痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊・風間隊⑧

 

『────────そういうワケで。木虎さん、お願いします』

「了解したわ」

 

 木虎は小夜子からの通信を受け、頷いた。

 

 現在の状況は、少々複雑だ。

 

 まず、現在木虎がいる5階にいる味方戦力は木虎自身を含め、三名。

 

 木虎・時枝・嵐山の嵐山隊の三人だ。

 

 同じ隊の面々が揃っている為連携の面では何の問題もないが、懸念があるとすればこの階層に残っている相手チームの戦力だ。

 

 この5階にいる敵戦力は、弓場・神田・帯島の三名。

 

 そして、神田は推定ビッグトリオン適用者。

 

 互いの損耗状況は、嵐山隊側は目立った損傷は無い。

 

 対して、弓場隊側は帯島は大ダメージを受けており、そう遠くないうちにトリオン漏出で緊急脱出が確定している。

 

 つまり、時間経過で確実にこちらが有利になる。

 

 とはいえ、ただ時間稼ぎをして凌げるほど、弓場隊は甘くはない。

 

 こちらはA級、向こうはB級。

 

 階級でいえば、こちらが上。

 

 されど。

 

 弓場の早撃ちと、神田のビッグトリオンの恩恵を受けたエスクードは、決して無視出来ない脅威である。

 

 加えて、先ほどは広範囲の爆撃手段を持った熊谷と七海がこの階層で暴れていたが、熊谷は脱落し、七海は最上階で風間隊の二人と対峙している。

 

 最上階には嵐山隊の最後の一人である狙撃手の佐鳥もいるが、現在は逃走中。

 

 強引に援護を頼む事は可能だが、未だ弓場隊の狙撃手である外岡の所在が分かっていない。

 

 狙撃手の介入は、先ほど佐鳥がやってのけたように、戦況を変える強力な一手に成り得る。

 

 その狙撃(カード)を先に切ったのは、こちらだ。

 

 一撃で即死を狙わず、トリオン漏出による時間制限を付けてみせた佐鳥の判断は悪くない。

 

 帯島は、射撃トリガーも扱う万能手。

 

 トリオン漏出は、徐々に彼女の首を絞めていく筈だ。

 

 加えて、時間制限という縛りは弓場隊に対し()()の戦術を選ばせない枷と成り得る。

 

 エスクードを所持している弓場隊は、待ちの戦法を非常に得意としている。

 

 しかし、帯島に与えたトリオン切れ(タイムリミット)が、その選択肢を封じている。

 

 これは、大きい。

 

 敢えて致命傷を狙わず、トリオン漏出を目論んだ佐鳥の慧眼は、大したものだと言える。

 

(その上で、あの指示か。那須隊は、相当優秀なブレーンを持ってるみたいね)

 

 木虎はたった今小夜子に聞かされた指令を思い返し、感心していた。

 

 大戦力であったビッグトリオンが落ちたにも関わらず、指揮にブレが見えない。

 

 どころか、仲間の脱落すら作戦に考慮して盤面を進めている。

 

 そして、作戦内容も良く考え抜かれている。

 

 木虎は負けず嫌いの意地っ張りだが、優秀な相手を感情論で認めないほど視野狭窄ではない。

 

 認めるべきところは認めるし、たとえ気に入らない相手であったとしても評価を違える事は無い。

 

 まあ、色々と繊細なお年頃なので、完全に感情を隠しきれているかと聞かれれば返答に窮するのであるが。

 

 ともあれ、作戦の妥当性は理解した。

 

 既に、仲間への指示は伝達済み。

 

 ならば、動くだけ。

 

 この試合では自分たちは試験官ではあるが、同時に彼等の共闘相手でもある。

 

 A級の名に恥じない戦いを、十全にこなす。

 

 自分達になら、それが出来る。

 

 そう、信じているのだから。

 

「私は指示通りに動きます。嵐山さん、お願いします」

「ああ、行って来い」

「後は任せて」

 

