角は欠けたが、戦術の要である菊地原とエースの風間は未だ健在。

 

 油断などしていたら、あっという間に落とされてしまうだろう。

 

「これで、互いの均衡は崩れました。後は、何処でどう押し込むか。互いの地力の見せどころです」

 

 

 

 

「痛み分けか」

 

 風間は短くそう呟くと、バックステップで七海と距離を取った。

 

 同時に、それに続くように菊地原も距離を取る。

 

 その様子を見て、七海は警戒を強めた。

 

 現在、この最上階には七海と風間、そして菊地原の三人がいる。

 

 そして下の階には、木虎と時枝、弓場と帯島、そして嵐山と神田が残っている。

 

 ちなみに、狙撃を敢行した佐鳥がいるのはこの最上階。

 

 戦力を考慮すれば七海も5階に戻りたいところだが、此処で風間と菊地原を見逃す選択は断じて有り得ない。

 

 風間は一度見失えば探すのは困難であるし、菊地原も此処で逃せば熊谷が落とされた意味が薄れてしまう。

 

 何が何でも、此処で落としておかなければならない相手。

 

 それが、菊地原だ。

 

 だからこそ、彼は出て来たのであろう。

 

 七海を、この場に留める為に。

 

 自分が狙われている事など、菊地原は当然承知している。

 

 故に、自身を餌にする事で、七海から逃走という選択肢を封じたのだ。

 

 それに、もし此処で二人を逃せば、間違いなく居場所が判明した佐鳥が落とされる。

 

 既に移動は開始しているが、大まかな位置を知られた以上この狭いモールでは逃走にも限界がある。

 

 此処で、戦うしかない。

 

 七海はそう覚悟し、(スコーピオン)を手に取った。

 

「行きます」

「来い、七海」

「今日は、落としてやるから」

 

 その手にスコーピオンを持ち、三者が同時に動き出した。

 

 蠍の毒の刺し合いが、始まる。

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