 木虎は嵐山と時枝に見送られ、通路を駆け出した。

 

 それには当然、弓場隊も気付く。

 

「弓場さん。追います」

 

 帯島は、弓場にそう上申する。

 

 明らかな釣り。

 

 されど、木虎を此処で見失うのは、少々厄介ではある。

 

 虱潰しに探されれば、隠れている外岡が見つかる可能性も万に一つは存在する。

 

 かと言って、エースの弓場やビッグトリオンの神田をみすみす罠に飛び込ませるのはリスクが高い。

 

 逆に、トリオン漏出で遠くないうちに落ちる事が確定している帯島であれば、()()を考慮する必要はない。

 

 それらを考慮して、帯島は木虎を追う事を提案したのだ。

 

 時間は無い。

 

 無駄に悩めば、木虎を見失ってしまう。

 

 弓場は刹那の間逡巡し、真剣な目で帯島を見据えた。

 

「行けんのか?」

「はいっ!」

「よし、行って来い帯島ァ!」

 

 押忍、と短く返事をして、帯島は木虎の後を追う。

 

 木虎と帯島。

 

 二人の少女が、主戦場から離脱した。

 

 

 

 

「おっと、此処で木虎隊員が吹き抜け側のフロアを抜け、帯島隊員がそれを追う……っ! 果たして、これは吉と出るか凶と出るか……っ!」

「完璧に釣りに見えるけどよ。どうなんだ、あれ」

 

 諏訪は画面を見ながら、神妙な顔で首を傾げた。

 

「まあ、木虎を見失うのが怖ぇーってのは分かるがよ。あんな見え見えの釣り、追うか?」

「これに関しては、なんとも言えませんね。ですが、一概に浅慮とも言えないかと」

 

 まず、と村上は前置きして続ける。

 

「木虎隊員は、非常に機動力が高く、隠密にも向いています。加えてトリガーセットの関係上、開けた場所よりも閉所の方が力を発揮する隊員でもあります」

「確かにな。狭ぇトコであいつと戦り合うのは、ちと勘弁願いてーや」

 

 二人の言う通り、木虎の性質は閉所での格闘戦向きだ。

 

 彼女は遠近両方に対応した万能手ではあるが、その性質は近距離での格闘戦向け────────分類としては三輪や香取と同じ、近距離万能手(クロスレンジオールラウンダー)にあたる。

 

 その性質上、彼女が得意とするのは閉所での格闘戦。

 

 今まで主戦場となっていた吹き抜け傍の通路よりも、店内や奥まった通路のような閉所の方が十全に力を発揮出来る。

 

「ですので、嵐山隊の狙いとしては木虎隊員が得意な場所に相手を釣り出し、そこでその相手を迎え撃つ、といったところが妥当でしょう。そして、これは当然弓場隊側も分かっている筈です」

「まあ、弓場がその程度わかんねー筈ねーしな」

 

 ええ、と村上は諏訪の言葉に同意する。

 

 そう、先ほど諏訪も言ったように、これは()()()()()()()なのだ。

 

 釣りである事を、隠そうともしていない。

 

 来るなら来い、と言わんばかりの構え。

 

 その程度、弓場が理解していない筈もないのだ。

 

「けど、なんで弓場の奴は帯島に追わせたんだ? 釣りだって事が分かってんなら、放置するもんじゃねーのか?」

「確かに、ただの釣りであればそうでしょう。ですが、これはあまりにも()()()()()()()()。それ以外の狙いもあると考えた方が、自然です」

 

 だが。

 

 村上の言う通り、木虎の行動はあまりにも露骨過ぎるのだ。

 

 あんなもの、誰がどう見たって釣りに見える。

 

 そのくらい、彼女の行動はあからさまだった。

 

「ですので、それ以外の()()があると考えた方が自然です。勿論、そう思わせる事が狙いである可能性も考えられますが」

「弓場は、前者であると考えたワケだ。確かに、ありゃ露骨過ぎっからな」

 

 故に、木虎の行動は釣りではなく、そう思わせる事が目的の行動である可能性があるのだ。

 

 釣りではなく、別の目的を持ってあの場から離脱した可能性が。

 

「此処で厄介なのは、木虎隊員を追わなかった場合、実際にリスクが生じる事です。彼女を放置した結果生じる危険は、幾らでも思いつきますから」

 

 釣りであると思わせて追う事を躊躇させ、その隙に外岡を探し出して仕留める。

 

 もしくは、一度姿を隠してからの奇襲を狙う。

 

 木虎を放置するリスクは、無数に考えられる。

 

 釣りにかかれば、それで良し。

 

 そうでなければ、姿を隠し別の目的を遂行する。

 

 二者択一の、強要。

 

 追えば罠にかかる危険を冒す事になり、追わなければ別のリスクが発生する。

 

 どちらにせよ相手に不利を強要する、苦渋の選択。

 

 木虎の行動は、それを相手に強いたのだ。

 

 弓場隊側で居場所の分かっていない隊員は、狙撃手の外岡のみ。

 

 無論、外岡の方から木虎を探すという選択肢は有り得ない。

 

 故に、弓場隊はあの場から誰かを木虎に追わせる他、なかったというワケである。

 

「最善とは言えないかもしれませんが、次善の策ではあるでしょうね。あの中で、帯島隊員だけはトリオン漏出という時間制限があった。それならば逆に、落ちる事を恐れず相手を追えるという心理的メリットがあるとも言えますから」

「まあ、釣りにかかるなら落ちる事が確定してる奴に追わせれば良いってか? そんな作戦、弓場が取るか?」

「弓場さんではなく、帯島さんがやると言ったのかもしれません。それならば、弓場さんは彼女の意思を無碍にはしない筈です」

 

 成る程な、と諏訪は得心する。

 

 弓場は、自ら隊員に向かって「捨て駒になれ」と命令するようなタイプでは無い。

 

 犠牲前提の戦術よりも、連携して堅実な攻めを選ぶ。

 

 彼は、そういう漢だ。

 

 無論、勝負の世界に甘さが無い事は知っている。

 

 無理をしてまで仲間を庇うような事までは、しないだろう。

 

 単純に、彼が博打を打つよりも堅実な戦法を好む、というだけの話だ。

 

 しかし、部下からの上申があったのならば、彼はそれを無碍にはしない。

 

 帯島が自分の意思で「やる」と言い出したならば、それを止める事はしないだろう。

 

 弓場琢磨とは、そういう漢なのだから。

 

「まだ、この選択がどう転ぶかは分かりません。帯島隊員が木虎隊員に何処まで食らいつけるか、それで変わって来るでしょうね」

 

 

 

 

「…………追って来たか」

 

 木虎は自身を追う帯島の姿を見て、ホルスターから拳銃を引き抜いた。

 

 帯島もまた、アステロイドのキューブを生成。

 

 木虎は引き金を────。

 

 帯島はトリオンキューブの分割を行い────。

 

 ────────同時に、弾丸を撃ち放った。

 

 交差する、二人のアステロイド。

 

 幾つかの弾丸は対消滅し、残った光弾が双方に向かいシールドによって弾かれる。

 

 二人のいる場所は、モールの吹き抜けから離れた通路。

 

 狭い通路である為、ハウンドを選ぶ必要性は薄い。

 

 だからこその、威力特化の弾丸(アステロイド)の使用。

 

 閉所であるが故、碌に狙いを付けずともアステロイドの半数程度はぶつかり合い、霧散した。

 

 射撃トリガーは、射手用のものでも銃手用のものでも、基本的な構造は同じである。

 

 違うのは発射までの工程(プロセス)や細かい調整の有無であり、弾丸の性質は変わらない。

 

 アステロイドを始めとする弾丸は、その周囲をカバーで覆われている。

 

 そして、このカバーは何らかの衝撃が加われば破損し、弾丸の中身である弾体が外気に触れる。

 

 弾体は外気に触れた段階────────つまり、何処かに()()した時点で炸裂し、ダメージを齎す。

 

 トリオン体に当たればそれを貫き、建物に当たればそれを破壊する。

 

 ただし。

 

 例外的に、同じトリオンの弾丸にぶつかれば、その時点で相殺────────消滅する。

 

 メテオラだけは()()という結果を引き起こすが、他の弾丸の場合は例外なく相殺される。

 

 トリオンの弾丸の威力を決めるのは、弾丸の中身である弾体である。

 

 これにどれだけのトリオンを込めたかで、弾丸の威力が増減するのだ。

 

 しかし、同じ弾体同士が触れ合った場合、その威力に関係なくその場で相殺されるワケだ。

 

 アステロイドだろうが、ハウンドだろうが、バイパーであろうが。

 

 トリオン強者の弾丸であろうが、トリオン弱者の弾丸であろうが。

 

 全て、例外は無い。

 

 木虎のトリオン量は、『4』。

 

 これは、戦闘員として動けるほぼ最低値に等しい。

 

 当然七海のようにメテオラを連発するような馬鹿でかい消費を伴う戦闘は出来ないし、アステロイドを使用した場合の威力もたかが知れている。

 

 しかし、前述の理由によりトリオン量の差によってどちらかのアステロイドだけが一方的に消滅するといった事は無い。

 

「ハウンドッ!」

 

 だが。

 

 木虎の持つ銃トリガーの形状は、拳銃型。

 

 連射自体は可能だが、一度に吐き出せる弾丸の数には限りがある。

 

 対して、帯島の持つ弾丸は射手用のそれ。

 

 つまり、威力や射程、分割数────────つまり、弾数を自在に設定出来る。

 

 どんな威力の弾丸であろうと、ぶつかれば相殺される。

 

 ならば。

 

 対処出来ないだけの数を、並べてしまえば良い。

 

 威力を絞り、弾数を増やす。

 

 これが出来るのは、射手トリガーの特権である。

 

 帯島はすぐさまそれを行動に移し、ハウンドを射出。

 

 通路一杯に広がったハウンドが、木虎に襲い掛かった。

 

 拳銃での相殺は、無謀。

 

 あまりにも、弾数が違い過ぎる。

 

 ベターなのは、シールドを広げての防御。

 

 しかし、守りに入ってしまえば帯島が戦闘の主導権を握る事になる。

 

 帯島は、既に自身の生存について割り切っている。

 

 役目を果たせば、代わりに落ちても構わない。

 

 その心構えで、木虎を追って来ている。

 

 下手な守勢は、一気に形勢を不利に傾けるだろう。

 

 故に。

 

「……!」

 

 木虎が取った手段は、逃走。 

 

 拳銃からワイヤーを、スパイダーを射出。

 

 それを通路の先に打ち込み、拳銃の特殊機構を作動。

 

 ワイヤーを巻き取り、木虎の身体を通路の先へと引っ張り上げる。

 

 木虎の身体は、曲がり角の向こうへと消えた。

 

「なら、もう一度……っ!」

 

 帯島は、即座に疾駆し木虎を追跡。

 

 曲がり角を超えた時点でキューブを生成し、追撃を放とうと────────。

 

「え……?」

 

 ────────した瞬間、足が何かに引っ掛かり、躓いた。

 

 バランスを崩す、帯島の身体。

 

 そして、気付く。

 

 自身の足元。

 

 そこに、細いワイヤーが張られている事に。

 

 ワイヤーの発射音は、聞こえなかった。

 

 故に、このスパイダーはたった今張られたものでは無い。

 

 ならば、答えは一つ。

 

 此処に来る前。

 

 木虎が風間に奇襲を仕掛ける為に姿を現す前に、予めこの場に設置していたのだ。

 

「────」

 

 帯島は今この瞬間、姿勢を崩し無防備となった。

 

 その隙を、木虎が逃す筈も無い。

 

 一瞬にして距離を詰めた木虎は、帯島の首目掛けてスコーピオンを振り下ろした。

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